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今朝もコルちゃんを連れて神殿を訪れたところで、意外な二人を見掛けてしまった。
フォーラスさんと話すテンフラム王子と大魔法使いタイナーさんだ。
この組み合わせに驚いてしばらくジッと見詰めてしまっていると、気付いたフォーラスさんがこちらに手を振ってきた。
「ケインズ殿! 聖獣様もご苦労様です。」
いつも朝出会うとそう声を掛けてくれるフォーラスさんだが、今日は他の二人と共に慌てて駆け寄って来てくれた。
「出勤前に申し訳ありませんが、少しお時間はありますか?」
「あ、ええ。少しでしたら。」
長話は出来ないが、元から余裕を持って第三騎士団営所を出て来ているので、最近では第二騎士団の宿舎にある自室に寄って軽く片付けや掃除などをするくらいの時間はある。
「ではこちらへ。」
フォーラスさんがそこから一番近い個室に案内してくれて、入った途端に急いたようにテンフラム王子が盗聴防止の魔石を起動させた。
「ケインズ、レイカがエダンミールの魔法使い共を管理する組織を作ることになったらしいな。」
いきなり始まったテンフラム王子の尋問のような問いに、思わず固まってしまった。
「心配しなくて良いぞ〜。王城内ではその噂話で持ちきりだ。真偽はともかく、誰もが知ってる。」
と、タイナーさんが言うくらいだから、たった一日でその話は広がったのだろう。
「そのような話はチラッと聞きましたが。」
仕方なくそう答えると、3人の顔色が一斉に曇って、何故かこちらに心配そうな顔を向けられた。
「本当ならレイカに会って確かめて、直接言うつもりだったんだが、今レイカには面会を申し込んでもほんの一握りの人間以外は即刻お断りが入ることになっているようだ。」
テンフラム王子が苦い口調でそう言うのに、タイナーさんも頷いている。
「だから、その一握りに入るケインズに直接言うしかないんだが。お前、養子先は決まったのか?」
「え?」
昨日も何処かで訊かれた台詞が脈絡もなく繰り返されて、目を瞬かせてしまった。
「クイズナーから聞いたぞ。覚悟を決めたんだろ?」
タイナーさんからはそんな言葉まで飛び出して狼狽えてしまう。
「あの、これって何に繋がる話ですか?」
とにかくそう確かめてみると、テンフラム王子とタイナーさんが顔を見合わせた。
「お前が危ないって話だ。」
「・・・はい?」
やはり全く話について行けなくて首を傾げていると、タイナーさんの溜息が来た。
「俺の弟子の王女様はな、色んな事を考えてる奴だが、どうしようもなく見えてない事がある。ま、平たく言うと、それはそれは仲良く特別扱いしてるお前のことだ。」
「はあ。」
確かに、レイカさんはこちらから向ける熱視線にはちょっと鈍感なところがあると思う。
それでも、最近は少しずつ意識してくれるようになったと思うのだが。
「養子先が決まっているならそちらから色々面倒みて気遣っても貰えるだろうから良いが、まだなんだろう?」
今度はテンフラム王子からだ。
「あ、はい。まだ、レイカさんともう一度話してからと思ってます。」
「そんな状態のお前を放置しているのは、レイカの配慮が足りない。」
そうだろうかとやはり首を傾げていると、フォーラスさんが顔を出して来た。
「王女殿下は、王都の魔法使いを管理する組織を作るつもりでおられる。つまり、街で見たでしょう?あの無法状態になりつつある魔法使い達をです。当然、反発する魔法使い達も出て来るでしょう。反感を抱いている魔法使い達の矛先が王女殿下に向けられるということです。ですが、王女殿下ご自身は常に厳重に守られておいでになる。それなら、王女殿下に繋がる者を代替として不満の捌け口にする可能性があるのですよ。」
フォーラスさんの説明で、ようやく何を心配されているのか分かった。
「でも、俺はまだレイカさんと婚約した訳でもないんですよ?」
将来的な危険はイオラートさんにも指摘されていたので分かるのだが、今直ぐというのは大袈裟ではないだろうか。
「あのな〜。不満の捌け口にするなら、何も正式な婚約者じゃなくても良い。王女殿下に関わりがある聖獣様の世話係でも十分なんだよ。」
言われてドキリとした。
確かに、コルちゃんを連れ歩く時、特に隠して連れ歩いている訳ではない。
これまでは、王都の人々を救った聖獣様のことを街の人達は有難いと拝むことはあっても危害を加えることなど考えられなかった。
だが、昨日のような魔法使いが相手なら、逆恨みも含めて何をしてくるか分からない。
「ケインズ殿。昨日の魔法使いが仕掛けて来たような呪詛が貴方に向く可能性があるということなんです。」
「だからな、私達ではレイカに直接会って警告することが出来ないから、自分でレイカに相談してみた方が良いと言っているのだ。それもなるべく早くだ。」
これには、素直に頷くしかなかった。
「大袈裟だと思うかもしれないけどな〜。魔法は日々進歩するし、呪詛だって改良してくるだろう。何かあってからでは手遅れって可能性もある。レイカとの未来を望むことにしたなら、お前が自分を大事にすることは大前提なんだぞ?」
タイナーさんの纏めの言葉には、自然と頭が下がった。
「済みません。呑気に構えていたことを反省したいと思います。」
つくづく自分の考えが足りないと思うのに、これから先それを補っていける人間になれる自信がないかもしれない。
「ケインズ殿、貴方が悪いわけではないのです。ただ、王女殿下が普通では在らせられない。引き起こしたり巻き込まれたりする騒動も、その頻度も、そして動き出す速度もです。それなのに、本当に悪気のない根底がお優しい方だから、周りは振り回されるのでしょうね。」
そうしみじみと語ったフォーラスさんに、少し途方に暮れた気分になる。
「そーだ。だから、お前には力を持った頼れる存在が必要だということだ。まあだけどな、お前が騎士で魔法も使えるっていうのは、不幸中の幸いだったな。それに、親は貴族の出だったんだろう? 話し方や所作をあまり直さなくて良さそうなところと、その落ち着いた性格も悪くない。上手く活かせば、化けるかもしれないな。」
テンフラム王子から宥めついでに思わぬ評価を貰って気恥ずかしさと共に、少しだけ嬉しくなる。
「俺にも、良いところがあると思っていて良いでしょうか?」
「当たり前だろーが。あのレイカが惚れてるんだ。ない訳がない。」
タイナーさんにも持ち上げられてしまった。
「惚れて、くれていると良いんですが。とにかく、気を付けつつ頑張ります。」
そう宣言をしたところで、その場はお開きになった。
部屋を出たところで、タイナーさんが近寄って来る。
「さて、それじゃ王城まで一緒に行ってやるか。」
「え?」
そこまでかと驚いていると、にやりと笑われた。
「まあ、ちょっと話したいこともあるしな。」
そのついでと聞いて逆に安心してしまった。
タイナーさんと一緒に神殿を出て王都の街を歩きだすと、朝から人の往来が絶えない活気のある様子が見られて、ふっと口元が緩んだ。
「そういえば、タイナーさんはテンフラム王子とは今でも良くお会いになるんですか?」
「ああ。俺がエイミアを置いてまたここに舞い戻って来たのは、弟子が守護の要の修復の協力をしろって煩かったからでな。守護の要の解析となると、古代魔法の専門家のテンフラム王子の助力は欠かせないからな。毎日こうして王城魔法使いの塔に通わされてるって訳だ。」
それでも、レイカさんの頼みに応えているタイナーさんはそれ程嫌そうではない。
「レイカさんとタイナーさんは、何だかんだと仲の良い師弟なんですね。」
ついそんな余計なことを言ってしまったが、タイナーはそれに何とも言えない顔を向けて来た。
「レイカはな、計画的だったぞ? 真っ先にエイミアを味方に付けて、二人掛かりで説得して来たんだからな。」
「エイミアさんはお変わりありませんか?」
恨みがましい言葉は聞き流しつつ、無難な方向へ話を逸らしてみることにする。
「ああ。毎日を着実に生きてる人だ。今日明日居なくなる訳じゃないのは分かってるんだが、毎日嫌になるくらい顔を合わせて話をしたい。つまらない事でも構わない。記憶に残らない話でも良い。何なら喧嘩や言い合いだってエイミアとの時間なら愛おしい。積み重ねて消えないように薄れないように、俺の中に残しておきたいんだ。」
タイナーさんの言葉が胸に刺さるような気がした。
「って話を、アイツは俺とエイミアの両方に気が済むまで語らせたんだ。そんなの、エイミアが付いて行ってあげてって頼んでくるに決まってるだろ? な、策士だろ? それなのに、泣きそうな顔を堪えやがって、自分の話は一切しないんだぞ?」
「レイカさんは、やはりタイナーさんを自分に重ねてるんでしょうか?」
黙って居られずにそう問い返してしまうと、タイナーさんがこちらを眇めるような目で見返して来た。
「レイカの中で何かが変わったんじゃないかと思う。他の様子を見ても明らかだが、活動期に入ったんじゃないか? 落とすなら、今だぞ? 但し、行くなら覚悟を決めろ。正直どっちも辛いからな。出来るなら、他の理由があって俺達の話を聞いてくれたんなら良いと思ってるけどな。」
そうではないと確信しているような顔付きのタイナーさんには何と返して良いのか分からない。
「タイナーさん達は、そうやって過ごして来たことに後悔していませんか?」
「俺はな、結局エイミアには求婚を受け入れて貰えなかったが、お互い離れられなかった。未だに一緒に住んでて内縁の妻だって俺が言い続けてる。それが答えだろ? 先のことは分からないけどな。今だってお互い一緒に居たいんだ。今回もエイミアは、気を付けて行ってらっしゃいって言って送り出してくれたんだ。待っててくれてるんだぞ? これが愛おしくない訳がない。」
そう言ったタイナーさんが本当に幸せそうな顔をしていて、温かい気持ちになった。




