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「ケインズさん!」
会議室に入るなりティスティミンくんが駆け寄って来た。
一人で会議室に残されてさぞ気を揉んだことだろう。
ただ、マティスリン子爵邸のことは詳しいことは聞いていないので、大した事は教えてあげられそうにない。
「ティスティミンくん、ただいま。」
答えてこちらも近付いていくと、ティスティミンくんはこちらを見て何処かホッとしたように表情を緩めた。
「実家からは何か連絡があったか?」
トイトニー隊長がそうティスティミンくんに声を掛けていて、そのまま会議テーブルの方に誘った。
それを横目にまずはメルを檻に入れてからこちらも会議テーブルの方に向かう。
「カルシファー隊長から入った報告だ。ケインズお前も聞くだろう?」
「はい、是非お願いします。」
施設から引き上げる前に団長殿下に聞いていたところでは、カルシファー隊長の隊と王太子殿下と第一騎士団の一隊、第三騎士団の一隊が犯人達を追ってマティスリン子爵邸に向かったとのことだった。
初動が早かったので、恐らくマティスリン子爵邸に魔法使い達が辿り着いたところで即制圧されたのではないかと思う。
古代魔法陣についてはレイカさんが居れば何かしらの対処をしてくれる筈で、後の心配はアルティミアさんのことだ。
「マティスリン子爵邸に一番乗りしたのはレイカ殿下とジャック、クワランカーの聖獣だ。追われていた魔法使いどもを追い抜いていったそうだからな。」
何処か呆れたようにそう言ったトイトニー隊長に、ティスティミンくんと一緒に目を瞬かせてしまった。
「あの、やはりジャックがレイカ殿下を抱えて走ったということでしょうか?」
いつかきちんとレイカさんにも聞いてみたいと思っているが、以前エダンミール王宮で王太子から逃げる時に巨大化したジャックに抱えて走って貰ったそうだ。
この間、ティスティミンくんの悪戯にメルが反応して魔力暴走し掛けた時も、ジャックに抱えられて駆け付けたと聞いている。
「そのようだな。そもそもレイカ殿下のクワランカーの聖獣の方はしっかりマジマジと見た事はないからな。」
それもそうだ。
ジャックは人見知りが激しくて基本的に姿を隠していることが多い。
余程慣れた相手じゃないと姿を見せてくれなくて、自分も世話をさせて貰えるようになるまで少し時間が掛かった。
「まあ、あれのことは掘り下げても仕方ないから流すとして。カルシファー隊長の隊は魔法使い共がマティスリン子爵邸に入ったところで王太子殿下達とも協力して一斉制圧に乗り出してそれ自体は直ぐに済んだようだ。」
これは事前に準備していて良かったと言える成果だろう。
「その頃には、邸宅傍にあった井戸に出現していた魔物によって、邸宅は延焼し始めていて、その魔物はレイカ殿下とアルティミア嬢の護衛が対峙して、結果として退治した形になったようだ。」
その辺りは余り詳しい話を聞いていないのだろう。
「アルティミア姉様は?」
ティスティミンくんが待てずにそう口を挟むのに、トイトニー隊長がふっと優しく微笑んだ。
「ご無事だそうだ。危ういところをこれまたレイカ殿下が救ったようで、意識を失った状態でバンフィード殿がご実家に送って行ったそうだぞ。」
これにはティスティミンくんがホッとしたように息を吐いていた。
だがその直後にトイトニー隊長が妙に憂えるような顔付きになったのが気になった。
「とにかく、姉上はご無事だそうだから、ティスティミンは聖獣達の晩御飯を食堂から貰って来てくれるか?」
トイトニー隊長がそう言って、元気よく頷き返したティスティミンくんが会議室を出て行った。
これは、ティスティミンくんに聞かせない方が良いことがあったのだろうと察した。
「マティスリン子爵邸だが、レイカ殿下も手伝っての消火活動が済んでから王太子殿下主導で踏み込んだ邸宅内で、奇妙な点が幾つも見付かったそうだ。恐らく、真っ黒だと。」
これにはえっと目を見張ってしまった。
「分かってる事だけ溢しておいてやる。マティスリン子爵令嬢と使用人、魔法使いらしき者達の遺体が幾つも見付かったが、焼死ではなく予め遺体が邸宅の各所に用意されていたようだ。」
「え? では、アルティミアさんは?」
それはどういう意味だろうか?
「用意された遺体の方は本当は、延焼した邸宅で焼死体として発見される予定だったんだろうな。因みに、アルティミア嬢は訪問後直ぐに井戸付近に案内されて魔物と遭遇することになったと護衛が話していた。邸宅には足を踏み入れていないそうだ。」
「それは、逃れて来た魔法使い達が予め用意していたということですか? でも、それなら態々子爵邸に逃げ込んだ意味は?」
確かに、何かおかしい気がする。
「遺体は、死後一日以上経っている可能性があるそうだ。」
その話にはゾッとした。
「マティスリン子爵は、昨日の午後領地に向けて出発したのですよね?」
「ああ。」
トイトニー隊長が陰鬱そうな顔になるのも納得だ。
「子爵令嬢は、実子ですよね?」
「その辺りも捜査対象だ。王太子殿下が激怒で今邸宅中をくまなく捜索が行われている。」
モヤモヤしたものが胸の内に広がる。
「といった邸宅内の状況を、レイカ殿下はご存知ない。」
言って言葉を切ったトイトニー隊長がこちらに目を合わせて来た。
「レイカ殿下は、ラスファーン王子の件を気に病まれる筈だ。この件をどう伝えるか、もしくはしばらく言わずにおくかは、お前に任せる。いずれはお知らせすることになると思うが、こう一気に来てはレイカ殿下がどうなるか読み切れない。」
「・・・それもそうですね。」
自分でさえ嫌な気持ちになったのだ、レイカさんなら、ラスファーン王子のことも含めて、どれ程心を痛めるか分からない。
本当なら何も知らせずに知らずにいてくれる方が良いのではと思ってしまうが、レイカさんの今の立場や立ち位置がそうは言っていられないところにある。
「レイカ殿下をこの後お訪ねしても良いでしょうか? 少なくともラスファーン王子のことはお伝え出来ますし、様子も窺ってきたいと思うのですが。」
そうトイトニー隊長に申し出てみると、小さな溜息付きで頷き返された。
「その方が良いだろうな。サークマイトは駄目だが、聖獣は連れて行ってそれを理由に訪問してみるのが良いだろう。」
「はい。では早速行って来ていいでしょうか?」
居ても立っても居られない気持ちになってそう口にすると、トイトニー隊長には首を振られた。
「いや、夕食後にしろ。弟と夕食を食べに食堂に行って、料理長に頼んで食べやすい菓子でも包んで貰え。」
この細やかな気遣いにはハッとした。
レイカさんはラスファーン王子を案じて夕食もろくに食べられていないかもしれない。
そんなレイカさんに差し入れは確かに妙案だ。
しかも料理長に言えば喜んで用意して貰えそうだ。
「はい、そうします。」
それにしてもトイトニー隊長がこれ程細やかな配慮をする人だとは知らなかった。
そこへ丁度ティスティミンくんが帰って来て、コルちゃんとメルに餌やり後、夕食に行くことになった。
食堂での話題は今日の市街での事件で持ちきりだったが、敢えて皆とは離れてティスティミンくんと座り、料理長に頼み事もした。
その食堂にはまだカルシファー隊長の隊の人達の姿はなくて、まだマティスリン子爵邸の捜索が終わっていないのだろうと囁かれていた。




