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「コルドールさん、今日の昼時、市街で個室のある飲食店の予約をお願い出来ますか?」
「はい。そこでお会いになるんでしょうか?」
正しく意図を理解してくれたようで助かります。
「ええ。店が決まったらあちらにも連絡を入れるので、店の場所と名前を教えて下さい。」
「はい! なるべく急いで手配して戻ります!」
お店の予約は現地に顔を出すのか伝紙鳥などで連絡を入れて返事を待つのか分かりませんが、当日の昼食予約はかなりの無茶振りになってしまいました。
王弟殿下の執務室を出て直ぐなので、総務にも近くて王女宮からスタートよりはまだ良いでしょう。
「王女殿下。」
とここで、アレクシスさんから声が掛かります。
「市街行きの人選の理由ですか?」
先回りして言ってみると、やはりそうだったのかアレクシスさんが続けて開き掛けていた口を一度閉じました。
「コルドールさんは市街に詳しいでしょうから。そして、クランシオンさんは敢えて言うなら目力でしょうか?」
少しだけ冗談も交えて言ってみると、残った2人共が眉を寄せたようです。
「目力?」
不本意そうに口から出ているのはご本人のクランシオンさんの方ですね。
「会えば分かると思いますよ? バランスの問題です。」
「は?」
そればかりではない訳ですが、ここで言及はやめておきましょう。
「では、朝の報告会は無しということになりますでしょうか?」
納得出来た顔では無さそうですが、そう話を切り替えたアレクシスさんに、ふっと微笑み掛けます。
「ええ。朝一番にアンネリアさんから相談役のお二人とテスマンさんには報告会は夕方にと連絡を入れて貰っています。ただ、これからアレクシスさんには第二騎士団の会議室に付いて来て貰うので、市街での昼食会に出掛けるまではクランシオンさんはテスマンさんと昨日の続きの試算をお願いします。」
「あ、はい。」
クランシオンさんが返事をくれて、アレクシスさんはまだ眉を寄せた難しい顔です。
「第二騎士団にはラスファーン王子も一緒に行って貰います。アレクシスさんには、なるべくラスファーン王子とのこういった場合の調整をお願いしていきたいです。」
身分社会に一番精通していて諸々上手く捌いていけそうなことと、これから“魔法使い協会”のことを会議など公の場で発信して行くのは彼になりそうなので、魔法使いになるべく関わって知っておいて欲しいからですね。
「承知致しました。」
今度はきちんと頷いてくれたアレクシスさんですが、本当にこんな出来るオーラ満載な有能でプライドもある若い補佐官さん達を上手く使っていかなければならないかと思うと、ちょっと憂鬱になりそうです。
バカにされて働いてくれなくなると困るので頑張りますが、ちょっとハードル高過ぎです。
失敗したら王弟殿下に盛大に抗議してやろうと思います。
そんな会話を交わしつつ歩く朝の政務区画の廊下では、出勤して来た様子の文官さん達とすれ違います。
と、向かっている廊下の先から声高な人の話し声が聞こえて来ました。
ゆっくりと近付いて行くと、こちらに向かって来る一団が見えました。
第一騎士団の護衛騎士達を伴ったアーティフォート王太子のようですが、その彼に何やら親しげに偉そうに話し掛けている小太りなおじさん、多分ご身分と権力のある貴族の大臣とかそんな人なんでしょう。
「そういう訳で王太子殿下、是非ともそのお役目マユリ様の代わりに我が娘にお任せ頂けませんでしょうか?」
揉み手付きのおじさんの喜色満面なそんな台詞が聞こえてきて、漸く見えるようになって来た王太子の顔がうんざり顔になっているのが確認出来ました。
ここは、貸し一つ作っとくところでしょうか?
さっと前に出て王太子の方に近付きます。
途端に、窘めるように殿下、とアレクシスさんとリーベンさんに小声で呼ばれたような気がしますが、聞こえなかったことにしましょう。
「アーティお兄様! おはようございます!」
朝から爽やか笑顔で、表情筋のお仕事の時間ですよ。
「あ、ああレイカおはよう。」
いきなりなアーティお兄様呼びに一瞬詰まった王太子ですが、そこは持ち直してにこやかに挨拶を返してくれました。
「レイカが朝からこの辺りにいるとは珍しいな。」
「はい。叔父様に朝一番にお時間を頂いて少しお話しを。」
話の腰を折られた小太りのおじさんが面白くなさそうな顔になっていますが、気にせずどんどん続けましょう。
「流石に忙しそうだな。彼らが叔父上推挙の補佐官達か?」
「はい。とても優秀な人達で助かっています。」
王太子がどう話を持っていきたいのか分からないので、一先ず合わせることにして、おじさんが口を挟む隙を与えず和やかな空気を発散しておきます。
「そうかそうか。では、一度大事な妹の補佐官全員が揃ったところで紹介して貰おうかな?」
「ええ是非。あ、アーティお兄様にお願いがありましたの。丁度良かったですわ是非聞いて下さいますか?」
「何だ?言ってみなさい?」
「今度マユリ様をお茶にお誘いしても構いませんか?」
にっこりですよ?
「ん?マユリを?」
ちょっとここで若干不機嫌が顔を出す王太子の独占欲ってどうなんでしょう?
「王族女子会でも開こうかと。パドナ公女様もお呼びして。家族になるのですもの。交流は大事でしょう?」
「それは、女子会限定なのか? 私もマユリをエスコートしたいが?」
「うーん。まあ、それもダメではないですけれど。シル兄様にも来て頂いて、わたくしはラスファーン王子にお付き合い頂きましょうか?」
「では、王族専用庭園での開催にするか。兄妹水入らずで、私が主催しよう。」
「・・・アーティ兄様、趣旨がどんどんブレていますわ。まあ良いですけれど。」
「その代わりと言っては何だが、一つレイカに頼みたいことがある。」
ここで漸く本題が出て来るようです。
「ええ、何でしょうか?」
「来月行われる薄氷祭で冬の乙女役を引き受けてくれないだろうか。」
おじさんの我が娘アピールはここに繋がるんでしょうか?
「毎年晩秋に行われる祭事で、王都の側の湖の湖面を薄氷で覆うのだが、王族女性が冬の乙女となって魔法を行使することになっている。」
「その意図は?」
良く分からない祭事に首を傾げて見せると、途端に王太子の後ろから例のおじさんの咳払いが入りました。
が、一先ず無視ですね。
「冬は一般的に魔物の活動が鎮静化する。湖に薄氷が張ることで水棲の魔物も出て来られなくなる。つまり魔物の脅威から解放される冬の訪れを願う為に、象徴的出来事として湖に薄氷を張ってみせるということだ。勿論、湖の全面に氷を張る必要はなく、湖岸から魔法を巡らせて張り始めたことが目視確認出来ればそれで良い。」
なるほどというこの世界らしい祭事ですね。
「去年までは、従妹のノイシュレーネが務めてくれていたのだが、今年は春に結婚を控えている婚約者のマユリにと去年から話に上っていたのだ。」
「え?そんなの聖なる魔法しか使えないマユリさんには元から無理ではありませんか。そもそも王族女性が絶対氷魔法が使えないと成立しないような祭事って。」
引き気味に返すと、王太子には苦笑いされました。
「いや、その為に氷魔法を発動させる魔道具が存在する。」
そこで言葉を切った王太子にピンと来ましたね。
「まあでも、わたくしでしたらその魔道具も、必要ありませんわね。王家の聖女と言われるわたくしが喜んでお引き受け致しますわ。」
この力を込めた大宣言に、王太子が露骨にホッとした顔をしていました。
「ただ、勢い余って湖を完全に氷結させてしまうかもしれませんけれど、ご容赦下さいませね。」
ここは、保身の為に先に言っておこうと思います。
「・・・強ち冗談とも思えないところがレイカだな。だが、魔道具は使うと良い。ここだけの話だが、神秘的に見える仕掛け付きなのだ。」
「それは楽しみですね。ノイ様の魔力色は氷魔法に映える青系統ですけれど、マユリ様の魔力色は春の色ですものね。冬の祭事はこの先もわたくしのお仕事にした方が良さそうですね。」
そうさり気なく付け加えておきますよ。
「マユリの魔力色は、春の色というのは?」
そこに食い付きますか。
「ええ、わたくしやマユリ様の故郷を象徴する花の色で、春先に咲いて綺麗な花弁をサラサラと撒くように散らす、それは儚くも美しい花なんですよ。マユリ様がこの王都の人々の為に守護の要を守って散らした桜色の魔力、それはさぞ綺麗だったでしょうね。見られなくて残念でした。」
そう最後は情緒豊かに締めくくると、沈黙が流れました。
「ありがとうレイカ。そして、冬の乙女のことは宜しく頼む。」
そう穏やかに微笑みながら返してくれた王太子は、初めて見るような優しい目を向けてくれました。
「はい。お茶会の方も楽しみにしていますね。では、アーティ兄様、失礼致しますわ。」
一歩下がって綺麗に礼を取ると、王太子御一行を避けるように回り込んで廊下を先に進み始めました。




