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「サークマイトの魔力増幅の研究者の一人に、私の側に仕えていた“饗宴”の魔法使いがいたのだが、彼は私がカダルシウスからエダンミールに帰った時も、援助隊がエダンミールに引き上げた時にも帰って来なかった。つまり、まだカダルシウスに居るかもしれない。」
ラスファーン王子が確実ではないがと前置きして始めた話に、団長殿下と共に眉を寄せて聞き入ってしまった。
「名前は? 探し出す価値があると思うか?」
団長殿下が問い返すと、ラスファーン王子は少しだけ難しい顔になった。
「クライマーという名だが、私とサヴィスティンの魔力を繋ぐ魔道具の微調整をする係だったんだが、彼はサークマイトに刻んだ魔法について何か知っているかもしれない。もしも、魔法文字を書き換えるなら彼の知識がもしかしたら役に立つかもしれない。」
「分かった、直ぐにその男を探すように手配しよう。」
団長殿下がそう答えて動こうとしたのをラスファーン王子は微妙に困ったような顔で呼び止めた。
「待って欲しい。今回に限ってはレイカが言ったように、リッセンに探させた方が早くて確実なような気がする。リッセンを信用して何事にも頼るようになるのは危険だが、少しでも早く手を打ちたい今、レイカがリッセンに魔法使い達の掌握具合を計りたいのだと手の内を見せずにそうお試しの意味を込めた依頼をするなら、有効かもしれない。ただ、その一回だけの機会をこれに使うべきかは慎重に推しはかる必要があるだろうが。」
そんな言い方をしたラスファーン王子は、確かにレイカさんにだけは忠実でいようとしているように感じる。
「ケインズのサークマイトの魔法文字の書き換えをするかどうかはともかく、他にも同じような魔法契約に対処する必要が出て来るかもしれないとなれば、その男の身柄は今確実に確保しておくべきだろう。」
団長殿下もそう頷き返していて、あのリッセンに今回だけは頼ることになりそうだ。
「ではレイカが戻るのを待つとして、ケインズと呼んで良いか? 君は、サークマイトから増幅された魔力を受け取って、それを制御して自らのものにしたいという野心はないのか?」
不意にラスファーン王子にそう訊かれて驚きと共に見返してしまった。
「魔力暴走するような魔力を制御するのは難しいのでは?」
そう問い返してみると、ラスファーン王子が口の端を上げて少しだけ勝気な笑みを向けて来た。
「補助の魔道具を使いながら徐々に取り組めば、完全な制御も不可能ではないだろう。ただし、出来る出来ないとそれまでにかかる時間は保証出来ないが。」
それを受けて団長殿下に目を向けると、目を細めて微妙な顔になっていた。
「それは、あくまで可能性の話だ。ケインズは余り真に受けるな。補助する魔道具の作成から始めなければならないし。制御出来るようになるまで、それこそ専任の魔法使いが張り付いて記録を取りながら試し続けることになる。」
確かに、簡単な話ではないのだろう。
そしてそうなった場合、自分は制御出来るようになるまで訓練以外では魔法を使えない状態になり、第二騎士団の騎士としては明らかにお荷物になってしまう。
「そうですね。高望みはしません。メルが増幅を止めるか、俺との契約を切って増幅した魔力を受け取るのを止めるかを目指すのが確実ですね。」
そう返してみたが、団長殿下は何故かそれにも微妙な顔付きを変えなかった。
「とにかく、全ての材料を揃えて、皆の意見を纏めてみよう。」
言及を避けた団長殿下は、自分には思い付きもしないことを色々と考えてくれているのだろう。
ラスファーン王子はその言葉に反論するでもなく大人しく口を噤んでいる。
彼が自分に何故あんなことを態々訊いて来たのかは分からなかったが、もしかしたらレイカさんの側にあるには今一つ決め手に欠ける自分を、少し揶揄したのかもしれないと、ふとそう思った。
そんなことをぼんやりと考えていたところで、会議室のドアをノックする音が聞こえて来た。
レイカさんか誰かが戻って来たのだろうかと目を向けていると、開いた扉からレイカさんの補佐官のアンネリアさんが顔を覗かせた。
「失礼致します。王女殿下はこちらにいらっしゃいますでしょうか?」
「いや、レイカは今少し外しているが、しばらくしたら戻る筈だが?」
団長殿下がそれに答えると、アンネリアさんはその相手に気付いて恐縮したように深々と頭を下げた。
「シルヴェイン王子殿下、おいでになるとは知りませず、大変失礼致しました。お邪魔をしまして誠に申し訳ございません。部屋の外でしばらく待たせて頂きます。」
「構わない。しばらくすれば戻る筈だから、中で待つか? アンネリアはラスファーン王子と面識は? この機会に挨拶しておくか?」
レイカさんの補佐官のアンネリアさんとは何度か顔を合わせたことがあるが、レイカさんがエダンミールに出掛ける前は塩対応で、それ以降は用があれば普通に接してくれている。
「宜しければ、是非。実は一緒に本日から王女殿下の例の外向きの公務の補佐を行うことになった者達も来ておりまして、彼等も一緒に宜しいでしょうか?」
「ほう、それは。私も顔を見ておきたい。中に入ると良い。」
団長殿下の許可を得て会議室に入って来たのは、アンネリアさんに続いて4名。
年齢は皆レイカさんより少し年上の恐らく20代の貴族らしい所作の男達だ。
王弟殿下がレイカさんに付ける補佐官達は、そのまま婚約者候補だというのはコルステアくん情報だ。
思わず全員を一人一人しっかり確認してしまった。
「ラスファーン王子、彼女はレイカの主に王女宮運営補佐のアンネリアだ。」
「エダンミール第二王子のラスファーンだ。王女宮で昨日から世話になっている。宜しく頼む。」
「ラスファーン王子殿下、アンネリアでございます。こちらこそ宜しくお願い致します。」
アンネリアさんとラスファーン王子の挨拶をそれとなく見守っていると、団長殿下の目がこちらを向いた。
「アンネリアはケインズのことは知っていたな?」
いきなりこちらにまで話が飛んで来て、驚いてしまった。
「はい。勿論でございます。王女殿下の聖獣様のお世話をして下さっている第二騎士団の騎士様ですね。王女宮では知らぬ者はございません。」
そう言い切られて照れ臭さに少しだけ顔が赤くなった気がする。
これは、補佐官達に自分の存在をアピールしてくれようという団長殿下の配慮だと分かるのだが、アンネリアさんの後ろに控える補佐官達の鋭い視線が一気に来て、非常に居心地が悪くなる。
そこから補佐官達の自己紹介が一人ずつ始まるが、それぞれが補佐官就任前の所属と家名まで名乗るかなり本格的なものだった。
補佐官達は、団長殿下にしっかりアピールしつつ、ラスファーン王子のことはそれとなく牽制したように見えた。
そして、自分に向ける値踏みするような中々不躾な視線は、仕方がないと分かっていても気持ちの良いものではなかった。
「エダンミールの第二王子ラスファーンだ。王女殿下には今多くの負荷が掛かっておられるようだ。各々しっかりと補佐をお願いする。」
ラスファーン王子も鷹揚な態度を装いつつ、遠慮なく上から目線でいくようだが、これもやはりレイカさんの為になのだろう。
ラスファーン王子はレイカさんに向く不満や不信の目を全て自分が引き受けようとしているのかもしれない。
レイカさんに対してだけは絶対に忠実でいようとするラスファーン王子に、少しだけ好感が持てる気がした。
「王女殿下の元同僚で聖獣様達のお世話を仰せつかっているケインズです。王女殿下のお務めの合間に聖獣様達との触れ合いで癒しのお時間を差し上げるのも役目としております。どうぞ宜しくお願い致します。」
見習って自分もしっかりとレイカさんの関係者だとアピールしておくと、補佐官達は少しだけ眉を寄せた者もいたが、きちんと頭を下げて返してくれた。




