508
通された応接間で出されたお茶は、以前この宮にお邪魔した時に美味しいと伝えたことのあるお茶でした。
堪能しつつ待っていると、執務室に寄って来ると言って分かれたシルヴェイン王子がパドナさんを連れて戻って来たようです。
「レイカ待たせて悪かった。」
そんな言葉と共に席に着いたシルヴェイン王子の隣にパドナさんも座りますが、少し所在なげに見えます。
「パドナ様、昼間もお疲れ様でしたのに、またお付き合い済みません。」
そうこちらから謝っておくと、パドナさんには慌てて首を振られました。
「とんでもございません。レイカ様こそお忙しい中お越し下さいましてありがとうございます。」
そんな堅苦しい言葉が返って来て、チラッと室内を見渡しました。
「リーベンさん、外して下さい。お兄様も人払いを。」
もう面倒臭いので重い話になる前にさっさと人払いしてしまおうと思います。
「分かった。」
いきなりの発言に驚いた顔になったシルヴェイン王子ですが、直ぐに頷いて合図すると護衛も侍従も侍女も部屋の外に出してくれました。
緊張の面持ちになった向かいの二人に苦笑いしつつ、少しだけ身を乗り出しました。
「パドナさん、口調崩しましょう。堅苦しい話し方だと伝わり辛いですから。」
敢えてさん呼びに切り替えると、パドナさんは目を瞬かせつつ頷き返してくれました。
「レイカさん、実はずっと私謝りたくて。」
いきなりそんな台詞が来て驚いてしまいました。
目を瞬かせていると、シルヴェイン王子が気遣わしげにパドナさんの方を見ているのに気付きました。
「シルヴェイン王子と婚約することになってしまって済みませんでした。」
きっちり頭を下げて謝ってくれたパドナさんに、こちらが慌ててしまいます。
「え? いえ、そんなパドナさんが謝るようなことじゃないですよ? ねぇお兄様?」
慌ててシルヴェイン王子に話を投げると、途端に眉下がりな困り顔になりました。
「パドナ公女はずっと気にしていたようなのだ。ここらできっちり謝罪を受け取ってくれないか?」
そうシルヴェイン王子にまで言われると、これはもう頷くしかないですね。
「はい、分かりました。その上で、もう許しますので、パドナさんもお兄様もこれで私への謝罪は終わりにしましょう?」
ここはシルヴェイン王子も絡めて罪悪感は払拭して貰おうと思います。
「そうだな。それから、一つ提案なのだが、レイカもノイと同じくシル兄様と呼んでくれないか?」
そんな予想外の提案が続きましたが、確かに、王太子と一緒の時はお兄様では済まないので、シルヴェインお兄様は中々長くで面倒です。
略称呼びで許して貰えるならその方が良いです。
「それなら、アーティフォートお兄様もアーティ兄様って呼んだら、殺されますかね?」
「いや、兄上も絶対お許し下さるだろう。今度そう呼び掛けてみると良い。」
あっさりとそんな冗談も許されてしまいましたが、レイナード時代に冷たくされた記憶が抜けなくて、中々勇気がいるかもしれません。
「はい。じゃ今度こっそり呼び掛けてみますね。」
へらりと返しておくと、シルヴェイン王子が真面目な顔で首を振りました。
「いや、いっそ今度の御前会議で兄上と私にそう呼び掛けて、レイカと私達が親しいことを表明しておいた方が良いだろう。」
そんなことを言い出したシルヴェイン王子には乾いた笑いを返してしまいました。
政治的な配慮って大事ですからね。
「そうですね。」
そんなやり取りが終わってパドナさんに視線を移すと、ホッとしたように微笑んでこちらを見ていて、こちらとしてもホッとしました。
「さてそれじゃ、本題に入っても良いですか?」
「ああ、人払いをしてまでの折り入っての話というのは?」
顔付きを引き締めて訊くシルヴェイン王子に、一つ頷き返します。
「私がエダンミールまでシル兄様を迎えに行くことを許して貰った理由をお話ししたかったんです。実は、半壊されてこれから修復予定の守護の要の起動条件の一つに関わりがあります。」
これには困惑した顔になったシルヴェイン王子に、少しだけ口元を苦くしつつ続けます。
「守護の要の起動条件は時代ごとに見直されて幾つも作り直されていたようなんですけど、一番最近使われていた起動条件での稼働では、守護の要の性能は6割程度しか発揮されていなかったようなんです。」
モンデンさんに話した時にもこれには物凄く驚かれました。
「では、今レイカが起動させた状態では?」
「今は、古代の装置そのものが完全稼働している状態なので、フル稼働状態ですね。ただ、起動装置を現代魔法に置き換えた初期の頃の装置はやっぱり完全稼働状態だったようで、その装置の起動条件がシル兄様なら満たせることが分かったんです。」
これにはキョトンとした顔になったシルヴェイン王子に、これまた苦笑を返します。
「守護の要というのは、古代竜の亡骸に残った心臓魔石に残存している魔力を循環させて魔物避けにしているという装置な訳ですが、カダルシウスの守護の要の元になった竜の鱗の色が、青銀色なんですよ。」
そこでシルヴェイン王子が自分の髪色を確認していました。
「そこで、現代魔法に置き換えた装置を構築した時に、王家には青銀色の髪を持つ子供が生まれるように何か操作されたんじゃないかと思います。その子が起動出来るように装置が組まれて、しばらくは王家の血筋の条件を持つ人が起動させていたようです。」
考え込むシルヴェイン王子はそのままにとにかく話を続けることにします。
「ところが、その条件が当てはまらなくなった時代があって、別の起動条件が付けられた装置が構築し直されて、といったことを続ける内に、稼働に制限が掛かるようになっていったみたいです。」
「それで、直近の稼働率が6割程度だった訳か。」
苦い口調のシルヴェイン王子には言いたいことが伝わっているようですね。
「因みにこの話は私から叔父様にしかしていません。今、何処まで伝わっているか知りませんが、叔父様はまずはお父様とアーティ兄様だけに伝えて、王城魔法使いには慎重に話を下すと仰ってました。ですから、この人払いです。」
「わたくしは、聞いても構わなかったのでしょうか?」
パドナさんが遠慮がちにそう発言していて、シルヴェイン王子と顔を見合わせます。
「私としては、将来シル兄様と結婚されるパドナさんには聞いておいて貰うべきだと思いましたけど?」
「・・・そうだな。」
許可が出たところで、微妙なお話に移ろうと思います。
「起動装置から青銀の髪の条件が成り立たなくなったのは、王家に青銀色の髪の子供が生まれなくなったからだろうと思うんです。今その条件に当てはまるのは、シル兄様と、もしかしたらノイシュレーネ様も当てはまるかもしれません。シル兄様とノイ様って母方が近いですか?」
「・・・ああ、母上と亡くなったノイの母親で叔父上の奥方は、従姉妹同士だったそうだ。生家は遠く王家の血が流れている家柄と言われていたな。」
これには、しばらく沈黙が広がりました。
「当然、叔父上も父上もそう考えが至ったことだろうな。」
苦い顔になったシルヴェイン王子に、肩を竦めておきます。
まあ、今更な話なんじゃないでしょうか?
「それで? 叔父上は、その初期に近い装置の修復を進める為に私を呼び戻す役をレイカに与えたのか?」
「その装置を修復するかどうかは聞いてませんが、シル兄様の血筋は確保しておきたいと思ったんでしょうね。」
王家の暗い部分が見え隠れしてますね。
「さて、それは父上のご判断にお任せするということにして、口を噤んでおくことにしよう。」
シルヴェイン王子の大人な判断にパドナさんと一緒にコクコク頷いておくことにしました。




