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「殿下、そろそろご夕食を。」
「まだ良いです。」
「殿下、一度補佐官様がたがご報告をと。」
「明日聞きますと伝えて貰えますか。」
「殿下、一度ご休憩を。」
「・・・もう少しこちらに居ます。」
ラスファーン王子のベッドの側で椅子に座りながら、汗を拭う以外何も出来ないのに、その場を離れることが出来ませんでした。
席を立って目を離した隙にもしも容態が悪い方に急変したらと思うと怖くて。
心配して皆が代わる代わる掛けてくれる声にも耳を貸せずに、冷静な判断も出来なくなっていました。
「殿下!」
唐突に耳元でそう呼び掛けられて、布巾を取り上げられます。
目を上げた先でリーベンさんが仁王立ちでした。
「ケインズ殿と聖獣様がおいでです。本日は聖獣様をしっかり労って差し上げる必要があるのでは?」
言われてハッとします。
「ケインズさんとコルちゃんが?」
「はい。聖獣様がお待ちかねですよ? 早く行って差し上げた方が宜しいですよ。」
そう言われて頷き返します。
いざ椅子から立ち上がろうとすると、足がふらつきました。
思ったよりも全身に力を込めっぱなしで座っていたから血流が悪くなっていたのかもしれません。
そこはさっと支えてくれたリーベンさんに感謝しつつ付き添いを代わってくれるイルディさんに会釈します。
「今日はここから私がずっと付いていますから、殿下はこのままお休み下さい。」
そう微かに微笑みながら言ってくれたイルディさんに泣きそうになりながら頷き返します。
自分が居たところでどうにもならないのに、頑なに動けずにいたことが情け無い限りです。
部屋を出たところで心配そうな護衛騎士さん達や侍従長と出会わして、申し訳ない気持ちになりました。
「リーベンさん。済みませんでした。私、本当に駄目ですね。」
歩いて応接室に向かう傍ら、無限に落ち込むような気がしながらそう謝ると、ふうと溜息を吐かれました。
「本当に、お優し過ぎるのも考えものですな。容態が落ち着いて目を覚まされてから会いに行かれたら宜しいではありませんか?」
「それは、そうですけど。もしも・・・」
怖くてその続きを言えずに言葉を切ると、肩を竦められました。
「それは大怪我の経験者に聞いてみるのは如何でしょうか? ケインズ殿はもっと酷い生死の境だったと伺いましたよ?」
そういえば、ケインズさんの時はノワのアドバイスもないままに、かなり滅茶苦茶なやり方で救命行為をしたのでした。
夢中だったとはいえ、怖いもの知らず過ぎましたね。
「はあ。私って、ろくなことをして来ていないような気がしてきました。」
「そんな訳はないでしょうに。まあ結構です。聖獣様を撫でながらケインズ殿に少し話を聞いて貰えば宜しいのでは?」
散々お疲れなケインズさんにそこまでして貰うのは気が引けます。
グズグズと考えながら歩く内に、応接室の前に辿り着いて、滑るように開けられた扉の向こうでは、ソファの上でケインズさんに頭を撫でられるコルちゃんの姿が見えて、直後それに駆け寄っていくジャックが合流すると、コルちゃんがソファから飛び降りて、2匹で追い掛けっこが始まります。
「こらっ、茶器と調度はひっくり返すなよ。」
笑いながらそんな言葉を掛けるケインズさんが堪らなく眩しく感じます。
「あ、レイカさんお疲れ様。」
にこりと優しい笑顔を向けてくれるケインズさんを見たら、もう我慢出来なくなりました。
早足で駆け寄って、少しだけ手を伸ばします。
「ケインズさん、3秒だけで良いですから・・・」
続きを言えずに躊躇っていると、すっと立ち上がったケインズさんに気付けば抱き締められていました。
「3秒だけと言わずに、ずっとこのままでも全然構わないのに。」
優しい声を耳元に落とし込まれて、ふっと身体の力を抜くと、こちらからもギュッと抱き付きにいきます。
腕が回り切らない広い背中と、頬に当たる硬い胸板と、汗とお日様の匂いが混ざったような香ばしい香りに包まれて、堪らない安心感があって、先程まで強張っていた顔をぐりぐりと擦り付けてしまいました。
「くっ!・・・・・・かわいすぎっ!」
ケインズさんから押し殺したような声が漏れてきて、更にギュッと抱き締められます。
少し苦しくなって、それなのに心の奥が温かくなるような幸せを目一杯感じて、不意に妙に周りが静かなことに気付きました。
気になって身動ぎすると、ケインズさんがハッと息を呑むような音を立てて、腕の力が緩みました。
そのまま頭を上げてすっと見上げると、真っ赤な顔のケインズさんが困ったように見下ろしていて、目が合った途端にこちらも顔に火がつくかと思うくらい熱くなりました。
きっと顔中真っ赤です。
取り敢えず恥ずかし過ぎて目を逸らして、何事もなかったようにそっと身を引くと、ケインズさんもするりと腕を解いてくれて、二人でぎこちなく横に並んだところで、チラッと見渡すと、扉の側の部屋の隅にリーベンさんが待機してくれていて、半開きの扉の側には人がいそうな気がしますが、ギリギリ見えない位置に引っ込んでいます。
態とですね。
きっと気を遣ってくれているのでしょう。
軽く咳払いしてから、改まったようにケインズさんに目を向けました。
「ケインズさん、あの、今日はありがとうございました。コルちゃんが無理矢理ケインズさんを連れ出そうとしたみたいで。でも、そのお陰で助かったって聞いてます。」
「あ、ううん? どちらかと言うと、コルちゃんのお陰で、何とかなったっていうのが正しいかな。俺は促されるまま動いた感じだったから。」
そんないつも通りの誠実な受け答えが、何というかホッとして嬉しくなります。
「コルちゃんとジャックも今日は頑張ってくれたものね。」
そう言って、何となくそのまま隣り合って二人でソファに腰を下ろすと、部屋の隅で戯れ合っていたコルちゃんとジャックがソファ目指して駆け寄って来ます。
そのままとんと乗り上げて両サイドを固めた2匹はそれぞれキラキラした目で見上げて来るので、こちらも自然と微笑んで両手でその頭をそれぞれ撫でてあげました。
「コルちゃん、メルちゃんとケインズさんを連れて行ってくれてありがとうね。それに、ラスファーン王子の治療もしてくれたんだよね?」
コルちゃんを見下ろしながらそう声を掛けて、今度はしっかりと両手で撫でてあげます。
目を細めて手に頬を擦り寄せるコルちゃんが堪らなく可愛いです。
「本当に、ありがとうね。」
もう一度言って、こちらも頬を擦り寄せます。
と、コルちゃんがペロリと頬を舐めてくれたようでくすぐったくて笑みが浮かびました。
と、グイグイと反対のジャックから袖を引っ張られます。
今度はジャックの方を向いて両手でわしゃわしゃと頭から背中まで撫でてあげます。
「ジャックも本当にありがとう。重くなかった? 足が痛くなってない? 当たり前みたいに頼んじゃったけど、巨大化は身体に負担になってない? しんどい時は断っていいんだからね?」
そんな言葉を理解しているのかも分からないのに矢継ぎ早に紡いでしまいました。
「キーィ!」
それにジャックが元気に啼き返してくれて、頬を擦り寄せて来るのにこちらも擦り寄せ返します。
と、ジャックもコルちゃんに対抗するようにペロッとコルちゃんとは反対の頬を舐めてくれました。
「くすぐったいな、もう。」
そう言いながらクスクスと笑って、2匹の頭をまたグリグリと撫でてあげました。
そんなことをしている内に、いつの間にかテーブルの上にはお茶と軽食が侍従長や宮女さん達の手でテーブル一杯所狭しと並べられていました。
少しでも多く食べなさいという無言の圧を感じてふっと笑えてしまいました。
本当に周りの皆さんには勿体無いくらい気遣って貰っています。
余り感情的になって心配させてはいけませんね。
反省したいと思います。




