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 エダンミールのラスファーン王子とその従者に従いながら王女宮に向かう傍ら、その2人が抑えた声で交わす会話に黙って耳を傾けていた。


「増幅した魔力を馴染ませることで魔力器官が強化されていくとしたら、やはり魔力をひたすら使い続けて身体を慣らすしかないだろうな。」


「それにしても、暴走しないだけの魔力しか受け取らないように出来れば良いんですが。そういった調整を魔道具や魔法の書き換えで対処することが、王女殿下にお出来になれば一番だと思うのですが。」


「そうだな。一度提案だけでもしてみよう。それよりも良い方法があればそれでも良いが、あの男は彼女のお気に入りだ。なるべく何も損ねることなく魔力の嵩上げが出来れば、結果として彼女の為にもなるだろう。」


「・・・そうでございますね。」


 そんな会話を耳にすると、ラスファーン王子が驚く程王女殿下を気遣っていることが分かる。


 本来ならば、契約とはいえ婚約予定の王女と恋仲を疑う程親しい元同僚に、あれ程の気遣いなど向けられる筈がない。


 本音はともかく、王女殿下の補佐官である自分に聞こえる場所だからということはあるにしても、王女殿下を尊重しようとしていることは間違いなさそうだ。


 これも、王女宮の事務室で恐らくこちらの帰りを待っている他の補佐官達に知らせるべきことだろう。


 今日顔合わせをしたばかりの王女殿下は、驚くような女性だった。


 他の補佐官達同様、自分も王女殿下の前評判と実物の違いに驚きと戸惑いを隠せなかった口だ。


 慈悲深く国民想いのお優しい王女殿下。


 神々から与えられた溢れんばかりの強力な魔力は、人々の為に祈る聖なる魔法と、人々を守る剣とも盾ともなる魔法、古き血筋の継承を受けて古き守護の要を動かす魔法、これに惜しみなくお使いになる。


 そんな人物像は、王家が作ったものだと第二王子殿下にあっさりと明かされて、正直少しだけ衝撃を受けてしまった。


 補佐官達相手に怯む事なくそして過剰に偉ぶることもなく淡々と現実的な話をぶつけて来た王女殿下は冷静で、王弟殿下が大役をお与えになるのも納得の采配だと今なら思える。


 その王女殿下が、今回の新部署立ち上げに法務の者をと当初から要請していたと聞いて、これにも驚いてしまった。


 宰相室、財務、人事雑務を込めた総務、それに今回は魔法使い絡みだから王城魔法使いに声が掛かるのは分かるが、始めから法務が必要だと断定出来た王女殿下の構想には、実は非常に興味がある。


 そして、個人的に頼まれたのが法律を学ぶ為の書物の斡旋だ。


 今回の魔法使い協会の発足には確かに何らかの法整備が必要になるだろうが、それはあくまで大枠が出来上がってからだ。


 いくら急ぎで発足させる必要があるとしても、始めから法務の人間が欲しいと言い出した王女殿下の意図は良く分からなかった。


 だから、法律の勉強の助けになって欲しいのかと、詳しい者を斡旋しましょうか?と提案したが、それはあっさりとまだ良いと却下された。


 まだ初日で言い足りなかったことがあったのかもしれないが、王女殿下自身は今日のことをみても非常にお忙しいご様子だ。


 新部署立ち上げの実務は補佐官が殆どを担うことになりそうだ。


 その中で暫く出番の無さそうな自分は何をするべきか。


 明日も王女殿下の外出には自分が付き添うのが良さそうだ。


 そう結論が出たところで、王女宮の玄関に辿り着いた。


 侍従長がラスファーン王子を出迎えて、王女殿下は先に戻ってもう休まれていることを伝えているようだ。


 続いてこちらにも声を掛けて来た侍従長に他の補佐官達がまだ宮にいるか聞いてみると、やはりまだ残っているとのことだった。


 そのまま事務室に向かうことにする。


 補佐官達に与えられた事務室は、王女殿下の執務室の隣に用意されている。


 その更に隣が会議室だ。


 事務室の扉を叩いて入ると、他の補佐官達がそれぞれ机に向かって緩めな雰囲気で何かしている。


「お疲れ様。」


「バステル殿お疲れ様です。」


 声を掛けて自分の机に向かうとコルドールからは返事が返ってきたが、他からは無反応だった。


 これは、先が思いやられると溜息が出そうになったが、仕事は仕事だ。


「急ぎの仕事中でないなら、殿下のあの後のことを共有しておきたいが。」


 他2人にもそう改めて声を掛けると、こちらに視線が来た。


 と、そこで扉を叩く音が聞こえて、開いた扉から王女殿下の個人補佐官のアンネリア殿が入って来た。


「バステル殿、お戻りでしたか。丁度良かったです。」


 そう労ってくれてから、アンネリア殿が皆を見渡した。


「皆様、先程王女殿下よりお呼び出しがございまして、明日の朝王弟殿下との面会の調整を命じられました。火急のご用件とのことでした。皆様も揃って随行されるようにとのご指示です。」


 これには皆が驚きの顔になっていた。


「火急の用とは? アンネリア殿は何か聞かれましたか?」


 問い掛けるのはアレクシス殿だ。


「エダンミールから来たリッセンという魔法使いとのことでと仰せでございました。」


「リッセン。手紙の返信が?」


 会議室でサークマイトが運ばれて来るのを待つ間に、その魔法使いにサークマイトの研究に関わった魔法使いを探させると王女殿下が伝紙鳥を送っていた筈だ。


「ええ、どうやらそのようです。そのリッセンという魔法使いについて、皆様にも知っておいて欲しいからと同行を求めておられました。」


「分かりました。」


 いち早く答えたアレクシス殿は、唐突にこちらに目を向けた。


「バステル殿、あの後その魔法使いのことが話題に上がったのか? 何者だ?」


 詳しいことは聞いていないが会議室で第二王子殿下やラスファーン王子を始め、皆がその魔法使いを微妙に警戒するように話していたことは確かだ。


 これをどう話すが迷っていると、アンネリア殿が間に入ってくれた。


「明日、王女殿下からお話があると思いますが、私から軽く前情報を入れておきましょうか。」


 少しだけ挑戦的な目で話しだすアンネリア殿は、アレクシス殿にぴたりと視線を向けている。


「王女殿下がエダンミールから国内にお戻りの際、翼竜に乗ってお連れしたのがこのリッセンです。相当曲者のエダンミールでもかなりの実力者と目される魔法使いです。もしも接することになったら気を付けて下さい。」


 そうきっぱりはっきりと言い切ったアンネリア殿の言葉に皆が眉を寄せた難しい顔になった。


「その者から王女殿下に手紙が? 内容は?」


 今度はクランシオンが口を挟む。


「それは、王女殿下が会議室でその魔法使いに頼み事をする伝紙鳥を送った返信だと思います。」


 これは自分が答えておくと、今度は皆の視線がこちらに来た。


「エダンミール出身のサークマイトの研究に携わった魔法使いを、王女殿下が王都にいるか探して欲しいと依頼されたんです。」


「・・・見付けたのでしょうか?」


 アンネリア殿の問いに、少し考えてから口を開く。


「見付けたか、何かしらの情報を得たから、王弟殿下にご相談なさるおつもりなのではないでしょうか?」


「それはそうですね。」


 素直に返してくれたアンネリア殿に頷き返してから、改めて会議室でのことを話すことにする。


 途中参加だった所為でわからない事も多かったが、サークマイトが運び込まれてから飛び込んで来た聖獣の話などは他の補佐官達もかなり驚いていたようだ。


 王宮文官などをしていると、中々そんな魔法絡みの大事件などお目に掛かる機会もない。


 だが、それぞれ実は王女殿下の婚約者候補としてこの宮への出入りを王弟殿下から許されている身としては、そういった事件があったことはしっかり知っておくべきことだ。


 王女殿下のお側にいるのなら、こういう魔法絡みの騒動は避けて通れないものになるだろう。


 今日あの会議室での一件で、自分ははっきりとそう感じた。


 その感想も含めて共有しておくと、他の補佐官達も、一様に苦いような困ったような顔をしつつも頷き返して来た。


「バステル殿、詳細なご共有をありがとうございました。」


 右代表でアンネリア殿が纏めてくれて、終わったと気を抜いたところに、にこりと微笑み掛けられた。


「バステル殿、本日もお疲れのところ申し訳ありませんが、王女殿下からご伝言です。明日以降、バステル殿には急ぎで取り掛かって欲しいことがあるので、今日は早めに休んで明日以降に備えて頂きたいとのことでした。」


 これにはへ?と間抜けな顔になってしまった。


「魔法使い協会の発足を待てない可能性が高くなったからと。その前に、現行法で魔法使い達の活動を一時的に一部抑えたり、犯罪を犯した魔法使いを取り締れるようなものがないか探したいのだと仰せでいらっしゃいました。」


 これには恐れ入った。


「・・・そうですか。広義で扱えば適用できそうな法律を持ち出したり、追記という形にすれば、比較的早く審議を通せる可能性がある。」


 王女殿下はこれを見越して法務の人間を最初から引き入れておきたかったのだとしたら。


 不覚にも背筋に鳥肌が立ったような気がした。


「分かりました。明日から精力的に頑張りたいと思います。」


 口角を上げてそう答えると、アンネリア殿がにこりと微笑み返して来た。

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