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第三騎士団営所内に用意されたケインズさんの借り住まいまではケインズさんのお父さんのマーシーズ副隊長が先頭に立って案内してくれました。
その後ろをケインズさんと並んで歩きながらポツポツと話していましたが、いつもは必ず前後左右をきっちり取り囲む護衛騎士さん達が、何故か緩めの囲みで付いてきてくれます。
そのお陰で、王女宮の応接室程ではないにしてもお互い少し取り繕った言葉に変換しつつも周りを気にせず話が出来て、ホッと一息出来た気がしました。
コルちゃん達のことを一先ず後回しにしなければならない程、王都の魔法使い達の問題は深刻なものだとはっきりした訳ですが、そのせいでケインズさんにまだまだ負担を掛けてしまいそうなことが心苦しいです。
謝ってみてもケインズさんは何でもないように許してくれるので、いつまでもいつまでも甘えてしまいそうです。
甘え続けた挙句、何かが崩壊してしまわないように、それだけは気を付けておこうと思います。
「そういえば、ジャックは今どうしていますか?」
少しむず痒いような優しい空気になったところで、ケインズさんが何かを誤魔化すように話題転換したのが、その問いでした。
「今日は外で知らない人に囲まれているので、背中の定位置です。」
薄手の上着の中に上手に入り込んでいるジャックは、今も隠密スタイルで存在感を消しています。
こういう時は、コルちゃんが隣を歩いていても戯れ付きに行ったりしないので、徹底していますね。
「そうですか。実は、メルとコルちゃんとジャックの関係がどうなるのか、少し心配で。」
そうこちらも考えていた懸念をケインズさんも考えていてくれたようです。
「そうなんです。一先ず檻越しのご対面から様子見ですよね? ところで、メルちゃんのことは王城魔法使いさんが定期的に見にきているんでしたか?」
「ええ、コルステア殿がほぼ毎日夕方頃通ってくれていまして。」
あのコルちゃんには常に辛口だったコルステアくんが、ファデラート大神殿への旅の間にコルちゃんに慣れたからだったのか、随分な転身です。
「あ、お手紙にも書いてくれていましたよね? コルステアくんにもお礼を言わないといけませんね。」
ただ王城魔法使いのコルステアくんとはどんな接点で会ったら良いのか分からないです。
王女宮に呼び付けて良いものなのかすら分かりません。
これは帰ったらアンネリアさんに要相談ですね。
そんなことを話している内に辿り着いた部屋の前で、マーシーズさんが立ち止まりました。
「王女殿下、こちらになります。ケインズ、部屋は大丈夫か? お通しする前に確認するか?」
そんな問いをコソッとしているマーシーズさんに、そういえばケインズさんの寝泊まりしている部屋に前触れもなくお邪魔することになってしまったのだと気付きました。
「ちょっとお見苦しくないか確認して来ます。」
ケインズさんがそう小さめの声で答えて、少しだけ開けたドアの向こうにするっと滑り込んでいきました。
「王女殿下、お待たせして申し訳ございません。あの通り少し頼りなく感じられるところもあるかと思いますが、愚息のことはどうぞ遠慮なくお使い下さい。愚息も殿下のお役に立てることが嬉しくて仕方がないようなのです。ですから、決して遠慮などなさらず。」
そう繰り返してくれたところで、扉が大きく開いて、ケインズさんが招き入れてくれました。
「どうぞお入り下さい、王女殿下。少々むさ苦しいところですが。」
と言われて入った室内ですが、良く片付いていて、生活感はありながらも綺麗に片付いているという印象の部屋です。
何となく緊張する気がしながら、その少し広めの部屋に鎮座する二つの檻に目を向けました。
「手前がコルちゃんの、奥にメルが居ます。」
説明されてケインズさんに続いてメルちゃんの檻に近付いていきます。
スルッと傍を抜けて行ったコルちゃんがメルちゃんの檻に駆け寄ってその手前でこちらを振り返りました。
ふわんと柔らかな尻尾が機嫌良さそうにゆるゆると揺れて、キュウッと嬉しそうな啼き声を上げました。
「キュウッ」
檻の中からも小さな啼き声が聞こえて、目を凝らした先で懐かしいピンクゴールドの毛のサークマイトが前脚を立てて座り込んでいるのが見えました。
「わあ、可愛い!」
思わず口をついて出てしまった程、毛並みの綺麗なサークマイトです。
その上、モフふわっと広がった毛先に纏わりつくように、ケインズさんの魔力色の青い光がチラついています。
檻のすぐ側まで歩み寄ってしっかり覗き込むと、メルちゃんは少しだけ眉下がりの上目遣いに見上げて来ます。
文句なく可愛い仕草なのですが、そのメルちゃんの全身を眺めてから、首を傾げてしまいました。
「この子、ツノが。」
ポツリと漏らしつつ、檻の側にしゃがみ込むと、じっくりとメルちゃんのツノを眺めます。
「ツノに通ってる筈の循環魔力回路が途切れてる。」
「え?」
ケインズさんが問い返して来るのに、言葉を探します。
「サークマイトはツノから魔法を発動させるんですけど、この子の場合は魔力回路が途切れてるから、魔法発動そのものが出来ないんじゃないかと思います。」
こんな言い方はなんですが、何かの実験の失敗作だったのではないでしょうか。
「メルが? 魔法を使えないかもしれないということ? ですか?」
ケインズさんが動揺して丁寧な言葉が抜けそうになっていました。
「王城魔法使いに同席して貰って一度検証してみたら良いと思うんですけど。」
そう言いつつ、肩の上に向かってそっと呼び掛けます。
「ノワ。」
『はいはい我が君。人の多い場所は、その猿の下僕と一緒で苦手なんですよ? ホイホイ呼び出さないで下さい。』
そう不満そうに抗議の声を上げつつ現れたノワの言葉は一先ず聞き流すとして。
「この子、ツノに向かう魔力回路が途切れてるよね?」
『またまたぁ。我が君はちょっと体内循環魔力まで見えるようになったからって、場所も構わずペラペラ喋り過ぎですよ?』
皮肉げに言われて初めて、確かにとマズいような気がして来ました。
メルちゃんのことは王城魔法使いさんが調べに来ていた筈で、その彼らが気付かなかったかもしれない魔力回路の話を不用意にするのは良くなかったかもしれません。
黙って微妙な顔で目を泳がせていると、ノワがふうと溜息を吐きました。
『はいはい。これからは気を付けて下さいね。それで? その実験体のサークマイトは本来ならツノに繋がる魔力回路があって、そこを通した魔力で魔法を使う筈だと。それは正解ですね。』
「それをわざわざ堰き止められたということ?」
嫌な気持ちになりながらそう小声で返すと、ノワは肩を竦めたようでした。
『何を目指していたのかは、研究の当事者に聞くか資料を見なければ分かりませんが、まあ恐らくサークマイトの特質を利用した魔力増殖の実験の途中経過版だったんでしょう。』
そうサクッと説明したノワにじっとりした目を向けていると、咳払いと共に続きを話し始めました。
『サークマイトの巨大進化のメカニズムに当たりを付けた研究者がいたのでしょうね。』
皮肉げにそんな言葉で纏めたノワですが、そういうノワもウチのコルちゃんの巨大進化の特性を利用して聖獣化させたって言っていましたよね。
「そのメカニズムって?」
という訳でちょっと冷たく促すと、ノワが渋い顔になりました。
『サークマイトはツノから他者の余剰魔力を体内に取り入れて、自らの魔力器官に送ります。そこで自分の魔力器官にある魔力と混ぜ合わせて増幅させることが出来るんです。それを体内循環させてまたツノに送り込むことで魔法発動するから、あの小さな身体に似合わず強力な魔法を放つことが出来るんですよ。』
渋々とそんな情報を漏らし始めたノワですが、本当にその博識ぶりにはいつもながら感心します。
『そうやって増幅を続けることによって、魔力器官自体が強化されていって、それが一定の基準を超えると、身体がそれに合わせて巨大進化するんです。』
「ふうん。つまりそのブースター機能を持つ特性を利用して、この子に自分では使わせないようにしておきつつ、ブーストした魔力を取り出すつもりだった?」
何となく見えて来た研究者の意図に気付いて物凄く嫌な気分になりました。
『ええ、恐らくは。ただこちらの世界の住人には所謂愛護精神というものがモラルとして広がっていないですからね。ましてや魔物は、人間にとっては脅威の存在でしかない。』
それは確かに、こちらで生活していて感じたことのある感覚です。
「とは言っても、やっぱり嫌なものは嫌。特に犯罪の意識もなくやってるなんて。そんな事実を知ってることも、それなのに罰することも出来ずなんて、やっぱり人格が歪みそう。」
ボソボソぶちぶちと返していると、断片をじっと聞き取っていた様子のケインズさんとマーシーズさん、リーベンさん達護衛騎士の皆さんの視線を感じました。




