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ヒーリック叔父さんの店を裏口から訪ねるのは、シルヴェイン王子殿下をここに匿っていた時出入りしていた頃以来のことだ。
叩いた裏口から顔を出したのは叔父さん本人だった。
「ケインズ、また早い時間にどうした?」
驚いたように問い返して来る叔父さんに、少しだけ決まりの悪い笑みを向けてしまった。
夕方の勤務明けにしてはまだ時間が早く、店の夜営業の時間にもなっていない。
「昼間のこと、ジリアさんから聞いたかな?」
「ああ、魔法使い同士の喧嘩だろ?」
そんな軽い表現をした叔父さんだが、戸口からすっと一歩引っ込むと、中に招き入れてくれた。
「今日はあの後、通常の任務からは離れるのことになって、諸々済んで直帰扱いにして貰ったんだ。それで、ジリアさんは大丈夫だったかと思って。」
一先ず、レイカさんのことも含め、話すわけにはいかないことが多過ぎて説明に困ってしまう。
「ああ、お前達が間に入ってくれたお陰でジリアには怪我も無く、少し聴取されたら直ぐに帰して貰えたらしい。」
そう聞いてホッとした。
例の古代魔法陣を起動させた魔法使いを見張ったり、リッセンを警戒したり、団長殿下やレイカさんの到着を待ったりと色々こなしている内に、ジリアさんの姿は現場からなくなっていたので、無事に引き上げた筈だと思っていたが、念の為とここまで確認に来てしまった。
「最近、魔法使い絡みの諍いが良く起こってるらしいね。」
「ああ、そうなんだ。王都にやたらと魔法使いが増えた。しかも、強気の奴らが多くて第三騎士団も手を焼いてるらしい。」
苦い口調でそう返してくれた叔父さんに、頷き返す。
「叔父さんの店でもそういうことがあったりする?」
世間話の延長のようにそう訊いてみると、叔父さんには何かじっとりした目を向けられた。
「まあ、客同士とか店の面でとかちょっとした騒ぎは偶にな。で? これまたお姫さん絡みとか言い出さないよな?」
鋭いことにそう斬り込んできた叔父さんに、答え難くて苦笑を返してしまった。
「レイカさんは存在が目立つから、直接の原因じゃなくても絡めて利用してこようとする人が出て来るんだと思う。」
第三騎士団で団長達が話しているのを聞いていたが、要はそういうことなのだろう。
「まあそうだろうな。抜きん出た才能や能力に加えて、これまた見栄えの良い身分まで手に入れてしまったからな。これから何かしようって奴はお姫さんの名を利用出来るものならしたいって誰でも思ってるだろうさ。」
そういう輩からレイカさんを守ることも、側にいる者達の務めになってくる。
その上で、一番近くに居たいと望む自分に対する周囲からの期待値も風当たりも並大抵ではないだろう。
「叔父さん、俺手段を選んでいられなくなった。家を出て、力を付けて成り上がってでも、早くレイカさんの手助けが出来る人間になりたい。限られた時間でも、精一杯レイカさんの幸せを守りたいんだ。」
そう叔父さんの前で宣言してみると、不思議と気持ちがすっと固まったような気がした。
「・・・そうか。また大慌てで何があったんだって聞いてやりたいところだが、言えないんだろ?」
そう先回りして気遣ってくれた叔父さんに、こくりと頷き返す。
「ごめん。叔父さんを巻き込むべきことじゃないから。」
小さく溢した言い訳に、叔父さんはふっと優しく微笑み返してくれた。
「いいさ。ケインズ、お前も大人になったってことだ。兄さんも認めてるんだ。やりたいようにやってみろ。それで、また吐き出したくなったらここに来い。いつでも酒くらい出してやるさ。あ、あとミンジャーもな。」
言ってにやりと笑い掛けて来た叔父さんにはこちらもぷっと吹き出してしまった。
何故か、この庶民居酒屋の看板料理ミンジャーの唐揚げがお気に召したレイカさんが、それは幸せそうに頬張る姿が脳裏に浮かぶ。
「ああ、さっきも会ったばっかりなのに、また会いたい。」
と、間違えて口に出してしまったその想いに、叔父さんが目の前で腹を抱えて爆笑し出す。
「お、まえな! なんだその惚気は。まあなんだ? その、お互いには上手くいってそうで良かったよ。」
そう言われてしまったが、上手くいっているのかどうかは微妙に良く分からない。
「えっと、実は2人でちょっとだけ真面目な話を声高にしてたら、ジャックに喧嘩しないでってお互いの手を握られて・・・」
その後のことはどうしようもなく言えないことを思い出して言葉を切ってしまうと、叔父さんからはにやにや笑いを貰った。
「へぇ。聖女様お付きの聖獣様の公認なら、かなり見込みがあるんじゃないのか?」
「それは分からないよ。俺がレイカさんを好きなのは間違いないけど、レイカさんは俺を友人以上に思ってくれてるのかどうか分からないし。それでも、俺の方から踏み込むって決めた訳なんだけど。」
気付けば、かなり包み隠さず内心を語ってしまっていたが、叔父さんは今度は茶化したりせずに聞いてくれている。
「ま、お互いの気持ち以上のところは、お前を抱え込むって言ってくれてるところに一先ず任せても良いんじゃないか?」
「・・・そうですよね。結果そうなるんでしょうけど。なるべくなら、おんぶに抱っこじゃなくて、自分の努力が何かに生かされるようなことが一つでもあれば良いと思うんです。」
そうでないと、いつか何かを見失いそうだ。
「それはそうだろ。前から言ってるけどな、そんな簡単な道じゃないぞ? 何ならお前はこれからそれは報われないかもしれない努力を山程積み重ねることになる。人の何倍も求められるだろうし、それが実るかも分からない、そして評価されたり報われたりするとも限らない。正直言って、割に合わないことの方が多いかもしれないんだぞ?」
「そう、ですよね? それがレイカさんと一緒にいる為の条件だと飲み込み続けなければならない。常に初心を忘れず、だとして。叔父さん、俺が何か見失いそうになってたら、思い出させて下さい。レイカさんが好きで諦め切れなくて、だから一大決心して始めたことだろうって。」
そうほろ苦い笑み付きで見返すと、叔父さんは優しく笑っていた。
「しょうがない奴だな。任せとけ。そん時は、うっかり手が出てしまっても許せよ? お前がお貴族様になっててもな。」
「ははは。何処に養子に行くことになっても、叔父さんは叔父さんだよ。ウチの両親が変わらず俺を生み育ててくれた親なのと同じように。」
これだけは大事にしようと思う。
「よーし、言質取ったからな。ジリアにも伝えとく。」
「うん。ところでジリアさんとの式、もう直ぐだね。ジリアさんとは変わらずここに住むの?」
来月結婚予定の二人だが、何かと忙しくて詳しいことは何も聞いていなかった。
「ああ、そのつもりだ。俺も若くないからな。今更新居構えるより、ジリアに少しでも金として残してやった方が良いかと思ってな。」
叔父さんが歳の差婚になると随分と躊躇っていたのは知っていたが、そんな先のことまで考えていたとは思わなかった。
「俺ももう40だからな。精々生きても数十年。子供も出来るかどうか分からないしな。まだ若いアイツにしてやれるのは、一人にしても生きていけるように金を残してやることくらいだろうからな。」
「そっか。」
優しい顔でそう話す叔父さんの言葉に、不意にツキっと胸が痛んだ。
長く生きる宿命を背負っているかもしれないレイカさんを、いつか自分は叔父さんがジリアさんのことを案じるように、置いて逝くことになるのかもしれない。
そうだとは限らないとも言われたが、レイカさんが長命種のことを知りたがっていたというのなら、レイカさんもその可能性を考えて慎重になっているということではないだろうか。
ということは、そこに踏み込まなければ、レイカさんとはこれ以上進むことが出来ないのだと思い至った。
一度、レイカさんとその辺りのことを腹を割って話せたらと思うが、一人になる時間がほぼないレイカさんが話してくれる機会はあるのだろうかと考えてしまう。
「さて、それじゃ俺は店の仕込みに戻るとするか。お前は? 酒くらいは出せるが片隅で飲んでくか?」
「いや、お邪魔してごめん、帰るよ。今コルちゃんをベックリーに見て貰って営所を出て来たから。ジリアさんのことと、魔法使いのことが気になって。」
レイカさんが関わっていくらしいと聞くと、無関心ではいられなかった。
「ああそっか。それじゃまた何か気になる魔法使い絡みの話があったら知らせを送るか?」
「うん。そうして貰えると助かります。」
そんなやり取りの後、叔父さんがにやりと笑って手を差し出した。
「報酬は? にこにこ現金払いで頼むな。いやあ、人一人養ってく覚悟ってのは厳しいものなんだぞ? 覚えとけ。」
「ははは。情報の中身次第で、上の方と検討します。」
こちらも負けずに返したところで、ふと空気が緩んだ。
「まあ、冗談はともかく、お前も身辺には気を付けておけよ。お姫さんと仲良くなればなる程、お前のことも利用しようとする奴とか邪魔に思う奴に狙われるようになるからな。」
「うん。分かった。」
これは肝に銘じようと思う。
「それじゃ、お邪魔しました。」
そう挨拶して、ヒーリック叔父さんの店を後にした。




