第12話 舞い込んだ縁談 [ウィルズ視点]
仕事がひと段落したのは陽が沈んでからだった。
ウィルズは手元の議会資料を机の上に放り投げ、椅子の背もたれに凭れかかって大きな伸びをした。
キャッチボールができそうな広さがある執務室だが内装は至ってシンプル。
目を引く物は壁際の大棚か観葉植物として置いているジュティールの樹くらい。
ラシスの香水を入れた木箱を置いていたせいか、棚からはリミューアの髪の匂いに似た残り香が漂う。
ふと外に視線を向けると、上空はすでに紺色に染まっていて、わずかに茜色を残す西端の空を除いては薄闇に包まれようとしていた。
すっかり日も長くなったな、などとぼんやり心の中で呟きながら、ウィルズは再度伸びをしてから席を立つ。
「これを議会に上程しておいてくれ」
一日かかって仕上げた法案の書類を使用人に手渡し、女官の持つ上着に袖を通す。
ウィルズはそのまま部屋を後にし、チラチラと腕時計で現在時刻を確認しながら足早に南塔へ向かった。
本来ならば身の回りの世話にやって来てくれるリミューアを待ち、いつものように駄弁りながらダラダラと仕事をこなすはずが、彼女が来ないまま早々に仕事を切り上げたのには理由がある。
ウィルズは南アクセリア塔へ続く渡り廊下を大股で歩き、最上階の部屋に辿り着いた。
部屋の前には手を後ろに組んで仁王立ちする近衛兵が並んでいる。渡り廊下を使いこちらにやって来る途中にも同じような格好の兵に出会った。
宮殿内ならどこにでも警備の兵がいて当然だが、特にこの塔は別格。
特に一国の王が住まう場所ともなれば、護衛も単なる護衛ではなく、筋骨隆々の屈強なる男たちによる親衛隊だ。
その証拠に一般の城兵とは異なる真紅の軍服を纏い、頭には黄色の軍帽を乗せている。
『殿下に敬礼!!』
近衛兵長の声を受け、左右に並んでいた親衛隊は一斉に右手を額に持ってきて敬礼を見せた。
ウィルズは親衛隊の間を縫うように通り過ぎると、敬礼を続ける兵長に「ご苦労」と言いつつ、扉の前に立つ。
すると兵長の声に呼応した内部が扉を開き、中にいた無数の女官が彼を見て頭を下げた。
「失礼します」
部屋に大きく一歩踏み込み、正面に見える病床の男に向け慎ましげに頭を垂れる。
「お呼びですか、父上」
ウィルズが告げ終わるのと扉が閉められるのは同時だった。
床につく国王は世話人に背中を支えられながら上体を起こし、入り口に立つ我が子を見て目を細めた。
「おお、ウィルズか」
「御身体の具合の方はいかがですか」
「今日は落ち着いておる。昨日まであった熱もちょうど引いたところだ」
「それは良かった」
数年前に不治の病を患って以来、ウィルズは日に日に衰弱していく父を見続けてきた。
幼いころは共に庭園で球技を楽しんだほどだったのが、今では誰かの介護無しには食事も摂れない体だ。
「今宵お前を呼んだのは他でもない。お前に言っておかねばならぬことが三つある」
「三つもですか」
「しばらく余の体調が芳しく無くてな。中々言えんかったのだ」
なるほど、と小さくうなずき、父からの言葉を待つ。
「まず一つ目。明日の園遊会の件だが、この体たらくだ。余は参加できぬ」
「初めからそう思っていましたよ。大丈夫です。父上がいらっしゃらずとも成功させてみせます」
明日はフランシアの同盟国、ハインリッヒ王国の貴族も招いての大規模な園遊会が催される。
本当ならハインリッヒ王室が参加する予定であったものの、急務の内情ゆえ日程が折り合わず、代わりに国内有力貴族を数組派遣してくるという話だ。
どちらにしろフランシアにとっては重要な客人であることに違いは無い。
「ならば明日は任せよう。――あと、ここからが重要だ」
王は少しばかり声を潜めた。
「余の目が黒いうちにお前を玉座に据えようと思うのだ」
「つまりは僕を次期国王に?」
「さよう。余が病に臥せっておることをいいことに、国内でも王位を簒奪しようとする不穏な動きが出始めていると聞く」
玉座が不在となっている今、かつて絶対的支配力を有した王室の影響力が弱まっているのを見て、国政に口を出す者が増え始めたのは事実。
さらにこのまま王権力の弱体化が進めば内乱を起こして政権を掌握しようとする輩もいるとかいないとか。
対外的には大国ぶって偉そうに振る舞い、例にもリミューアを人質として奪っておきながら内情はもっと切迫している。
「だがな、次期王たる者がたった一人しか伴侶を持たぬとはあってはならぬこと」
ウィルズは王から言われた言葉を咀嚼し、遠回しに自分に伝えようとしている旨を解した。
「要は側妃を娶れと?」
「もう縁談もまとめてある」
「なんだって!?」
ウィルズの肩がビクッと吊り上った。
今までずっと側妃を娶ろうとしなかったが、父は「お前のことはお前に任せる」といい、事実上の放任主義の立場を取ってきた。
ゆえに自分の女沙汰に口出しされることはゆめゆめ無いだろうと踏んでいたから、知らぬ間に縁談をまとめられていたのは寝耳に水だった。
身分上、多くの側妃を娶り、少しでも多く子をもうけなければならないことは重々に承知している。
しかしタイミングが悪すぎる。
こないだリミューアに「愛している」と告白したばかりだというのに、言葉とは裏腹にあっさりと別の女を妻に迎えるのでは見栄えが良くない。
下手すれば「“あの時”のことは嘘だったのね」という具合に拗ねて口をきいてくれなくなってしまうかもしれない。
――少し考えすぎだろうか。
なんにせよ、縁組はせめてリミューアに相談してからにしたいが、国王である父が決めてしまったのならどうしようもないのが現実だ。
「して、その相手は?」
「お前も知っていると思うがフォルニクス公爵家の娘だ。名は確か――」
「……メリッサ・ド・オーグ・フォルニクス」
苦虫を噛んだような顔をするウィルズの前で、国王は「ああ、それだそれだ」などと呑気に笑っていた。
フォルニクス家。
フランシア王国建国時から常に国政に関わり続けてきた有力貴族で、内政、軍事、外交の幅広い分野で高官を輩出している名家である。
特に王室との結びつきが極めて強く、国内外にも太いパイプを持っている。
ゆえに公爵の令嬢を側妃に迎え入れることで、その強大な力を王家の後ろ盾にしようとしたのだろう。
そう考えれば父の行動には一定の理解が及ぶが、ウィルズ本人にとっては杞憂でしかなかった。
(リミューが許してくれればいいんだが……)




