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コルステアくんとの結界魔法の訓練が済んだところで、キースカルク侯爵の来訪が知らされた。
夕方、罰則の期間を終えて自宅へ帰る予定だったティスティミンくんも、侯爵と一緒に帰ることになって荷物を纏めて待機している。
昨日アルティミアさんのことを知らされて自宅に一足先に帰っていたトルバートさんはそのまま自宅にいるそうだ。
後日落ち着いたら本人がレイカさんに謝罪に訪れる予定なのだという。
ソワソワした様子のティスティミンくんは、アルティミアさんのその後のことが気になっているのだろう。
昨日の夜の時点では無事だが意識がない状態だと言われて、その後の追加情報はない。
実家の方の状況が分からないので、連絡を入れるのを躊躇っていたティスティミンくんは今朝からずっと上の空で過ごしていた。
「失礼する。」
そう言いながら会議室に入って来たキースカルク侯爵は、カルシファー隊長と一緒だった。
昨日マティスリン子爵邸の捜索に第二騎士団から加わったのはカルシファー隊長の隊だったからだろう。
「ケインズ、ティスティミン、待たせたな。」
言いながら近付いて来るキースカルク侯爵は会議テーブルの方に移動していくので、こちらも追い掛けるようにそちらに向かった。
椅子に腰を落ち着けて深く息を吐いたキースカルク侯爵は流石にお疲れの様子だ。
こちらもティスティミンくんと並んで椅子に座ると、カルシファー隊長がキースカルク侯爵の反対隣に腰掛けて、こちらに何か物言いたげな目を向けて来た。
「さて、まずはケインズ、君の養子手続きが先程完了した。今日から君は私の息子でキースカルク侯爵家の子になる。これからはケインズ・マスカルドと名乗るように。」
「はい。ありがとうございます。」
遂に来たかと少し緊張するような気持ちになるが、キースカルク侯爵は少し優しさを秘めたような深い色を浮かべた目を向けてくれたので、すっと気持ちが落ち着いた。
「ティスティミン、兄上とは少し打ち解けたか? お前の新しい兄上は、中々やってくれる。」
そう言って口元を歪めて笑ったキースカルク侯爵に、小さく肩を竦めてしまった。
「はい。何となく分かりました。」
ティスティミンくんのその答えには目を瞬かせてしまった。
「ならば良い。無理に仲良くしろとは言わないが、兄上として尊重するように。じきに名をあげてお前を構ってくれる暇もなくなるだろうからな。やれやれ。」
そんな言葉で締め括られてますます目を瞬かせてしまった。
戸惑っているこちらに、キースカルク侯爵はほろ苦い笑みを向けて来た。
「ケインズ、君は王女殿下と関わっていて振り回されるから、目立っているのだと思っていたが、どうやらそういう訳ではなかったようだ。」
「え?」
これには驚いて声をあげてしまった。
そこからキースカルク侯爵がカルシファー隊長に目を向けていて、カルシファー隊長の方も何か苦い笑みを返していた。
「元々ケインズはカルシファー隊長の隊に所属だったそうだな?」
「ええ、はい。」
何故そんな話になるのかと首を傾げていると、何故か困った子を見るような目をキースカルク侯爵に向けられた。
「先程、お前のことをカルシファー隊長から少し聞いたのだが、王女殿下やレイナード・セリダイン殿と関わる前から、注目株だったそうだな。」
そう何処か揶揄うような言い方をされて、それはどんな盛り盛りな話だとカルシファー隊長にじっとりした目を向けてしまった。
それを受けてカルシファー隊長はふっと口元を歪めて何か得意げに笑った。
「先程も侯爵には申し上げましたが、ケインズは元から良く周りを見て状況把握をしているようなところがあって、実は接敵を発見するのも早いんです。口には出しませんでしたが、どうも隊全体の動きも把握していて、私の取る指揮の的確性を測っているようなところもあるようでしたから。一時期視線が気になったことがありました。」
「え?!」
そんな意識は全くなかったが、カルシファー隊長が出す的確な指示で討伐任務が無事に終わっていく工程を確認するのはごく普通のことだと思っていた。
というか、それくらい誰しも見ていただろうと思うのだが。
「新人の内から自分が与えられた役割はきちんとこなしつつそんな余裕のある態度でしたからね。どんな大物が入ったのかと思っていましたが、その所為で初夏のあの事件が起こったとも言えますな。」
何のことだと思っていると、カルシファー隊長にはまた少しだけ苦い笑みを向けられた。
「王都近郊に変異種率いる魔物の群れが出た時ですが、まだ誰も把握していなかったボスの所在を一早く発見しましてね。死角から隊に突っ込もうとしていたそのボスの前に飛び出して他の連中を守ろうとしてくれたんですよ。」
確かにそんなこともあったと思っていたが、あの時はじきに他の皆も気付くだろうし、何より警告の声を上げて指示を待っていては間に合わないと思ったら、身体が勝手に動いていた。
レイカさんがいなければ確実に死んでいただろうから、確かに軽率な行動だったかもしれないが、指示を待つ間に誰かが犠牲にならなくて良かったと今でもそう思う。
「それで死に掛けたところを、王女殿下が救って下さったのだそうだな?」
「はい。」
何となく気まずいような気持ちになって返事すると、キースカルク侯爵はふっと目を揺らした。
「王女殿下は、幾重にも我が家の恩人だな。」
そう何かしみじみと口にしたキースカルク侯爵は、アルティミアさんのことを考えているのだろう。
「父上、お姉様は? 目を覚ました?」
ここで差し挟まれたティスティミンくんの言葉に、侯爵はふっと口元だけで笑った。
「いや、まだだ。我が家に送り届けてくれたバンフィードが、数日経っても目を覚さないようなら、一度王女殿下に診てもらった方が良いと言っていたのだが。王女殿下はお忙しいようだ。面会申し込みにも明確なお返事は頂けなくてな。こちらで夕方まで待つとそれだけお伝えしたのだが。」
マティスリン子爵邸で実際には何があったのか詳しくは知らないが、アルティミアさんはどの程度の状態だったのだろうか。
自分の場合は、魔物の毒が回って随行の神殿の治療師の手には余ると第二騎士団まで連れ帰られていた。
レイカさん独自の解毒と治療魔法で、急死に一生を得て、だが翌日には一度意識を取り戻していた筈だ。
体力面や色々を加味するとして、数日目を覚さなければというバンフィードさんの見立ては妥当だと思う。
そもそもレイカさん自身も、何か大業を使うと倒れて数日目を覚さないこともあるくらいだ。
「もしも王女殿下がこちらち来られないようでしたら、俺が夕方聖獣様を連れて宮にお邪魔する時に、それとなくアルティミアのことをお伝えしておきましょうか?」
アルティミアさん本人に許可なく呼び捨ては気が引けたが、キースカルク侯爵の前では何となくそうした方が良いような気がした。
「・・・そうか。ケインズは特別枠で王女殿下と面会権があるのか。それなら、頼んでおいた方が良さそうだな。」
そう返してくれてから、キースカルク侯爵は改めてというようにこちらをマジマジと見返して来た。
「ケインズから見て、王女殿下はどのような方だ?」
そんな質問を改めて投げられると、どういう意図で聞きたいのだろうかと考えてしまう。
「えー、女性としてなら頑張り屋で強がりな可愛い人です。」
一番無難な答えを告げると、キースカルク侯爵はほうと意外そうな顔になった。
「では、王女殿下としては?」
「えー、ご立派で賢くてお優しい方です。」
王女殿下なレイカさんを客観視するとそんなところだろうか?
「ふうむ、では魔法使いとしては?」
「凄い人、尊敬する人? 規格外でちょっと脳内構造に理解が追い付かない人、でしょうか?」
そもそも魔法使いとしてはそこそこだった自分が評するような人ではないような気がする。
「聖女様としては?」
「慈悲深い方?」
キースカルク侯爵の目が段々と楽しそうになって来るのは何故だろうか。
「では、神々の寵児としては?」
「・・・ご苦労されているなと。それ以上は“神々の寵児”というもの自体が理解不能なので分かりませんが。」
これにはキースカルク侯爵がふははと笑い出した。
「で? それらを引っくるめて、ケインズは王女殿下との未来を望むのだな?」
真面目に戻ったキースカルク侯爵の問いに、これまた顔を引き締めて頷き返す。
「はい。王女殿下が振り向いて下さるかどうかは分かりませんが、私の覚悟は決まっています。」
その答えに、キースカルク侯爵もしっかりと頷き返してくれた。
「そうか。ならば、まずはダンスと社交界での泳ぎ渡り方だな。」
「は?」
思わず漏れた声に、にやりと笑い返される。
「ケインズ、夜会への出席経験は?」
「えー騎士への叙爵後に一度だけ、形ばかり参加義務があるので。」
見習いから騎士職に上がると、騎士は一代限りの騎士爵に叙爵されるので夜会など社交界に足を踏み入れる権利を得る。
だが、実際に社交界に積極的に出ていくのは殆どが貴族家出身者や自身が別に貴族としての身分を待つ者が殆どだ。
時折、貴族家に仕える騎士が主家のお嬢様をエスコートする目的で出席することはあっても、国家所属の騎士は役付きでもない限り、夜会に出ていくことは少ない。
それでは上層社会への繋がりが絶たれるということで、騎士は叙爵後、一度は王宮の夜会への参加義務を課されていた。
「そこでダンスを踊ったりは、しなかったと?」
「はい。」
ここは素直に答えておくことにする。
「明日にでも講師をこちらに寄越そう。二週間で仕上げるように。」
「え?」
驚きと共に問い返すが、キースカルク侯爵の表情は変わらない。
これは決定事項で、そして全く容赦するつもりはないようだ。
「後悔したくなければ、余裕を持って王女殿下のダンスをリード出来るようになっておきなさい。」
反論の全てを封じるその言葉には、ただ頷き返すしかなかった。




