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政略上の正妃に一途な愛を  作者: 華凜
第1章 (★は官能表現を含みます)
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第11話 幼き王女


 それは少女というより、幼女と言った方が妥当ではないかというくらいの幼顔であった。


乳離れして間もない子供のようなあどけない顔。

人形ごっこにでも使うのか、右腕には柔らかそうなクマのぬいぐるみを大事そうに抱えている。


「あっ……」


わたしと女の子の目が合うと、彼女はどこか恥ずかしそうに一歩後退し、ドアに隠れて顔だけをこちらに出す。

お互いに昨日出会ったばかりなんだから距離があって当然だ。

リサは現れた女の子を見てわたしが言いたかった旨をやっと理解し、無言で微笑した。


「お待ちしておりましたわ、アーシェお嬢さま」


警戒を解くためにも、微笑みかけて敵意が無いことを伝える。

すると彼女は半ば驚嘆したような顔をし、目をパチクリさせた。


「お姉ちゃん、アーシェ知ってるの?」

「ええ。旦那さま――ウィルズ王子殿下から聞きました。よければご一緒にお茶でもいかがですか?」


リサに目配せし、ケーキの乗った台車をアーシェに見せると、途端に彼女の目がキラキラ輝いた。


「ケーキ!」


そのまま駆け込んでくるのかと思いきや、アーシェは一歩踏み込んだところで何かを思い出して踏みとどまる。

そして口に人差し指を(くわ)え、物欲しそうな双眸でこちらを見つめるのだ。


「アーシェも入っていい?」

「もちろんですわ。どうぞお入りください」

「やった!」


フランシアの王女は心底嬉しそうに飛び上がり、すぐさまわたしが腰掛けるテーブルの向かいに駆ける。

アーシェがリサの引いた椅子に腰かけたちょうどその時、開かれていたドアの前に誰かが立った。


『失礼……します、リミューア正妃殿下』


やって来たのは複数の女官。

中にはわたしが祖国から連れてきたマリナも見える。


全員がハアハアと激しく息切れしており、あろうことか両膝に手を乗せ嗚咽に似た声を出す。

アーシェを追いかけて走って来たらしい。


「なんの用ですか?」

『こちらにアーシェお嬢さまが――』


女官はわたしの前に座るアーシェを見た途端、口に手を当てて「ああ、なんということ」と青ざめた顔をする。


『お嬢さま!お願いですから早くお戻りください!ここは正妃殿下の――』

「別に構いません。それに、アーシェさまはわたしがお招きしたの。今日は一緒にお茶するつもりでしたから」

「しかし、」

「下がりなさい。これは命令よ」


女官らは互いに顔を見合わせて渋い顔をする。

本来アーシェの傍にいなければならない彼女らを差し置いて、正妃とあろう身分のわたしに面倒を見させるというのは聞こえが悪いのは確かだ。

しかしわたしが頑として譲らなかったため、最後には深々と低頭して部屋を出た。


「さて、自己紹介がまだでしたね。わたしは王子殿下の――」

「お嫁さん!」


ビシッと小さな人差し指の先を向けられ、わたしは思わず狼狽してしまった。


「お兄ちゃんが言ってたもん」

「おに――ウィルズが?」

「うん!リミューお姉ちゃんでしょ?」

「え、ええまあ」


そう言えばウィルズが昨日「君のことも伝えておくよ」と言っていたことを思い出した。

正しくはリミューではなくリミューアだが、彼がきっとそう教えたんだろう。


しかしこの歳になって「お姉ちゃん」と呼ばれるのは慣れない。

王家の末っ子に生まれたから、「お兄さま、お姉さま」で呼ぶことはあれども、姉呼ばわりされることはなかったので不思議な気分。


「リミューお姉ちゃん!」

「あ、はい?」

「ケーキ食べていい?」

「ええ、構いませんよ。全部アーシェお嬢さまのために用意させたものですから」


昨晩、ウィルズにアーシェの好物を聞き、前日の内にリサを通じて宮廷料理人に命じておいたのだ。


わたしは後ろに控える給仕の女官に合図し、アーシェのもとに皿とフォークを持ってこさせた。

ケーキは全てホールなので切り分ける道具を持った女官も控えていたが、彼女の視線は常にお菓子の家を捉えている。


「どれがいいですか――って、訊くまでもないわね」


わたしが訊いたときにはすでに彼女の腕の中にお菓子の家が引きずりこまれていた。


単なる菓子の造形物がそんなに珍しいのか、彼女はこちらの話など意に介さない様子でフォーク片手に屋根、煙突、窓をまじまじと観察している。

わたしも祖国にいた頃はよくお菓子の城や家を作ってもらっていたが、ここのパテシエの作る家は手が込んでいると思う。

例えば家の内部。

技巧を凝らした外面のみならず、家の中にもミニクッキーで作ったテーブルやタンスなどの家具をしつらえる精巧さ。


さすがにそれだけ上手に作られていればどこから切り崩していいのか迷うらしく、アーシェは飾りのフルーツにフォークを刺す。


「リミューお姉ちゃん!この赤紫色のやつなあに!?」

「ああ、それはラズベリーですよ」

「らず?」

「ご覧になったことがありませんか?」


アーシェは再度ラズベリーをまじまじと見てから首肯する。

よく飾りとしてケーキに乗っていたりするのだが、この国では珍しいらしい。


「わたしの祖国でよく採れるイチゴ科の果物ですわ」

「イチゴ!?」


イチゴ科と聞き、アーシェは躊躇いも無くパクッと口に放り込む。

表情から察するに甘い果物を想像しているのだろうけど、あいにくラズベリーは酸味が強い。


何度かモグモグと咀嚼するうちに果汁がしみ出し、アーシェの口先が面白いように(しぼ)んでいく。


「酸っぱ!」


わたしはその愛らしい表情を見て、思わず「可愛い~っ」と緩んだ声を出しそうになった。

リサに至っては、もうアーシェが可愛くて仕方ないらしく、あからさまに口がニヤついている。


「ねえ、リサ」

「はい?」


会話そっちのけでケーキを頬張るアーシェを前に、彼女に聴こえない声でリサに問いかける。


「わたしにも子供ができれば、こんな笑顔を見れるのかしらね」


実際に子供を持ったことがないから子育ての苦労などは知らない。

でもこうしてフランシアに嫁いだ以上、一人前の夫婦として家族を持ってもいいのではないか。

わたしには20以上の姉がいるが、もう全員が異国の元に輿入れしている。

今ではそれぞれの家庭で子供に囲まれて暮らしており、よく城に子を連れて来ては父を喜ばせていた。


「御子を考えておいでですか?」


意外そうな問いかけにわたしは肩をあげて苦笑する。


「旦那さまにはナイショよ」





本話で1章は終わりです。

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