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メルが、レイナードを陥れその魔力を利用する為に用意された改造魔物だと聞いて、衝撃を隠せなかった。
そんな危険なものなら団長や隊長達にも即殺処分命令を出されるかと思ったが、それを問答無用で止めたのはレイカさんだった。
レイカさんを危険に晒す可能性が高いとなれば始末するべきだと頭では分かっているのに、どうしても声を上げることが出来なかった。
メル自身には何一つ悪意はないのだ。
魔法使い達の勝手な改造の結果、メルが偶々持つことになってしまった能力を全否定されるのは余りにも堪らない。
「レイカ殿下、宜しいでしょうか? 実はケインズの魔力がおかしいことにはタイナーも気付いていまして、今朝丁度本人も交えて話をしたところでして。この件にタイナーも関わることをお許し頂けませんか?」
クイズナー隊長がレイカさんにそう頼み込んでいるのを何処か遠くに聞いて、衝撃から立ち直れないまま団長殿下に目を向けた。
「殿下、申し訳ございません。」
言葉が詰まって上手く出て来ないが今の状況について話しておかなければと口を開く。
「ケインズ、お前の気持ちも分かる。レイカはお前にとっても周囲にとっても最善の道を探ってくれる筈だ。そこは任せておけば良い。それより、悪いがお前には魔力封じの魔道具を身に付けて貰うことになる。その上で、サークマイトの面倒は引き続きお前がみるのが良いだろう。ただし、接触は出来るだけ避けるように。」
思った以上に優しい団長殿下の配慮には頭が下がる。
「カルシファー、王城魔法使いの塔に使いをやって、カリアンとコルステア、それから大魔法使いタイナーを呼んでくれ。これから会議室に移動して、そのまま緊急で対策を取る。ラスファーン王子の従者は、その資料を直ぐに持って会議室まで戻って来られるか?」
カルシファー隊長とラスファーン王子の従者がそれぞれ返事をして慌てて訓練場を出て行く。
「ケインズさん、大丈夫ですか?」
不意にこちらを覗き込んで来るレイカさんに気付いてハッとする。
「あ、大丈夫です。」
何とか返したが、眉下がりなレイカさんの申し訳なさそうな顔に、何と返して良いのか分からない。
「ケインズさん。」
もう一度呼び掛けて来ながら、レイカさんが何とこちらの両手を握って目を合わせて来た。
「メルちゃんは、もうケインズさんの大事な子だって分かってますから、何とか折り合える方法を探しますからね。でも、少しだけお時間下さい。」
「でも、レイカさんを危険に晒すことになるなら。」
痛くなる胸を捩じ伏せて吐き出した言葉に、レイカさんが握る手に力が込もった。
「私に危険なんてないですよ。実は割と何とでもなりますから。諦めちゃダメですよ。これでも私、かなり無敵でチートですからね。」
不敵に微笑むレイカさんは本当にそう思っていそうな穏やかな表情で、取り乱している自分が恥ずかしくなった。
「レイカ、あの氷の山を魔法で溶かして来て良いか? 良い魔力消費になりそうだ。」
と、不意にラスファーン王子から声が掛かって、返事を待たずに歩いて行くラスファーン王子の後姿が目に入ってハッとする。
「す、済みません!王女殿下。」
慌ててレイカさんから握られた手を抜き取った。
「浮気現場?か・・・」
ぽそっと呟いたクイズナー隊長の言葉に耳まで真っ赤になってしまった。
「そんな訳ないですよね? 微妙なこと言わないで下さいよ。」
レイカさんの方は何とも思っていないのか、クイズナー隊長に苦い口調で返していて、意識していたのは自分だけかと少しがっかりしたのは内緒だ。
そのままレイカさんはこちらに笑顔を残して、ラスファーン王子を追い掛けていった。
氷の山を前にして大小様々な火炎魔法を使って見ながら溶かしていくラスファーン王子は、流石はエダンミールの王子と思えるかなりの魔力量を誇るようだ。
途中から息を切らしながらも、次々と魔法を繰り出して行く。
「ラスファーン王子、右右左で魔力を集めてみて下さい。」
途中からレイカさんのそんな指示が飛んでいて驚いた。
「レイカには、何が見えているんだろうな。それにしても、確かに大した魔力量だな。二つの魔力器官持ちか。」
そんな呟きが隣から聞こえて来て、シルヴェイン王子が真面目な表情でそちらを見入っている。
「ケインズ、もどかしいかもしれないが。確かに彼の知識と持ち出した資料は役に立ちそうだ。だが、さっきのサークマイトのこともそうだが、彼らがしようとしていたことが分かる度、堪らなく憤りを感じそうだ。」
濁すことのないそんな言葉を耳にして驚いて団長殿下を見返してしまった。
「何でもないように流していたが、もしもと考えればレイカだってぞっとした筈だ。お前自身も大変なことは多いと思うが、どうかレイカを慮ってやって欲しい。これから何か見付かる度に、レイカは何かしら心を痛めることになるだろう。」
「・・・はい。」
団長殿下の言葉を重く受け止めて返事すると、ラスファーン王子に何か細々と指示を出すレイカさんの後姿に目を向けた。
自分が慰められている場合ではなかった。
いつも何かに頑張っているレイカさんが、安心して弱音を吐けるような揺るぎない人間になりたい。
「さて、クイズナーからも聞いたが、そろそろ本気でお前の引き受け先を決めた方が良さそうだな。」
今朝の神殿での話をタイナーさんがクイズナー隊長にしてくれていたようだ。
「取り敢えず魔力封じの魔道具を着けることを考えても単独行動をしなくて良いように配慮しよう。早い内にサークマイトも王城内に移す許可を取って、聖獣がまだ神殿に通うようなら、聖獣の護衛という名目で、第二騎士団から護衛を付けよう。」
それは破格の待遇ではないだろうか。
驚いて見返すと、団長殿下はふっと笑った。
「養子先が決まったらそこから護衛を付けて貰えば良いが、これからレイカの関係者は何かと狙われる可能性がある。」
テンフラム王子やタイナーさん、フォーラスの懸念は間違いなかったようだ。
「犯罪者だけではなく、レイカの政策に密かに反対する力持つ者達がこれから間違いなく出て来る。覚悟しておくように。」
少し厳しい顔付きになった団長殿下に頷き返す。
「今のところ手堅い候補筆頭はランバスティス伯爵家だが、有力なところで実はキースカルク侯爵とヒルデン伯爵も密かに名乗りを上げている。」
キースカルク侯爵はアルティミアさんのお父上、ヒルデン伯爵はバンフィードさんのお父上だ。
「キースカルク侯爵がエダンミールから帰国したら、叔父上が三者を集めて検討すると言っておられたが、私としてはキースカルク侯爵にお願いするのが一番ではないかと思っている。」
これには少し驚いてしまった。
アルティミアさんはともかく、キースカルク侯爵とは殆ど面識がない。
それくらいならコルステアくんからのお誘いも熱いランバスティス伯爵家が良いのでないかと思っていたのだが。
「派閥の問題だ。レイカの後ろに新しい派閥を作ることになりそうだからな。それなら、元々兄上の派閥の一員だったキースカルク侯爵を切り離しておいた方が次代のことを考えても収まりが良い。いずれ叔父上が一線を退いたらそこにランバスティス伯爵家も吸収される動きになるだろう。」
派閥と言われると全く分からないが、先々を考えてと言われるとそういうものなのかと納得してしまった。
「それは、キースカルク侯爵が望んで下さるなら有難いですが。本当にレイカ殿下が振り向いて下さるか分からない私を、それでも良いのでしょうか?」
「ケインズ、弱気になるな。レイカはお前のことは相当特別視しているぞ? 本当は自分でも分かっているだろう? 今はまだ彼の利用価値があるし健在だからな。表立って距離を詰める訳にはいかないが、じっくりゆっくり近付いて距離を離すな。」
そんなアドバイスをくれた団長殿下に、ふと、殿下はレイカさんの寿命のことを知っているのだろうかと浮かんだ。
「レイカ殿下と、二人で話しておきたいことがあるのですが。」
「・・・分かった。お前がそれで心を決めるのなら、直ぐに時間を取ろう。但し、他はともかくリーベンのことは目を瞑れ。リーベンを残して、会議室で二人になる時間を作ってやる。」
そう確約してくれた団長殿下に深々と頭を下げた。
次々と思いもしない出来事が起こっては翻弄されていく毎日だが、だからこそレイカさんへの気持ちをここではっきりと心の中心に据えておきたいと思った。




