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 レイカさんの隣に座るラスファーン王子は、不健康でひ弱そうな見た目よりも、芯は通った人物のようだ。


 ラスファーン王子に対する扱いについて、レイカさんに非難めいた目が向き掛けた途端に、彼はサヴィスティン王子としての知識を惜しげもなく出して来て、その目を覆してしまった。


 自分は同情の余地も無い犯罪者だと堂々と名乗りを上げて、レイカさんを守ったように感じた。


 つまり驚いたことに、レイカさんはラスファーン王子との間にはお互いに恋愛感情はないと言い切ったが、ラスファーン王子の方は間違いなくレイカさんを大事に想っているのだと分かってしまった。


 余命は数年と分かっているラスファーン王子はもしかしたらレイカさんに何かの情が芽生えていたとしても、レイカさん本人には明かすつもりがないのかもしれない。


 それには何か胸にもやっとしたものが広がるような気がした。


 自分がレイカさんにそれを教える義理もないし、彼がサヴィスティン王子としてして来たことを考えても親切にする余地があるとも思えない。


 それなのに、レイカさんを見つめる優しい目には、どうして良いのか分からない複雑な気持ちになる。


 だから、そんなラスファーン王子から目を逸らして、精一杯メルとのことを考えることにする。


 レイカさんが凡ゆる角度から確認してくれているが、メルを処分する方法が一番手っ取り早いとラスファーン王子も濁すことなくはっきりと告げている。


 正直、これまで面倒を見て来てしっかり情も湧いてしまったメルのことを今更処分することは受け入れ難いが、自分の魔力暴走で何かを大事なものを損ねる結果になるかもしれないと言われたら、自分の気持ちだけで逆らってはならないとも思う。


 ただ、もしも自分の努力で何とかなる道があるなら、メルとずっと一緒に暮らしていきたい。


 サークマイトの寿命は分からないが、メルが生きている間だけで良いからと願ってしまう。


 その気持ちをレイカさんは分かってくれているのだろう、殺処分はメルの魔法契約の中身を見て確認してからにしたいと言ってくれた。


 魔法契約というのは、刻まれた魔法文字に魔力を乗せて発動させることで成立するものだが、発動されてしまった魔法文字は非常に確認しづらいものなのだそうだ。


 魔法文字の専門家で見る能力のある者という非常に限られた一握りの人達にしか本来出来ないことなのだが、レイカさんはこれまでも割と普通に読み取って来た。


 目を凝らせば見えて来ると言い張るのだが、それだけでもレイカさんが相当貴重で特異な能力者だということが分かる。


「では、非常事態ということで、この場にメルを運び込ませましょう。その間にケインズ殿用に魔力封じの魔道具を誂えます。」


 カリアンさんからの申し出に団長殿下が頷き返している。


「サークマイトの運搬にはクイズナー、お前の隊が護衛に付くように。トイトニー、フォーラス神官に連絡を取って、聖獣をこちらに連れて来られるか確認してくれ。ケインズもレイカも動かせない以上、何をするか分からない聖獣はレイカの元に連れて来ておくべきだろう。」


 確かに、施設の裏庭でメルが殺処分されそうになっていた時に駆け付けて来たコルちゃんなら、今回も駆け付けようとするかもしれない。


「それから、ケインズに着ける魔力封じの魔道具は、念の為本人が外せるものにしておいてくれ。」


 それも有難い配慮だ。


 何があるか分からない時に自分で付け外しが出来ない魔道具は困る。


「ではそのように。」


 その団長殿下の掛け声で、隊長達とカリアンさんとコルステアくんが動き始める。


 ラスファーン王子は後ろに控える従者と何か話し合っているようだ。


 レイカさんは相変わらず資料に目を落としたまま何か考え込んでいる。


 と、団長殿下がこちらに歩いて来て、隣に座った。


「ケインズ、せっかく面倒を見て来たのに悪いが、サークマイトのことは諦めてくれ。安全第一だ。お前のことも周りのことも危険に晒す訳にはいかない。」


「はい。・・・分かってます。」


 こうして態々声を掛けてくれる団長殿下には頭が下がる。


 それでも割り切れない気持ちが情け無いと感じてしまう。


「レイカも、それで良いな? 済まないが聖獣を押さえておいて欲しい。」


 それに、レイカさんが改めてこちらを向いた。


 全身を辿るように視線を動かすレイカさんは、体内を循環するという魔力回路を見ているのだろう。


「シル兄様、結論を急がないで下さい。メルちゃんを見て、ケインズさんの魔力回路の謎に結論が出てからで。それに、相方がもの言えぬ魔物じゃなかったら、同じ結論が出せますか? 今、安易に結論を出して前例を作るべきじゃないという気がします。」


「レイカどういう意味だ?」


 問い返した団長殿下に、レイカさんはまた黙ったまま何かを考えている様子で、徐に席を立った。


 レイカさんのさっきの発言は、旅の途中で出会った被験体になった子供達のことを考えてなのではないかという気がした。


「少し席を外します。」


 扉に向かって行くレイカさんに護衛のリーベンさん達がついて行く。


「・・・あれは、怒らせたか?」


 ポツリと呟いた団長殿下に、眉を下げて首を傾げて見せた。


「何か、試す価値のあるものがあるのではないか? ただ、それを彼に課すことを躊躇っているのかもしれない。それで、例の魔人に相談しに行ったのかもしれないな。」


 驚いたことにそう口を挟んだのはラスファーン王子だった。


「レイカの魔人か?」


「ああ。何者よりも得体の知れない存在だな。だが知識量も発想も桁外れで、レイカ殿の信頼は厚いようだ。困った時には必ず頼っているようだが、それで大抵のことを乗り切って来たのだろうな。」


 ラスファーン王子はレイカさんの魔人をしっかり見知っているようだ。


「課すことを躊躇っているというのは?」


 彼というのは、自分のことだろう。


「レイカ殿が何かを試すなら、君はその被験体ということになってしまう。私のような元から色々弄られている人間なら躊躇いもないだろうが、ただ普通に生まれて生きて来ただけの君に何かを施して観察する材料にするのは躊躇いがあるということだろう。レイカ殿は君のことは特別大事に思っているようだからな。」


 最後に少しだけ揶揄うように笑ったラスファーン王子だが、その直後少しだけ羨むような寂しげな表情が過ぎったように見えた。


「確かに、それは私でも躊躇うだろうな。その上で、対象が人間だったらどうするか、とは耳に痛いな。レイカは時々驚く程遠く広く物事が見えているところがあるからな。・・・参る。」


 団長殿下が何か落ち込んだようにそんなことを言い出して、目を瞬かせてしまった。


 エダンミールから帰って来てから、団長殿下の自分に対する態度というか、関わり方そのものが変わったような気がする。


「確かに、レイカ殿には驚かされることばかりだ。私のような者を何故救うつもりになったのか。始めは償いをさせる為だと言われて納得したが、側にいればいる程、それだけでは説明の付かない優しさを注がれていることに気付いて。過去の自分が恥ずかしくなる。知らない内に、彼女の側にいられる人間にならなければと、これまで考えた事もやって来たこともないような自分が顔を出して。それが不思議と心地良い。」


 ラスファーン王子が気負うことなく語った言葉に驚いて見返してしまう。


「それはまた、信じられない変化だな。貴方も、レイカに惚れたということではないのか?」


 団長殿下が少しだけ冷たい口調でそう返していて、それにラスファーン王子は苦い笑みを浮かべていた。


「そうではない、ということにしておくよ。レイカ殿に今以上を求めるつもりはないし、何より君達の邪魔をするつもりはない。」


 はっきりとこちらを向いて言われてどんな顔をしてどう返して良いのか分からなくなる。


「初々しくて、羨ましい限りだ。まあ、私には一生縁のないものだったがな。私は、10歳の頃からずっと弟の亡骸に間借りして生きて来たからな、恋愛対象も結婚相手も要らなかった。悪かったなシルヴェイン王子。君にはずっと虫除けになって貰っていたという訳だ。」


「正直に言えば良かったのに。そうすれば別の方法で庇ってやれた筈だぞ?」


 そんなやり取りを始めたシルヴェイン王子とサヴィスティン王子は度々交流のあった隣国の王子同士だったのだ。


 あんな事がなければ、友人同士と言えたかもしれない。


 何がいけなかったのかは自分には分からないが、残念なことだと思ってしまった。

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