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第58話 森の五重奏

第58話 森の五重奏

【アルケー ―― Theia Mania/テイア・マニア】


 丘の斜面の中腹。

塔があった場所から少し離れた森の一区画が、丸ごと消失していた。


 抉れた円形の地面。

折れた木の残骸。細長い轍。土砂の山。

狼の顎が森を噛み千切ったような地形。


 その中央で対峙している


 東側にスイ、ライ、グリム。少し後ろにシア。西側にルキウス、そしてベルフェゴール。


 ベルフェゴールは折れた木の切り株に片肘をつき、目の下のクマの底で静かにこちらを見ていた。動く気配はない。だが空気の重心は既にこの男を中心に傾いていた。


           


 だが先に動いたのはベルフェゴール。


 男の指先が微かに揺れる。

それだけで森の中の無機物が一斉に浮き上がった。


 抉れた地面の土砂。折れた木の枝。塔の残骸の石。剥き出しの根の破片。総数およそ300。


 ――怠惰のアルケー。自身の意思を無機物に代わりに実行させる。


 300の無機物が扇状に4人へ殺到する。


 ――ザザザザザッ!


           


 グリムが右手を掲げた。


 空間に亀裂が入る。奥から黄金の髪が伸びる。彼女はその端を握り宙で一薙ぎ。


 ――シャアッ!


 黄金の鞭が扇状の殺到を横一線に切り裂いた。だが分裂した破片が更に細かい弾になって4人に向かってくる。物量は減らない。


 その分裂した破片の網を、更に東側から縫うようにルキウスが踏み込んだ。


 男はシアへと向けられた破片を落としながら、その破片の間を舞うように抜けてくる。


「白い髪の可憐な少女に私は用があります、それは理解してもらいたく」


そう言いながら

破片の一つ一つを踏み台にし、2本のナイフを両手に構え直しながら、味方3人の懐に潜り込もうとする。


「ああそう、キメェから勝手にすりゃあいい──」


肘をついた男はそう呟きながら無機物の速度を上げる


「お気遣いどうも」


 ――ザザッ!


 スイは正面に迫る石片十数個を水の弾丸で撃ち落としつつ、ルキウスの踏み込みの軌道上に水の粒を3粒ばら撒いた。粒はスイの意思で軌道を微妙に変える。ルキウスの右足の踏み台になるはずだった一つの破片の縁を、水の粒が横から弾く。


 ルキウスの右足が空を掻いた。


「――ああ、素敵な援護だ」


 だがルキウスは空中で体を捻り、その勢いのまま左手のナイフをライの左脇腹めがけて刺しにいく


 ライは体を捻る。ナイフが外套の縁を裂く


 ――バチッ!


 ライは左の掌に雷を集束し、掠め損なったルキウスの右足首に雷掌を叩き込もうとする。だが、そこにベルフェゴールの弾幕の一部が横から流れ込んできて、ライの雷の軌道を土砂の壁で塞いだ。


 ライの雷はルキウスに届かず、土砂の壁で消える。


「――ちっ」


「――ふふ、綺麗な連携ですね、七戒同士なのに」


 ルキウスが着地して笑った。ベルフェゴールは切り株の縁で片眉を微かに上げた。


「連携じゃない──── 」

「雑魚いテメェのキモい死体を見たくもねえからそっちの雷を塞いだだけだ──── 」


「――ええ、そう仰ると思って」


 ルキウスは笑みを崩さない。


「イチャイチャしてるとこ失礼するよ」


 グリムが黄金の鞭を宙で回し、ベルフェゴールの弾幕の主流を横に叩いた。だが叩いた勢いでさらに怠惰はそれを操り、破片が味方3人の頭上に落ちてくる。


 ライが左手一本で雷の網を頭上に張った。青白い網が破片の落下を焼き切る。焼き切られた破片が更に細かい破片になって降ってくる。


 スイが左手を掲げて水の壁を頭上に薄く張った。細かい破片が壁に触れて滑り落ちる。


 シアはじっと戦場を見ていた。


「ああ、年に不相応な幼さ…とてもとても美しい…」


 ――ルキウスの左目の知見の魔眼はこの戦闘中に何度かシアを視ている


だがその目にはシアの年齢は映せど

アルケーも根源力の量も何一つ映らなかった。


「内側から根源力やその情報を遮断する外套…やはり、乙女はいろんな事を隠したいものなんですねえ」


ニヤニヤとルキウスは呟く


「とてつもない技術で作られた逸品、貴女に相応しい…そろそろボロボロでしょうけどね」


シアは言葉を返さず、ただまっすぐにルキウスを睨む

           


「――ライ君、傷だらけの中悪いけどすこし援護が要る」


 グリムが背中越しに叫んだ。


 彼女は既にヴェイルの絡み結びの準備に入っていた。左目の観測の魔眼を細く開き、ベルフェゴールの意思が無機物に接続する経路の一本を、視覚で捉えていた。


 ライは頷き、左手の雷を集束し直した。青から白へ色を変える。


 右腕は動かない。両腕の外側の8本ではなく、左腕の外側の4本だけが宙に展開された。


 半握の4本の白い雷の腕が、ルキウスとベルフェゴールの間の空間に扇状に展開される。2人の連携の縫い目を、雷の網で塞ぐ。


 ルキウスの動きが、雷の網の縁で初めて、一手だけ止まった。


 その一手の間にグリムはライの放たれた4つの雷を自身の作り出した鏡の中へと取り込み、ルキウスとベルフェゴール

それぞれの真横に鏡を出していた


「――俺様それ大嫌いなんだよなあ────!!! 」


 ベルフェゴールがはっきりと怒りを露わにする


「ええ、こんなこともできるんですか童話って」


ルキウスはただ困惑するが、既に雷は2人の横腹に到達している、腹の肉を貫通し、焼かれつつ

彼らは軽口を叩いている、傷は既にない


「バケモンみてえな再生力だな」


ライは呆れたような口調で返すと


「いや本当にそうだね」


そうグリムが返し、さらにその指先が動く。森の抉れた地面の破片の一部を操った髪が弾き飛ばし


追撃となる形でベルフェゴールとルキウスの2人の方向に殺到させる


 ――ドドドドッ!


 ベルフェゴールの周囲の空気が慌てて厚くなり、破片の半数を弾く。だが残り半数のうち、2つが切り株の縁に突き刺さり、1つが彼の左の頬骨を掠めた。


 ルキウスの方はグリムの鏡を正確にコピーし3つ全部を回避したが、貴族風の外套の袖が一箇所裂けた。


「――俺様に掠り傷、クソババア──── 」


 ベルフェゴールの目の下のクマの底で殺意が一層深く輪郭を持った。


「動くな、クソババア──── 」


 男の耳飾りが微かに金属音を鳴らし、600を超える投擲物を作り出す


 同時にルキウスも動く。

右手のナイフを再び構え直し、3人の中央に

同時に放たれた怠惰の600の無機物の弾幕と共に踏み込んできた。


 連携ではないと本人達が言う、だが結果として噛み合った、七戒2人の同時攻撃。


           


 スイの掌の水が、静かに、圧縮されていた。


 掌上に12粒。密度は以前の1.5倍。


 水無月の一撃をこの場で一瞬だけ、こじ開ける。


 スイはその瞬間を待った。


           


 ――だが、その瞬間は。


           


 スイの水無月の掌の前に、600の無機物とルキウスのナイフが、殺到した。


 スイの意識の中で、水無月の投擲の判断が遅れた。

いや、奴らの攻撃が明らかに速くなっていたのだ


 シアの守りと自分の攻撃の天秤が、一瞬揺れた。


 ――間に合わねえ。


           


 その瞬間。


           


 森の南の木の陰から、風が、切れた。


           


 ――ザッ!


           


 2つの影が、4人と七戒2人の間の空間に、割り込んだ。


 1人は黒い外套の男。腰には剣を、顔の輪郭は深い頭巾で隠されている。だが肩の紋章は特務機関ブラッドの3席の証。


 ――レン。


 もう1人は30代半ばの男。腰に剣はない。代わりに両手の指先に金属の鉤爪。指の関節から先端まで鋼で覆われた、爪の金属版。


 ――特務機関ブラッド・第4席

ヴァルガス・レイン。


           


 ヴァルガスの両手の鉤爪が、目にも留まらぬ速度で、宙で交差した。


           


 ――キィィィン!


           


 600の無機物の弾幕の主流が、鉤爪の交差の風圧で、真っ二つに裂かれた。


 弾幕の破片が左右の林の縁に散り、木を更に何十本も薙ぎ倒す。


 同時に、ルキウスの右手のナイフの刺突を、ヴァルガスの右手の鉤爪が真横から、引っ掛けて弾いた。


 ――カンッ!


 ナイフが弾かれ、宙で3回転し森の縁の土に突き刺さった。


           


 スイの水無月の掌の前が、一瞬で無になった。


 スイはその一瞬に、水無月を撃つことすら忘れた。


           


 ヴァルガスは着地の姿勢のまま、片手の鉤爪の先端で、自分の肩越しに、4人の方を、指した。


 その指の先が、真っ直ぐライを指した。


           


「――おい、5席ライ・マックス」


           


 ヴァルガスの掠れた低い声。


           


「随分とみすぼらしい格好じゃねえか」

「海の民の味方となり、こんな所で七戒に片腕焼かれて、片膝ついてる裏切り者」


「――ブラッドの5席が聞いて呆れる、弱すぎる」


           


 ライの左の掌の雷が、微かに、揺らいだ。


           


「――ヴァルガス」


           


 ライの声は、掠れていた。


           


「テメェが、ここに来たか」


           


「ああ、俺だ」


           


 ヴァルガスの口の端が激しい笑みで、上がった。


           


「――良い機会だ、レン」


 男は肩越しに、頭巾の男に告げた。


「話は聞いた、怠惰と嫉妬、教皇直属の七戒が2人揃ってそこに居る、逃げた海の民もな」

「この3人を俺が…この俺の力でまとめて地面に伏せる」


「――そうすれば皇帝様に完全に知らしめる事ができる」

「この帝国の最強は俺、ヴァルガス・レインだと」


「――いくぞレン」


           


 ヴァルガスの両手の鉤爪が、指先の力の一振りで、更に澄んだ殺意の音を鳴らした。


           


 ――キィィィン。


           


 森の中央で、再び雷と水と無機物の弾幕が空間を埋めていく。


 その中央に、新しい鋼の輝きが、七戒2人の攻撃を捌き切ったまま、静かに立っていた。


           


 ――第58話 完。

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