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 行きはレイカさんとラスファーン王子が乗って来た馬車に、帰りはラスファーン王子が乗った後で、コソッと自分とコルちゃんとメルも乗り込むことになった。


 止血後一階で待機中に倒れるように意識を失ったラスファーン王子は、その後発熱が始まり、失血の所為で一時は心臓の鼓動が弱くなったりとかなり危ない状態に陥ったが、コルちゃんが治療魔法を施してくれて、何とか容態は持ち直したようだ。


 施設周辺の安全確認と追加護衛の配備やこれから王城まで戻る市街の状況確認などが終わるのを待っていると、動けるようになるまでかなりの時間が掛かった。


 その間に団長殿下には、こちらに駆け付ける間にレイカさんと上空ですれ違ったことも報告してある。


 頭を抱えた団長殿下の心労も気の毒だと思ったが、恐らくマティスリン子爵邸に向かったと思われるレイカさんの判断は正しいと思う。


 他の誰かでは事態の収拾に時間が掛かるだろうし、状況によっては王都市街にも被害が広がる可能性もある。


 犯人達を追ってそちらに向かった王太子殿下やカルシファー隊長の隊、第三騎士団もそちらに隊を出しているので、レイカさんが最前線に立つことはないと思うが、後はレイカさんを運んで行ったジャックが状況に応じて逃げる時にも役立ってくれる筈だ。


「あの、レイカ殿下を猿の聖獣が運んで行ったという話は本当なんでしょうか?」


 不意に細々とラスファーン王子の看病をしていた従者のイルディさんが話し掛けて来た。


「ええ、本当だと思います。何かに抱えられたレイカ殿下を見たので。ただ、ジャックはいつもと大きさも違って、お互いそれなりのスピードですれ違ったので、よくは見えなかったんですが。」


 団長殿下に報告していた時耳に入っていて、イルディさんはずっと気になっていたのかもしれない。


「どういう理屈なんでしょうか? クワランカーに身体の大きさを変えるような特性はなかったと思うのですが?」


 やはりそこが皆気になるところだろう。


「ええ、皆そう話していますが、最終的には、まあレイカ殿下の聖獣様なので、と追求を諦めるんですよ。」


「そういうものですか?」


 腑に落ちないような顔で問い掛けて来るイルディさんだが、その間もラスファーン王子の額に魔法で冷やしたハンカチを当てて、汗を拭き続けることはやめない器用な人だ。


「レイカ殿下は、異世界からやって来た神々の寵児で、国一番の魔力持ちで古代魔法を扱える血筋も受け継いだレイナードの身体に入った人です。そのどれか一つでも充分特別な才能だと思うのですけど、三つも持ち合わせている所為で、実はレイカ殿下ご自身も周りの皆も何処まで何が出来るのかが分からない、そんな方なんです。」


「・・・なるほど。あのラスファーン王子が特別扱いする理由は、その辺りなのでしょうかね。」


 苦い口調のイルディさんは、ラスファーン王子がレイカさんに尽くす理由が分からなかったのかもしれない。


 だがそれは、レイカさんの能力や才能だけのことではないと、どう説明するべきだろうか。


「レ、イカ・・・」


 不意に掠れた声がラスファーン王子の口から漏れ聞こえて、ハッとしてそちらに目を向ける。


 と、荒い息で顔を顰めたラスファーン王子が目を瞑ったままうわ言のようにレイカさんの名前を呼んでいる。


「レイカ、下がって・・・ダメだ。それは、君には、解呪出来ない!」


 何か夢にうなされているのだろうか。


 こんな時にまでレイカさんの身を案じる夢を見ているのは、何というか気の毒になる。


「もう、ラスファーン王子は団長殿下を庇われたんですよ? 大丈夫です。呪詛は消えました。殿下が引き受けて消して下さったんです。」


 ラスファーン王子の無事な方の手をそっと握りながらそう語り掛けるが、イルディさんの膝の上でラスファーン王子は首を振る。


「レイカ・・・ダメだ!」


 どんな夢を見ているのか、額から汗が引っ切りなしに滲み出ている。


「殿下、レイカ殿下はご無事ですから。」


 イルディさんも冷たくしたハンカチでラスファーン王子の額の汗を拭い続けながら話し掛ける。


「レイカ、レイカ、お願いだ。・・・消えないでくれ。そんな風に笑って・・・お願いだ。・・・愛してるんだ。」


 ラスファーン王子の脈絡のない言葉の羅列の最後に来た心の奥底を吐き出すような言葉に、ドキリとした。


 何となく、そうなのではないかと思っていたが、ラスファーン王子は本気でレイカさんのことを想っていたのだ。


 息を詰めて目を上げた先で、イルディさんが気まずそうな顔で目を逸らした。


「あの、今のはその。」


 何か言い訳をしようとしているイルディさんの言葉は聞きたくなくて、こちらも口を開く。


「知られないようにして下さい。レイカさんには絶対に。」


 強い口調で言ってしまってから、自分は酷い人間だと嫌な気分になった。


「・・・分かっています。誰よりもラスファーン王子ご自身が、絶対にレイカ殿下には知られたくないし、知らせるつもりもないと。」


 何かを押し殺すように拳を握ってイルディさんが絞り出すような声で言った。


「済みません。嫌な事を言っている自覚はありますが、俺はレイカ殿下が大事です。僅かも悲しんだり傷付いたりして欲しくありません。それくらいなら、俺が嫌な人間で構いません。」


 絶対に譲れないそこだけははっきりと口にしておくと、ふと目を上げたイルディさんがほんの一瞬だけ何か縋るような、泣きそうな顔をしたように見えた。


「そう、ですよね。理解、しています。王女殿下は、眩い道を真っ直ぐ歩んで行かれるような人です。これからを生きていく人だ。」


 これには小さく苦笑が浮かんだ。


「それは、違いますよ。レイカ殿下は真っ直ぐなど歩いてくれません。目を離すと直ぐに脇道に入って、両手で抱え切れないほど半分くらい捨てて来ても良いようなものを態々拾ってヨイショと歩むべき道に戻って来るんですよ。お陰で道には穴が開いたりその所為で急な坂道を登る羽目になったり。時々泣きべそをかきながら両手を傷だらけにしながら登って来るんですよ。」


「・・・それは、引っ張り上げて助けない訳にはいきませんね。」


 少しだけクスッと笑ったイルディさんに、こちらも口元に笑みを浮かべてみせた。


「ええ。余計なお世話だと言われても、抱き上げて歩きたくなるんです。」


「・・・成程。だからクワランカーの聖獣も、大きくなって持ち運ぼうとするんでしょうか?」


「ええ、きっと。」


 何となく、何かを分かり合ったような気分になって、漸く気持ちが落ち着いて来たところで、ラスファーン王子もまた深い眠りに落ちたようだった。


 静かになった寝息が時折聞こえて来る。


「ケインズ殿、ラスファーン王子にはもう、残りの時間が余り残されていないと思います。」


 イルディさんがなるべく淡々とを装ってそんなことを言い出したのには驚いてしまった。


「それ程、なのでしょうか?」


 思わず声を潜めて問い返してしまうと、イルディさんは真面目な顔で頷き返して来た。


「レイカ殿下の施して下さった延命処置は、本当に応急的なもので、遠からず何かのバランスが崩れてしまえば、今度こそ後はないとラスファーン王子も分かっておられました。」


 それなのに、団長殿下を庇って腕を切り落とすように言うなど、自殺行為に他ならない。


「ラスファーン王子は、貴方のこともレイカ殿下との状況もよく見ておられました。その上で、恐らく潮時と思ってしまわれたのではないかと。」


 これにも目を見開いてしまった。


「殿下はよく、私と二人きりの時に口にしておられました。自分が幸運にも手に入れることになったこの残り時間は、レイカ殿下の為だけに使うのだと。レイカ殿下に婚約予定者として必要とされる内はそのように。レイカ殿下に向く非難があるのなら、矢面に立って風向きがご自分に向くように。そして、ご自分の役割が終わる時には躊躇わずにレイカ殿下の元を去れるように。身綺麗に、どんな残り香も後腐れも残さないように。静かに穏やかに大人しく、消えていけるようにと。」


 胸に何かを突き刺されたようにズキリと傷んだ。


「そんなことは、不可能だ。レイカさんは、そんな風にはラスファーン王子のことを忘れたりしない。ラスファーン王子がどんなつもりでいようとも、こんな風に失うことになったら、きっと酷く後悔して傷付く。だから、しがみ付いてでも精一杯生きて頂きたい。」


 こちらも真面目な顔付きでそう返すとイルディさんがまた泣きそうな顔になった。


「充分生きたと清々しい気持ちになったラスファーン王子を、レイカさんには見送って欲しいのだとお伝え下さい。」


 これまた酷い言葉なのかもしれないが、自分にとってはレイカさんの幸せが一番大事だ。


 その為なら憎まれ役になることなど何でもないと思えた。

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