↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/72

第51話 私の贈り物

第51話 私の贈り物

【アルケー ―― Theia Mania/テイア・マニア】


 ――皆様、余興はお楽しみいただけたでしょうか? :)


           


 私がそう申し上げた時、目の前の海の色の坊やの掠れた声が静かに返してきました。


           


「――お前、なんだ」


           


 右腕の抉れた肉から血を床の縁に滴らせながら。左手一本だけを水の呼吸の位置に据えたまま。


何故か怒りを露わに私を真っ直ぐ見て。


「なんで、そんなことをする」


           

その”水”と海のような深い色の瞳をみて確信しました

貴方はいつか聴いた海の民だと


良い目ですねえ。私を見るその目。

この目に焼き付けたい。

焼き付けて後で絵にしたい。


 でも、まだいけません。

まだあなたには

笑顔で逝っていただかなくてはなりません。


 だから少しだけお話をしましょうか。


 私、話すの好きなんです。特に自分の話は。


           


           


 私、ルーク・ハハハハーグはフォン・ゼーレという家に生まれました。


今はその名を名乗ってはいませんが


 場所は原初教の原初派の比較的盛んな領地。両親も原初派の信徒でした。私も五歳までは原初派の子供として育ちました。


 両親の名前はフェリクスとマリアと申しました。

父は地方の行政官。

母は家事と私の面倒を見る優しい方でした。

父の笑い方の癖は右の口角が少しだけ先に上がる癖。母の笑い方の癖は目尻に皺が三本寄る癖。


 


私、家族の笑い方の癖は今でも全部覚えています。


           


 私の住んでいた村が属していたのは

ラグナロクの話があまり届かない辺境の国でした。


 教皇様の決めた話も十王様の話も届く前に山の稜線で消えてしまう。


届くのは原初派と終焉派の対立の話ばかり。

国のあちこちで両派の信徒が燃やし燃やされ

それを統べる王も途中で殺され

統べる者がいなくなって久しかった。


 私の家のあった村もそういう村の一つでした。原初派の多い村、終焉派の多い村、境目の村。境目の村は両側から燃やされました。


           


 私が五歳の朝でした。


 窓の外で鳥が鳴いていました。

母は台所で朝食の準備をしていました。

父は書斎で書類を書いていました。

私は居間の絨毯の上で絵を描いていました。


 私、絵を描くのが好きでした。両親の顔をよく描きました。二人の笑い方の癖を絵の上で正確に写すことが私の遊びでした。


ソレがどうしようもなく魅力的だったのです


           


 その朝、空からそれが落ちてきました。


           


 後に知りましたが、それは終焉派の兵の投じた

アサナルドの産物、爆薬でした。


狙ったのがうちの家だったのかは分かりません。

ただの境目の村への無差別の爆撃だったのかも分かりません。


ただ私の家の屋根にそれは落ちて、屋根が飛び

壁が砕けて、内側の全部が外側と混ざりました。


 私は居間の絨毯の角にいました。角に大きな木の柱があって、その柱の影に体が隠れていました。柱が私を庇うように倒れて、私はその下で動けなくなりました。動けないまましばらく静かにしました。


 やがて静かになった家の中を、私は柱の下から抜け出して歩きました。


           


 母は台所で鍋を握ったまま床に倒れていました。父は書斎で椅子の縁に体を崩したままうつむいていました。


 二人の顔を私はしばらく見ました。


           


 二人の顔は笑っていませんでした。


           


 母の顔は驚愕で口が大きく開いて目が上を見ていました。目尻の皺の癖はそこにはありませんでした。


 父の顔は苦悶で右の口角が下に引きつっていました。右の口角が先に上がる癖はそこにはありませんでした。


           


 私は五歳の頭で思いました。


           


 ――違う。


           


 この顔は母の顔じゃない。父の顔じゃない。二人の顔は私の絵の中の二人の顔と違う。二人は笑って死ぬはずだった。笑って死んでいなければ二人は幸せに生きていたということにならないではないか。


           


 ――戻そう。


私が知っているあの笑顔へ

私を見つめた、その愛しい笑みに

私が見つけた、世界で最も愛おしい表情に


           


 私は居間の絨毯の上に放り出されていた筆を拾いました。筆先に赤い絵の具がついていました。私が朝、母の頬の赤みを描くために使っていた色でした。


 私は母の顔の前に屈みました。


 筆の先を母の口の端に当てました。母の驚愕で開いていた口の端に細く赤い線を引きました。目尻に皺の三本を細く描きました。


           


 その瞬間。


           


 筆の先からそれが滲みました。


           


 赤ではなく、もっと深い粘り気のある根源の色。

私の内側から指を伝って筆先に流れて

そこから母の顔の皮膚の上に染み込みました。


 染み込んだ赤が母の口の形を内側から変えました。


 驚愕で開いていた口の両端がゆっくり上に上がりました。目尻に皺の三本が細く刻まれました。頬の皮膚がふわり、と緩みました。


 母の顔が笑顔に変わりました。


           


 私はその顔をしばらく見ました。


           


 ――ああ。


           


 その瞬間、私の五歳の、少年だった体の腰が抜けました。


 地面に崩れました。

崩れながら体が大きく後ろにのけ反りました。

喉の奥から細く息が抜けました。

目の奥が白く光りました。


 私、この時初めて知りました。


           


 ――こんなに幸せな感覚がこの世にあったのかと。


           


 母の顔が笑顔で死んでいる。

二人はこれで幸せに生きていたことになる。

私がそれを直した。

私の指が

私の筆が


母の幸せを取り戻した。


 私の体の内側の全部の細胞がその瞬間、幸せで震えました。


 私は恍惚のまま体をのけ反らせてしばらく動けませんでした。


私は魂の童貞・魂の処女をその時捨てたのです。


ソレが私の”初めて”でした

           


 やがて体が動くようになりました。

私は父の書斎に歩きました。

父の顔の前に屈みました。

同じように筆を当てました。

父の右の口角に赤い線を引きました。

頬の癖を描きました。


 根源の色が染み込んで父の顔が笑顔に変わりました。


 私はまた腰が抜けました。恍惚が二度目、来ました。二度目は一度目より深く来ました。


           


 ――ああ、私はこの才能を頂いたのだ。


私の描いた”モノ”はこの世界に産まれ落ちる


           


 私は五歳の頭でそう確信しました。


 私の指は人を幸せにする才能を頂いた。人が幸せでない死に方をしていたら、私がそれを直す。人が幸せで死んだことにしてあげる。それが私の生まれた意味だ。


           


           


 私はその日から徐々に腐り始める両親の死体の脇で暮らしました。両親の笑顔の死体を毎日眺めて暮らしました。


ですが、腐るのは止まらない

もちろんそれは長く続きません


幼い私は衝動のようにとめどなく溢れそうになる感情を

爆撃で割れた窓に反射する私自身の笑顔で押さえつけました


 時々村の他の家の燃え跡から他の死体を見つけました。それらの顔にも私は筆を当てました。


全員笑顔にしました。

全員幸せにしてあげました。


 私、覚えています。

あの村の死んだ人全員の名前を。

全員の生きていた時の顔を。

私が笑顔にしてあげた後の顔を。

三十四人いました。

名前は全員頭の中にあります。


           


 しばらくして村に大人が来ました。

私を見つけて連れて行きました。


私は原初派の教会の孤児院に預けられました。


 孤児院では私は優しい静かな子供として暮らしました。他の孤児と遊ぶ演技も、大人に笑顔を向ける演技も、私は上手にできました。子供の頃から両親の笑い方の癖を絵で写していた練習の賜物だと思います。


           


           


 私が十六の時、孤児院を出て道化師の修行を始めました。


 旅の道化師の老人・ナカルダ様に拾われて芸の稽古を積みました。

棒、輪、玉、色布。ナカルダ様は私の覚えが早いのに驚いていました。

私はナカルダ様の顔の癖を絵で写して、あの人が次にどう動くかを絵の中で先に描いて真似ました。


 ナカルダ様が死ぬ時、私はその顔にも笑顔を描いてあげました。

ナカルダ様は幸せに死んだことになりました。

三十五人目でした。


           


           


 私は独立して各地を旅しながら道化の公演を開きました。


 子供の多い村で私は大人気でした。

子供の笑顔を見るのは心から幸せでした。

この子たちがいつか死ぬ時

私がこの笑顔のまま逝かせてあげたい。

心からそう思いました。


 私は順番に色々な村で公演を開いて子供たちを笑顔で逝かせてあげました。優しい贈り物でした。


           


           


 ――でも、ある時から気付きました。

いや、両親の遺体が腐り始めたあの日から

気がついていたのかもしれません


           


 生きている人の笑顔は、次の瞬間には消えてしまうのです。


 子供が私の芸を見て笑う。笑ってくれる。


私、嬉しい。


でも一時間後、その子はもう別の顔をしています。

母親に叱られたり、転んで泣いたり

退屈で口を尖らせたり

私の描いた笑顔は、その子の中で


上書きされてしまうのです。


 私、それが、耐えられなくなりました。


           


 経験談ですが

死んだ人の笑顔は変わりません

腐ったとしても不変です


           


 私が描いた笑顔は

その人の顔の上に永遠に残ります。

誰にも上書きされません。

その人が最後に見せた顔は

私の描いた笑顔で確定します。


それが本当の意味で、その人の”生涯の顔”になります。


 私はその人の生涯を、笑顔で締めてあげているのです。


 生きている笑顔は不完全な下絵。

死んだ後の笑顔が完成品。

両方を私が用意して、初めてその人の人生は完成します。


 だから、死という要因が必要なのです。


           


           


 私、笑顔にする前には、必ずその人の過去を丁寧に調べます。


           


 村に着いたら、まず村人と親しくなります。三日、四日、時には二週間、数ヶ月、数年ほど。


皆さんが私に心を許してくださるようになるまで待ちます。


私は優しい。子供に絵を教えて、老人に肩を貸して、若い夫婦の恋の相談にも乗ります。


 その中で皆さんの生涯を少しずつ聞き出します。


 いちばん幸せだった瞬間。いちばん愛した人。

いちばん美味しかった料理。子供の頃の夢。

叶わなかった願い。誇りに思っていること。

恥ずかしくて誰にも言えなかったこと。


 全部、覚えます。


           


 覚えた上で、その人が最も幸せだった瞬間の顔を、絵の中に描きます。

その絵を頭の中に持ったまま、余興の日を迎えます。


 余興の日、私はその人を笑顔で逝かせて、その顔に、頭の中の絵を、そっくりそのまま塗ります。


 その人の”最高の顔”が、その人の最後の顔になります。


 これほど贅沢な贈り物が他にありますか。


           


           


 余興の後、私は必ず、その方のご家族に手紙を書きます。


           


 「〇〇さんは最後、笑顔で逝きました。とても幸せそうな顔でした。生前、〇〇さんが最も愛していた〇〇の話を、私、聞かせて頂きました。その話をしている時のあのお顔で、〇〇さんは旅立たれました」


           


 手紙を受け取った、ご家族が、その後どうなさるかは、私には分かりません。

名残惜しいですが

私はもう次の村に移っていますから。


 でも、きっと、慰めになっていることでしょう。

愛した人が最後に幸せだったと知ることは

残された者の一生の支えになります。

私はそこまで込みで、贈り物をしているのです。


           


           


 ――ですが、ある日。


           


 私が二十四の時。


           


 私は当時、原初派の地方の大祭で招かれて大きな公演を開いていました。


 観客は五十六人。

うち子供が二十三人、大人が三十三人。

全員私の道化の芸を見て笑っていました。

私の頭の中で私は既に、この五十六人の顔にそれぞれどんな笑顔を描くかを算段していました。

私は目がいい、よく見える

全員分、頭の中に絵が完成していました。


 公演の途中、会場の天幕の垂れ布が外側から切り裂かれました。


 入ってきたのは終焉派の武装部隊。二十七人。


 彼らは大祭の原初派の集会を狙っていました。会場の観客を片っ端から殺し始めました。子供の頭が剣で割れました。大人の胴が槍で貫かれました。母親が子を庇って盾になりました。年配の女性が逃げる途中で背中を突かれました。


 私は舞台の中央でそれを見ていました。


 私は五十六人の顔が全員恐怖と苦悶で歪んでいく様子を五十六通り、順に見ました。


 誰も笑顔で死んでいませんでした。


           


 私は、頭の中の絵が、順に壊れていくのを感じました。


 五十六人分の、私が、丁寧に、用意した、完成品の絵が、五十六通り、全部、汚されていく。この五十六人は今、恐怖の顔で逝った。私の絵は、この五十六人の顔に、もう二度と塗れない。


           


 私は、その、瞬間、初めて。怒りを知りました。


           


 ――なぜ、笑顔で、死なないのですか。


           


 私の内側でそれが噴き出しました。


 私がこれから笑顔にしてあげるはずだった五十六人が


このクソッタレ部隊の剣と槍で恐怖の顔のまま死んでいく‼️私の贈り物がこの部隊の勝手な暴力で汚されている‼️私が二週間かけて用意した絵が‼️この二十七人の手で‼️全部‼️無かったことにされている‼️


           


 私は舞台の中央で右手の白い手袋の指先を掲げました。指先から”根源の赤”がしゅ、と滲みました。


私はソレを『塗彩(とさい)のアルケー』

と呼んでいます


 私はその指先を細く尖らせて金属の硬さの手刀を形作りました。


           


 ――ここから後の二分半の話は余り詳しく致しません。


           


 二十七人の武装部隊は二分半で全員動かなくなりました。


 私、この時初めて知りました。私の指の才能は絵を描くだけの才能ではなかった。私の指は人の体を正確に貫き、切り裂き、殺す才能も持っていました。


塗彩のアルケーの赤は体の外側に染み込むだけではなく、指の内側に集めれば金属の硬さの刃にもなりました。


 私、二十四で初めて自分の戦い方の才能を知りました。


           


 部隊が全員動かなくなった後、私は舞台の中央でしばらく動きませんでした。


 部隊の二十七人の顔と観客の五十六人の顔と、両方とも恐怖と苦悶で歪んでいました。


 私は両手の指先を掲げて赤を滲ませて順番に笑顔を描いていきました。


 八十三人分の笑顔でした。


 私、覚えています。八十三人全員の名前を。

全員の生きていた時の顔を。

私が笑顔にしてあげた後の顔を。

それから二十七人の部隊の名前と顔も。

私が殺した順序も殺し方も全部覚えています。


全部調べましたから。


           


 その日から私は”嗤う道化師”と呼ばれるようになりました。


 誰がそう呼び始めたのかは分かりません。たぶん後から会場に来た原初派の教会の人が、私の笑顔を描く様子を見てそう呼んだのだと思います。


 私はその名前を気に入りました。嗤う、というのは笑顔を描く私の仕事を正確に表していました。


           


           


 ――ですが、名前が広まったのは、少し困りました。


           


 その大祭の後から、私を追う者が現れました。


           


 原初派の教会は、私を”大祭を守った英雄”として担ぎ上げようとしました。あるいは”部隊二十七人を一人で殺した化け物”として捕らえようとしました。派閥の中でも、意見が分かれたようです。


 終焉派は、当然、私を狙いました。


 どちらの派閥からも追われる身になりました。


           


 それでも私は今まで通り各地を転々としました。


 村に着いたら”旅の道化師”として溶け込みます。

三日、四日、時には二週間、数ヶ月数年と村人と親しくなります。


皆さんの生涯を丁寧に聞き出して

頭の中に絵を用意します。頃合いを見て

村人を笑顔で逝かせて、次の村へ移ります。


 来客様が私の宿に踏み込んできた時は

その来客様も笑顔にしてあげます。

私、追ってきてくださる方には特に丁寧に応対します。


私を捕まえに来る、ということは

私に興味を持ってくださっているということ。


ですから、私も相手に興味を持ちます。相手の名前、故郷、家族構成、好きな食べ物、覚えます。全部覚えた上で、笑顔を描きます。


あまり吐かない人もいるので、そこは残念ですが


           


 これまで私を追ってきた熱心な方の名前も、全員、頭の中にあります。


           


 最初に追ってきたのは、原初派の若い神官でした。名前はエリアス・ヴァント様。


故郷は北の湖畔の村。

好きな食べ物は母親が焼く粟の菓子。

婚約者の名前はヘレナ様。


彼が最も幸せだったのは、ヘレナ様と初めて湖畔で手を繋いだ夕方だったそうです。


 私は彼が湖畔でヘレナ様の手を握った、その時の顔を、彼の最後の顔にしてあげました。


ご家族に手紙も書きました。ヘレナ様にも別に一通、書きました。二人からの返事は、私が既に次の村に移っていましたので、届きませんでした。


           


           


 次に追ってきたのは終焉派の暗殺者


二人組。ヨナス様とカイ様、兄弟でした。


ヨナスの好物は羊のシチュー

カイの好物は蜂蜜のパン。


二人の父親は原初派に殺されたそうで、それを聞いた時


私は少し胸が痛みました。


私は彼らの父親の顔を知りません。だから彼らの父親を笑顔にしてあげることは、私には、できませんでした。それが、今でも、心残りです。


 ヨナス様とカイ様の顔は、二人が幼い頃、父親に肩車をされて祭りを見た、あの時の顔にしてあげました。二人の母親に手紙を書きました。


           


           


 こうして、私、旅を続けています。


           


 私、これまで幸せにしてあげた方は


両親を含めて、278人


全員の名前と顔と、殺し方と、私が描いた笑顔と

ご家族への手紙の内容、全部、頭の中にあります。


 私、記憶力だけは、生まれつき、良いんです。


           


           


 この朝霧村もそういう旅の一つでした。


           


 この村の方々の顔は優しくてあたたかくて、私、心からこの方々を笑顔で逝かせてあげたいと思いました。数日前、朝、あなた方がこの村に着いた時。私はあなた方の顔も既に絵の中に算段していました。


           


 スイ様、あなたの笑顔はたぶん、右の口角が少しだけ先に上がる癖になると思います。私の父と同じ癖です。


           


 私、皆さんの笑顔を描くのが楽しみで

この余興も含め、披露宴を催しました。


           


 あなたの最も幸せだった瞬間の話は

まだ伺っていません。

ですから、これからの披露宴の中で


あなたに、その話を、聞かせて頂きたいのです。


 あなたが最も幸せだった瞬間の顔で

あなたを逝かせてあげたい。


それが、私からあなたへの、贈り物です。


           


 これほど贅沢な贈り物が、他にありますか。


           


           


 ――ふふ。


           


 あなたにそれをお話しできて良かった。


           


 私は右手の白い手袋の指先を掲げました。指先から根源の赤がしゅ、と滲みました。


           


           


「では、続きを始めましょうか」


           


「――スイ様、あなたの最も幸せだった瞬間を、私に聞かせてください」


           


「その顔のまま、あなたを、逝かせてあげます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。