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新選組−隠し刀未目  作者: はらべー
外章・其の二
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12/12

天狗党の芹沢鴨

 白昼、燃ゆる旅籠(はたご)

 騒然とする宿場街では人々が逃げ惑う。

「密書を差し出せ!」

 火消しを抑え、先に建物へ踏み込んだのは幕府兵達だった。

 故意では無かった様だが、火の手の回りが存外に早く台所を火元に今、炎が赤々と揺らぎ隣接する民家を煽る。

「ここは俺と新見が抑える、お前達は裏手から逃げろ。必ず追いつく」

 藩士が二人、刀を抜き廊下を塞いだ。

 後目にもう二人が旅籠の外へ駆ける。幕兵はこれを追えず残った二人へ向き合ったが、その数六名。

 こと大柄な藩士が先陣へ立つ。

「我ら、天狗党」

「なにぃ?天狗だ?」

 この名乗りは当然、

 身元を紛らわす為のものであったが、然るにこの公儀からの刺客には殆ど意味を成さないものであった。

「貴様らが水戸だと言うことは明白!ふざけた名で誤魔化そうとしても無駄だ!」

「引かぬか、ならば死ぬことになるぞ?」

「ほざけ!」

 前へ出る槍兵。

 この肩幅三人分の狭い廊下で伸びる素槍。

──が、

 側面の壁を背に大柄な男がこれを器用に避け、槍もろ共に片手で一刀両断する。

 正しく豪の剣、体勢の悪さをものともしない胆力を魅せる一振りだ。男は体躯が他より二回りは大きく槍が相手であってもその間合いは充分だった。

「き、貴様らっ……幕府勅命に逆らうか!?」

「勅命だと?我らこそ大君より直々に勅書を(おお)せつかったのだ!幕府(きさまら)の方こそ天の(みこと)の意を捻じ曲げ、これは朝敵となる行為であろう!」

「水戸の捏造だ!幕府は許容しない!」

 更に後方から、

 鉄砲兵が一人潜んでいた。歩兵銃を構え、照準(サイト)を覗き込んでいる。

 有利は自分達が取れていたと、幕兵は必中を確信していたが、

──(ばち)んっ!

 頭蓋の割れる鈍い音。

 銃兵の頭部をかち割ったのは鉄扇(てっせん)だった。この大柄な男は相手の編成をよく見ていた。袂から素早くこれを取り出し投擲したのだ。

 吹き出す鮮血が、狭い廊下の天井を真紅に染める。

 すかさず、

「あっ」

 もう一人、中肉中背の藩士が大柄な男の脇を抜け颯爽と飛び出し、更に前の幕兵へ組み付く。

 ()んっ──

 下段から見事な剣閃、その喉元を斬り払う。

 ながら、倒れ込む身体をするり背後へ回り込むと、この予期せぬ動きに続きの兵が虚を突かれる。

「なっ!?」

「遅いな」

 ()んっ、()んっ、と小手を落とし刃を返して袈裟斬りを浴びせる。

 相手の出小手(おこりごて)を狙う妙技は神道無念流の得意とするものであった。

 が、ここで留まらず、

──()っ!

「ぐはぁ!」

 強烈な前蹴りをもう一人に見舞う。

 吹き飛ばされた身体が残る最後の一人にぶつかり廊下の中でもつれる。

 合間に、中背の男が鉄扇を拾い上げると放る様に大柄な男へこれを投げて寄越した。

「芹沢、此奴らの御託に付き合う必要はない」

 渡された鉄扇を閉じ、芹沢がその親骨で額をかりかりと掻く仕草をする。

 相変わらず淡泊な相棒だと、芹沢は新見へ思った。

「そういう訳ではないが……新見、お前も出しゃばり過ぎだぞ?」

「二人生かしている、もう十分だろう」

 見やる幕兵は屈辱の表情をしていた。

 新見は残りを斬らずにわざと蹴り飛ばしたのだ。

「貴様ら、只では済まんぞ……」

 実際に此処での名乗りは意味を成さないものに思われたが、だとしてこの政局を幕府(これら)に示唆する為には、彼らにとってそれは必要な矜持(きょうじ)であったろう。

「帰って貴様らの主へ伝えるがいい。我ら天狗党が天子の命を必ず各所へ届けるだろうとな」

 屋内の煙が徐々に濃い広がりを見せていた。

 天狗党を名乗った芹沢と新見は膝を付く幕府兵二人を見限りその場に残すと、姿を消す様に旅籠を去っていった。


 ペリー来航は正しく騒乱期の幕開けであったが、この頃はまだまだ序章というに過ぎなかった。

 元々、日本(ひのもと)に関心のあった英国や仏国もこれより僅かに遅れての通商条約となったが、最も日本に対して侵略の嫌いがあった米国との「日米通商修好条約」を結び、この事に対して反発した日本各地の攘夷運動、それに伴う大老・井伊直弼(いいなおすけ)の強いる安政の大獄からこそが第一章と言ったところだろう。

 佐幕倒幕、と表現する極端に二分した思想の解釈が世に浸透するのはもっとずっと後の事だ。

 兼ねてより海の外からの脅威を排除しようとする攘夷という概念は古来より日本に広くあった考え方だが、実は「鎖国」という処置自体は幕府側の政策で、徳川へ政治委任する朝廷の意思そのものではないという建前がある。

 安政五(1858)年、

 十三歳という若さで第十四代将軍に就任した徳川家茂(いえもち)には将軍後継職である慶喜(よしのぶ)も補佐に着いたが、実質的に幕政を動かしたのは家茂を将軍職に押し上げた南紀派の大老・井伊直弼だ。

──戊午(ぼご)の密勅──

 後に不平等条約として内情がすり替わっていくこの日米条約に対して真っ先に危機感を抱いたのは他でもなく、京都御所の孝明天皇だった。

 戊午の密勅とは、幕府を介さず天皇自身が日米条約を批難し、各諸藩へ連携し攘夷を行うようにという内容の「勅諚(ちょくじょう)」で、これが京都から秘密裏に通達された。主に、

 長州、薩摩、そして水戸に送られ此処から日本全土に広まっていく形となって行く。

 この三つの藩が先立って朝廷から選出された理由として、長州は言うに及ばず薩摩と水戸においては将軍後継問題における徳川慶喜を支持した一橋派の筆頭格を藩主に持ち、攘夷の中核と成り得ると天皇に判断されたからだ。

 攘夷は、表向きの直接的な他国排他の行為そのままではなく、特に幕政として掲げた「公武合体」では朝廷と幕府が手を取り合い協力して国力を底上げし、諸外国からの脅威に備えるという念頭の元──

 『大攘夷』という、

 他国とも交易しつつ海外の知識や情報も日本に取り込み、その上で将来的にそれらと対等な立場に日本が()ろうという長期政策である。

 然しこの『大攘夷』という解釈は、今の日本では一般民には理解不能、支離滅裂と受け取られ、この意識の普及は大変に(とどこお)った。

 日本人の政治に対する哲学が其処(そこ)に至るまでには発達しておらず、この公武合体の真意を汲み取る者が一部の盟主や頭目程度に留まった故である。

 薩摩の島津斉彬(なりあきら)、土佐の山内容堂(ようどう)、福井の松平春嶽(しゅんがく)、そして水戸の徳川斉昭(なりあき)は共々が一橋派の盟友であり公武合体へは一定の理解こそあったが、

 だが今は、先ずこの戊午の密勅を孝明天皇から下賜(かし)されたのであった。

 朝廷の密勅、その拡散を嗅ぎ付けた幕府及び井伊は全国へ安政の大獄を発令。攘夷運動そのものを厳しく取り締まる騒ぎとなる。

「白井様、日置正三郎(ひおきしょうざぶろう)が参上致しました」

 水戸は現在、関東地区でも江戸に次いでの大都市である。この城下町の東側、水運となる備前堀は上町(かみまち)下市(しもいち)を区切りその入り口には一つ番所があった。

 日置正三郎は水戸藩士で町同心として日々を勤めていた。今日は今朝方からこの下市の与力同心達を束ねる御先手頭(おさきてがしら)の旗本・白井常胤(つねたね)に呼ばれ番所を訪れた。

 日置が番所の公事(くじ)溜まりへ入ると、そこには白井の他に見知った顔が二人。

「やや、これは……下村さんに新家(にいけ)さんも!いつ水戸へ戻られたのですか!?」

「久しぶりだな、日置」

 体躯の大柄な藩士は下村嗣次(つぐじ)、他の者より特に筋肉質で二回りは大きい。

 もう一人、新家粂太郎(にいけくめたろう)は中肉中背のやや猫背気味な男だった。 

「今朝、ここへ戻って来たばかりだ」

「そうでしたか」

 どちらも水戸にいる間は町与力で日置の上司、また神道無念流の皆伝であった。

 特に新家の方は『達人之趣(のしゅ)にござ(そうろう)』と称される程の腕前で、神道無念流の技そのものと言うよりも根本的な剣技が見事であった。体格差を活かせるという意味で言えば下村の方が無念流らしくはあったが、新家には他流に通ずる美技を持ち合わせている。

 神道無念流は戦国の世の頃より甲冑を着た相手に対する剣の技を想定している。身体の節を狙いまた、体当たり、脚技、突き飛ばし等の体術を複合し、出小手を払う妙技があった。

 同じ無念流の皆伝であった桂小五郎は、江戸の土佐藩邸にて坂本龍馬との御前試合が行われた際に、早々に二本取ってしまった桂が坂本に対して三本目には自らの出小手を『取らせ』土佐藩の面目を保つ等の粋な礼儀があり、この辺りが神道無念流が実践的な剣術(いわん)やというところ。

「然し、お二人とも斉昭様のご意向があるとは言え……諸藩への遊説(ゆうぜい)も井伊の大獄あっては、今は危険でしょう」

「皆まで言うな日置、これは大君が我々に与えた天命なのだ」

 だが今はこうして二人、国元へ戻って来た。

「日置、お前を『槍の左近』と見込んでの水戸の留守番なのだ。白井様の隠し刀はお前だ」

「槍だけどな」

 下村が新家へ悪態を付くと、新家は眉間に皺を寄せこの相棒を睨見つける。

 涼しい顔をして下村は袂から鉄扇を取り出すと飄々とこれを(あお)ぐ仕草をして無視を決め込んだので、やれと新家が短い溜め息を吐く。

 左近とは人名でも時々使われ島左近が特に有名だろうか、古くは官職名の名残りで現在は(あざな)で用いられる意味合いが強い。

 宮中警備の左近衛府(えふ)と、演劇では左近を玄人の人気役者、右近を若き新星の役者で分けるが、日置の『槍の左近』は左近衛府の方を(なぞ)った槍の名手という表現の渾名だ。

 日置が体得していたのは宝蔵院槍術である。

「お二人の、天狗党というものは……」

 元々、幕府参政であった藩主の徳川斉昭だったが本来は政策関与の為、これまで江戸の水戸藩邸に住まわった。ところが安政の大獄により反目していた井伊から蟄居(ちっきょ)を命ぜられると現在は水戸へと戻り、実質的に幕政から永久追放された形となっている。

 強い攘夷思想を掲げ幕政改革を(うた)っていた斉昭公が故に、水戸は天皇からの密勅を賜るに至ったが、実は他の一橋派名君達同様に斉昭公の内心にも公武合体を見越した『開国貿易論』というものは確かに抱いていた一つの構想だった。

 天狗党は斉昭公が幕政から追放された変わりに攘夷運動を試みる徒党ではあったが、斉昭公の思惑を汲み取る藩士もその内には数多くいた。攘夷を発するも開国論は唱えられず、幕政からは退き、徳川御三家でありながら幕府に睨まれ、斉昭公の七難八苦を代替しようとする者の集いだ。

 そのせい斉昭公は天狗党を否定することも容認することも出来ず、天皇の密勅に関して我らこそがと天狗党が此処に介入をしている。

「日置、言いたいことは分かる。俺達には何の後ろ盾もない……その上、水戸での斉昭公の容態も芳しくないと聞く」

「密勅というものは、真なのですか?」

 日置が三人に問うと、白井が静かに頷く。

「実は私が原本を拝見した。下村や新家が拡散している写しはこれと一字一句同じものだ」

「なんと……」

 白井は水戸旗本の御先手頭として、天狗党の攘夷を黙認せざるを得なかった。(くに)に残るこそすれ攘夷に参加はしなかったが、

 馴染みの部下の為か藩士としての矜持か、日置のような下の者が知らぬところで彼らの内情を後押ししている様子である。

「実は…」

 新家が更に慎重になって皆に話す。

北海(にほんかい)側を遊説していた関鉄之介殿が、何かよい攘夷の策を持ってこちらに帰ってくるようなのだ」

「……攘夷の…策?」

「おう、それで俺と新家は明日になったらまた水戸を出る。関殿が道中、幕府の連中に討たれぬよう衛士として迎えに行く」

 関鉄之介は斉昭公が幕府参政だった頃、江戸の北郡(きたごおり)奉行所の与力で藩邸周域を警護していた水戸藩士だ。斉昭公が大獄により水戸に帰藩すると郡代(ぐんだい)の高橋多一郎を師事し、攘夷運動へと乗り出した。

 日置は関の名を聞き少々思うところがあり、

「北海側に赴いたとなれば……福井、鳥取、長州にも訪れましょうか」

「何か気になるのか?」

 下村が腕を組み眉を(ひそ)める。

「長州では吉田松陰一門の騒動も聞きます、良からぬことを関殿が吹聴(ふいちょう)されていなければいいのですが……」

 久坂玄瑞(げんずい)、高杉晋作と、長州の名だたる過激派の影響を受けかねないだろう。

 恐らく孝明天皇からの密勅を一番初めに受けた者達だ。

 下村と新家は顔を見合わせたが、やがて、

「関殿が長州から何かしら示唆を受けたやもしれんが……高橋様の意向を無視して安易に行動は起こさないだろう」

「その高橋様は何処(いずこ)へ…?」

「分からん、だがそちらも時期に合流するだろう。先ずは関殿を迎えに行き、一度小金に送る」

 小金(千葉県松戸)は水戸街道でも江戸に近い宿場町で水戸藩本陣を構える要所だ。江戸に入り過ぎず水戸に帰藩しやすい場所とあって水戸政権の重用宿舎である。

 何か大きな事が起ころうとしている、その前触れを日置は感じずには得なかった。

「何にしても、関殿の動向はよく窺っていた方が宜しいでしょうな」

 精々、こんな陳腐な警告を下村と新家に発する程度が今の日置に出来る唯一のことだった。


 水戸街道小金宿の本陣に徴集された藩兵隊の中に日置はいた。

 昨年の夏から密勅の拡散に奔放した水戸、長州に比べ薩摩はやや消極的だった。理由は藩主であった一橋派名君・島津斉彬のコレラによる急逝である。家長を削がれ一時迷走する薩摩は藩政の統合に右往左往し密勅どころではなかったのだ。

──安政七(1860)年の弥生(3がつ)

 状況も詳しく把握せぬまま小金に藩士が四十数と配置されるが、その内には下村や新家を含む天狗党とおぼしき人物もこれに混ざる。

 詳しく通達されぬ内情に訝しむ日置と数名の水戸藩士達。

「……白井様、此度(こたび)の厳戒態勢はどの様な理由(わけ)ですか?」

「江戸で乱があったと報告を受けた」

「乱……?」

「そうだ。良いか日置、お前の槍は水戸の為にある。そういった者達にこの小金を通過させることは(まか)りならん」

「無論です」

「ならば『どの様な者』が相手であっても、その槍は水戸が為に振れるな?」

「……」

 僅かに日置は沈黙したが、やがて、

「白井様は……天狗党なのですか?」

「違う……だが……」

 出だしの否定はきっぱりと、然し余韻を残した物の言い方をした。

 そもそもこの天狗党、水戸では幾度と解体と再結成を繰り返す『実態の存在しない』徒党として攘夷運動を行い、正に天狗の名の通り、物の怪を彷彿している。

 時期による藩の政局毎に頭目も党員も党の指針も変わり、水戸に関わる者が武力蜂起をする際にこの名を用いるのだ。

 日置は、白井が過去に『何時(いつ)かの』天狗党に所属していたのではないか?という憶測を抱いている。

 白井の言葉は多分、そういったものだ。

 乱が起きた?

 日置は言葉を飲み込み日暮家本陣を後にした。

 水戸街道の小金は宿場街としては小規模であったが此処には本陣が二つあった。これは宿場街では稀なことで街道の宿場に置く大名本陣は一軒と幕府に定められていた為である。

 東海道の草津宿や中山道の坂本宿など二軒ある宿場もあるにはあったが、あくまで交通の要所として二軒必要な場合に限りである。水戸街道の小金における日暮家本陣というのは、水戸が幕政に介入し江戸より微か遠方で徳川幕府を監視し威嚇する為に水戸藩が専用に構えた本陣だ。

 本陣から宿場を少し歩くと直ぐに街の入り口、この枡形へと辿り着く。石垣の塀に囲まれた五間(9m)分の狭い路地が右廻りのコの字(クランク)型に折れ曲がった長さ十一間(20m)程の強固な防壁回廊となっている。

 この入り口で既に日置を待っていたのは水戸藩与力の下村と新家だった。

「おう日置、来たか」

 大きな「がたい」と態度が持ち味の下村。

 傍らには相変わらず猫背気味な新家が、ちらと日置を見た程度、軽く手を上げる仕草をするだけで直ぐに視線を枡形の先に戻す。

「鉄砲隊……?」

 石垣の塀に梯子(はしご)を掛け、水戸の鉄砲隊が数名忍び、江戸側の街道を仕切る土塀と防柵の見附(みつけ)またこれを見下ろす(やぐら)にも展開をしている。

「随分と(ぎょう)々しいですな」

「今日此処で、少しばかり合戦をする」

 事もなげに下村が言った。

「は?」

「今言った通りだ、だが前方で少し小競り合いして死人が出れば連中は割が悪いと思って引き返すだろう。半々刻と斬り合わんさ」

「下村さん、何故間違いなく合戦すると……」

 下村は袂で腕を組み、日置には目を合わせなかったが何処か慇懃(いんぎん)な眼差しをしていた。

「最前線を張るのは、俺と、お前と、新家だ」

「……」

 外敵を迎え入れる枡形の横幅五間(9m)は三人が立ち合い刀を振るには余裕がある程だが四人となると味方同士で刃がぶつかり合う恐れがあり少々窮屈だ。

 この枡形という防壁は各地、軍略的な観点から構造されるというが、下村の体躯の大きさと日置が槍を使うことを考えると寧ろ彼らには丁度良い広さと言えたか。

「日置、お前は槍が上手い。枡形の左手、一番外を守れ。中央は俺、右手内側の狭いところは新家がやる」

「下村さん」

 少し強めに日置が声をかけると下村は軽く手振りで日置を制する。

 何かの決意が見て取れた。

「お前には伝えておこうと思う」

 ちらと新家を見やり、

「天狗党で俺は芹沢鴨(せりざわかも)、新家は新見錦(にいみにしき)と名乗っている」

「……鴨……錦…?」

 馬鹿げている、率直に日置が思った感想だ。

 語呂だけで取って付けたような冗談のような名前だった。

洒落(しゃれ)てんだろ?」

「なにを……」

「芹沢は俺の縁戚の名だ、それに鴨を足した。鴨鍋には芹が付くもんだろ?新家の名も、此奴(こいつ)が考えた割りには案外と伊達だよな」

「やめろ下村、正直恥ずかしいんだ」

 照れくさそうに新家が言う。

 くくっと下村が笑うとやがて、

「いつかお前がこの名を追うことになるやもしれん、覚えておいてくれ」

「な、何故……」

「我らが藩主、斉昭公は病に伏せ幕政から退き発言もままならん。あの方のご意向を実行出来るのは俺達だけなのだ」

「然し、白井様が言っていた乱というのは…」

「待て、来る」

 三人が櫓を見あげた。

 大きく手を振る水戸藩士が声を張り上げる。

「幕府兵一個隊が小金に接近してます!」

「数はっ!」

 下村が櫓兵の倍の声を、怒号の様な野太く通る快音を喉から短く鳴らす。

「百は無いと思いますがっ、近いほど!『赤備え』ですっ!」

「な、なんとっ…!?」

 日置が驚く、

 この小金に来ているのは『井伊の赤備え』、井伊直弼が護衛討伐に用い彦根藩から直に引き連れてきた専用の機動隊だ。

 当然、各種戦果を上げている強力な部隊だったが何故この様な場所にやって来たのか日置と他、多数の水戸藩士達にも動揺が走る。

「日置、新家、配置に着け。相手の返答によっては俺達が先手を仕掛けるぞ」

 唖然と、

 今江戸で何が起きたのか、天狗党の関与が一体何なのか、日置にはまるで分からないでいたが。

 辛うじて理解が出来たのは、間違いなくこの槍を振るう事になる、只それだけだった。


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