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失礼かもしれないが、弟のように思えてきてしまったコルステアくんのことは、レイカさんの本当の弟だからという以上に親しみを感じる存在になり始めている。
「あのさ。ケインズは例えばおねー様が仕方ないから死んでって言ったら死んでも良いとか思ってるの?」
「うーん。それはちょっとちゃんと話そうかってなると思うけど。でも、危険かもしれないけどそれが最善だって言われたら、頷くかな。」
思い詰めたように続けるコルステアくんは、レイカさんのことで何か心配事でもあるのだろうか。
「あのさ、おねー様はケインズが一番って訳じゃないからさ。思った以上に普通に王女様を出来てて、公の立場も理解してる。だから、おねー様は自分のことも大事な筈のケインズのことも最優先じゃない。それでも良いの?」
躊躇いがちにそんなことを訊いて来るコルステアくんに驚いてしまった。
「・・・それは、王女様だから、仕方ないことだとは思うし。逆に、立派に王女様が出来てるレイカさんが凄いと思う。もしも俺に出来ることがあるなら手伝いたいし。それでレイカさんがこっちを向いて有難うって言ってくれるなら、何でも頑張れてしまいそうだ。」
微笑んで答えると、コルステアくんが何か納得出来なさそうな顔になった。
「僕は、おねー様はただのおねー様で良かったのに。」
そうぽそっと溢したコルステアくんに、はっとした。
「そっか。コルステアくんは、王家にレイカさんを盗られたみたいで嫌だったんだな。」
それはそうだ。
自分はともかく、コルステアくんはレイカさんとは身体的にはきちんと血の繋がった姉弟だ。
ヤキモチくらい焼きたくなって当然かもしれない。
「でも俺は、今の頑張ってるレイカさんも好きだな。皆の為に頑張るレイカさんは凄く綺麗だと思う。そんなレイカさんがホッと一息羽休めする場所が俺のところだったら、幸せだろうなって思う。」
「・・・ケインズは、真っ直ぐだよね? おねー様を独占したいとか、囲い込みたいとか、誰にも見せないように閉じ込めたいとか思ったことないの?」
そんなコルステアくんの陰に傾いたドロっとした言葉にギョッとしつつ周りを見回してしまうが、室内の魔法使い達は寝袋の片付けやら身支度に忙しく、誰も檻の側には居なかった。
「えっと、コルステアくんは俺が一度レイカさんに告白してフラれて、諦め掛けたことは知ってるよね?」
「ああ、おねー様がシルヴェイン王子を追い掛けてエダンミールに行く直前だった?」
自分でもそんなこともあったかというくらい前の話に感じる。
「うん。その時は正直、レイカさんを殿下に渡したくなくて、頷いてくれたら隠してしまいたいっていう気持ちもあったかも。でも、結局レイカさんは頷いてくれなくて。レイカさんの留守中、コルちゃんの面倒を見ながら、ずっと色々考えてた。」
あの頃が一番辛かったような気がする。
「思考が果てから果てまで一周も二周もして、レイカさんの情報も色んなところから違う形で入って来たし、色んな人とレイカさんの話もしたりして、やっと気持ちが固まって、今はそんな風に思うようになった。だから、真っ直ぐではなかったよ。」
今も、迷うことも躊躇うこともまだあるし、何より自分が足りていない部分を思うと尻込みしそうになることもある。
でも、今踏み出さずにいたら一生後悔すると分かっているので、必要なことは後で補うと決めて進み出すことにした。
「そういうとこは、ケインズ大人だよね?」
「そうかな? コルステアくんも王城魔法使いとしてしっかり大人の一員になって頑張ってるように見えるけどな。」
そう返してみると、コルステアくんは少し俯いて、少しだけ嬉しそうな顔になっているように見えた。
貴族の家で育って、ご両親も忙しそうで、あの色んな意味で目立つレイナードを兄として見てきたのだ、色々と複雑な思いもしてきているだろう。
素直になれなかった理由も沢山あったに違いなく、それがレイカさんに入れ替わったことで吹き出して、やっと落ち着いて来た頃にそのレイカさんが取り上げられてしまったとしたら、やはり複雑な気持ちを持て余しているのかもしれない。
「さっき俺も、オンサーさんに今日もレイカさんに会えると思って頑張れって激励されたんだ。コルステアくんもレイカさんに知らせる為に記録を取ってたんだろ? レイカさんはそういうこと分かってくれる人だよ。取り敢えず、レイカさんの視界に入れるように日々お互い努力しよう。」
そんな微妙な話で締め括ってしまったが、コルステアくんは気にしなかったようだ、素直に頷いていてやっぱり可愛い弟認定になってしまった。
再び記録を取り始めたコルステアくんのメモを覗いてみると、メルの様子から魔力の状態までかなり細々とした項目が記録されている。
「魔力を取り込めてないからか。やっぱり元気はないね。聖獣の方と2匹分、朝食用に餌と水が届くと思うから、ケインズにあげて貰った方が良いだろうね。」
「うん。出来るだけ俺が世話はしたいと思うけど、魔力遮断の魔道具をメルと俺で交互に着けるとか、工夫がいりそうだな。」
メルも自分も魔力を取り込む必要があるから、魔道具を付けっ放しには出来ない。
同じく魔力遮断の檻に入りっぱなしもダメだ。
「それは考えてカリアン王城魔法使い長が魔道具を作ってて、朝には持って来るって言ってたけど。」
それさえあれば、しばらくは現状維持が出来るのだろうか?
「何にしろ、このまま突き進むのは危険だからね。」
少しでも対策を立てる時間が稼げるなら、その魔道具を有り難く頼りたいところだ。
「今日はレイカさんはいつ頃こっちに来れるんだろう。」
ポツリと溢すと、コルステアくんが肩を竦めた。
「おねー様、今忙しいからね。こっちのことばっかりしてられないだろうし。でも、午前中には一回様子見に来てくれると思う。」
「そうだな。煩わせて申し訳ないと思うけど、昨日のノワの話を聞く限り、レイカさんの手を借りる前提で動くのが最低条件みたいだし。」
レイカさんの魔人がレイカさんの居ない場所であれ程語ったのは見たことがなかった。
「あの魔人、物凄く胡散臭いけど、おねー様が追い払えない理由はまあ分かったかな。これからも付き合っていかなきゃならないかと思うと、物凄く嫌な気持ちになるけどね。」
そこは確かにその通りだ。
ただ、レイカさんに悪意があって振り回している訳ではないと分かったのは収穫だろう。
信じ切ることは危険だが、必要な時には頼ることになっていきそうだ。
「それから、王弟殿下が用意したあの補佐官達、かなり手強そうだけど、頑張ってよ? 今のところおねー様はそういう意味では相手にしてなさそうだけど。毎日顔を合わせて働いてたら、おねー様のことだから情くらい簡単に芽生えるだろうからね。」
それもその通りだ。
それぞれがかなり有能そうな人達だった。
「イオラート兄上によると、家柄も能力も申し分なしな逸材揃いらしいよ。ただし、家を継がない次男以下で王太子殿下の側近には収まれなかった若干下の世代だから、辛うじて売れ残ってたって人達みたいだね。」
その微妙な話には口元が苦くなる。
「政略結婚の相手としては、理想的なんだろうな。」
少しだけ皮肉を込めてそう口にしてしまった。
「まあそうだろうね。でもおねー様は絶対ケインズが好きだよ。だから頑張って!」
その力の込もった激励にはふっと笑みが漏れた。




