505
レイカさんの契約魔人のノワは、余り人前に姿を見せることがない。
レイカさんだけにその姿が見えていて、大抵小声で何か囁き合うように話しているようだ。
それは何かの機密に触れる話だからなのだろうが、偉い人達はその魔人がかなり油断ならない存在で、レイカさんをいつも何かに巻き込んで誘導しているのだと苦々しく話している。
真相は分からないが、それでもレイカさんは何かあると魔人を呼んで相談していたりして、頼りにしていることは間違いないのだろう。
ただ、今目の前で始まったメルに関する話は、しっかりこちらにも分かるように話して欲しいと思ってしまった。
話に一段落ついたのか、漸くこちらに目を向けてくれたレイカさんは、少し困ったように微笑んだ。
「ケインズさん。今ここで話したことは、一旦誰にも言わずに待っていて貰えませんか? 一度、コルステアくんを呼んで話してみてから、王城魔法使いの人達にどう調べて貰うか決めようと思うんですけど、それで構いませんか?」
そう慎重に言い出したレイカさんは、何か懸念があってそう言っているのだろう。
「メルは、魔法を使えないことで生きることに何か支障があるのでしょうか?」
何よりも気になるのはそれだ。
本当は殺処分予定だったメルだが、縁があって自分が面倒をみることになったなら、出来ることはしてあげたいし、なるべく長く一緒に居たいとも思う。
「正直に言って、よく分かりません。普通ではないのは分かるんですけど、それがどう何かの支障になるのかが分からなくて。」
そう申し訳なさそうに言うレイカさんに、それはそうだと納得する。
「いえ。そうですよね。殿下が悪い訳でもないのに、強い口調になってしまって済みません。」
頭を下げて謝ると、レイカさんはまた困ったように眉下がりに頷き返して来た。
「ケインズさんにはもう、メルは大事なペットのような存在なんですね。」
そう言って微笑むレイカさんにこくりと頷き返す。
「そういうわたくしもコルちゃんやジャック、それにイースやエールのことは、大事な家族みたいな気持ちでいますし。」
そう口にしてから、レイカさんが少しだけ顔つきを改めたように見えた。
「ケインズさん、メルちゃんはとても可哀想なことですけれど、魔法使い達の研究対象として改造された魔物です。エダンミールの魔法使いは、魔法を使った研究に対する探究心が普通よりも少し暴走気味なんです。それには歴史的な下地があって、国としての方向性が少し歪んでいたからでもありました。詳しいことは割愛しますが、その延長線としてこの国にもそれを持ち込もうとしていたんです。」
レイカさんは深いところは濁しつつも、エダンミールでレイカさんが知ったり感じたりしたことを話そうとしてくれているような気がした。
「勿論、喜ばしいことではないですし、これからエダンミールでの感覚を引きずった魔法使いがこの国で好き勝手出来ないように手を打っていく必要があると思います。でも、既に犠牲になってしまったメルちゃんのような存在を救う為に、彼らを利用していくことはわたくしとしては必要なことだと思っています。」
そこで言葉を切ったレイカさんは、真っ直ぐ目を合わせて来た。
「だから、メルちゃんやその他の被害者の人達もですが、負担にならないような形で、王城魔法使いや場合によってはエダンミールから来た魔法使いに、みて貰ったり必要な処置をして貰うことを許して貰えますか?」
そう問われて驚いてしまった。
確かに、エダンミールの魔法使いにメルを見せたり何か支障があるからと処置を任せたりすることには抵抗があるかもしれない。
そして、はっきりと言えば、その筆頭がラスファーン王子なのだと思い至った。
それに、レイカさんは被害者の人達と口にした。
そこで思い付くのが、シーラックとガランジュや、リブルくんとメリルちゃんだ。
レイカさんはそこまで見越して、エダンミールの魔法使い達を受け入れようとしているのだろう。
「メルを、その手始めにしたいということでしょうか?」
少しだけ強張った声音になってしまうと、レイカさんが少しだけ目を伏せて辛そうな顔になった気がした。
「わたくしは、感知能力だけは少しだけ人よりも秀でているかもしれませんが、魔法は素人で経験値も知識も足りません。偉そうなことを言いましたが、誰かの手助けなしに魔法使いの被験体だったもの達をどうにかすることは出来そうにないんです。」
それは申し訳なさそうに言うレイカさんに、それはそうだったとこちらも胸が痛んだ。
「違います。済みません。私は殿下を責めるつもりなど、勿論ありません。ただ、思慮が足らずに殿下にご相談してお任せすれば良いと、無責任なことを考えていました。本当に申し訳ございませんでした。」
言って深々と頭を下げる。
それはそうだ。
レイカさんは魔法がないという異世界から連れて来られたばかりの人で、それなのにレイナードから魔王になれる程の魔力を持つ身体を譲り受けたからと、周りから凄い魔法使い認定されている。
でも、本当は魔法に自信があるはずがなかったのだ。
「レイカ殿下。貴女の考えて下さった最善に、お任せしたいと思います。少なくとも私は、レイカ殿下を信じます。」
言葉を尽くして真っ直ぐ見返すと、レイカさんがほんの少し潤ませた目で頷き返して来た。
本当は、言葉など取り繕わずにごめんと謝って、レイカさんのことなら信じられると言い切って、悲しませたことを抱き締めて慰めたい。
それなのに今は、王女殿下なレイカさんに対して優しい言葉を掛けることも、抱き締めることも許されない。
もどかしさに眉を下げて見返していると、レイカさんの背中からずり落ちて来たジャックがコソッとレイカさんと自分の間に入って来た。
「キーィ」
そう一声啼いてから、ジャックはレイカさんの手の先を握って、反対の手で驚いたことに自分の手の先を握った。
「ジャック?」
レイカさんが目を瞬かせながらそうジャックに問い掛けているが、客観的に見た自分達の状況に頬が熱くなる。
ジャックを介して手を繋いでいる。
「キュウッ」
コルちゃんもレイカさんの足にすりっと擦り寄って慰めているようだ。
「あの、別にケインズさんと喧嘩した訳じゃないのよ?」
レイカさんが少しだけ困ったような上擦った声でジャックとコルちゃんに話し掛けていて、微笑ましくなる。
「そうだよ。コルちゃんもジャックも心配しなくて大丈夫だから。」
言ってジャックとコルちゃんに目線を合わせるようにその場にしゃがんで、小声で話し掛ける。
「レイカさんと喧嘩なんて、する訳ないよ。大好きなのに、俺が耐えられないから。」
辛うじてレイカさんだけには聞こえるかもという声で囁くと、そっと見上げたレイカさんがそれは見事に真っ赤になっていた。
何か言おうとして結局言えずに口を閉じたレイカさんが、小さく咳払いをした。
「コルちゃん、ジャックにメルを紹介してくれるかしら?」
耳まで真っ赤なまま、そっとこちらから目を逸らしつつ言うレイカさんが可愛い。
が、気になるご対面に備えて立ち上がっておくことにする。
「キュウッ」
メルに啼き掛けるコルちゃんと掴んでいた手を離して檻にゆっくり近付くジャック。
見守る内に、メルが鋭くキュウッ!と啼いて、檻の反対側に逃げてしまった。
「メルちゃんを怖がらせてしまったみたい。」
レイカさんがほろ苦い笑みを浮かべてそう口にすると、ジャックが少しだけいじけたようにレイカさんの袖を掴んで頭を擦り寄せている。
「慣れるまで、少し時間が掛かるのかもしれないですね。」
「檻の外に出してコルちゃんと3匹で遊ばせたら、案外直ぐに仲良しになるかも。」
レイカさんの希望的観測に、確かにと納得してしまった。
「そういえば、コルちゃんとジャックも出会い頭はコルちゃんが喧嘩腰だったのに、直ぐに仲良しになりましたからね。」
ファデラート大神殿の山を下る間、レイカさんが倒れて意識のない間に、いつの間にかコルちゃんとジャックはじゃれ合う程の仲良しになったのだった。
「その過程が見られなかったのは本当に残念でした。メルちゃんとジャックの触れ合う姿は見たい、のに・・・無理かも。」
少し涙目になったレイカさんは、これからとても忙しくなるのが分かっている。
「その時が来たら、毎日漏らさずご報告しますから。それを楽しみに頑張って下さい。」
その微妙な激励に、レイカさんは少しはにかむように微笑んでくれた。




