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第52話 誰にも決めさせない

第52話 誰にも決めさせない

【アルケー ―― Theia Mania/テイア・マニア】


「――スイ様、あなたの最も幸せだった瞬間を、私に聞かせてください」


「その顔のまま、あなたを、逝かせてあげます」


スイは、答えなかった。


答えの代わりに、口の中で唾を飲む。


血の味。


噛み締めた奥歯の裏で、それは熱を持っていた。


右腕は下ろしたまま。抉れた肉の縁から、血が糸を引いて舞台の板に落ちている。左手を軽く前へ。掌の内側で水が呼吸をしていた。指の腹に、水の粒の湧く速さを感じる。まだ動く。まだ、動かせる。


「……道化さん」


「人生ってのはな、積み重ねだ」


俺の脳裏に、まだ燃やされる前の そして燃やされた後の村が蘇る


「最後の瞬間の顔だけで決まるもんじゃねえ」


俺の好きだった、あの育ての親の爺さんの顔も


紳士の頬の白いドーランが、微かに動いた。


笑みの縁が下がりかけ、また戻る。


「……ふふ、また俗な話ですねえ」


「幸せの形も、人それぞれだ」


「お前の父親も母親も、お前が描いてる絵の中に収まる形なんかしてなかったろうよ」


「情報だけ見て、積み重ねを見て来なかったお前は」


「――ただ現実から目を背けただけだ」


「道化ですら、ねえ」


紳士の目の奥で青い炎が細く揺れた。


頬の笑みの線は動かない。動かないまま、目の奥だけが揺れている。二百人以上を笑顔で締めた男が、その均衡を、内側で保てなくなり始めている。


「……ふふ」


「私を道化ですらない、と」


「初めて…そう仰る方にお会いしましたねえ」


紳士は帽子を軽く直した。指先の色が、その動きの間に、少し濃くなる。


「――では、実践でお答え頂きましょうか」


「私の絵と、あなたの水」


「どちらが正しいか、この舞台の上で、決めましょう」


「披露宴を、始めましょう」


紳士の指先が、空を切った。


しゅ、しゅ、しゅ。


黒が三本。


線の先が伸びて、細い黒鞭が三本、宙で舞う。 三本が同時に、首・胸・膝の三点へ 別々の角度から飛ぶ。


――速い。


速さを認めた瞬間、体が既に動いていた。


首の鞭は耳の脇を掠める。半歩、斜め前。 読みで避ける距離ではない。 目に見えた瞬間には避ける動作が終わっている その速度。


胸の鞭は左肩の外套を裂いた。避けきれない。 だが皮膚までは届かない。


俺の故郷の外套は、生地の下に一枚、革が縫い込まれている。この程度なら通らない。


膝の鞭は、体を沈めて避けた。地面すれすれ 鞭の先端が頭上を過ぎる。 膝の内側の腱に、鞭の風圧だけが触れた。


三本目の鞭が、返してくる。


空を切って戻り、今度は背中を追う。


「――スイ、後ろ!」


シアの声。


だが、聞くより先に体は動いていた。左手の水を、薄く一枚、背中の後ろに置く。触れて散らす、水一枚分の型。


鞭の先が水に触れた。黒い糸がほどけて、粉になって落ちる。


三本、全部しのいだ。


「――ほう、初手を三つ全部、捌かれましたねえ」


紳士の指先が、また動いた。


今度は、赤。


“しゅっ”と4度


四本の線が、閉じた円になる。


円が四つ、宙に浮く。円の内側に、細工。


――爆弾。


線を引く速さと、細工を組む速さと、次の一手を用意する速さ。この男の指の動きに、休みがない。


紳士の腕は道化の腕ではない。 少なくとも、道化としての鍛え方じゃない。 指先の速度は、絵を描くための速度だ。 一枚の絵を、目の前で組み上げる速度。


二百人以上を殺して積み上げた、二百人以上分の速度。


ぱち、と、指が鳴った。


――ドォン。


四つが、同時。


左手を掲げる時間はあった。掌から水を湧かせて、体の前に薄く広く張る。厚さは指の腹一枚分、幅は肩幅の三倍。


水の壁。


全身を水で覆う型の応用。深く潜った日、海の底の圧に押されないように体の外に薄く回した、あれの派生。今は、外から圧を受ける側に向ける。


爆風の四本の指が水の壁を叩いた。


壁の内側で、水の分子が悲鳴を上げる。


体は左後ろに二歩、押された。踵で床を噛んで止まる。


止まった先の、床。


踵の下、板の目に沿って、細い、濃紫の線が走っていた。


線の先が円で閉じている。


――ここにも、描いてある。


舞台の板の下、あるいは板の目の間。装飾の色布と金色の縁と、その意匠の裏側で、この男は数日間、絵を仕込んでいた。床板の一枚一枚、目の一つ一つに、爆ぜる合図の細工を敷き詰めていた。


この舞台そのものが、この男の絵の中にあった。


どこに踏み込んでも、爆ぜる。どこに転がっても、爆ぜる。俺の動きが、この床の絵の上に、乗る。


踵を離すより先に、円が爆ぜた。


ドンッ!!!!


下から吹き上げた爆風が、左脚を真上に投げる。


空中、姿勢が悪い 追撃はこのままでは避けられない


左手が、既に動いていた。水を絞って糸に。糸を長く伸ばして、密度を上げて、鋼の硬さまで圧す。


水のロープ。


ライとの手合わせで、林の枝を渡るのに使った技。あの日、あの男は蔓を使った。俺は水で真似た。水の密度を上げて鋼の硬さに、糸のように長く。


絞ったロープを、天幕の梁に投げる。先端が絡んだ。


ぐん、と体が空中で止まる。位置は、天幕の中央の真上。


空中で、視界の端に、シアが映った。


少女は外周の椅子の縁で身を捻り、修道服の裾を握って、俺の方を見ていた。


目が合った。


――生きて、勝って。


その目が、そう言っていた。


視界の下方で、紳士が動いた。


指先が空を切る。しゅ、と一本、黒。 線の先が伸びて、鞭になる。 今度は上に向かって。梁に絡んだロープの根元を狙う。


「――ロープの根元!」


「見えてる」


答える前に、自分からロープを解いた。解きながら空中で体を捻る。天幕の柱の一つに、足の裏を当てる。


柱を蹴った。斜めに走る。


海の民の脚。 他の民族の数倍の密度で編まれた筋肉。 垂直の柱を蹴って、重力に逆らって数歩 走ることを可能にする筋肉密度。 根源力を使わずに、この体だけで。


鞭は、ロープの根元を切った。


切った鞭が、そのまま背中を追ってくる。


柱を走りながら、右腕を動かす。


抉れた肉の奥から、痛みが腕の骨まで走った。


だが、撃つ。


右手の掌から、水の弾丸、二発。


パン、パン。


鞭の中央を撃った。黒が二点で途切れる。途切れた鞭の先端が、床に落ちた。


――右腕、あと十発、届くかどうか。


撃つたびに、抉れた肉の奥で骨が軋む。軋むたびに、頭の中の”あと何発”の数が削れていく。


残りが減っていく感覚は、身体の中で、時計の秒針が刻む音に似ていた。刻まれる音が、俺の残り時間そのものだった。


柱を蹴って、舞台に着地する。


着地した瞬間、舞台の板の目も、濃紫だった。


着地の勢いを殺さず、そのまま横に転がった。


転がった軌道の途中で、板が爆ぜる。


ドン。


爆風が右腰を掠めた。抉れた肉の傷が更に開いた。血が舞台の縁に飛ぶ。


――そういや、グランのやつ。


獣王から逃げる時に、こんな感じのボロボロな身体で丘を越えた。


あの日、俺の身体が思い通りに動かなくなった。 丘の斜面の途中で、膝が地面に落ちた。 アイツは振り返って、俺の腰を担ぎ上げた。 息を切らしながら、坊主、坊主、と呼び続けた。


グラン、お前は今どこにいる。


まだ、会えてねえ。


「――左上、三つ!」


シアの声。


視線を左上に。紳士の指先が三本の線を引いた瞬間、赤い球が三つ、宙に浮いていた。一つは死角


シアの目線でなんとなく位置を把握する


「助かる!!」


紳士が指を鳴らす前に、右腕を動かす。


水の弾丸、三発。


パン、パン、パン。


三つの球に、それぞれ正確に。当てた球の合図の印が、内側から崩される。爆ぜずに、赤い粉に還る。


――右腕、残り七。


「――ふふ、良い目です」


「あのお嬢さんの声、あなたに届いていますねえ」


「息の合ったお二人、これほど美しい絵になる素材はありません」


紳士の指先がまた動いた。今度は黒。


狙いは、膝裏。


転がりの体勢から立ち上がる、その一瞬の隙を狙った鞭。避けきれない位置と角度。


秘技……  ――八重。


選んだ。


リアが使う秘技。 一つの動作に複数の意味を持たせる技術。 一度の斬撃が八つの傷になる、あの型。


俺は剣の里で、あの女の八重を、目の前で、何度も見た。あの動きの内側の理屈を、体で覚えていた。


――水打で、真似る。


掌の内側に、水打の凝縮を、幾つも重ねる。方向を違えて仕込む。一度の掌底で、複数の振動を、別々の角度から相手の内側に流し込む。


六つ、狙う。


――即興、未完成品。自壊は避けられない


だが、やる。 このまま俺も死んじまって この村も滅んじまうよりマシだ


膝裏に迫る鞭の先端に、左手の掌底を、横から叩き込んだ。


ザッ。


掌底が鞭に当たった瞬間、水打の凝縮が発現した。


六つ仕込んで、四つ。二つは死んだ。方向は右側に偏った。八重は八つ全部を同じ狙いで揃えて打つ技だが、俺のは違う。


だが、四つの振動が、同時に鞭の内側で暴れた。


鞭の黒が内側から膨れて、四点で破裂した。破裂の跡が鞭を粉々に散らす。膝裏の寸前で、鞭は消えた。


――四つ発現、二つ死んだ。方向も偏った。


リアの八重は、こんな粗い形じゃなかった。八つ全部を同時に、同じ狙いで、揃えて打つ。俺のは六つ仕込んで四つ発現、しかも右に偏る。未完成品もいいところだ。


――やっぱすげえな


あの三ヶ月がなかったら、この型は思いつきもしなかった。


「――ほう」


紳士の目の奥の青い炎が、興味の色で揺れた。


「面白い技をお持ちですねえ」


「一度の掌底で、複数の振動を、方向を違えて」


「あなた、独学ですか? ――それともどこかで、どなたかの技を、見られましたか」


紳士の指先が、空中で無数に踊った。


無数に散る火花と火薬の音が 悲鳴のように反響する


今度は全部、赤。


数えきれない丸が宙に浮く。およそ五十。


「――爆弾の雨、と、名付けました」


「爆ぜろ」


五十の球が、同時に降ってきた。


左手を頭上に掲げる。掌から水を湧かせて、細かく散らす。散らしたまま維持する。


剣王との試験で使った型。


――あの三ヶ月、リアと共にこれを身体に叩き込んだ。


渓谷で剣を折られてなお前に出た、あの女。 俺の掌に、剣の軌道の弱い場所へ粒を置く型を 繰り返し繰り返し。


一粒で指一本ぶん、と言った。百粒あれば百回逸らせる、と言った。実際は五粒目で維持が切れた。


あれから今日まで、繰り返しこの型を、体で書き直してきた。


今なら、渦の輪として、展開できる。


頭上、直径三歩ほどの円の中に、水の粒が細かく散った。粒の一つ一つが、渦の方向に回転する。


球の一つが、渦の縁に触れる。


触れた球が、粒の回転に押されて、方向を逸らされる。


逸らされた球が、隣の球に当たった。


当たった二つが、同時に爆ぜた。


爆ぜた場所は、頭上ではなく、天幕の垂れ布の縁の上。


――当たれば爆ぜる。だが、爆ぜる場所を、俺が選べる。


渦の粒の回転を、維持し続けた。


球が球にぶつかり、二つ、三つと爆ぜていく。爆ぜた場所は、全部、垂れ布の縁の上。外周の椅子の方向には、一つも逸れなかった。


――リア、あんたと作った粒の型と、八重の型、まだ生きてる。


あの三ヶ月がなかったら、俺はもう、とっくに死んでる。


まだ、それを言えてねえ。


「――スイ、右、一つ外に逸れた!」


「!」


シアの声。


視線を右に投げる。五十のうちの一つが、渦の縁を掠めて、外周の椅子の方角へ飛んでいた。


――村人に、当たる。


舞台を蹴った。右腕は、使わない。


海の民の脚の跳躍。根源力なしで、天幕の梁の高さまで、一足で届く。


空中で、左手を掲げる。掌の内側で、水打の凝縮。掌底の圧に変える。


水打。


外周へ飛ぶ球の側面を、掌底で真横から叩いた。


叩いた瞬間、水打の振動が、球の内側に抜けた。合図の印が内側から震えて、方向が逸れる。球は椅子の方角ではなく、紳士のいる舞台の縁へ、真っ直ぐ弾き飛んだ。


「――おっと」


紳士は指先を素早く動かした。目の前に、薄い金色の盾を描く。


盾が球を受け止めた瞬間、球が爆ぜた。


ドン。


爆風が紳士の外套の裾を煽った。


「――失礼、私、爆弾の雨の軌道、少し粗くなりました」


「次から、もう少し丁寧に描きます」


着地した。右腕は使わなかった。だが、左手の水打を使ったぶん、体の残量が削れた。


――こいつ、村人を、攻撃するつもりはないのか。


分かった。


この男にとって、外周の椅子の村人は”観客”だった。舞台の上の披露宴を、鑑賞する客。作品の完成のために必要な席。だから絶対に、自分の手で傷つけない。傷つけたら、披露宴が汚れる。


だが、俺の水の余波は、別だ。


俺が撃った水打の飛沫が椅子の方角へ飛べば、俺のせいで村人が傷つく。俺が撃った弾丸が外れて椅子の縁に当たれば、俺のせいだ。


俺の一撃の余波を、俺自身が管理しなきゃならん。


攻めれば、余波が広がる。余波が広がれば、椅子の方角へ飛ぶ確率が上がる。それを潰すために、俺は右腕か命を使う。使うたびに、残量が減る。


――こいつの一手より、俺の一手のほうが


俺を追い詰めやがる。


紳士の指先がまた線を引いた。今度は、目の前、五歩の距離に、影が湧いた。影は紳士と同じ、黒い外套と白い手袋の形をしていた。


――分身。


紳士が二人、正面に並んだ。


一人は本物、一人は絵。


両方が、同じ動きで、指先の手刀を、俺の喉に向けた。


「――右が本物!」


シアの声、迷いなし。


信じた。


左の分身の突きに、掌に水を薄く一枚挟む。ライの雷を散らした、あの応用。触れて、水一枚分の距離で散らす。手刀が粉に散った。


右の本物の突きに、左手一本で正面から迎える。掌の内側で水打の凝縮を、掌底の圧に変えた。


水打、掌底。


俺の掌底が、紳士の手刀の手首の内側に、当たった。


当たった瞬間、水打の振動が、骨の内側に抜けた。


――届いた。


紳士の手首が微かに震えた。手刀の先端が、俺の喉の寸前で、僅かに逸れた。逸れた先端が、俺の左肩の縁を掠めた。外套が赤い線で裂ける。皮膚の下までは、届かなかった。


俺は掌底の勢いを殺さず、そのまま紳士の手首の内側に、水打の振動を、二段、通した。


「――ッ」


紳士が、後ろへ一歩、下がった。


初めて、この戦いで、紳士の姿勢が、崩れた。


「――ふ、ふ、ふ」


紳士は掠れた笑いを口の端で噛んだ。


「振動、ですか。皮膚も骨も素通しの型。……なるほど、なるほど」


「面白い。……本当に、面白い」


だが、紳士の一歩の崩れは、次の瞬間には、戻っていた。手首の震えも、収まっていた。


――こいつ。


気付いた。


この男の根源力の総量が、戦いの最初より、明らかに、膨らんでいた。ヴェルナが泥の無常を解説することで、世誓を起こしたのと、同じ現象。


――こいつ、俺達に来歴を全部語ったせいで、世誓が発動してやがる。


…アルケーの開示 俺もライを見習って攻撃しておけばよかった


自分の名前、生い立ち、才能の由来、殺してきた278人の話。それを丁寧に、順番に、全部語った。語った言葉の一つ一つが縛りとなって、この男の根源力を、底上げしていた。


俺も自分語りしといた方が、良かったかな


左手を、水の呼吸の位置に戻した。


右腕の抉れた肉から、血が滴る。 滴った血が、板の目に、赤い線を引いた。 その線が、少しずつ、太くなっていく。


息を吸う。肺が張る前に、右腰の傷が痛んだ。 深く吸えない。


浅い呼吸で回すしかない。 頭の後ろに、鈍い圧を感じた。血が足りねえ。


視界の端が、ちらついた。


だが、目の前の紳士の姿だけは、鮮明に見えた。


――ここで、死ぬわけには、いかねえ。


虚空とは、あの晩、館で夜遅くまで話した。 俺は世界の輪郭を教わった。十王のこと、 ラグナロクのこと、海の民のこと。


まだ話し足りてねえ。 もう一度、いろいろ聞かなきゃならねえ。


ヴィスもまだ倒してねえ。 あの井戸の縁で村を数えた男。 八十人を軽いと結論づけた男。


バルドさんを、村を、全部軽いと言った男。あの男の顔をまだぶん殴ってない。


帝都で消えた何万人。あの人達を、助けに行かなきゃいけない。今どこに飛ばされているか、俺は知らない。だが探して、救って、戻す。


――ラグナロクにも、今のままじゃ出られない。


あの浜で俺は世界を返すと言った。


無知な人間の夢物語だった。


今もまだ、その夢物語の中を歩いている。


だが、歩き続ける。


今この舞台の上で止まったら その先の全部が、消える。


――そして、何より。


目の前のこの男を、笑顔のままにさせちゃおけねえ。


――笑顔がこいつの幸せだと言うのなら。


――俺だけは、こいつを、笑わせねえ。


――絶対に、泣かす。


この男は、278人の幸せの形を、全部、自分の絵の中に定義した。


あの人はこれが幸せだった


この人はこれが最高の顔だった、と、全部この男の指先で決めた。決めてその通りに殺して、その通りに笑顔を描いて、満足している。


――他人の幸せは、他人が持ってるもんだ。お前が指先で決めるもんじゃねえ。


――そういえば。


あの日、十王会議の卓の前で、黒衣の奥の口が、静かに動いた。


『世界の形は一人で決めるものだ。俺がそうする。だから消えてくれ。』


あの男は、世界の形を、自分の指先で決めると言った。決めてその通りに動かすと言った。俺の在り方を、その決定の中に、要らないものとして、数えた。


同じだ、こいつと。


目の前の道化と、あの日の黒衣の男。形は違う。 だが、根っこは、同じように思えた 他人の生き方を、他人の在り方を、自分の内側で定義して、その通りに外の世界を動かそうとする。


海の民の持つ水の根源を操った 俺の父かも知れない男


俺はあの時、あの男に何も返せなかった。 返す言葉が、俺の中に、まだなかった。


――返す言葉、今、見つけた。


俺がどう生きるか。今を生きる人達が どう死ぬか。


目の前のこいつが、どう終わるか。


――誰にも、決めさせねえ。


視界の端で、シアの姿が揺れた。


少女は椅子の縁で、修道服の裾を握って、俺の背中を見ていた。あの朝、川辺で、俺の顔の縁に「異常」と置いた、あの目で。


――あの目に、答えなきゃならん。


自分の命を勘定に入れない、その癖を 俺は今置きに行く。


――この一戦、命を大事にする。生きて、こいつに勝ち切る。


それが、あの少女への、俺の返事だ。


目を上げた。舞台の縁の紳士を、正面から見た。


「――ルーク」


声は掠れていた。だが真っ直ぐ、紳士の耳に届いた


残り時間、腕の回数、命の残量。全部、数えた上で。


勝ちに行く。


「人生で味わったことないくらい、大泣きさせてやるよ、お前の笑顔なんてクソッタレだ」


虚勢を張り、俺は舞台の板を、蹴った。


紳士の目の奥の青い炎が、初めて、大きく、揺れた。

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