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久しぶりに抱き締めたレイカさんは可愛くて愛おしくて離したくない程だった。
今はまだと言葉を濁されたが、レイカさんがきちんと意識してくれていて、嫌われていないことも確かめられた。
そして、レイカさんが長命だと思っているという発言には明確な返事はなかったが、否定されなかったので、それが答えだろう。
同じように歳を重ねられないというのは正直少し残念だと思ったが、言葉にもした通り、だから諦めるという選択はなかった。
二人で過ごせる時間を大事にしていきたいと思うだけだ。
少しだけ甘酸っぱい空気を誤魔化すように、隣の席で資料に目を通し始めたレイカさんは、いつもながらに素晴らしい早さで目が動いて紙を捲っていく。
始めは隣から同じ紙を覗いていたが、直ぐについて行けなくなって諦めることにした。
レイカさんが読み終えてから回して貰うことにしようと思う。
途中から前の紙に戻りながら見直しているレイカさんの目は真剣で、難しい顔で眉を寄せていたりする。
元から楽しい読み物になる筈のないものだったが、芳しい結果が出なかったらどうしようかと不安も浮かんで来る。
しばらくして、最後まで目を通した様子のレイカさんが椅子の背にもたれて何かを考え込んでいるようだ。
その様子を見て、資料をそっと引き寄せる仕草をすると黙って頷き返された。
エダンミールとカダルシウスの言語は基本は同じだが、エダンミールの書体は魔法使い特有の古い言い回しの言語が時折混ざる為、読むのに少し時間が掛かる。
ゆっくりと意味を考えながら読み進めていくが、初めの一枚を読み終えただけで表題も含め気持ちの良いものではなかった。
サークマイトは魔力器官が特殊で、ツノを通して外部から取り込んだ魔力を増幅させることが出来るのだという。
それを利用して、取り込ませた魔力を増幅させて契約者にその増幅させた魔力を渡すことを目的とした研究だったようだ。
2枚目を捲ろうとしたところで、会議室の扉が叩かれて、団長や隊長達が王城魔法使い長のカリアンさんとコルステアくん、タイナーさんと一緒に部屋に入って来た。
クイズナー隊長が隣の部屋にラスファーン王子達を呼びに行く間に殿下がさり気なくこちらに目を合わせてくれたので、真っ直ぐ見返しながら頷き返す。
レイカさんとの貴重な時間を与えてくれた殿下には心から感謝を述べたい。
それに、驚くほど柔らかく微笑み返してレイカさんに目を向けた殿下には驚いてしまった。
それだけ、殿下にとってレイカさんのことは特別大事なことなのだろう。
任せてくれた殿下の想いに応える意味でも、精一杯頑張りたいと思う。
「ケインズ、大丈夫なの?」
コルステアくんが心配顔で態々寄って来て声をかけてくれると、すっと気持ちが切り替わった。
「何かやったな? 朝より魔力が落ち着いてるな。」
タイナーさんもこちらを見ながらそんな声を掛けてくれる。
「訓練場で少しだけ魔力を手の平に集めてみようとしたら、魔力暴走しそうになって、慌てて氷の小山を作って来ました。」
「・・・あのなぁ。もうやるなよ?」
タイナーさんの呆れ声にこくこくと頷き返す。
「おねー様? それサークマイトの研究資料?」
「うん。」
隣ではコルステアくんがレイカさんに話し掛けているが、レイカさんの方は上の空だ。
「おねー様? 隣座って資料見て良い?」
根気よく話し掛けているコルステアくんに、レイカさんが瞬きして漸く話し掛けられていたことに気付いたようだ。
「あ、コルステアくん? ごめんね、隣にはラスファーン王子に座って貰うから。」
そんな発言に、居合わせた皆が少し驚いた顔になった。
会議テーブルに近付いて来ていた当のラスファーン王子自身もそうだったが、まだ考え込んみながらのレイカさんはそれには気付いていないようだ。
「都合良くこんな資料を用意出来た王子殿下におねー様は思うところはないの?」
そう食い下がったコルステアくんは、堂々とラスファーン王子に喧嘩を売っていくようだ。
「うん? どうしたのコルステアくん? ラスファーン王子にカダルシウスに来て貰ったのはそれ目的だって誰からも聞いてない?」
これまた濁すことなく返したレイカさんにもヒヤッとする。
「・・・え? おねー様とラスファーン王子ってそういう関係?」
驚いたように返しているコルステアくんは本当に誰からもラスファーン王子はエダンミール側からの賠償で契約婚約だと聞いていなかったのだろうか?
「うん? それ以外にないでしょ。始めからそれ有り気で彼の延命措置を引き受けた訳だし。お互い納得ずくで無理矢理延命しているようなものだから。身体への負担も実は半端ないし。流石に合意もなくあんな事したら、私も犯罪者でしょ。」
淡々と語ったレイカさんの言葉に、チラッと見えたラスファーン王子がほんの少しだけ傷付いた顔になったように見えて、ツキッと胸が痛んだ。
「そうだ。私が望んでレイカ殿と交わした取引きだ。だから、私から出せる情報は全て渡すつもりでいる。それで良いだろうか?」
微妙な空気を割くようにしてラスファーン王子が言いながらレイカさんの反対隣に歩いて行く。
そのまま身を引いたコルステアくんに構う事なくラスファーン王子はレイカさんの隣に座って、その従者が気遣わしげな様子でその後ろに立った。
「おい、レイカ。余裕がないのは分かるが、ちょっと言葉に気を付けろ。」
そう言い出したのはタイナーさんだ。
それに驚いたようにレイカさんが目を上げた。
「魔法使いっていうのは、大抵が言葉が足りない奴ばっかりで周りに誤解を生みまくって反目されやすい生き物だ。それでもお前はもう王女様なんだからな、ちょっとは外面取り繕え。見てみろ、皆んなドン引いてるぞ?」
「え?」
それから会議室を見渡したレイカさんが耳まで真っ赤になる。
「ごめんなさい。ちょっとダメでしたね、今の。ラスファーン王子にも失礼でした。やり直します。」
ここまで余裕をなくしたレイカさんは初めて見るかもしれない。
「ラスファーン王子とは、彼がサヴィスティン王子の中にいる時に取引きを交わしていて。サヴィスティン王子はエダンミールの色々と都合の悪いことを全部被せられた上でカダルシウスへの生贄扱いでエダンミール側から始末されそうになっていたんです。」
この発言に居合わせたこれまた皆の顔色が変わった。
そこで団長殿下が前に出て来た。
「ラスファーン王子はサヴィスティン王子だった人だ。だから彼は、カダルシウスの先般の事件に関わっていて、事情も色々と知っている。それを分かった上で、レイカは彼のその知識と彼がエダンミールから持ち出した資料をカダルシウスのこれからに活かす為に取引きした。彼の延命措置を引き受け、カダルシウスに連れて来た彼を余計な横槍から守り彼と彼の持ち出したものを活用する為に、契約婚約という形に落ち着けようとしている。」
そう説明した団長殿下に、事情を知らなかったトイトニー隊長とカリアンさん、コルステアくんにタイナーさんははっきりと眉を寄せている。
「犯罪者を側に置くなんて、おねー様は何考えてるの? 何かあったらどうするつもり? 上の人達はどうして止めなかったの?」
コルステアくんがレイカさんに詰め寄り始める。
「有効だと判断してくれたから、上の人達も認めてくれたの。彼の身体には魔力器官二つ分の魔力が無理矢理流れ込んでて、毎日魔力消費に気を付けておかなければ身体への過剰な負担で命を落とす事だってあり得るし。魔力器官二つ分の魔力を流し続ける魔力回路は恐らく数年が限界。それ以外にも何か不調が出てくるかもしれない。そうやって無理矢理生かしてる状態の彼の何を警戒すれば良いの?」
言い返しているレイカさんが泣き出してしまうのではないかと思えて、思わずその頭に手を伸ばしていた。
「落ち着いて、レイカさん。レイカさんの考えた優しい最善を、俺は支持したい。何か起こったら、周りの皆で手助けして支えよう。それではダメかな?コルステアくん。」
コルステアくんの方へも宥めるような目を向けると、ムッと口元を引き結んだコルステアくんが、何かを堪えるように息を吐き出して肩を竦めた。
「分かった。ごめん、おねー様。責めるつもりはなかったんだけど、おねー様は警戒心なさ過ぎで、時々心配になる。何かあったら絶対相談してよ?」
そう返してから、コルステアくんは会議テーブルを回り込んでラスファーン王子から離れた場所に座りに行った。




