520
第二騎士団の魔法訓練場は広場を囲む円形の防壁に仕込まれた魔石を起点に魔法防御結界が張られている。
久しぶりに入ったその魔法訓練場には今、自分とトイトニー隊長とクイズナー隊長の3人だけだ。
「昼前に団長殿下には声を掛けておいたが、来られるかどうか微妙だそうだ。」
トイトニー隊長がそう言って頷き掛けてくれるが、会議室でのことを思い出すとやはり不安になって来る。
水球を片付けて貰ってから、タイナーさんも交えて話し合ったが、一先ず夕方コルちゃんを王女宮に連れて行く時にレイカさんに魔力の状態を見て貰うのが一番だろうという結論になった。
ただ、タイナーさんも言っていたが、レイカさんは魔力を見たり何かを感知することはずば抜けているが、魔法使いとしてはまだ素人だ。
だから、対策を練るなら会議室で話した3人と団長殿下にも立ち会って貰うべきだろうと。
そして、メルのことも絡めて対策が必要なら、王城魔法使いも引き込んでおくべきだということだった。
それはそれとして、午後にもう一度訓練場で魔法を使ってみて、何処まで酷いのか隊長二人に確認して貰うことになった。
普段の訓練や任務では魔法の使用を禁止されたが、任務中に何かあれば咄嗟に魔法が出てしまう可能性もある。
そこで、何処までが拙いか確認した上で、魔法の使用を制限する魔道具を装着する案も出た。
という訳で午後一番で訓練場に足を踏み入れたのだが、相変わらず普通にしている状態では、魔力の不調は自分では良く分からないようだ。
「もう一度、初歩の魔力を意識して手のひらに集めるところからやってみようか。」
クイズナー隊長が主導で始まるが、上向けた手の平に魔力を乗せようと意識を向けた途端、どんと何か重いものが乗ったように手の平が下がった。
「ケインズ、止めだ。直ぐに止めなさい。」
クイズナー隊長に直ぐにそう声を掛けられるが、意識して送り込むのを止めた筈なのに、手の平にまだ魔力が上乗せされていく感覚がある。
「ケインズ、聞こえてないのか?」
トイトニー隊長にまで言われるが、自分では魔力など動かしている感覚はない。
「待って下さい! 止まらないです!」
どんどん重く感じる魔力に腕が下がって行く。
「ケインズ、下げてはいけません。魔力は重くない筈ですよ?」
「分かりませんが、凄く重いんです! 自然と下がっていくというか。」
慌てて近寄って来たトイトニー隊長が腕を支えてくれるが、手の上の魔力が反発するように暴れて、そのつもりはないのにトイトニー隊長の手を弾き返してしまった。
「マズい、な。」
「ええ。強制的にでも抑えた方が良いかもしれないですが。」
そんな団長二人の会話は耳に入るが、自分ではどうすることも出来ない。
ただ、自分の中から出して来た筈の魔力が、得体の知れない重くて暗い何かに置き換わってしまっているように感じる。
「なるべく無害な魔法へ変換させた方が良いかもしれない。」
「ケインズ! 手の上の魔力をなるべく小出しに小技の魔法を連打してみろ!」
トイトニー隊長の指示に、とにかく返事をする。
「はい! 何系統が良いでしょうか?!」
裏返った声で問い返しつつ、手の平に乗る魔力に意識を向ける。
「・・・炎はマズい、水はとっておけ、風はダメとして、氷の粒でいってみろ!」
漸く出たトイトニー隊長の結論に頷きつつ、霰程の氷の塊をイメージして呪文を呟く。
「氷の小粒! 噴射!」
手の平を訓練場の奥に向かって突き出すと、ザラザラと何か白っぽいものが無数に飛んでいく。
そして対角線上の訓練場奥の壁際に、白い人一人埋まりそうな小山が出来上がっていた。
「・・・止まったか? よし、もう魔法も魔力も触るな。」
トイトニー隊長がそれは苦い顔で言って、訓練場の入り口を振り返った。
と、全く気付いていなかったが、いつの間にか入り口には息を切らして駆け込んで来た団長殿下と、驚いたことに後ろからレイカさんの顔が覗いた。
「トイトニー!一先ず落ち着いたか?」
声を上げて問い掛けて来る団長殿下に、トイトニー隊長が頷き返している。
「はい。流石にここまでとは思わず、無茶をさせました。申し訳ございませんでした。」
トイトニー隊長が苦い顔で頭を下げている間に、レイカさんが団長殿下の傍から訓練場の中に入って来る。
それを慌てて追い掛けて来るのは、護衛の人達と、見覚えのない貴族の若者が一人そしてその従者のようだ。
「ケインズさん!」
駆け寄って来たレイカさんが心配そうな顔で見上げて来る。
形の良い眉を寄せつつキュッと引き結んだ口元を震わせながら、キョロキョロとこちらの全身を辿るように見つめている綺麗な瞳の動きを、つい目で追い掛けてしまう。
可愛くて緩みそうになる口元を引き締めておくのに苦労した。
「魔力暴走?しそうに膨らんでる魔力が見えた気がしたのに。今は普通ですね。」
腑に落ちないように首を傾げるレイカさんに、周りの皆が目を丸くしている。
「いや、レイカ。ケインズの魔力は明らかにおかしいぞ?」
あちらも近付いて来ながらそう答えたのは団長殿下だ。
「さっきのは、ちょっと見ない程の魔力量だと思ったが、確かに今は魔法使いとしては心許ない程の魔力しか感じない。枯渇寸前まで使い切ったのか?」
とこれは、レイカさんと一緒に来た貴族の若者だ。
「さっきの暴走気味の魔力を使って、あの山を作ったんですか?」
レイカさんの問いに訳が分からないなりに頷き返す。
と、レイカさんは霰の予定がコインサイズになってしまった氷の塊にもじっと目を凝らしているようだ。
「うーん。ケインズさんの魔力? だけじゃないですよね?」
そんなことを言い出したレイカさんに、また周りの皆がハッとした顔になる。
「どういうことだ?」
団長殿下が右代表で問い返すと、レイカさんがそちらを振り返った。
「ケインズさんの魔力に、生クリーム入れて泡立てたような。とにかく、不純物でたっぷり膨らんだ魔力だったんですよ。」
そのレイカさんの解説が良く分からなかったのは自分だけではなかったようだ。
訓練場に居る殆どの人達が首を傾げていた。
その中で、レイカさんに付いて来た貴族の若者とその従者が何か頷き合っている。
「レイカ、殿下。」
付け忘れそうになった殿下を態々付け足したような間が空いていたところを見ると、相応の身分でレイカさんとは親しいのかもしれない。
「彼は、殿下がエダンミールにご滞在中に何度も伝紙鳥をやり取りしていた人ですね?」
「え?そうですけど。」
レイカさんが驚いたようにそう答えているが、確かにどうして分かったのだろうと驚いてしまった。
「レイカ殿下の聖獣のと言われているサークマイトの世話をしているとか?」
「・・・ラスファーン王子、それってきっとウチの宮で何かご不快な思いをさせていますよね?」
答えるレイカさんの顔が凪いでいる。
「いえ。それ程では。」
言葉を濁したがレイカさんの指摘は正しいようだ。
そして、彼が件のラスファーン王子かとこっそり観察してしまった。
髪と瞳はサヴィスティン王子と色合いの似た淡い金髪と黄色に寄った炎色だ。
「・・・目に余る場合は我慢せずに言って下さいね。」
レイカさんがラスファーン王子に少しむすっとした様子で返している。
「ええ。可愛いものですから全く気になりません。それより、彼の先程の暴走しかけていた魔力ですが、本来の彼の魔力を取り込んだマークサイトが増幅を掛けて戻した結果ではないでしょうか?」
唐突に核心を突く見解を返して来たラスファーン王子に、自分を含め皆の顔色が変わる。
「“饗宴”の研究の一つにそういったものがありました。ただ、結果として失敗したと言われていて。・・・ですからレイカ殿下がマークサイトを側に置いていても無事に済んでいるのだと思っていました。」
良く分からない寒気を感じて、強張った顔の頬の全面に鳥肌が立ったような気がした。




