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第二騎士団の兵舎前まで送って貰うような形になってしまったタイナーさんだが、そのままトイトニー隊長に面会を申し込んでいて驚いた。
「元からトイトニー隊長にご用があったんですか?」
何となくそう問い掛けてしまうと、タイナーさんはにやりと笑い返して来た。
「まあな。ところでケインズ、俺が王城に通ってる間だけ限定で、俺から魔法を学ぶ気はないか?」
「・・・え?」
これは本当に聞き間違いかと思ってしまった。
大魔法使いと言われるタイナーさんは、弟子は中々取らない主義だと本人が言っていた筈だ。
「えっと、本気で仰ってますか? それにまたどうして?」
「それはな。俺はあの弟子のことはもう他人事だとは思えないんだ。アイツの為に俺に出来ることはしてやりたくなった。それだけだ。」
少し照れ臭そうにそう溢したタイナーさんにはやはり頭が下がる。
「俺は元々魔力量はそこまで多くないですが、タイナーさんから魔法を学ぶことで何か芽が出るでしょうか?」
「それなんだが、お前は元から魔法訓練はトイトニー隊長に見て貰ってたんだろう? それでな、ちょっと訊いてみたいことがある。その話次第で、俺が見てやるかどうか決めて来る。」
その中身のはっきりしない話には目を瞬かせてしまった。
「そう、ですか。」
そう答えるしかなくて返した返事に、タイナーさんはふっと苦笑いしたようだ。
「まあ、色々深く考え過ぎるなよ。目指すところだけ見失わずにいれば、嫌でも色々巻き込まれて苦労してる内にそれなりになってるもんだ。」
そんな少々無責任で適当な激励を貰ってしまったが、そういうものなのかもしれない。
あのレイカさんの隣を目指すなら、自分が色々考えたところで周りの助力がなければどうにか出来るようなものではないのだ。
「そうかもしれません。一先ず日々の勤務を頑張ることからですよね。」
「そうそう。その調子で頑張れな。」
そんな会話を経て向かった訓練場で、早朝訓練に参加する。
先輩騎士のルーディンさんに見てもらいながら強化魔法を取り入れた訓練に取り組むが、こんなに出来なかったかと落ち込む程、何故か上手くいかなかった。
「もしかして、ケインズは魔力制御が苦手だったのか?」
ルーディンさんに言われて、そんなことを感じたことはなかったのにと首を傾げてしまった。
「魔力量はそこまで多くないので、制御不能になったりしたことはないんですけど。」
「・・・そうかぁ。何だろうな?一度トイトニー隊長に見て貰えると良いんだが、団長殿下のお戻りからお忙しいようだからな。」
ルーディンさんの何気ないトイトニー隊長に見て貰ってという言葉にドキリとした。
タイナーさんはトイトニー隊長に何を聞くつもりなのだろうか。
それに、コルステアくんにも言われていたことを思い出した。
自分の魔力は、一度魔物の毒で死に掛けてレイカさんに救われてから、少し変わったかもしれないと。
途方に暮れた気持ちでいる内に訓練が終わって食堂に入って行くと、昨日街中巡回任務で一緒になったウィルメインが近付いて来た。
「ケインズ、昨日はお疲れ様。」
少しぶっきら棒にだが、話し掛けてくれたことに驚いた。
「ああ、ウィルメインはその後大丈夫か?」
呪詛のことが頭に浮かんでそう問い掛けると、頷き返された。
「呪詛の方は念の為神殿でも見て貰ったが、聖獣様のお陰ですっかり何ともない。それより、飯一緒にどうだ?」
この突然の態度の軟化にはこれまた驚いてしまったが、是非ともと頷き返す。
食事のトレイを貰って見渡すとウィルメインが若い魔法使い達の集団の真ん中に居て、少し身が引けた。
少し居心地の悪い気分で近付くと、こちらに向けられた隊員達の表情は柔らかく、歓迎されているようでホッとした。
「お邪魔します。」
そう言いながら集っているメンバーを確認すると、トイトニー隊長の隊の若い隊員達が多いが、一部他の隊の人もいるようだ。
「ケインズ、いきなりで悪かったが、座ってくれ。」
ウィルメイン声を掛けられて、向かいにトレイを置いてから座る。
と、メンバーの視線が一気にこちらに向いた。
「驚いただろう? 我々は実は、王女殿下を見守る会を発足して活動を続けている。」
突然の告白に、え?と固まってしまった。
第二騎士団でレイカさんが人気で姿を見せるたびに騒がれていたのは知っている。
が、こんな正式な会が発足しているとは知らなかった。
「・・・いつの間に・・・」
思わず漏らしてしまった言葉に、ずいっと身を乗り出して来たのはウィルメインの隣に座る同じ隊のリジールさんだ。
「レイナードから羽化したレイカちゃんが現れてから、割と直ぐにだな。俺は因みに、レイカちゃんだった王女殿下が主導した備品倉庫整理にも参加した初期会員だ!」
色々とツッコミどころのある情報だったが、一先ず、羽化って何だろう?
レイナードを演じていたレイカさんには、自分同様皆かなり辛口だった筈だ。
「呪詛に掛けられてた間は、俺達関わらせて貰えなくて、お前達がくそ羨ましくて仕様がなかったが、まあそれは良いとしよう。」
ん? これはもしかして、未だにレイカさんに関わっている自分を糾弾する会とかなのだろうか?
「お帰りになった王女殿下は、少しだけお姿を変えていて、俺達を更に釘付けにしたんだ。少し儚げな白金の髪も良かったが、艶やかな黒髪で凛々しく皆の前に立ち、時に少し幼く見えるような笑顔で我々の心臓を鷲掴みにした。という訳で、王女殿下になってから更に会員が増えたんだ。」
拳を握って力説してくれるリジールさんには少し身が引けてしまった。
「そ、そうなんだ。」
そうひきつり気味に相槌を返してしまったが、レイカさんはそれだけではない人だ。
「確かに、解呪されてからは外見は少しお可愛らしくなったけど。中身はお変わりなく一生懸命で時折驚くくらい強気で、それなのに存外傷付き易くて泣き虫で。側でお支えしたいと思えるような。」
と、ここまで何も考えずに溢してしまってから、心の声にしておくべき事だったとハッとしてしまった。
特に彼等の前で言うべき言葉ではなかった。
「そうかそうか。」
ところが、何故か周りから返ってきた相槌は予想外に好意的で、周りの皆もうんうんと頷いている。
「まあ、仕方ないよな。ケインズは王女殿下の特別だからな。ランバスティス伯爵からも王弟殿下からも認められているのだろう? 団長殿下もメルビアス公女とのお話を断れなくて、お前に王女殿下を託したんだからな。」
何か、微妙に真実からはズレた話が展開されているが、大筋が間違っていないかもしれなくて、否定しづらい。
いずれはそこを目指していくのは間違いないので、曖昧に笑い返して流しておくことにする。
「安心しろ。俺達はレイカ殿下をあくまで見守る会だからな、殿下がお前を望んでいるならお前のことを応援するからな!」
そんな後押しを貰って、食事に入ったが、話題はやはりレイカさんのことで、ファデラート大神殿への旅のことを色々と聞かれた。
当たり障りのないことだけを話している内に食べ終えて、引き続き訓練に向かうべく席を立ったところで、事務員の一人がこちらに駆け寄って来た。
「ケインズさん、トイトニー隊長が呼んでおられます。直ぐに会議室に向かって下さい。」
「あ、はい。これからまた訓練ですが、その前にということでしょうか?」
朝食をゆっくり摂り過ぎてしまったかと反省しつつ、急いで会議室に向かうことにした。




