第10話 大量のケーキは誰のため?
翌日は清々しいほどの快晴だった。
雲の切れ端すら見えない上空は蒼色に染め上げられている。
自室から見える青空にはシルヴァ山脈以外の障害物は無く、まるで空に海が広がっているかのよう。
気付けば季節は本格的な春を迎えようとしていた。
大地に植わる木々花々が息づく季節。中庭に見える梅や桜といった樹木はすでに開花目前で、じきに山脈の景色は鮮やかな桜色に染まる。
中庭で鳴くウグイスの歌声を耳にしながら、わたしは香水の入った木箱を開いた。
「すごい……」
やはり何度見ても感嘆してしまう。
クッション材として大量の綿が敷き詰められた箱の真ん中に、金色に輝くたった一本の小瓶が大切に乗せ置かれている。
ほんのりと柑橘系の甘い香りを漂わせる瓶の外面には金箔。噴射口は獅子の横顔をかたどったおしゃれな形。
昨晩ウィルズにこれを一体どうやって手に入れたのかを問うと、
「ハインリッヒのロイっていう王子――まあ僕の親友から『結婚祝いに』って、リミュー宛てに送られて来たんだ」
という風な返事が返ってきた。
ハインリッヒ王国とフランシアは長らくの親交があり、半年に一度は両国の首脳レベルでの交流が行われるほど親密な関係。
聞けば、ウィルズも同国の第一王子ロイ・ウスク・ハインリッヒとは親友で、お互いにタメ口で会話するほどの仲らしい。
ならばウィルズ宛てに送られてくるのが道理なのに、面識もない――ましてや国交も無い小国出身のわたし宛てに送られてくるのは少し不自然……。
まあでも特に何か問題があるわけでもないし。
むしろこんな素敵なものを貰えたんだからラッキーだ。
この時、なぜ自分宛てに送られて来たのかまだ知らなかった頃のわたしは、箱から小瓶を取りだしてまじまじと観察していた。
でもその際、無意識のうちに口が緩んでいたらしく、
「朝からニヤニヤして不気味ですよ。姫さま」
と、お茶を淹れてくれたリサにまたも笑われてしまった。
「見てリサ!旦那さまにいただいたのっ」
「それは香水――ですか?」
「そう!しかもラシスのやつ!」
「ラシス!」
目を丸くしながら横文字を反芻したのち、ズイッと身を乗り出してわたしの手元を覗き込む。
「リサもちょっとだけつけてみたらどう?」
「そんなっ、もったいない」
おそれ多い、とばかりにリサはトレーを盾に2歩後退する。
「ほら、良い香りよ?」
「お気持ちはありがたくいただいておきます。しかし、陛下でさえお持ちでないような代物を、わたくしめのような低身分者がつけていては無礼の極みかと」
深々と頭を下げるリサの対応は案外冷静だった。
たしかに国王陛下でさえお持ちでない香水を侍女長ごときが纏っていれば、見栄えはよくないに決まっている。
わたしは彼女の言うとおりだと反省して小瓶を箱に戻すことにした。
「ところで、一つ御質問よろしいですか?」
「なに?」
「それ、全部食べるおつもりですか」
リサの視線の先には、どう考えてもわたし一人では食べきれない量のケーキ、クッキーといった菓子類が「これでもか!」と言わんばかりに並べられている。
ミント葉が乗せられたチョコレートケーキ、巨大チーズケーキ、そして大皿の上に造られたお菓子の家など。
お菓子の家は一般的な民家をかたどっていて、壁はクッキー、煙突はチョコ、屋根はクッキー上に淡雪の代わりとしてホイップクリームという手の込んだ仕様。
令嬢らとお茶会をするにしては種類も量も豊富すぎる。
「わたしのために用意したんじゃないわ」
「じゃあ誰にです?」
「まあそのうち分かるわよ」
「?」
リサが首を傾げたそのとき、昨日と同じようにまたノック無しで扉が内側に開いた。
「ほら、噂をすればいらっしゃったわ」




