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第三騎士団営所の部屋に戻ると、留守を頼んだ弟のベックリーがコルステアくんと一緒にメルの檻を覗き込んでいて、驚いてしまった。
「ただいま。」
そう声を掛けて近寄ると、微妙に不機嫌顔のコルステアくんが振り返った。
「お帰りケインズ。」
声音もいつもより若干低く、旅の間見掛けた口には出さずにレイカさんを案じている時の様子に似ている。
レイカさんにまた何かあったのだろうか。
「兄貴お帰り。叔父さんとは話せた?」
その空気には気付かず話し掛けて来るベックリーに一先ず向き直って返事をする。
「ああ。開店前の準備中を邪魔してしまったけど話して来れた、有難うな。」
そう笑顔で返すと、ベックリーには何処かむず痒そうな顔で頷き返された。
「それじゃ、コルステアさんと話すんだろ? 俺は行くな。」
そう照れ臭そうにそう言ってからベックリーは扉に向かって行く。
「有難うなベックリー。」
その背中に礼を言うと、後ろ手に手を振ってベックリーは部屋を出て行った。
「ケインズ、弟は可愛いか?」
唐突にそんなことを言い出したコルステアくんに驚いてそちらを振り返る。
すると存外真面目な顔が見返して来た。
「それはまあ。一緒に育って来たし、小さい頃は当たり前にみたいに何処に行くにも付いて来たから、自分の一部みたいな感覚だったな。」
改めて考えてみたことはなかったが、やはり可愛いと思っているのだろうと思う。
「そんな弟達も少し大きくなって個性が出て来ると、自分とは違う別人格なんだなと思うようになって。でも、やっぱりそれぞれの節目になれば大丈夫かなって心配したり、逆に自分と違う何かが秀でていることが分かれば感心したりとか。そういうのを両親と共有したりするのも良いなって思ってた。」
「・・・ケインズは、兄弟達の中では小さなお父さん代わりだったのかもしれないな。ちょっとウチのイオラート兄を思い出した。」
立派なランバスティス伯爵家の長男イオラートさんと並べられるのは烏滸がましい気がしたが、一番下の弟のコルステアくんには何か共通点があるように見えるのかもしれない。
「レイカさんと、何かあった?」
そっとそう話を振ってみると、コルステアくんは不意と目を逸らして、むすっとした顔に逆戻りした。
「ケインズは、昼間おねー様やシルヴェイン殿下と会ったんだよね? その時、王都の魔法使い達の対策におねー様が関わるって話聞いた?」
「ああ、うん。ウチの団長殿下と第三の団長が話してるところに同席してて、レイカさん自身がそう話してたから。」
コルステアくんと自分の知っている話が全く同じものか分からなくて、慎重な返事になってしまった。
「そう。おねー様は団長同士の話し合いに参加してたんだ。」
これにも何か不満そうなコルステアくんだ。
「いや、どちらかと言うと話し合いの前座で俺がこちらに間借りさせて貰ってることのお礼を団長殿下と一緒にこちらの団長に言ってくれていたんだ。その後は少しその魔法使い達の話をしてから、団長お二人を残してこちらの部屋に移動して来てメルを見て貰ってたから。」
「そう。それで、ケインズはメルの魔力回路の話を聞いたんだ?」
魔力回路という言葉をレイカさんが話していたのは聞いたが、要はメルの魔力回路が普通ではない所為で魔法が使えないのではないかという話だった。
「うん。レイカさんはコルステアくんと相談してから他に話すから、そのことはまだ誰にも言わずにいて欲しいって。コルステアくんはそれをレイカさんに聞いて来てくれたんだね?」
そう穏やかに話を返すと、コルステアくんがハッとしたような顔をして、途端に表情が柔らかくなった。
「そう、おねー様が僕に相談するって?」
「うん。何だかメルが普通じゃないってことに気付いてしまったけどそれはいきなり公にはしたくないような口振りだった。」
エダンミールの魔法使い達のことは、少し言いにくくて黙っていることにする。
「そう。おねー様は、メルのことは本当に僕に頼るつもりだったんだ。」
そう独り言のように呟いたコルステアくんは、レイカさんの何かに拗ねてでもいるのかもしれない。
「うん。メルのことを殆ど毎日様子を見に来てくれていた話をしたら、お礼を言わなきゃって嬉しそうに話していたよ。」
「・・・そう。」
満更でもない顔になったコルステアくんだが、直ぐに真顔になってこちらに視線を合わせて来た。
「ねぇケインズ。早くウチの子になりなよ。父上も兄上も大歓迎だよ? それから、堂々とおねー様と付き合えば良い。早くしないと、掠め取ったり間に入ろうとしたりする奴が出て来るよ?」
「有難うコルステアくん。早くしなければいけないのは分かってるし、なり振り構っていられないのも分かってるんだ。でも、レイカさんともう一度きちんと話して、その上で大事なことと必要なことを確認してから、慎重に進めたいんだ。」
こちらが先回りした所為でレイカさんを追い詰めたくない。
寿命のことを分かった上で覚悟を決めていることを知って貰いたいし、実際のところも聞いておきたい。
それによって、これからの覚悟の仕方も変わって来る。
「慎重も良いけど、早ければ明日にでもおねー様は王弟殿下が密かに選抜していた婚約者候補達と会うことになるんだよ?」
これにはこちらがハッとした。
レイカさんは王弟殿下が補佐官候補を明日にでも派遣して来るようなことを話していた。
「そっか。明日来るレイカさんの補佐官はそういう人達なんだ。」
「まあ、今のところはラスファーン王子がいるから表立ってどうってことはないだろうけど。補佐官は何なら一日中おねー様に付いていることすらある。あっという間に距離を縮められても知らないからね。」
確かに、それはこちらに随分と不利な状況かもしれない。
今は王女宮の侍従長や護衛騎士達が自分に友好的で、応援してくれているような節があるから、毎日でもレイカさんと顔を合わせることが出来ているが、これから先のことは分からない。
「うん。レイカさんと話してから、団長殿下とイオラートさんに相談してみようと思う。」
「そう。おねー様は、王女としての立場から、ランバスティス伯爵家に頼ることには慎重になってるんだ。だから僕としては、ケインズがランバスティス伯爵家の者になって、おねー様と結ばれて欲しいと思ってる。そしたら、ランバスティス伯爵家は王女殿下の義実家として堂々とおねー様に関われるし、おねー様も遠慮なくウチを頼れる。」
コルステアくんの言葉には成程と納得してしまった。
ランバスティス伯爵家の人達は皆、レイカさんを伯爵の実の娘として大事に思っている。
レイカさんは、実際に血筋の上では間違いなくランバスティス伯爵家の縁者で、但し他所の世界から来たレイカさんの中身にとっては、ランバスティス伯爵家が実家という意識はもしかしたら薄めなのかもしれない。
「コルステアくんの気持ちも分かるけど。心配しなくてもレイカさんは、コルステアくんのことはずっと可愛い弟だと思い続けてくれると思うよ。」
昼間のここでのやり取りを思い出して、温かい気持ちになる。
「今日、レイカさんがコルちゃん達のことを家族同然の存在だと言っていたんだ。そのコルちゃんと縁の深いメルのことをコルステアくんにまず相談するっていうのは、レイカさんがコルステアくんのことを余程信頼する近しい存在だと思っているってことだと思う。」
「そう、かな?」
少し頼りなさそうな声でそう訊き返して来るコルステアくんは、微笑ましくなる程素直にレイカさんが大好きなのだろう。
「うん。俺とは違ってコルステアくんはレイカさんときちんと血の繋がりがあるからな。正直羨ましいくらいだ。」
これから先、どんなことが起ころうが縁が切れる事がないというのは羨ましい。
自分とレイカさんにも何かそんな絆が有れば良いのにと思ってしまった。




