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第32話 旦那様の初浮気

「ああ、完全に終わったわ…」


 私は、寝室のソファで、うなだれていた。


「私が、勧めたのが悪かった。悪いのは全て私だ。機嫌直してくれ」


 ジョナルド様が、焦った顔で私を慰める。


「聖女と謡われる、この私が色仕掛け?しかも、失敗?聖女が聞いて呆れるわ。もう死にたい!」


 私は、ソファに置いてあったクッションに顔をうずめて泣く。


「旦那様、お嬢様はこうなると、非常に面倒くさい方です。どうしようもないですよ」


 ジェーンが、溜息をついた。


「そうだそうだ、今日は、シェイラの代わりに城の家事をやってくれる使用人が来ているんだ。君に仕える事になる。会ってみてくれ」


 旦那様が、話を変えようとする。


「仕方ないわね」


 これも、城の女性代表の仕事だ

 私は、嫌々体を起こす。




「初めまして、若奥様。クラリーヌと申します」


「初めまして、若奥様。リリアンヌと申します。」


 応接室に行くと、二人のメイド姿の女の子が立って待っている。

 二人は、私に頭を下げて挨拶する。


 クラリーヌは、ジョナルド様と同じか、少し下の年齢で緩くカールした茶色い長髪の超美人。

 身長は、ジョナルド様と同じくらいで、スタイル抜群。

 物腰に品がある。


 リリアンヌは、ジョナルド様より若く、可愛らしい田舎娘という感じだ。

 身長は低く、細身で特徴の無い体つきをしている。

 きらきらした瞳で、旦那様の方をちらちら見ている。

 なんなのこいつ!


「クラリーヌは、下級貴族の娘だったんだが、母親が離縁されてね。母親が、うちの使用人になっていた縁で、来てもらった。隠し事はしたくないから、言っておくが、彼女は私の最初の婚約者候補だったんだ。しかし、こっぴどくフラれてしまってね。当然、何も無い」


 ジョナルド様が、まず、クラリーヌを紹介する。

 彼女は、私ににっこりと笑いかけたが、決してジョナルド様と目を合わせない。

 婚約者候補だったという話を聞いて私の機嫌は、さらに悪くなる。


「リリアンヌは、代々ライオット家に仕える使用人の家の娘だ。私の、幼馴染でもある」


 次に、旦那様がリリアンヌを紹介した。


「はい、旦那様には、昔から、とても優しくしていただきました」


 リリアンヌは、きらきらした瞳を旦那様に向ける。

 何?こいつ、私のジョナルド様に色目使ってるのかしら!?

 私は、非常に憤慨した。


「おい、お前達。まず、名前が呼びにくい。クラリーヌ、お前はクララで充分よ。リリアンヌ、お前はリリだ。今日から、名前を変えよ。言っておくが、私の旦那様に色目を使うような事があれば、それなりの罰を受けてもらうわ」


 私は、冷たい目で、二人に申し付ける。


「はい、肝に命じておきます」


 クララが、深々と頭を下げる。


「そ、そんな。私は、幼馴染としてジョナルド様をお慕いしているだけで、色目などは決して」


 リリが、あたふたしながら言った。


「お慕いしているだと?平民出の使用人風情が馴れ馴れしい。お前には、きつく指導する必要がありそうね」


 私は、リリの顎を片手でクイと持ち上げ、顔を近づけて凄んだ。


「ひぃいい、お許しを!」


 リリは、震え上がった。


「お手柔らかに…」


 ジョナルド様が咳払いをして、私を制止する。


 あー、ムカつく!ムカつく!なんなの、こいつら。

 縁故採用反対!

 ジョナルド様も、何でこんな連中を!?

 まさか、浮気するつもりじゃないでしょうね?




 その日から、私は、事あるごとに旦那様を尾行し、物陰から様子を見る様になった。


「お嬢様、伯爵令嬢が、こんな事をするべきじゃありません。堂々と構えていて下さい」


 一緒に、物陰からジョナルド様の様子を伺うジェーンが、私に苦言を呈す。


「何言ってるの。浮気は、現場を抑えるのが鉄則。油断していたら、こっちの方が離縁されて捨てられるの。そうであったとしても、証拠を押さえて名誉を守らないと」


 私は、経験者としてジェーンに語って聞かせる。


「あの旦那様は、浮気が出来るような器用な方ではないと思いますが…」


 ジェーンは、不満そうだ。




「やあ、クラリーヌ。久しぶりだな。元気にしているか?」


 ジョナルド様が、掃除をしているクラリーヌに声をかける。


「見ての通りでございますよ、旦那様。それに、今の私はクララです」


 彼女は、まったく旦那様と目を合わせず、黙々と仕事を続ける。


「ははは、それならいいんだ。一度聞いてみたかったんだが、どうして私との縁談を断ったんだ」


 ジョナルド様が、そう言った。


「あら、まだそんな事を気にしているのかしら。真面目な、あなたらしいけど。そんなの、身分が合わないからに決まってるわ。落ちぶれても、母にみじめな思いはさせたくないの。あなた優しいし、別に嫌いじゃないわ。もしかして、口説いてるの?身分相応に愛人にするつもりかしら?」


 クララは、手を止めてジョナルド様を見つめると、悪戯っぽく笑った。

 その顔は、何とも魅力的だ。


「いや、からかわないでくれよ」


 旦那様は、恥ずかしそうに笑って、頭をかいた。


 何よ、デレデレして!

 愛人なんて許しませんからね!

 この私の前で使用人を口説くとは、いい度胸してるじゃない。

 あの女も、思わせぶりな態度をして、許せん!


「お嬢様、確かに不真面目ですが、あれくらい世間話の範囲です。お気をしっかり…」


 飛び出そうとする私を、ジェーンが抑える。




「ジョナルド君~!」


 クララから離れて廊下を歩くジョナルド様に、リリが駆け寄ってくる。

 ジョナルド君…だ…と?


「やあ、リリアンヌ。どうしたんだい?」


 旦那様が、優しい笑顔でリリに話しかける。


「今日は、仕事の合間に、ベリージャムのクッキーを焼いたの。ジョナルド君、これが好きだったでしょう?」


 リリは、旦那様に、綺麗にラッピングされたクッキーの包みを渡す。


「おお、これは嬉しいな」


 旦那様は、包みを開けて、その場でクッキーを、ほうばる。

 まあ、なんて行儀が悪い。

 あんたなんて、その田舎娘が、お似合いよ!


「私、小さい頃からジョナルド君と結婚して、毎日クッキーを焼いてあげるのが夢だったの。これからは毎日焼いてあげるね」


 リリが、恥ずかしそうに言う。

 はあ?嘘だろ、恥ずかしくないだろ、あざとすぎなのよ!


「ははは、それは嬉しいな」


 旦那様は、にこにこしながら答える?

 クッキーが嬉しいの?それとも、結婚したいと思ってたと言われたのが嬉しいの?

 そこで、嬉しいなんて言うんじゃない!


「でも、ジョナルド君は、若奥様やクラリーヌみたいな美人系が好きでしょ。私には、全然振り向いてくれなかったし。私って、そんなに可愛くないかしら」


 リリは、涙を目に溜めて言った。


「はい、アウト~。あの女、完全に旦那様を口説いてますから。いますぐ、窒息させてやります」


 私は、物陰から飛び出そうとする。


「おやめください。ただの、戯言です。旦那様が、口説かれるはずがありません…」


 ジェーンが、私を必死で止める。


「そんな事ないさ、君はとても魅力的で可愛いよ。自信を持ちなさい」


 ジョナルド様は、笑顔で答える。


「嬉しい!ジョナルド君」


 リリは、旦那様の胸に飛びついて喜ぶ。


「ふっ…」


 私の中で、何かが切れた。

 あいつら、ないわ。

 もう、どうでもよくなってきちゃた。


 私は暗いオーラを放ちながら、ゆらりと物陰から出た。

 ジェーンは、そんな私を見て、腰を抜かしている。


「楽しそうね、ジョナルド君」


 私は、旦那様に、そう言って声をかける。


「あ、いや、これは違っ」


 旦那様が、あたふたする。


「私と、あなたじゃ身分が違うから。やっぱり、この結婚は間違いだったのかしら。結婚式も、うやむやになってるし、丁度いいかもね」


 私は、低い声で、ジョナルド様に淡々と言う。


「ちょっと、待ってくれ!」


 ジョナルド様が、私に近づいてくる。


「実家に帰らせていただきます!」


 私は、きびすを返すと、凄いスピードで走り出した。

 そのまま、馬にまたがり、城を飛び出す。




 ジョナルド卿は、茫然と立ち尽くしていた。


「ジョナルド様!すぐに追いかけて下さい。ああなったら、お嬢様は一生許しません。あの方は、人一倍強情なのに、超デリケートなんです!一生後悔する事になりますよ」


 ジェーンが、ジョナルド卿に追いかけるよう促す。


「あ、ああ、そうだな。すぐ行く!」


 旦那様は、そう言って走り出した。

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