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 リーベンさんの馬に乗せて貰って帰り着いた王女宮は騒ついた様子でした。


 玄関まで迎えに出てくれた侍従長も何処か表情が硬いようです。


「何かあったのですか?」


 そう問い掛けると、逆に驚いたような顔をされました。


「ご存知ございませんでしたでしょうか? ラスファーン王子殿下が先にお戻りでしたが、直ぐに王宮医師を呼びまして診てもらっております。」


 訝しげに話し始めてから、淡々と状況報告に移っていく侍従長に、嫌な予感がして顔から血の気が引きました。


「ラスファーン王子に、何かあったのですか?」


 改めて聞き直したこちらに侍従長が顔色を変えてチラッとリーベンさん達に目を向けました。


「リーベンさん?」


「中途半端な情報を漏れ聞きましたが、お帰りになってからご自分でご確認された方が宜しいかと黙っておりました。申し訳ございません。」


 そう正直に明かしたリーベンさんの言葉を背中に聞きながら、玄関ホールを駆け足で突っ切って階段を駆け上ります。


 リーベンさんが後をピタリと付いて来るのを感じながら、チラッと険しい目を向けてしまいました。


「いつ聞いていたのですか?」


「殿下がジャックと飛び出して行かれてから、直ぐにケインズ殿や聖獣達とすれ違いました。」


 そういえばそうでした。


「ケインズさんはそもそもどうしてコルちゃんとあそこに?」


「例のサークマイトまで聖獣様と先行してケインズ殿の前を走っていましたので、直ぐに第二王子殿下に問合せを入れました。」


 そちらも何事があったのか気になりますが、今はリーベンさんの話の先を聞いておくのが先決でしょう。


「返事が返って来たのはマティスリン子爵邸に着いて、魔法使い達の制圧が済んでからでした。あちらもバタついていたようで。」


 そのバタついた中でラスファーン王子に何かあったのでしょうか?


「まず聖獣様がサークマイトの檻を開けて、ケインズ殿を促して2匹で飛び出したようです。ケインズ殿はそれを追って、例の施設に向かったと。これはケインズ殿の後を追ったクイズナー隊長から状況連絡がありました。」


 コルちゃんは何かを察知して、自分の元ではなく魔王信者達の施設跡に向かったのだとして、ケインズさんとメルちゃんを連れ出したのには何か理由がありそうです。


「その後、第二王子殿下より施設跡で魔王信者達の遺産絡みで罠を仕掛けられていたと。それに巻き込まれたのかラスファーン王子殿下が怪我をして聖獣様が治療魔法を使ったとのことでした。」


 それを聞いてギュッと胸が掴まれるかと思いました。


「あの目隠しされていた山の中に・・・。迂闊でした、表の献花に仕掛けるくらいだから、あの山にも何かあってもおかしくなかったのに。」


 悔しくて漏らした一言に、リーベンさんが首を振ります。


「第二王子殿下は、王女殿下がその場におられなくて本当に良かったと仰せでした。その為にケインズ殿と聖獣様が来ることになったのだろうと。」


 そう言われてしまうと、実際には何があったのか気になってしまいます。


 とはいえ、今はラスファーン王子の様子を確認するのが先です。


 コルちゃんが治療魔法を使ってくれたなら、聖なる魔法で出来る治療は済んでいるということです。


 それでも回復していないなら、それは相当重篤な状態だということでしょう。


「殿下。」


 ラスファーン王子の部屋の前まで辿り着いたところで、リーベンさんにさっと前を遮られて呼び掛けられました。


「リーベンさん?」


「殿下、お入りになる前に少しお気持ちを落ち着けて下さい。」


 そのままこちらを覗き込むように見つめて来るリーベンさんの様子に、只事ではないのだと胸が締め付けられそうになりました。


「な、んですか?」


 そう呟きながら、リーベンさんは先程の報告以上のことを知っていて、口にすることを躊躇ったのだと分かりました。


「ラスファーン王子殿下は、第二王子殿下を庇われたそうです。これは、事故のようなものですから、どうか落ち着いて。」


 そう言葉を重ねるリーベンさんに首を振って、目の前の扉を開けました。


 途端に漂って来たのは血の匂いでしょうか。


 奥の寝台の帳は目一杯開かれていて、その周りを従者のイルディさんと医師達、宮の侍従や宮女さん達が囲んで忙しなく世話をしているようです。


「我々に出来るのは一先ずここまでですね。後はお薬を差し上げつつご回復を待つ他ありません。」


 医師のその言葉が聞こえて、止まっていた足を前に進め始めます。


 目にした光景に、一歩一歩踏み出す足が震えそうになっています。


「ラスファーン王子?」


 呼び掛ける声が自分でも驚く程掠れていました。


「王女殿下!」


 ばっと皆が振り返って、途端に案じるような視線が返って来ました。


「王女殿下、大丈夫でいらっしゃいますか?」


 医師に心配される程、顔色が悪くなっているのかもしれません。


 ですが、ベッドの上で荒い息で紙よりも青白いラスファーン王子よりはずっとマシな筈です。


 深呼吸して足に力を入れて避けてくれる人達と入れ替わってベッド脇に近寄ります。


 ラスファーン王子の魔力循環を助ける腕輪がある方とは反対の左腕が、肘の下からなくなっていて、巻き付けられた包帯の奥からじんわりと少しだけ血が滲んでいるように見えます。


 良く目を凝らすと、腕の血はほぼ止まっているようですが、同じく分断された魔力回路から漏れ出し続けていたと思われる魔力も、自動修復されて無理矢理途切れた腕の先から循環を始めたようで、また魔力圧が増加しているようです。


「ノワ!」


 慌てて肩の上に目をやると、ちょこんと座っているノワの顔は眉下がりです。


「全身を巡る前提での循環圧の調整でしたからね。腕の分回路が縮んでしまうとモロに影響を受けていますね。」


「どうにかなる?」


 食い気味に問い掛けると、ノワの顔色は曇ったままです。


「ご本人が魔力を消費してくれれば落ち着くかもしれませんが。」


 言って口を噤んだノワの反応は思わしくありません。


「我が君も何となく分かっていると思いますが、この王子様の魔力回路への干渉は、ここが世界から許される限界だと思います。前回も言いましたが、後は王子様が魔力消費で落ち着かせる以上の手立てはないと。」


 確かに、ケインズさんがメルちゃんから魔力を受け取って変わっていく魔力回路とは全然違って、ラスファーン王子への延命措置はそもそも無理矢理過ぎたのだと最近つくづくと思っていたのは事実です。


「・・・待って、ラスファーン王子の腕の還元修復を試みるのは? 消費は凄いかもしれないけど。」


 縋るような目を向けてしまうと、ノワが困ったように眉を顰めました。


「ダメですよ。そもそも王子様は一瞬で身体が崩壊する無数の呪詛を受けて腕を切り落としているので、切った先も残っていませんし。例え無理矢理還元魔法を使ったとしても解呪不可能な呪詛を復活させることにしかならないし。それも還元するとなると、それはもう時の巻き戻しとして世界に絶対に認められないものになります。つまり、物事には諦めなければならないこともあるということです。」


 返す言葉がなくて目の前のラスファーン王子のベッド脇に膝をついて座り込みました。


 手を伸ばして無事な方の手の先を握ります。


 掛ける言葉を思い付かないまま、悔しくて滲みそうになる視界をぐっと堪えてそのまま座り込んでいると、そっと後ろから椅子を待ったリーベンさんが近付いて来て、振り返った先で医師が深々と頭を下げて去って行きました。


「しばらく付いておられるのなら、こちらに。」


 リーベンさんの静かな言葉に力無く頷き返して差し入れてくれた椅子に座り直します。


「イルディさん、布巾貸して下さい。私が。」


 反対側から額の汗を拭いていたイルディさんが黙って頷き返して来ました。


 こちら側に回り込んで来たイルディさんが後ろで洗い直してくれた布巾を受け取って、そっと額の汗を拭います。


 何度かそれを繰り返したところで、居た堪れなくなって、イルディさんに向かって溢してしまいました。


「ごめんなさい、イルディさん。私、ラスファーン王子をここまで連れて来て何かあれば何とかするつもりでいたのに。・・・蓋を開けてみれば、苦しんでいるのに、何もしてあげられなくて。」


 情け無くて滲んでくる涙に、イルディさんも眉下がりになります。


「・・・王女殿下にも出来ないことがある。そんなことは当然分かっていました。確かに、期待したのは事実ですが。ラスファーン王子は分かっていて、躊躇わなかったんです。」


 それはどういう意味か分かりませんでしたが、大事な事ほど中途半端な自分が嫌になります。


 あの時、施設の地下のことを気にもせずにマティスリン子爵邸に走ったことが間違っていたのでしょうか?


 でも、あそこで反則技のジャック運搬を使ってでも駆け付けていなければ、アルティミアさんもヴァイレンさんも救えなかったかもしれません。


 でも、どちらが優先だったと順位などつけられない問題です。


「ラスファーン殿下は、第二王子殿下を庇って呪詛を受けられました。手の先から崩れ落ちる呪詛を終わらせる為に、腕を切り落とす選択をされたのです。」


 イルディさんが堪えるような声でそう説明してくれるのに、ギュッとまた胸が痛くなります。


「ですからどうか、褒めて差し上げて下さいませんか?」


 一生懸命作った笑顔を向けて来るイルディさんに、堪えていた涙が溢れ落ちてしまいます。


「何を言って・・・」


「お説教も喜ぶかもしれませんが、どうか最後の言葉は褒め言葉で。我が主人が安心するように見送って頂けないでしょうか?」


 その具体的な言葉に、更に胸が潰れてしまいそうになります。


「やめて、下さい。いつか、もっとずっと先に、そんな日が来たら、そうしても良いです。でも、今はまだ嫌です。」


 そんな駄々っ子のようなことを言う自分を情け無く思いながらも、今直ぐに何かを受け入れることは出来ませんでした。

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