58閑話 Something Beyond the Glory
更新です。サンデー視点の閑話です。
タイトルを見直しました!
物語には特に影響ありません!
前回のあらすじ
ジャポンダービーが決着し、レース後のあれこれ。
58
ダービーから四ヶ月。季節は夏を越え、競馬界は秋開催へと移り変わっていた。
馬肥ゆる秋──
夏を越した競走馬たちは逞しさを増し、春とは見違えるほどの成長を見せ始める時期だ。
各地ではGⅠへ向けた前哨戦が行われ、競馬場は再び熱を帯び始めていた。
古馬の王道・天皇賞秋。
三冠最終戦・菊花賞。
世界との戦い・ジャパンカップ。
そして、年末のグランプリへ向け、スターホースたちが動き出す。
そんな熱気に包まれたある日。
北海道、ヤシロファームの休憩室では、一頭の青鹿毛がテレビ画面を眺めていた。
「サンデーさん! 先週の毎日王冠、すごかったですね!」
勢いよく扉を開け、担当厩務員のアンナが入ってくる。その顔は興奮で真っ赤だった。
「スズランくん強すぎです! 天皇賞、楽しみですね!」
「あぁ」
サンデーは静かに頷いた。
テレビ画面には、先週の毎日王冠のダイジェスト映像が流れている。
秋の古馬中距離戦線を占う重要な一戦。そこに、一頭だけ異様な強さを見せつけた馬がいた。
その馬の名は、サイレンススズラン。
四歳となった栗毛の逃げ馬は、春の宝塚記念で悲願のGⅠ制覇を成し遂げていた。
重賞三連勝で臨んだ一戦だったが、強豪を退けてのグランプリ制覇。
名実ともに古馬王道路線の主役へと躍り出た。
「あぁ。スズランも古馬になって強くなった」
サンデーはどこか誇らしげに呟く。
「驚異的な逃げ馬に成長した」
三歳時は、気性難ばかりが目立っていた。
折り合えない。
掛かる。
暴走する。
“サンデーの狂気を最も色濃く受け継いだ馬”。
そんな風に評されたこともある。
だが今は違う。
制御不能だった激情は、すべて前へ進む推進力へと変わっていた。
持ち前のスピードを最大限に活かす、大逃げ。
それが完全に噛み合ったのだ。
そして何より──。
(椿との手が合ったのも大きいな)
サンデーは小さく息を吐く。
あの男は、手綱を緩めるのを恐れない。
普通の騎手なら抑え込もうとするところを、椿は逆に解き放った。
だからこそ、サイレンススズランの走りは完成したのだ。
ふと、テレビの実況が耳に蘇る。
◇
───『今日は離さない逃げ! サイレンススズラン先頭で最後の直線!!』───
───『二歳王者・テラスワンダーはまだ中団! 外から三歳マイル王・エルコンドルピースやってきた!!』───
ごくりと喉が鳴る。
テレビの中で躍動する、金色の馬体。
府中の長い直線は、逃げ馬には苦しい舞台だ。
だが──
───『しかし! しかし、サイレンススズラン突き放す!! 残り二百!!』───
観客がどよめく。
伸びあぐねる三歳馬たち。必死に前を追いかける誰にも捕まらない逃亡者。
───『強い強い!! 誰もこの馬の影すら踏めない!!』───
───『異次元の逃亡者だぁぁぁ!!』───
朝日杯で、JHKマイルカップで、他馬を圧倒する走りを見せた三歳のマル外二頭と、スズランの戦い。
それを見逃すまいと押し寄せた観客。超満員の府中が、歓声と絶叫で揺れた。
◇
「ほんっと、凄かったですよねぇ…」
アンナが感嘆の声を漏らす。
「もう完全に現役最強クラスじゃないですか! いや、過去の名馬と比較しても負けない気がします!」
「あぁ。今なら誰が相手でも簡単には負けんだろう」
サンデーは素直にそう認めた。
自分の産駒が頂点へ近づいていく。その実感は、胸を熱くさせるものだった。
「あっ!」
その時、アンナがテレビ画面を指差した。
「サンデーさん! デイズくん伸びてきてる!」
「む?」
我に返り、指差される方へ視線を向ける。
そこには黒鹿毛の馬体が映っていた。
最後の直線。
馬群の外から、一気に加速する。豪快な末脚。
他馬をまとめて飲み込みながら、先頭へ躍り出る。
「……勝ったか」
サンデーが小さく呟いた瞬間、実況が絶叫した。
───『差し切ったぁぁぁ!! スペシャルデイズ、菊に向けて止まらない!!』───
「やったぁぁ!!」
アンナが飛び跳ねる。
「これで産駒が二週連続重賞勝ちですよ! おめでとうございます!」
「……ありがとう」
サンデーは照れくさそうにはにかんだ。
思えば、ジャポンへ来てから、もう十年近くになる。
最初は必死だった。どうしても見返したかった。
アメリカで“失敗種牡馬”と呼ばれた自分を。
価値がないと切り捨てた連中を。
だから、がむしゃらに働いた。
来る日も来る日も種付けを繰り返し、結果だけを求め続けた。
そして今──
三年連続のリーディングサイアーとなった。
マイルでも中距離でもクラシックディスタンスでも。
ありとあらゆるカテゴリーで産駒が活躍している。
“トップ・オブ・サイアー”
そう呼ばれることも、もう珍しくなくなった。
アメリカ時代を思えば、上々どころではない成果だ。
「天皇賞も菊花賞も、最有力馬がサンデーさんの産駒なんて凄すぎます!!」
アンナが興奮した様子で言う。
「今年のリーディングサイアーも、ほぼ確定みたいなものですし!」
「はは……」
苦笑が漏れる。自分で言うのもなんだが、“トップ・オブ・サイアー”と呼ばれても否定はできない。
実際、それだけの結果を出しているのだから。
誇っていいはずだった。
「はぁー、今日もスカッとしましたね!」
アンナが満足げに背伸びする。
「あ、私ちょっと片付けしてから戻るので、サンデーさんは先に厩舎帰っててもらって大丈夫ですよ!」
「あぁ。分かった」
サンデーは頷き、リモコンを手に取る。
テレビ画面が暗転し、静寂が部屋を包む。
(……それなのに)
──ふと、胸の奥に小さな違和感が残った。
(何だ。何が足りない?)
仕事は充実している。
産駒が走って結果も出している。
周囲から賞賛もされている。
──それなのに。
胸の奥の違和感は消えそうにない。
小さな棘のように。
ささくれのように。
引っ掛かって離れない。
(……何が必要なんだ?)
自分でも分からない。何を求めているのか。何に焦れているのか。
サンデーは静かに立ち上がる。
そのまま、ゆっくりと厩舎へ向かって歩き出した。
秋の夜風はひんやりとしていた。風に混ざって虫の音だけが、静かに響いている。
その夜。サンデーはなかなか眠ることができなかった。
胸の奥に沈む “何か” の正体を探すように、答えの出ない問いだけが、頭の中を巡り続ける。
その答えは、秋の長い夜をもってしても遂に見つけることはできなかった。
サンデーがその答えを見つけるには、まだまだ時間が必要だった。
お読みいただきありがとうございました!
三章も終盤に差し掛かってきました。
次回の更新はお盆あたりを予定しています。
もし良ければ次回もお読みください!
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