中編
「ところで、シャルロッテという公爵令嬢が俺達と一体何の関係があるんですか?」
「笑わないで聞いてよ? 実は、熱で倒れた時に夢を見たの」
そしてエリザは話しだした。未来を予知したような、不思議な夢の話を。
シャルロッテ・フリュゾン、俺達の四つ年下の十七歳。彼女はデラジェイス王国の公爵令嬢で、王家の血を引いているらしい。
俺にとっては身に覚えのない話だが、彼女は先日のサロンで俺に一目惚れをしているそうだ。
そして俺と結婚するために、俺の周辺を徹底的に調べるという。その過程で、俺の幼馴染であるエリザに気づくらしい。
俺とエリザが親しいことに嫉妬したシャルロッテは、フリュゾン家の権力を使ってエリザに圧力をかける。アヴァーロ家に無理強いはできなくても、エリザの家が相手ならどうとでもなると思ったようだ。
エリザの家は高級レストランを経営している。その支店はデラジェイス王国にもいくつかあった。
だが、フリュゾン家の悪質な妨害で、食中毒の隠蔽や産地偽装を平気で行う店だと悪評を立てられるそうだ。デラジェイスの支店を潰されるまで追い込まれたところに、フリュゾン家はエリザの両親と俺の両親に改めて俺とシャルロッテの縁談をちらつかせるという。
冷たい言い方をしてしまえば、エリザの家がどうなろうと、アヴァーロ家に影響はない。これはつまり、聖泉教を動かしてエリザの家を守ることはできないということでもある。
教会ではなくアヴァーロ家としてフリュゾン家とデラジェイス王国に圧力をかけたり、フリュゾン家の人間を秘密裏に処分したりすることはできる。だが、その果てに聖泉教とデラジェイス王国の間で戦争が起こる可能性を否定できない以上、枢機卿の一人である父はアヴァーロ家の権力と財力の行使を即決できなかった。
だから、エリザの家を守るため、俺はシャルロッテとの結婚を承諾した。だが、そんな経緯で結ばれた結婚なんて最初から破綻している。俺は強引なシャルロッテを毛嫌いして、「君を愛するつもりはない」という宣言で夫婦の生活が始まるらしい。
「どうしてその場にいない君が知っているんですか?」
「そ、それは、夢だからなんでもわかるの!」
そういうものか。まあ、夢というものは確かになんでもありだ。別にエリザ自身の身に振りかかることではなくても、関連することだから一緒に伝えられているのだろう。
七使徒家は、始祖である大天使からそれぞれ特別な力を授かっている。エリザの家は七使徒家とは無関係だが、俺は生まれのおかげで不思議な現象への忌避感が薄く理解も早いと自負していた。
エリザが語る予知夢の話をあっさり受け入れているのも、七使徒家が祝福の力を実証しているおかげだ。エリザの予知夢は女神のお告げかもしれない。
「ここからが大事なんだけどね」
俺はシャルロッテを軟禁し、フリュゾン家を牽制する。俺はいつでもエリザを優先し、フリュゾン家が二度とエリザとその家に対して手出ししないように目を光らせるそうだ。
シャルロッテは俺に結婚という首輪をつけたつもりだったんだろうが、同じ首輪はシャルロッテにもついていた。エリザを人質にしたはずのシャルロッテは、いつの間にか俺の人質へと変わっていたのだから。
俺と結婚するという願いは叶ったのに、与えられたのは愛されない妻の立場。
そのことに絶望したシャルロッテに、救世主が現れる。それが、俺の父方の従弟のベルトルドだ。
父と叔父が双子だからか、俺とベルトルドもよく似ていた。ベルトルドはシャルロッテに惚れて、シャルロッテのために尽くすという。顔はそっくりなのに冷たい俺とは打って変わって優しいベルトルドに、シャルロッテの心はだんだん傾いていくらしい。め、迷惑すぎる……!
囚われのシャルロッテは、俺への残酷な復讐を企てた。なんと、ベルトルドを通じて実家と連絡を取り、フリュゾン家の手の者を使ってエリザを事故に見せかけて殺してしまうらしい。
「それはそうか。事故に見せかけて殺すのは七使徒家の専売特許じゃないからなぁ」
「え? いま、何か言った?」
「いや、こちらの話ですよ」
っと、危ない危ない。
「……? 話を戻すけど、ベルトルド君は、シャルロッテを救い出すためにあなたを失脚させるの」
彼は俺のふりをして犯罪の証拠を捏造し、俺に濡れ衣を着せるらしい。
エリザを喪って廃人同然になり、しかも犯罪者ということになった俺は、そのまま廃嫡されるそうだ。ベルトルドがアヴァーロ本家の養子になり、次期当主の座もシャルロッテも手に入れる。……もう一度言うが、迷惑すぎないか?
「まさかベルトルド君があんな人だったなんて……」
「意外ですか? 分家の生まれとして、本家の俺に思うところのある素振りは見せていたんですよ。外にはうまく隠していたようですが」
七使徒家は裏切りを許さない。それがたとえ身内でも。
七使徒家は、聖泉教という巨大な宗教を存続させるための忠実な手足であることを一族に求めている。だから七つの家は平等だし、決して互いに優劣をつけない。
自分の欲を優先してお家騒動を起こすなら、いずれ他の六家にも喧嘩を売りかねないだろう。そう思われるような行為を実行する愚かな奴が親族にいたなんて嘆かわしいことだ。
……まあ、アヴァーロ家の人間らしいと言えばらしいが。権力欲に目がくらんで歴史から抹消された人間は、七使徒家の中ではアヴァーロ家の出身者が一番多い。
大天使の血を引く人間は、始祖から祝福の他に代償も継いでいる。アヴァーロ家の場合は、莫大な金脈だろうと安全な航路だろうとなんでも引き当てられる運と嗅覚を持つ代償に、欲しいものをたとえ力ずくだろうと今すぐ手に入れたくなる衝動と、自分のものを失うことへの過度な恐怖心を抱えていた。
ベルトルドは、次期当主の座とシャルロッテを欲する心を理性で抑え込めなかったということだろう。やったことが露見すればベルトルドもアヴァーロ家から物理的に消されるだろうが、その辺りはシャルロッテの実家がうまくカバーするつもりだったのかもしれない。
「エリザの言いたいことはよくわかりました」
何はともあれ、その予知夢が現実になるのは困る。そんなはた迷惑な横恋慕女には付き合っていられない。もちろんベルトルドにもだ。
「なら、その横恋慕女に邪魔される前に俺とエリザが結婚してしまえばいいんじゃないですか?」
そうすれば、俺は堂々とエリザとエリザの家をシャルロッテの魔の手から守れる。アヴァーロ家次期当主の妻の実家を守るという名目があれば、他の六家も了承するだろう。
「本当に、わたしでいいの?」
「いいも何も、俺はエリザしか愛するつもりはありませんよ。一生を添い遂げたいのはエリザ、君なんです」
両思いだということがわかった以上、俺も遠慮はしない。ここで立ち上がらなければエリザを喪うというならなおさらだ。
「改めて言わせてください。愛しています、エリザ。どうか俺と結婚してくれませんか」
「は……はい……! 喜んで……!」
エリザはまた泣き出してしまった。泣かせたいわけではないんだが、悲しみの涙でないならよしとしよう。
* * *
王太子殿下が主催するサロンで、わたくしは運命に出会いました。
聖地ルドから来た商人で、まだ二十一歳と若いながら確かな目利きができる男だと褒めそやす王太子殿下の言葉を、何人かの令嬢が憐憫の混じった眼差しで聞いています。
だって、せっかく美しい顔をしているのに、ただの商人だと言うんですもの。
輝く銀の髪と理知的な眼差しのその麗しい貴公子は一体どこの誰なのか、と皆様色めき立っていたのに。白皙の美貌も、平民風情には過ぎたものではないですか。
ですがそんな嘲りの空気は、殿下の次の言葉で一気に変わることになります。
「紹介しよう。彼はラウル・アヴァーロ殿。聖泉教七使徒家が一角、富と繁栄の天使の加護を受けし一族の嫡男だ」
七使徒家。世界宗教である聖泉教の頂点に立つ、家格と歴史、そして名声を有する名家中の名家です。
教皇の直轄地である聖地ルド。そこで暮らすただの平民ではなく、いずれは高位の聖職者として教会の中枢を担うことになる人物。ラウル様への評価は反転し、令嬢達はこぞって自分を売り込んでいきます。ラウル様は愛想のいい笑みを浮かべて応じていますが、どこか壁を感じさせました。
そんな中で、彼の怜悧な光を湛えた切れ長の目がわたくしを捉えました。
その時、わたくしは初めて自分が恋に落ちた音を聞いたのです。
──ああ、わたくしにふさわしい運命の男性は、ここにいたのですね!
彼が周囲の令嬢達に一線を引くのも当然のこと。きっとラウル様も、運命の人を探しているのでしょう。それはわたくしに他なりません。
早速わたくしは、お父様にラウル様の話をしました。七使徒家であるアヴァーロ家なら、王家の血を引く名門公爵家の娘であるわたくしが嫁ぐのに十分です。お父様も賛成してくださり、すぐに聖地ルドのアヴァーロ家に宛ててわたくしの釣書きが送られました。
……ですが、返ってきたのは否の返事だけでした。
どうしてなのでしょう。ラウル様も、わたくしに運命を感じているのでは?
一体何がわたくし達の恋路を阻むのかしら。わたくしは家の者に命じ、ラウル様のことを深く調べさせました。
そして、ラウル様に纏わりつく女狐の存在を知りました。
少し裕福なだけで調子に乗っている、身の程知らずの平民の女。きっと、この女が色仕掛けでラウル様を惑わしているに違いありません。
なんて汚らわしいの。飯炊きの娘の分際で、ラウル様に近づこうとするだなんて!
「お父様。この女の家が経営するレストランが、国内にもあるんですって。一体誰の許可を取って店を出しているのかしら」
わたくしのラウル様にたかる悪い蠅には、思い知っていただきましょう。
* * *




