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ラスファーン王子を見舞うというシルヴェイン王子と一緒に王女宮に戻ると、今朝から変わらずこちらを心配そうに見る侍従長に迎えられました。
「ラスファーン王子の様子は?」
その問い掛けに、侍従長は黙って首を振ります。
「そうか。それなら一先ず様子を窺うだけにしておこう。」
シルヴェイン王子が言って前に出ると、玄関ホールを躊躇いなく進み始めます。
さっと前に出た侍従長の案内で2階の階段に差し掛かったところで、丁度2階の踊り場にアレクシスさんの姿が見えました。
ラスファーン王子の様子を見に行ってくれていたのでしょう。
王族会議の方への付き添いはバステルさんでしたが、ここで目を見交わして交代になるみたいです。
因みに王族会議の間はお付きの人達は別室待機だったので、そういう時は補佐官同士で情報交換があったりとかするもののようです。
ウチのバステルさんがシルヴェイン王子の補佐官のランフォードさんと話しているのをチラッと見掛けましたね。
シルヴェイン王子に続いて階段を上って行くと、傍に避けていたアレクシスさんがそっとこちらに寄って来ました。
「王女殿下、ラスファーン王子は午後からまた熱が上がって来たそうです。」
そっとそう耳打ちされて眉下りになってしまいます。
「そうですか・・・」
普通に考えれば腕を切り落としたのだから失血死してもおかしくない状態だった筈です。
ただ、治療魔法で止血して増血剤を服用済みで、“促進”で強制的に回復を早めているので、あちらの世界のにわか知識を当てはめてみることも出来ません。
もうどうなっているのか分からない状況ですね。
それをチラッと振り返って聞いていたシルヴェイン王子も複雑そうな表情でしたが、何も言わずに侍従長の後を追い始めました。
「イルディ殿がエダンミール本国にラスファーン王子の容態を知らせる伝紙鳥を送ったそうです。」
続けて伝えてくれたアレクシスさんにこれまた頷き返します。
「カダルシウスからも知らせを送ったそうで、あちらのクリステル王女がこちらへ来られるそうです。」
「クリステル王女殿下もこちらの宮で受け入れることになりそうですか?」
そこは気にしていませんでしたが、確認が必要でしたね。
「詳しくは聞いていませんが、必然的にそうなりそうですよね? アンネリアさんに後で確認しておいて貰いましょうか。」
「はい。私の方からアンネリア殿にお伝えしておきます。ところで殿下、今日は大丈夫でいらっしゃいますか?」
そう改まったように問い掛けられて、昨日のことがあったので、ラスファーン王子を見舞うのに心配されているのだと気付きました。
「・・・はい。昨日はその、心配させてしまってごめんなさい。」
「いいえ。殿下がか弱い女性だと時折忘れてしまいがちになる我々の失態です。」
ごく真面目にそんな台詞を返されて、苦笑してしまいます。
「そんなにか弱くは、多分ないですよ? 結構我ながら神経図太いと思いますし。昨日は少し、色々あって疲れてて、自分でも気持ちの整理が出来ないくらい予想外に驚いてしまっただけで・・・」
その上で、ケインズさん相手にちょっと、踏み外し気味だったかもしれません。
「えっと、反省していますから。もう大丈夫です。」
ラスファーン王子の弱っている姿を目にしたら、もしかしたら昨日のように動けなくなるのではと不安がなくはないのですが、きちんと向き合って受け入れるべきだと昨日の夜ベッドの中で決めたことを守ろうと思います。
「・・・殿下、本日は私がご一緒しますから、お辛くなったらどうぞ私に。」
そう言って手を差し出したアレクシスさんはエスコートしてくれるつもりなのでしょうか?
驚いて目を瞬かせていると、小さな咳払いと共に、アレクシスさんがこちらの手を取るとそっと引いて歩き出します。
「本日は、そっと様子を窺うだけになさって下さい。お忙しい殿下が付き添う必要はございません。この宮にはラスファーン王子の世話をする者は他にいくらでもおりますし。それに、眠っておられる間よりも目を覚されてからお訪ねした方が宜しいのではございませんか?」
そんな正論を並べてくれるアレクシスさんには少しだけじっとりした目を向けてしまいました。
「それは、そうですけれど。心配くらいしても良いじゃないですか。元はと言えば、わたくしの思い付きから始まった追悼訪問でこのようなことになったのですから。」
そう小声で言い募っていると、ふと見上げたアレクシスさんが酷く真面目な顔で立ち止まってしまいました。
「殿下。少しばかり情に流され過ぎておいでになられませんか?」
何処かひやりとした声に聞こえて驚いて見返していると、アレクシスさんが徐に引いていた手を持ち上げたかと思うと、傾げるようにして下がって来た頭に呆気に取られている内に、チュッと小さなリップ音と共に手の甲に少しだけ湿ったような感触を残して離れていきました。
「・・・え?」
間抜けな声が漏れて、ふとこちらに再び視線を向けて来たアレクシスさんは口元にかなり強気の笑みを浮かべていました。
「昨日の一件より、手加減不要、解禁だと、我々候補者一同は判断致しました。ご覚悟の程、お願い致します。」
「・・・は?」
これまた空気が漏れるような声が出てしまいましたが、本当に何を言っているのか理解出来ません。
「さて、ラスファーン王子のお見舞いを済ませてしまいましょうか。」
さっと前を向いて何事もなかったようにまた歩き始めたアレクシスさんにまた手を引かれつつ、不信感満載でその横顔を見上げてしまいます。
「殿下、そんな可愛い顔で見つめて下さるのは、二人きりの時だけにして頂けませんか? 理性が飛んで、殿下に恥ずかしい思いをさせてしまうかもしれませんから。」
と、一応抑えた声で言ってくれるアレクシスさんですが、周りの護衛騎士さん達には丸聞こえでしょうね。
「アレクシスさん目が腐ってる人でしたか。そこはまあ理性さんにはしっかりお仕事して頂くとして、二人きりにはなりませんから、一生。」
精一杯冷たい口調で言い返してやりましたが、アレクシスさんは小さく肩を震わせて微かな笑い声を漏らしました。
「流石に手強くていらっしゃる。まあ、今はここまでと致しましょう。病人を見舞うのに相応しくありませんからね。」
その道中で誰がこんな微妙な絡み方をして来たのか、是非思い出してほしいものです。
そんなやり取りをしている内に辿り着いたラスファーン王子が滞在する部屋に、侍従長に続いてシルヴェイン王子が入って行くのが見えました。
それに少し遅れる形で扉を潜ると、イルディさんがこちらに気付いて近寄って来ました。
「王女殿下、ラスファーン王子殿下の魔力を見て頂けませんか?」
その切迫したような訴えに、こちらも顔付きを引き締めて、頷き返します。
「イルディさんは魔力が見えるんでしたっけ?」
その上で見てくれと言われているなら少し焦る気持ちが湧きます。
「ええ多少は。ですが、王女殿下のように全身を巡る魔力が見えるなどということはありません。ですが、時折身体の所々から荒々しい魔力が切れ切れに漏れ出しているのは分かります。」
それはちょっとマズいかもしれません。
慌ててラスファーン王子のベッドに駆け寄ると、同じく覗き込んでいたシルヴェイン王子の隣に並びます。
荒い息のラスファーン王子は、サヴィスティン王子の身体に魔力を送り込むのを止めた時の様子に似ています。
あの時よりは無理矢理広げた魔力回路のお陰で負担はマシになっている筈ですが、やはり消費していないことと、身体の不調が祟って目を開けることさえ難しい状況なのかもしれません。
「薄らとでも意識が戻ることはありますか?」
後ろに控えているイルディさんに問い掛けると、考えるような素振りから躊躇いがちに頷かれました。
「時折、うわ言を言われるので、朦朧としている状態だと思います。」
それが良いことかどうかは分かりませんが、深く眠っていて未覚醒よりは、まだ打つ手があるかもしれません。
「では。ラスファーン王子が氷の花を作る時に使っている魔道具を握らせて、それを通して魔力を使うように促してみるのは?」
「・・・やってみます。」
言うなりイルディさんが魔道具を取りに離れて行きました。
「やれやれ、こんな時こそ魔力を強制的に取り出す装置でもあれば良いのにな。」
皮肉げにそんな言葉を漏らしたシルヴェイン王子ですが、苦い顔の中にも、やはりラスファーン王子を案じるような表情が覗いています。
「そんな都合の良いもの残って・・・」
言い掛けて、ハッとしました。
「シル兄様。クイズナー隊長って今、第二騎士団の兵舎に居ますか?」
「ん? ああ多分。今朝昨日の件の報告を改めて聞いたが、今日は休暇とは言っていなかった筈だ。」
キョトンとしたように返してくれたシルヴェイン王子に、こくりと頷き返します。
「今から第二騎士団にお邪魔して良いですか?」
「ああ、それは構わないが、クイズナーに用なのか?」
腑に落ちないように問い返して来るシルヴェイン王子に頷き返します。
「イルディさん、もしかしたらという心当たりがあるのでちょっと外します。」
「え?あはい。」
魔道具を手に驚いたように返事してくれたイルディさんを置いて、ベッドの側から離れます。
「何か分からないが、私も付き合おう。」
そう言ってくれたシルヴェイン王子と一緒に第二騎士団に向かうことにしました。




