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第57話 偽証の面影

第57話 偽証の面影

【アルケー ―― Theia Mania/テイア・マニア】


旅装が内側から押し出される形で消えていった。代わりに細身の貴族風の黒い外套が現れた。


 銀の縁取り。

 指先の白い手袋。


 そして――髪。


 旅の男の短髪が、根元から色を失っていく。褪色の後、頭頂から新しい色が滲み出す。


 黒から深い、青。


 夜の海のような、艶やかな青。


 伸びた髪が肩に届く長さで揺れた。

眼前

 スイ達の目の前に全く違う男が立っていた。


 艶やかな青髪。整った細面。年齢は三十前後。

目の色は深い青。男はスイ達を静かに見ていた。

最も、これすらも作った姿かもしれないが


 その目にあの旅の男の面影はない。代わりに丁寧で人当たりの良い青年の顔の裏側から、冷ややかな狂気が細く透けていた。


「――羨ましいなあ」


 男は口の端で細く笑った。


「危機を回避できるなんて運が良いんですね」


 ライがスイの前に既に立っていた。右の掌に雷の光が灯っていた。


「――テメェ、誰だ」


 男はライの雷を静かに見た。その目に恐怖はなかった。興味と、少し遊びの色があった。


「――ああ、名乗るのが礼儀ですね」


 男は帽子を取る仕草をした。だが実際には帽子は被っていなかった。


 男は静かにスイ達に頭を下げた。


「――初めまして、僕は」


「嫉妬七戒、ルキウス・フォン・ゼーレと申します」


 スイの掌の水が、握り込まれたまま、止まった。


 ――フォン・ゼーレ。


 その家名が、彼の耳の内側で、二度鳴った。


 最近、どこかで聞いた。


 舞台の上。あの紳士。狂気の目尻の青い炎。

対峙した相手に自分の本名を明かした、あの瞬間。


 ルーク・フォン・ゼーレ。


「――…フォン・ゼーレ?」


 スイの掠れた声。


「あの道化の本名と、同じ家名じゃねえか」


 ルキウスの口の端が、細く上がった。


「――ああ、気付いてくれた」


 男は嬉しそうに手袋の指先を鳴らした。


「そう。同じ家。同じ血」

「アルカディア連邦、神聖グラツィア自治州。旧ゼーレ領のフォン・ゼーレ家」

「もっとも、家自体が大きすぎてね。直接の親戚じゃないけれど」


 男はゆっくり、スイ達の頭上を見上げた。


「――実を言うとね」


 男の声が、少し遠くなる。


「僕、あの子のことは昔から知っていた」

「あの子がまだ、母親の頬にドーランを乗せる前」


「その、五歳の指先の”歪み”を、僕の”知見の魔眼”が、偶然覗いてしまった」


「魔眼…?」


「同じ血の中に、こんな綺麗な子が育っているんだって、僕、ずっと気になっていた」


「数多の刻をかけて、その子が”嗤う道化師”として名を上げていることを知って、僕は嬉しかったよ、奪いたくなった」


 ルキウスは、まるで遠い親戚の子の成長を語るように、微笑んだ。


「――だから、朝霧村」


「ヴェルナの話は、口実だ」

「僕の本当の目的は、あの子だった」

「同じ血の道化が一体、どんな披露宴を開くのか」


「近くで、見てみたかった」


バリィッ!

ライの放った雷撃を軽やかに身体を捻り避け

彼は話を進める


「ちっ…」


「――ああ、心配しないで」

「あの子は、僕の存在を知らない」

「僕から会いに行くつもりもない」


「僕はただ、偵察して静かに帰る」

「そのはず、だった」


 男の視線が、シアの白い頬に、粘りついた。


「――ああ」


 男の呼吸が細く乱れた。


「――綺麗だなあ」


 男の指先が口元に触れる。


「そのお嬢さん」

「透き通るような白い肌に、真紅みたいな瞳」

「――僕、一目で参ってしまってね」


「あの披露宴の時のことだよ」

「道化の指先の五寸下」

「そこで、海の民の少年と、白い髪の少女が、あんまりにも相性が良さそうに…」


「――ああ、妬ましいって思ってしまってね」


「二人が揃っている、そのどこかを刺したくなったんだ」

「僕の悪い癖でね。素敵なものを見ると指が勝手に動いてしまう、できれば二人とも揃っているところで」


 男の左目が、シアの瞳の一点で、細く光った。


「――それに、お嬢さん」

「その美しい瞳」

「色は違えど僕、覚えがあってね」


「昔、取り逃がした女がいてね」

「あなたと同じような美しい黄色の眼をしていた」


「――偶然、かな」


 シアの指先が、スイの外套の裾を、握り込んだ。


 スイは掌の水を静かに湧かせ直す。


 ――こいつ、何を言ってやがる。


 ルキウスの視線が、シアからライの右腕の縁に移った。


「――さて、お嬢さんは後で頂くとして」


「先に、そちらの雷の君」

「特務機関ブラッド、五席ライ・マックス」


 ライの背中が微かに強張った。スイはそれを背後から見た。


 ――ライが揺れた。


 この男は雷の色ひとつで名前と番号まで当てた。


「――だから、何だ」


「テメェは七戒。俺はブラッド。それだけの話だ」

「だが今の俺は、俺の弟の背中を守ってる」

「――それだけの話だ」


 ルキウスの瞳孔が僅かに開いた。


「――ああ」


「兄弟愛。ライ・マックスが兄弟愛」

「そんな綺麗なもの、君みたいな殺しの道具が抱えていていいのかな」

「妬ましい。狂ってしまいそうだ」


「――それも、もらうよ」


 ライがスイの前に一歩踏み込んだ。


「――我が弟、シアを頼む。こいつは俺がやる」


「ライ」


「俺も、いける」


「――駄目だ」


 ライの声は静かだった。


「お前の体力は完全に回復し切ってはない」

「傷は塞がりきってねえ。根源力の総量は上がってるが、体の側がその上がった量に追いついてねえ」

「本気の七戒相手にその状態で撃ち合えば二手目で体が壊れる」


「お前はシアの前で余った水で俺の背中を援護しろ、それだけでいい」


 スイは掌の水を静かに握り締めた。

ライの言葉は正しかった。あの死闘から五日。

傷はまだ赤黒く固まっているだけの状態。

根源力の総量は増えたが吐き出す肉体の側がまだ整っていない。


今、正面から撃ち合えば体が壊れる。


「――分かった」

「背中は、俺が持つ」


 シアの前に体を置く。少女はスイの背中の縁に静かに寄った。


 ――特務機関ブラッド。帝国戦力の六割を担う少数精鋭の五人。全員が十王級の力量を持つと言われる帝国の隠し刀。


その五席、ライ・マックス。雷を扱う男。

彼が本気で動けば街ひとつが一晩で焼け野原になる。それがこの世界で共有されている彼の格だ。


あの泥の魔族相手でも、その格は揺るがず不動


 ――対する。嫉妬七戒、ルキウス・フォン・ゼーレ。教皇直属七戒の一角。

原初教「終焉派」の中核戦力。


嫉妬のアルケー。左目の知見の魔眼。

そして怠惰の耳飾りと同格の触媒「嫉妬の腕輪」。


模倣と奪取の哲学者。「偽証の面影」の異名を持つ、この世界の羨望の底。


 ――七戒とブラッド五席。この世界の局所的な頂点同士の殺し合い。


 先に動いたのはルキウス。


 ――消えた。


 男の姿が街道の真ん中から抜ける。

視認できる速度ではない。空気の裂け目だけが残る。次の瞬間、ライの左脇腹の寸前。右手のナイフの切っ先がそこに届いていた。


 ライはその速度を事前に読んでいた。体を斜めに開く。ナイフの先が外套の縁を掠める。左の掌に雷の光を集束する。


「――秘技:雷掌」


 ライの掌がルキウスの手首の内側に届いた。


 バチィッ!


 青い光がルキウスの手首の骨の芯まで抜けた。通常の生命体ならばこの一撃で右手の神経は焼き切れ以降二度と物を握れない。


 ルキウスの手首の焼けた皮膚がその場で湯気を立てながら再生した。焼け落ちた神経が瞬時に張り直される。骨の芯まで抜けた電気の残滓が皮膚の外側に排出されて散った。


 ――嫉妬の腕輪。原初の神と終焉の神の全面戦争

その際に終焉神が生み出した使徒から成る触媒。


超再生と身体能力の爆発を装着者に強制付与する。

通常の再生系アルケーの数十倍の速度でライ級の一撃を無効化する。


「――良い一撃だね、ライさん」


 再生した手首が指先で軽く回る。


「しっかりとした狙い。迷いのない踏み込み。君の雷は本当に綺麗だ」


「そういうまっすぐな踏み込みがねじ曲がった僕にはできない」

「僕は他人のものをこそこそ盗んで真似することしかできない、貧しい男でね」


「随分客観視できてんな、根暗」


「――だから、もらう」


 男の左手のナイフがライの右後ろから伸びた。ライが体を捻る。スイの右手から水の弾丸が放たれた。


 パンッ!


 ナイフの中央に水の弾丸が当たる。金属の光が二点で途切れナイフは街道の縁の草の上に落ちた。


「――ああ」


 男の視線がスイの掌に粘りついた。


「海の民の少年。君のその水」

「五日前の君の水と密度が違うね」

「根源の総量が上がっている。出力の上限が押し広がっている」


「あの道化との死闘で命の底まで削り切ってそのぶん器が広がった」


「――ああ、それも羨ましい」

「命を懸けたぶん体が応えてくれるなど僕には決して起こらない現象だからね」


 スイの背中の縁でシアの指先が微かに震えた。スイは掌の水を静かに湧かせ直す。


 ――こいつ、俺の水の総量まで目で読んだ。


「――奥義:雷神・八握」


 ライの体の周囲に八本の白い雷の腕が展開された。両腕の外側にそれぞれ四本ずつ。人の腕の延長として雷で編まれた白い腕が宙に浮かぶ。


 ――ブラッド五席、ライ・マックスの切り札の一つ。


通常時のライの雷が「街ひとつを焼く」レベルならこの八握展開時のライは「山ひとつを焦土に変える」レベル。同時多方向からの雷の飽和攻撃。人体の反応速度では絶対に捌ききれない、はずの技。


 八本の雷の腕が同時にルキウスへ伸びる。


 ――バリバリバリッ!


 街道の空気が白く裂ける。八方向から白い雷の腕がルキウスの体を絡め取ろうと動く。


 ルキウスの左目が静かに光った。


 ――知見の魔眼。視認した対象の情報を瞬時に読み取る。アルケーの構造。記憶。弱点。感情の波。


観測とは違い、全てを均等に見通すことはできないが

その代わりに知見は視界に映った物全てを

根本まで見通せる


さらにルキウスが持つ嫉妬のアルケーは


──視た情報をその場で彼自身の内側に複製する。


「――もらうよ」


「――奥義:雷神・八握」


 ルキウスの体の周囲に八本の白い雷の腕が展開された。


 スイの目が大きく見開かれる。


 ――同じ。同じ技。同じ配置。同じ色。同じ密度。いや。


 ――ライのより濃い。


「嫉妬の腕輪の補正だよ、ライさん」

「模倣したアルケーをオリジナル以上に使いこなす」


「――君の技を、僕が君より上手く使う」

「僕が普段他人に対して味わっている、この気持ち」

「君にも少しだけ味わってもらおうか」


 白い雷の腕、十六本。ライの八本とルキウスの八本が街道の中央で衝突した。


 ――バリバリバリッ!!


 空気が裂けた。街道の石畳が雷の衝突点で粉になる。周囲の林の木々が白い光の残滓で内側から焼ける。地面が雷の熱でガラス状に変質する。衝突点から白い光の柱が天に伸びた。朝霧村の方角からもこの光は見えていただろう。


 ライの八本の雷の腕が押し戻された。


 ――押し負けている。


 スイはそれを目の当たりにした。ライ・マックスの八握が押し負けている。同じ技を、より高い密度で、返された。


「――ちっ!すまねえスイ!衝撃から身を守れ!」


 ライは八本の雷の腕を束ねる。束ねた八本を一本の極太の白い雷に統合する。


 極太の白い雷がルキウスの八本の集束点に正面から突き刺さった。


 ――ドォォォォンッ!!


 衝突点で白い光が球状に膨らんだ。街道の分岐点を中心に直径三十メートルの球が白い光で満たされる。


 スイはシアの前で両手で水の壁を築いた。水の壁の内側でシアと自分を光の圧から守る。水の壁の縁が白い熱で蒸発する。スイの掌が蒸気の熱で赤く焼ける。だがスイは壁を崩さなかった。


 光の球が収束した。


 ライが立っていた。

右腕が肩の付け根から白く焦げていた。左の掌の雷の光は既に消えている。


彼は片膝を地面についていた。


 その五メートル先にルキウスが立っていた。貴族風の黒い外套は僅かに破れている。左肩の縁の皮膚が微かに赤い。だが彼はまだ立っていた。


「――良い束ねだったよ、ライさん」


 男は破れた外套の縁を指先で軽く払った。


「君の本気、一度は見せてもらった」

「――だがね」


 男の左目がまた微かに光った。


「僕、君の弱点をもう視てしまったよ」


「あの束ね、綺麗だね。八本の雷を一本に統合する」

「――が、統合するには一瞬束ねる予備動作が要る」

「その予備動作の0コンマ3秒。君の体は無防備になる」


「今のはぎりぎり間に合わなかった」

「次は間に合わせるよ」


「――ライさん」


 男の目の奥で光が深く沈んだ。


「君にはそんなに才能があるのに」

「――こんな街道の途中で、僕みたいなのに殺されて死ぬなんて」


「――“悲しいなあ”」


 ライの左の掌にまた雷の光が灯る。だが右腕は既に動かない。残っているのは左腕一本。


 ――片腕で八握をもう一度束ねる。


 できるか、とライは自分に問う。答えは否。左腕一本では八握の全出力は引き出せない。


 その時。


 スイがシアの前から一歩踏み出した。


「――我が弟、下がれ」


「――ライ」


 スイの掌に水が湧く。総量は確かに増えている。だがライの言った通り体はまだ追いついていない。


 ――それでも。


「あんたの背中は俺が持つって言ったろ」

「0コンマ3秒、そこは俺が埋める」


 ルキウスの視線がスイに移った。男の口の端が細く上がる。


「――ああ」

「兄弟愛の追加分か」

「羨ましい。心底羨ましいねえ」

「――両方もらう」


 その、瞬間。


 丘の方角の空気が爆ぜた。


 ――ドゴォォォンッ!!


 全員の視線が丘の斜面の方角へ跳ねた。


 二つの影が丘の斜面の中腹の森の縁から街道の分岐点へ空気を切って飛んできた。


 一つは赤い外套の女。左肩の外套は破れている。背中の縁も抉れている。だが右手には黄金の髪の鞭がまだしっかりと握られていた。


 もう一つは片手であくびを噛み潰している目の下の深いクマの男。左肩の皮膚が僅かに赤い。右頬に細い血の線。


 男の方はルキウスの脇に着地した。赤い外套の女がライとスイの脇に着地した。着地の勢いで地面が更に一回り抉れる。


「――びっくりした、そっちも大変だったね……遅くなって、ごめんね」


 赤い外套の女、グリム・ヴィルヘルミナは静かにスイ達に告げた。


「こいつと少し遊んでた」


「――クソババア、てめえだけはぶち殺してやるよ──── 」


 男がその言動とは裏腹にあくびをしながら目を細める。


「俺様は動く気なんてねえが──── 」


 男の視線がライとスイを順になぞった。


「――ゴミ屑が二つ──── 」

「面倒だ──── 」


 ルキウスは隣に着地した男に微笑む。


「――ベルフェゴール様、お怪我を」


「五月蝿ェ──── 」


「はい」


 ルキウスの視線がスイ達三人に戻った。


「――お仲間の到着で、こちらは二人」

「そちらは三人」


「――良い殺し合いになるね」


 街道の分岐点の中央で。


 スイの掌の水が湧く。

 ライの左の掌の雷が青白く灯る。

 グリムの右手の黄金の鞭が宙でしなる。


 その対面で。


 ルキウスのナイフが指先で回り

 ベルフェゴールの周囲の無機物が独りでに浮き上がっていた


 ――3対2。

だが眼前に佇むは怠惰・嫉妬の2人の七戒

有利とは言えない


─そして、その様子を遠くから眺めている黒い外套の2人組の男がいた


「ライに海の民…そして見知らぬ女2人と男2人…ヴァルガスさんどうしますか?」


剣士レン、ライと同じく特務機関ブラッド三席目の男


レンは背後にいる男に声をかける


「良い機会だ、皇帝様に俺こそが帝国最強だという事を完全に知らしめることができる、いくぞレン」


“ヴァルガス・レイン”

特務機関ブラッド第4席

圧倒的な実力で帝国おいて…


そしてブラッドの中でも

群を抜いていると語られる


自他共に認める


──帝国最強の戦士である


──────────────第57話 完

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