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「殿下、お手をどうぞ。」


 現場に到着して久しぶりに乗ったナシーダちゃんから降りる段になってから、複数の視線を一斉に浴びた気がしましたが、直ぐに駆け寄って来たリーベンさんに手を差し出されて、降りるのを手伝って貰うことにしました。


 因みに、動きやすい乗馬服に着替えて来たので、ナシーダちゃんからは普通に一人で乗り降り出来ます。


 それは、ファデラート大神殿に向かう旅の途中毎日繰り返していたので、慣れたものだったのですが、皆様見た目に騙され過ぎです。


 ただ、今の状況で直ぐ側にくっ付くように控えていたいリーベンさんのお気持ちも分かるので、気が済むようにしてもらおうと思います。


「レイカ、例の男には不用意に近付かないように。」


 前を歩きながらシルヴェイン王子が案じるような言葉を投げてくれます。


 リッセンさんが何故か現場に居て、ケインズさんにこちらを呼ぶように要求したという話を聞いた途端、シルヴェイン王子を始めリーベンさんやクイズナー隊長にも行くことを止められそうになりました。


 とはいえ、リッセンさんのあの性格では避けて通れる事態にはなりそうにないので、行かない選択はないと押し切って出て来てしまいました。


 だからこその、厳戒態勢なのですが、現場に近付いて行くと、確かに囲いの中心に薄らと光を放つ魔法陣が見えます。


 ただ、地面に直接描かれた魔法陣ではなく、何かに描かれた魔法陣が魔力で展開投映されて広がっているだけのようです。


「うーん。簡易な魔法陣みたいですね。もしかしたら仕込んだ魔法を一つ使ったら投映元の魔法陣は壊れるくらいの脆いものかもしれませんね。」


 そんな解説をボソボソしながら真っ直ぐ魔法陣に向かって行くと、途中で何か集まっていた騎士さん達が呆気に取られつつ見送ってくれたようです。


「レイカ? まずはトイトニーから話を。」


 後ろからそうシルヴェイン王子に声を掛けられて振り返ると、直ぐ側にいつの間にかリッセンさんが近付いていて、同じように魔法陣を眺めています。


「そこまで読み取れますか。」


 横合いからさり気なく近付いていたようで、囲んでいたリーベンさん達が警戒するように展開しています。


 どうしようかと思いましたが、止めても無駄そうなのでこのまま続けることにしようと思います。


「まあ、神様の憐れみチートスキルなので、中々の性能ですよ。ところで、これ発動させたのはそこに転がってる人なんですよね? リッセンさんのお知り合いですか?」


「いいえ、私は通り掛かっただけですが。」


 そうしれっと言い切ったリッセンさんですが、知り合いではないにしても問題を起こすかもしれないと事前にマークしていた可能性が高いのではないでしょうか。


「・・・そうですか。言い方は何ですが“饗宴”の残り滓といったところでしょうか? こういう人達はまだこの王都にそれなりの人数で残留していると思いますか?」


「どうでしょうか? まあ、これからは残留組以外にも色々と問題を起こす者達が出て来そうですが。」


 嫌なことをサラッと言って下さいますね。


「まあそうでしょうね。魔法使いって相互コミュ能力に欠けてそうなイメージですし。」


 そう溢してから、改めてリッセンさんに目を向けました。


「ところでリッセンさん、今王都に潜伏なさってるそうですけど、どうして一緒に王城に入って下さらなかったんですか? わたくし、お父様と叔父様にそれはキツく叱られてしまいましたのに。一緒に来て下さっていれば、怒りの矛先は分散されたでしょうし。リッセンさんは漏れなく王宮の厳重な牢に入って貰えましたのに。」


 困ったように小首を傾げながらそう話しを振ってみると、ピクリと眉を上げた上でふっと微笑まれました。


「・・・流石に、牢の中から侍従試験は受けられませんからね。」


 普通に返して来るリッセンさんは流石です。


「ああ、侍従試験、申し込んでいると聞きましたわ。でもわたくしの宮の侍従採用の枠はもう既に一つ埋まっていますの。もう一つ採用枠を増やすかどうかはその価値があるかどうかを上の方々に何処までアピール出来るかに掛かっているのではないかと思いますわ。」


 ここで良い笑顔を付け加えておきます。


「・・・ほう、それはそれは。」


 目を細めたリッセンさん、超が付く怖い威圧の笑顔を返してくれますが、ここで負けられません。


「この王都に入った元“揺籠”の魔法使い達の掌握を。そして、その情報提供と恭順を手土産にしてくれるなら、わたくしが上の方達に口を聞いても構いません。」


 今度は真顔で締めると、リッセンさんも真顔でこちらを見返して来ました。


 膝が震えそうになっていることは内緒です。


 周りを護衛騎士さん達が囲んでいてくれて本当に助かりました。


「成程。これはこれは、エダンミールでは随分と猫を被って大人しくしておられたようだ。果たして貴女様にそこまでの価値があるのかは不明ですが、面白い。支え切れずに押し潰されないようにしっかり足腰お鍛えになられることですな。」


 そんなお言葉と共にサッと踵を返したリッセンさんが普通に歩み去って行くのを見て、護衛騎士さん達と少し離れて集まっていたシルヴェイン王子達や第三騎士団の隊長さん達が慌てたようにこちらに目を向けて来ました。


「追わなくて良いです。どうせ直ぐに顔を合わせることになると思いますし、今の彼からは有益な情報は得られないと思いますから。」


 仕方なく返した言葉に、溜息混じりのシルヴェイン王子が近寄って来ます。


「だとしても、もう少し穏やかな話に持っていけなかったのか?」


「無駄ですよ。あの人はエダンミールの魔法使い達の恐らく中枢に近い場所に居た人ですよ。彼がこの国に来た以上、この国を裏で抑えられるか、こちらが抑え込むか、どちらかにしかならないと思います。」


 リッセンさんの態度をみる限り、彼自身がそのつもりでここに居るのは間違いありません。


「それに、今王都に入り込んでいるエダンミールの魔法使い達を纏めて組織入りさせるなら、その基盤に彼らを据えておいた方が絶対に上手くいきます。それが出来ないなら、他国から流れてきた魔法使いは纏めて王都の外に放り出すくらいの方針に切り替えなければ、今のカダルシウスを守ることは出来ないと思います。」


「・・・そこまで考えているならレイカの方針を支持しようと思うが。これまで以上に身辺には気を付けるのだぞ? レイカがそうして矢面に立てば、逆恨みする者も出て来るだろう。護衛が心許なければ、第二騎士団ナイザリークを貸し出すし、政治的なことは私や兄上に相談しなさい。」


 眉下がりな案じる目を向けてくれるシルヴェイン王子に、素直に頷き返します。


「ところでお兄様、ちょっと座って良いですか?」


「・・・は?」


 少しだけ間の抜けた顔になったシルヴェイン王子はともかく、ガクガクの膝が限界なので、その場にちょこんと座り込みます。


「はあ怖かった。リッセンさん見上げないと目線合わないし、威圧感凄いんですよ。あの人と睨み合いとか、もう二度としたくないんですけど。」


 本音を駄々漏らしながら涙目で座り込んでいると、呆れたような溜息がシルヴェイン王子とリーベンさんから降って来ました。


「ケインズ! 聖獣を連れてこっちへ来い!」


 シルヴェイン王子の少々投げやりな呼び声に、ケインズさんの返事が返って来ます。


「キュウッ!」


 啼きながらこちらに飛び込んで来てくれたコルちゃんを抱えて癒しタイムです。


 続いてチラッと護衛さん達の間から顔を覗かせたケインズさんが心配顔です。


「大丈夫ですか?」


 そう声を掛けてくれたケインズさんに、気の抜けた笑みを返してしまいました。


「ケインズさん、ご苦労様です。ケインズさんもリッセンさんに絡まれたんですよね? 怖くなかったですか?」


「あーえっと。押しの強い人でしたね。ご本人は色々主張されてましたけど、レイカ殿下がお嫌なら侍従にするのはおやめになったら良いと思います。」


 護衛さんに通して貰って隣にあちらも座り込んでくれたケインズさんは、そんな優しい言葉をくれますが、頷けないところが心苦しいです。


「そうなんですけど、あの人は野放しに出来ないので。今のドサクサで、魔力量だけはこちらが上なので、抑え込んで組織の中に取り込んでしまおうと思っていて。」


「・・・そうなんですか。それでもどうぞご無理なさらず。俺に出来ることがあれば、何でもしますから。」


 いつもいつもこの安定の良い人ぶりにほろっと来そうです。


「ありがとうございます。ところで、ここの後始末が終わったら、せっかく城下に降りて来たので、ここまま第三騎士団営所まで行ってメルちゃんに会って来るのはどうですか?」


 この癒し空間を手放したくなくてそう付け加えると、ケインズさんが目を瞬かせました。


「はあ。トイトニー! ケインズは特別任務に切り替えでこれから直行直帰だ。」


 またもやシルヴェイン王子が投げやりに、今度はトイトニー隊長に言い渡していて、我儘が通る今のような状況も悪くないなと思ってしまいました。

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