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「サークマイトは王城魔法使いが夜通し見張りに付いてこのままこの会議室に留め置く。ケインズは聖獣を連れて宿舎の自室で休め。」
団長殿下からそう指示が飛んで、王城魔法使い達は見張り番の相談を始めた。
「ラスファーン王子は第二騎士団の者達にレイカの宮まで送らせよう。お前も一緒に行くか?補佐官?」
そう声を掛けているのを聞いて初めて、この場にレイカさんの補佐官になったというバステルという人が残っていたことに気付いた。
レイカさんが宮に戻った時に一緒に着いて行ったと思っていた。
「はい。そうさせて頂きます。」
「分かった。戻ったら、ここでの話をレイカに報告するのか?」
「はい。明日が良いかと思いますが、そのつもりでおります。」
そう返したバステルは、微妙に難しい顔をしている。
「バステル、だったか? 少し驚いただろう? レイカを補佐するなら、こういうことにも早く慣れておけ。」
「・・・正直、王女殿下の前情報と実態が余りにも違い過ぎて、戸惑っております。」
確かに、レイカさんを見た目通り、噂通りと思っていては、あのギャップには驚くだろう。
「陛下の養女にした当初、王家として都合の良い噂をしっかり作り込んで流しておいたからな。だが、実際にはあれだ。勿論、王家の一員として得難い人物だと思っているし。王族の皆もあの破天荒にすら見えるレイカを知っても、王女として大事に思っているのだ。だから、君にもレイカが王女として問題なくやっていけるように、しっかり支えていって欲しい。」
「・・・はい。」
レイカさんの補佐官達は、そのままレイカさんの婿候補だと聞いていたので、正直余り面白くない感情を持っていたが、彼等の存在は王女として踏み出していくレイカさんには必要なものなのだろう。
だとしたら、面白くない気持ちは捨てて、彼等とも接点があれば積極的に関わっていこうと思う。
「ケインズ。」
トイトニー隊長から呼び掛けられて、バステルに向けていた目を引き戻す。
「はい。」
振り返った先でトイトニー隊長が何とも言えない苦い顔をしていた。
「目を覚ました聖獣の出方も心配だからな、今晩は私もお前の部屋に野営セットを持ち込んで寝泊まりする。」
「はあ・・・ええ?! それは、ちょっと、いえ、それなら俺も床で寝ます。」
上司と同じ部屋で寝泊まりでこちらだけベッドでは流石に寝られない。
「気にするな。お前はベッドで寝ろ。明日も何があるか分からないんだ。休める時に休んでおけ。」
それはそうかもしれないが、気まずいことこの上ない。
「とにかく、今日は我慢しろ。明日以降は隊内の人間を常にお前に付けることにする。何が起こるか分からないからな。落ち着くまでは絶対に1人にならないように。」
確かに、コルちゃんにしろ、メルとのことにしろ、何一つ結論は出ていない。
またメルから魔力を受け取ってしまえば、今日の訓練場でのように魔力暴走しかけるかもしれない。
「分かりました。お気遣い感謝致します。」
ここはもうそう言うしかなくて返した言葉に、トイトニー隊長が苦笑している。
「まあ、1人になって考えたい事もあるだろうが、悪いが1人にはしてやれん。相談に乗って欲しいことがあるなら、聞いてやろう。王女殿下のことでもサークマイトのことでも構わんぞ?」
最後は冗談めかして続けたトイトニー隊長だが、気遣ってくれていることだけは分かる。
「ありがとうございます。」
一先ずここではそれだけ答えて部屋に移動することになった。
檻の側で眠っているコルちゃんをそっと抱え上げて宿舎に向かうのにトイトニー隊長が付き添ってくれる。
仕事上がりの同僚とすれ違いながら宿舎に向かって行くと、廊下の向こうから急ぎ足で向かって来るカルシファー隊長と久しぶりに見掛けるオンサーさんの姿が見えた。
「トイトニー隊長。」
目の前で立ち止まったカルシファー隊長の目的がトイトニー隊長だったことには驚いてしまった。
「寝袋と夕食、それからオンサーも拾っておいた。」
その言葉の中身でえっ?と目を瞬かせてしまった。
「ああ、済まなかった。早速向かおう。」
それにさも当たり前と答えるトイトニー隊長に呆気に取られていると、問答無用で足を進め出したトイトニー隊長がチラッとこちらに目を向けた。
「カルシファー隊長も案じてくれてな。一緒に泊まり込むそうだ。それではお前が気詰まりになるだろうから、オンサーにも声を掛けておいた。」
「え? オンサーさんも俺の部屋に?」
それ程広くはない部屋に隊長2人とオンサーさんが寝袋で雑魚寝というのは、ちょっと想像出来ない世界だ。
「聖獣の監視だ。物凄く手狭で暑苦しいことになるだろうが、まあ一晩くらい我慢しろ。」
カルシファー隊長から投げやりな一言を貰って、恐縮するしかない。
「ご迷惑をお掛けしますがお願いします。」
目の合ったオンサーさんが穏やかに微笑み掛けて来てくれて少し気持ちが解れた気がした。
トイトニー隊長とカルシファー隊長がボソボソと情報交換をしている後ろをオンサーさんと並んで歩いて行く。
「何だか俺が休みの間に色々と大変だったらしいな。」
ほろ苦い顔でそう話し掛けてくれたオンサーさんに、ここ数日を思い出してこちらも苦い笑みが浮かぶ。
「そうなんですよ。それはもう、色々と?」
レイカさんの側にいるということは、物事がこんな非常識な速度で押し寄せて来たりするものなのかもしれない。
「何はともあれ、お疲れ。」
その簡素な労いが、今は一番身に沁みる。
「あはは。でも、一番大変なのはレイカさんだよなって。これまでもそうだったんだろうなって、漸く実感出来たのかもしれない。」
ここ数日自分の身に降り掛かったようなことは、これまでレイカさんが当たり前のように抱えて引き受けてくれていたことなのではないかと気付いた。
「・・・まあそうかもしれないけどな。お前もあんまり抱え込み過ぎないようにな。隊長達も俺達も、団長殿下だってお前を支えるつもりでいるからな。」
オンサーさんの男前発言には頭が下がる。
「うん。頼りにしてます。俺の場合、レイカさんと違って、抱え込んでも自力でどうにか出来る訳でもないから。」
こうやって少し話しただけで、このところの目まぐるしい出来事で一杯一杯になりかけていた気持ちが落ち着いて来る気がする。
「あのな。休暇から戻ったらケインズは隊を移動になったって聞いたし、これからは仕事の中身も身分も色々と離れて行くことになるんだろうけどな。それでもお前が嫌じゃないなら、時々愚痴でも何でも吐き出しに来いな。」
「ありがとうございます、オンサーさん。正直、色々あって混乱もしてて。目指す先は見えて来たのに、どう辿り着いて良いのか、自分に本当に出来るのか不安もあって。それでも事態はどんどん動いていって。」
不安なままに言葉にしてしまうと、オンサーさんにポンと軽く背中を叩かれた。
「レイカちゃん絡みだからな。そうなるのも想像出来るけど、ケインズはケインズのペースで行くしかないだろ? 焦ったって出来ることには限りがあるなら、ここは外しちゃダメだってとこだけ確実に踏んでいくしかないんじゃないか? という訳で、これから具体的なとこも聞いとくか?」
「うん。是非そうして欲しいです。」
そう答えたところで宿舎の自室付近に辿り着いた。
と、クイズナー隊長の隊の人達がコルちゃんの檻を部屋に運び入れてくれていたようだ。
「ケインズ、悪いが第三騎士団の部屋にあった私物も弟殿立ち会いの上でこっちの木箱に入れて引き上げて来てしまった。勝手をして申し訳なかったが、何か足りない物がないか確認しておいてくれるか?」
先輩騎士にそう言われてそちらに寄って行く。
「済みません私物まで、お手数お掛けしました。」
この分では第三騎士団の営所には戻れないだろうから、この采配には感謝しかない。
「はい。コルちゃんを檻に入れたら確認してみます。ありがとうございました。」
いつか落ち着いたら第三騎士団にはお世話になったお礼を言いに行きたいところだが、一先ず父とベックリーに手紙を送って謝意を伝えて貰おうと思う。




