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王弟殿下の執務室のソファに座って、向かいで難しい顔になっている王弟殿下の言葉を待つ時間になっています。
朝一番に王弟殿下との面会の時間を捻じ込んでくれたアンネリアさんには感謝ですが、事前に補佐官さん達に事情説明をする余裕もなくて、ソファの後ろに並ぶ彼らがどんな顔でどう聞いているのか気になってしまいますね。
「元“揺籠”幹部の魔法使いリッセン。エダンミールのスウィーク公爵家の出で、マーズリード王太子の元侍従。エダンミール滞在中に二度もレイカを翼竜で攫った実績がある。そして、現在王都に潜伏しつつ王女宮の侍従になることを希望している。」
王弟殿下が改めてつらつらと並べてくれたのは、後ろの補佐官さん達に対する情報共有なのでしょう。
ただ、こうして改めて並べ立てられると、物凄く怪しい人ですよね。
「依頼を出して成果を持って来た以上、会ってやらぬ訳にもいくまい。護衛を連れて市街に降りることを許可する。」
存外あっさりと許可が出ましたが、ここで油断は禁物です、続きがある筈ですからね。
「護衛の他に補佐官は少なくとも2人は連れて行くように。それから、この件はシルヴェインにも話を通しておくこと。リッセンとの接見が済んだら、一度シルヴェインと共にこちらに報告に来るように。」
「はい。」
王弟殿下としては、今回の件は第二騎士団所属のケインズさん絡みだからということもあるのでしょうが、シルヴェイン王子に任せるつもりのようです。
「さて、ここで幾つか確認だ。ケインズとサークマイトの件だがそなたの中での最善の解決策は? どう持っていくつもりでいる?」
濁すことなく直球で来た問いに、少しだけ考えてから口を開きます。
「状況を改めて並べてみてから、ケインズさんと相談になりますが。サークマイトのメルちゃんとケインズさんを繋ぐ魔力受け渡しの仕組みに手を加えて、将来的にケインズさんがその魔力を使いこなせるようになるのが理想ですけど。その手段を探りつつ、万が一ケインズさんのお命に関わるような不具合が出るなら、全力で還元魔法を使ってでも、契約前の状態に戻してみせます。」
「・・・そうなればサークマイトは殺処分が決定するが、そなたの聖獣は黙っていると思うか?」
そうなんですよね。
本当は、今すぐにでもメルちゃんとケインズさんの魔力的関わりを元に戻す還元魔法を用いてみるべきかもしれませんが、そうなればメルちゃんは間違いなく処分対象になる訳で、それをコルちゃんは容認しないでしょう。
答えられずに沈黙していると、ふうと王弟殿下の溜息が聞こえて来ました。
「ケインズは、そなたに関わり過ぎた。もう後戻り出来ないところまで来てしまったようだな。自覚はあるのか?」
言われてドキッとしてしまいました。
確かにこれは、間違いなくこちらの事情に巻き込んでしまっています。
「・・・本当ですね。どう考えても私の所為ですよね?どうしよう。」
泣きたいような気分になって下を向いてしまうと、更に深い溜息が降って来ました。
「その上、一騎士でしかないケインズをこのままにしておけば、早晩王城魔法使い達のいい玩具になるだろうな。そうしたくないのならば、王城魔法使い達を牽制出来るような力持つ後ろ盾が必要になるが。後ろ盾を頼むのならば、それなりの旨みがなければ引き受け手が出ないだろう。・・・さて、こういう時、元凶で立場が上になる者は、責任を取るべきではないのか?」
ぐうの音も出ない程、その通りです。
この場合の責任は、やっぱりそういうことですよね?
ケインズさんがいつの間にか王弟殿下の中で婚約者候補としてこれ程認められていたことには驚いてしまいましたが、これをその他候補のウチの補佐官さん達の前で堂々と口にしたことには、ちょっと怖くなってきますね。
やっぱお前達はなし、と宣言したというより、発破を掛けたように感じるのは気の所為でしょうか?
相変わらず鬼です。
「キースカルク侯爵がそろそろ国境を越えて戻って来る。帰国したら、ここに挨拶に来るだろうが、その時には同席するように。」
急速に埋められていく外堀に、ケインズさんに申し訳ない気持ちになります。
昨日会議室で話したところでは、ケインズさんは前向きに考えてくれているようでしたが、このまま流されていって良いのか正直不安です。
「大人の事情はよおく理解致しました。が、ラスファーン王子のこともありますし、表立って今直ぐどうこうを急かすのはやめて下さい。キースカルク侯爵にはわたくしからのお願いということで、ケインズさんの後ろ盾になって頂けないか頼み込んでみます。」
結果として同じことになるのだとしても、ケインズさんに逃げ道のない未来を押し付けたくありません。
「まあそれは好きにするが良い。」
あっさりと手を離した王弟殿下も、やはり結果一緒と判断したのでしょうね。
「では、話を次に進めるが。リッセンの行動力をみる限り、“魔法使い協会”の発足は間に合いそうにないが、どうするつもりだ?」
これまた正確に懸念を突いてきますね。
「ええ。わたくしもそう思いました。ので、急速に手を打つ為に、現行法を確認して流用や見直しが出来ないか確認して貰うつもりです。」
王弟殿下がそれを受けてバステルさんに目を向けたようです。
「直ぐに確認に入るように。必要ならば私の権限で法務からもう何人か人を借り受けて構わない。これは“魔法使い協会”とは無関係なこととして、纏まれば私の権限で推し進める。今日中に目処を付けてレイカから報告を。」
完全にこちらの手を離れるかと思えば、きちんとこちらを通してくれるようです。
「レイカ、分かっていると思うが、魔法使い絡みの法改正は皆が慎重になる。余程上手く上げなければ事もなく潰されることになると覚えておくように。その上で、今日中に纏め上げること。」
これは、幾ら何でも無茶振りが過ぎるでしょう。
「・・・頑張ります。」
他に言える言葉もなくてそう口にすると、直ぐにバステルさんを振り返りました。
「バステルさん、直ぐに手伝って貰えそうな人を確保して始めて下さい。目的は、王都の魔法使いの雇用契約や労働契約を国家としてコントロール出来る法律の洗い出しです。次点で魔法の使用制限について言及されている法律の洗い出しを。それから、魔法使いの犯罪に対する取り締まりの権限強化が見込めそうな法律も探しておきたいです。」
「承知致しました、が。正直それだけの洗い出しを一から始めていては今日中には間に合いません。法務の方でかなり広範囲に伝わって構わなければ、詳しそうな者に片っ端から声を掛けてみますが?」
これは王弟殿下に目を向けます。
「構わない。発案者はレイカで主導は私だ。結果さえ出れば、少々話が大きくなっても抑え切れる。」
そこは財務を牛耳る王弟権限を使ってでも抑えて下さると。
頼もしいお言葉ですが、つまりは必ず結果を出せと言っている訳ですね。
プレッシャーをありがとうございます。
「分かりました。では殿下、直ぐに行って参ります。」
引き締まった顔で頭を下げて部屋を出て行くバステルさんを見送って、向き直ると王弟殿下の視線が真っ直ぐこちらを向いていました。
「それで? リッセンのところへは?」
ああとチラリと補佐官さん達をチラ見してから王弟殿下に向き直りました。
「コルドールさんとクランシオンさんに付いてきて貰います。」
「・・・人選の理由は聞かずにおくが、余り舐められるな。」
言いたいことは分かりますが、こればっかりは素直にはいとは言えませんね。
「善処はしますけれど、リッセンさんの期待に応えるとか感心されるような言動を取るとか、そういう努力をするつもりはありませんよ? 絶対に無理ですから。但し、彼が何を企んでいるか知りませんけれど、こちらに不利益な企みを思い通りにさせるつもりはありません。」
一先ずそう返しておくと、王弟殿下には呆れたように溜息を吐かれました。




