510
応接室に王城魔法使い長のカリアンさんとコルステアくんが訪ねて来ると、パドナさんは退室して行きました。
「両殿下、ご歓談中のところ失礼致します。お呼びに従い参上致しました。」
カリアンさんが思いっ切り他所行きなご挨拶をしてくれて、その後ろでコルステアくんが黙って頭を下げています。
「二人とも、忙しいところを突然呼び出して済まなかった。座ってくれ。」
シルヴェイン王子に促された二人が躊躇いがちに椅子に座りに来るが、どうにも緊張した面持ちになっているのには首を傾げてしまいました。
「シル兄様、お二人には来て貰った理由は話していないのですか?」
チラッとこちらを見た二人が驚いた顔になっているのもまた不明です。
「そうだったな。いや、私もレイカをこの宮に呼ぶことに精一杯だったというか。」
そんな言い訳じみた言葉を呟くシルヴェイン王子には少しだけ呆れてしまいますね。
「そんなに私が蟠ってると思ってたんですか? 略奪愛だの昼ドラだの、特に興味ないですよ? 自分の身に降り掛かったら面倒で面倒で。大体今の私にそんなことに付き合ってる暇なんてないんですよ。」
濁すことなく直球で全否定しておくと、シルヴェイン王子は乾いた笑みを浮かべていました。
「結果としてレイカが割り切っていてくれて助かったし、良かったとは思っているが。その、少しだけこの、やり切れないというか虚しい気持ちになるのは、何なのだろうな。」
溜息混じりのシルヴェイン王子の発言に、カリアンさんとコルステアくんが何処かホッとした様子になっているので、彼等も修羅場を覚悟して来たのかもしれません。
全く・・・。
「その話はもうお腹一杯なので良いです。それより、カリアンさんとコルステアくんに態々に来て貰った本題に入って良いでしょうか?」
そう遮って話を改めると、王城魔法使いのお二人の顔付きも改まりました。
「ケインズさんが保護してくれているサークマイトのメルちゃんのことなんですが、今日漸く見に行って来まして。」
それに、二人が身を乗り出して来ました。
「如何でしたか?」
すかさず問い返して来るカリアンさんに、少しだけ身を引きつつ苦い笑みを返しました。
「体内の魔力回路がおかしいような気がしました。」
一先ず不確定な予測という形で話を進めることにしておきます。
「・・・成程、魔力回路ですか。殿下はそこまでお分かりになるのですね?」
案の定来たそんな言葉に、じっとりと冷や汗が滲んだことには気付かれないように気を付けますよ。
「あの。これはやっぱりここだけの話にして貰えますか? ところで体内循環の魔力回路って、普通には見えないものですか?」
これはもう、カリアンさんレベルの人に聞いて確かめておくべきことでしょう。
これからの生きる指針になりますからね。
「・・・無自覚の殿下が実際には何処までお出来になるのか、非常に興味が湧くところですが、検証にはやはりご協力頂けないんでしょうね?」
「カリアン、控えるように。そしてこの件はお前の胸の内に収めておくように。」
ここですかさず言葉を挟むシルヴェイン王子、やっぱり頼りになります。
「はい。畏まりました。」
そう答えてからこちらに改めてマジマジと目を向けてくるカリアンさんの視線に身が引けます。
「レイカ殿下。生き物には魔力器官が備わっていて、体内生成された魔力は全身を巡っている。これは様々な検証を経て間違いがないものとして認識されていることです。その魔力が巡る道を魔力回路と称していて、この異常は生命維持にも関わる病気の一種と認識されています。」
それは、こちらの世界の人達にとっては当然そうなることなのでしょう。
「ですが、目には見えない魔力回路の異常は、非常に見付けにくいものなのです。魔力過多や魔力欠乏も、その病名を診断されるまで長く時間掛かることが殆どです。」
ここで言葉を切って細めた目をこちらに向けるカリアンさんに、更に身を引いて椅子の背凭れに背中がくっ付いてしまいました。
「へ、へぇ。」
思いっ切り目を逸らしておくと、シルヴェイン王子とコルステアくんから深い溜息が聞こえて来ました。
「殿下、ここだけの話で結構ですので、魔力回路というのはどのようにお見えになるのですか?」
カリアンさんが満面の笑顔でそんなことを訊いてきて、顔が引きつります。
「あー、えっと。」
目を泳がせていると、シルヴェイン王子とコルステアくんがカリアンさんに冷たい目を向けているのが見えました。
「レイカ殿下、エダンミールにお出掛けの前は、体外排出後の魔力しか見えなかった筈では?」
少し低めのじっとりした声でそう訊いて来るのはコルステアくんです。
「うーん。必要に迫られて? 魔力についてちょっとレクチャー受けましたら認識範囲内に入ったみたいで。」
誤魔化し気味にそう溢しておくと、コルステアくんに凪いだ目でうんうん頷かれました。
「レイカ殿下は、これ以上変な虫を引き寄せないように、王城の奥深くで大人しくしておられた方が宜しいですよ。」
それは冷たい声で言うコルステアくんに、地面に座り込んでいじいじとのの字を描きたくなりました。
「そうもいかないのだ、コルステア。レイカは父上より王都に流れて来た魔法使い達への対策部門の統括を任されたのだ。」
「おね、レイカ殿下が何故そんなことを任されることに? どう考えても適任とは思えませんが?」
強い口調になったコルステアくんに、ですよね〜と乾いた笑いが浮かびます。
「コルステア、お前にとってはレイカは手の掛かるぽやんとしたお姉様かもしれないがな。レイカはそれだけではない様々なものを併せ持っているのだ。これがもう、油断ならない。」
それは苦い顔でそう返したシルヴェイン王子には抗議するように口を尖らせておきます。
「だが、根がお人好しでな。危うくて仕方ない。そんな訳でコルステア、お前にはレイカの助けになってやって欲しい。私が許可する。そしてカリアン、王城魔法使い長として、レイカへの助力を頼む。」
そう言って二人を引き込んでくれたシルヴェイン王子には感謝です。
「左様でございますね。陛下の決定には正直驚きましたが、我々としてもレイカ殿下に是非とも協力させて頂きたい。王都に入り込んでいるエダンミールの魔法使い達は、ことによるとこのカダルシウスの脅威に成り兼ねない。いずれは陛下にそのようにご進言申し上げるつもりでおりましたから。」
王城魔法使い長のカリアンさんもそう感じてくれていたというのは、幸先が良いかもしれません。
「わたくしの方からもカリアン王城魔法使い長にはご協力をお願いするつもりでおりました。是非、お願いしますね。」
「はい。」
頭を下げて答えてくれたカリアンさんとは対照的に、コルステアくんは思いっ切り眉を寄せた不機嫌顔です。
「王女殿下は、もう少し御身の周りを固めて保身を図ってから行動を起こされるべきです。私の方から父にも話しておきますが、一度、宮への訪問をお許し下さい。」
むすっとした顔で物凄く他所行きに畳み掛けてくるコルステアくんは、非常に心配してくれているのでしょう。
「コルステアくんそんなに怒らないで? 心配してくれるのは分かるけど、今はスピード命なのよね。コルステアくんにはメルちゃんのことでは色々と相談に乗って欲しいし、ランバスティス伯爵家の皆さんにも是非訪ねて来て欲しいけど。」
コルステアくんの方を向いてそこまで言って、カリアンさんに視線を移します。
「カリアンさん、改めて魔法使い対策部門のお手伝いをしてくれる人を派遣してくれませんか? 王城魔法使いとしてそこそこの経験があって内部のことをある程度分かっている人で、王城魔法使いの職を一時的にでも良いので離れても良いと思ってくれる人が良いです。」
これには、カリアンさんに意外そうな目を向けられました。
「・・・これはまた。王女殿下にはもう具体的な組織像がお有りになるようだ。確かに、王城魔法使いとは別にそういった組織をお作りになるなら、そのような人材を探さねばなりませんな。面白い、殿下のお作りになる組織に俄然興味が湧いて参りました。ですが、集めた人材を急速に殿下の思惑通りに纏め上げていくのには骨が折れるでしょう。少なくとも、ランバスティス伯爵家の全面的な支援くらいは匂わせておかれた方が宜しいかと。」
好意的に返してくれたカリアンさんの言葉にも一理あります。
「そうなんですけれど、所詮は身内贔屓と思われると後々行き詰まってしまうのが目に見えているので、どうしたものか悩んでいるところです。」
政治的な地盤固めがこれからの一番な懸念点だというのは間違いありません。
王族の全面協力は得られるでしょうが、政治の世界に片足を突っ込むなら、それだけでは心許ないでしょう。
王弟殿下は、それを各補佐官とそのバックヤードに遠隔操作で担わせるつもりでいるようですが、その為の餌が恐らく王女の婚約者候補ということなのではないでしょうか。
釣書付きでやってくる補佐官達を上手く使って組織構築しろとは酷い無茶振りですが、今は形ばかりでも婚約予定のラスファーン王子が宮にいるので、表立ったアプローチはして来ないでしょう。
「・・・悩ましい問題ですね。殿下の立ち上げる組織に出向させる魔法使いについては選抜してみましょう。本人の意向も聞かねばなりませんから、少しお時間を頂きますが、なるべく急ぎますので楽しみにお待ち下さい。」
不敵に笑ったカリアンさんには期待しておこうと思います。




