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「殿下、こちらが本日これからご挨拶に伺う補佐官達の身上書になります。」
「・・・そこは潔く履歴書って言わないんだ。」
思わず突っ込んでしまいましたが、アンネリアさんが咳払いして差し出して来た折り畳み式釣書には、職業履歴が追加で挟んであるようです。
「まあ、良いんですけどね。仕事やる気があるなら、立派な絵姿付きで家柄家族構成も記載された個人情報満載な履歴書でも。」
「・・・殿下。お諦め下さい。王弟殿下は本気でいらっしゃいます。」
何を本気って、あの方には何十層もある構想の何処も本気でどれかに引っ掛かれば良いって思ってるところがあると思います。
「数打てば当たるっていうのは、本当に迷惑なんですけど。」
そんなぼやきを入れてから、本格的に釣書の確認に入ります。
これから迎える予定の補佐官は4名で、組織運営が軌道に乗るまではそれとは別に宰相室と財務からそれぞれ1名ずつ相談役的な立場で運営補佐が付いてくれることになっています。
その他に王城魔法使いから一人貰う予定なので、実質5名の補佐官とスタートすることになりそうです。
今日は顔合わせになるので、王女宮の執務室に近い応接室の一つを会議室風に整えて迎えることにしました。
組織として形になるまでの準備期間は王女宮で動くことになり、人員を増やしての本始動になったら王城の政務区画内に部署としての仕事部屋を貰うことになっています。
そこまでの道のりを思うと気が遠くなりそうですが、ゆっくりしている余裕はないので、始めから飛ばしていくことは確定です。
新部署立ち上げのノウハウは、恐らく宰相室や財務から派遣されてくるオブザーバーが教えてくれると信じています。
そんな訳で釣書に目を通し終わったところで、仮設の会議室に移動です。
約束の時間の10分前頃に扉の前に立ったところで、慌てて廊下をこちらに向かって来る侍従長とそれに従う王城魔法使い長のカリアンさんともう一人魔法使いのローブ姿の人が見えました。
「王女殿下、ギリギリ間に合いましたでしょうか?」
そう声を掛けて来たカリアンさんににこりと微笑み返します。
「カリアンさん、昨日の今日で、連れて来て下さったんですね? これからですよ、有難うございます。」
「それは良かった。急いで彼を口説き落とした甲斐がありましたよ。始まりの日に、是非とも同席させて頂きたかったのでね。」
そんなことを言い出すカリアンさんには目を瞬かせてしまいます。
「えっと、今日はただの顔合わせですよ?」
「そうですね。」
そう返して来つつも何か嬉しそうににやりと笑っているカリアンさんに、何の期待をされているのか分かりませんが、気を取り直して会議室に入って行くことにします。
踏み込んだ会議室にはもう6名が揃っていて、出されたお茶に手を付けつつ待っていたようです。
その内の一人がイオラート兄だったのには驚いて二度見してしまいました。
財務からのオブザーバーがイオラート兄だったようですね。
ただ、忙しい王弟殿下からお借りして良かったのでしょうか。
ちょっと申し訳なくなりつつも、やはり心強く感じますね。
補佐官達とオブザーバーのお二人が一斉に立ち上がって礼を取ります。
「王女殿下にご挨拶申し上げます。」
代表で堅苦しい短い挨拶をしてくれたのは、宰相室からのオブザーバーさんのようです。
「本日は皆様お集まり下さって有難うございます。どうぞ着席して下さい。」
そう促しますが、そこはこちらが座らない限り先に座ってはならないルールのようです。
アンネリアさんを従えて上座に向かい、引いてくれた椅子に腰を下ろすと、漸く他の皆さんも腰掛けました。
カリアンさんと連れて来た王城魔法使いさんにも宮女さんがお茶を出してくれます。
こちらの目の前にお茶を置いてくれたのはアンネリアさんでした。
「さて、本日皆様にお越し頂いたのは、ここのところ王都に増えた魔法使い達に対する対策部門を王城内に作ることになったからです。もう聞き及んでいることと思いますが、その責任者にわたくしが任命されました。そして、ここにお集まりの皆さんはわたくしを補佐して頂くために各部門の優秀な人材を推挙頂いた結果となります。部門の正式な立ち上げにはまだしばらく時間が掛かるでしょうが、本日から宜しくお願いします。」
まずは始めの挨拶をと口を開いてみましたが、釣書で確認した補佐官の何人かは何か驚いたような顔をしています。
オブザーバーのお二人とカリアンさんはそれに何かにやにやしていますが、何でしょう物凄くやり難いです。
「では、まずは自己紹介からいきましょうか? わたくしのことは、直接顔を合わせるのは初めてという方も多いかと思いますが、この度王家に養子に入り王女となりましたレイカルディナです。ご存知の通り、わたくしのこの身はランバスティス伯爵令息レイナードさんから譲り受けたもので、中身は神々の寵児と言われる異世界人です。そして、王家の聖女として現在仮稼働中の守護の要の修復という公務を持つことも補佐官となる皆様にはお話ししておきましょう。」
ここまで一気に話し切ると、補佐官達が一様に真面目な顔付きで聞いてくれていたようで、これにはホッとしてしまいました。
「殿下、一つ質問を宜しいでしょうか?」
そこで補佐官の一人が手を挙げました。
「ええ。財務から推挙のクランシオン殿ですね? ついでに軽く自己紹介の後伺いましょう。」
にこりと少しだけ圧を乗せた笑顔でそう返すと、クランシオンがピクリと一瞬だけ眉を上げたようです。
「・・・失礼致しました。財務から派遣されましたクランシオン・ラザイス、バンクリー伯爵家の先代の三男です。」
キリッとした顔立ちのシルバーブロンドにかなり深い藍色の瞳は暗いところでは黒に見えそうです。
ただ、釣書に描かれた姿絵よりも実物は何割増しか目付きが鋭くて、威圧感がありますね。
この所為で顔立ちは悪くないのに女性に敬遠されているんじゃないでしょうか。
正直に言うとちょっと差し向かいで二人で話すのは避けたいタイプかもしれません。
それとも、こちらに向けられた不信感というか反感めいたものを感じるから余計にそう思ってしまうのでしょうか。
「王女殿下は、こちらにお越しになる前も、あちらの世界で何か政務に関わるような役にでも就いておられたのでしょうか?」
あー、偉そうにっていう反感でしたか。
「いいえ。あちらの世界はこちらとは政治体系も社会の仕組みも少し違っていて、所謂中央の政治に関わるような仕事はしたことがありません。社会構造が違うので説明が難しいのですが、それなりの動員数を伴う小さな社会が乱立していて、そこでは税徴収や運用以外の社会活動が行われていて、わたくしはその小社会で役職を得て働いていた事があります。」
一斉に首を傾げたり瞬きしたりしている皆さんを見る限り、これに理解を得るのは難しそうですね。
「あの、私も宜しいでしょうか? 総務から推挙のコルドール・バーンス、リドル子爵の次男です。殿下はあちらでは役付きで働いておられたとしたら、相応のご身分のある家柄の後継ぎのご令嬢だったということでしょうか? 少し伺ったところでは、地方領主の統治に関わっていたというような印象ですが?」
とは、子犬のような笑顔が懐っこい顔立ちの癖っ毛の金髪に大きな青い目の青年ですが。
これは、あちらのことをすっかり理解してもらう説明は難しいかもしれません。
「・・・あちらの特にわたくしの生まれた国には、政治を行う王様というのはいないのです。形の上では身分制度が存在せず、貴族という概念も消えています。」
「消えていますということは、昔は存在した? あ、いえ失礼致しました。私は法務から来ましたバステル・カリオン、フールード侯爵家次男です。」
慌てて自己紹介を言い添えたバステルさんは、姿絵よりも印象の薄い顔立ちですが、さらっさらで艶やかなおかっぱ頭の黒髪には嫉妬してしまいそうです。
目尻の下がった若干眠そうな瞼の下には榛色の瞳が覗いていますが、今度髪の毛のお手入れについて訊いてみようと思います。
「そうですね。ところで、あちらの世界のことは話していると日が暮れてしまいそうなので、またの機会にということにして、続けましょうか。アレクシス殿もお願い出来ますか?」
補佐官の中でまだ発言のない宰相室から来たアレクシスさんは、表情の読み難い人のようです。
長めの金髪を後ろで一つに括って、この国では一番一般的な碧眼で、周囲に埋没するかと思いきや、この何を考えているのか分からない無表情と寡黙さが見る人に無駄な警戒心を与えているような気がするのは気の所為でしょうか?
「アレクシス・ルディラン、サンドライン侯爵の弟です。先日の守護の要半壊事件の謁見でもお姿を拝見しましたが、王女殿下は皆の前で話されることには慣れておられるようですね。」
淡々とそう返されましたが、先日も今日も変わらず緊張で心臓が高速運動を続けていることは取り敢えず黙っておこうと思います。
「そうでしょうか? お仕事ですから、切り替えているだけですよ。」
それで終わらせて、今度はカリアンさんの隣に座る魔法使いさんに目を向けました。
「私も自己紹介を宜しいでしょうか? 王城魔法使いのテスマン・オウンズ、シーエン子爵の縁者になります。35歳、先代のシーエン子爵の次女が妻でして、子供が二人おります。」
そんなテスマンさんの和やかな自己紹介にはほっこりしてしまいます。
カリアンさん、ナイス人選です!
思わず感謝の目を向けてしまいました。




