第八話「魔童園」
次話からの投稿時間に変更があります。
後書きを参照下さい。
季節は巡り、凍てつく時期を越え、やがて暖かな空気が街を包み込む頃。花壇の花々が可憐に咲き誇る穏やかな季節が訪れていた。
ある月曜日の夕食後、ファウロが黙々と皿を片付ける中、ラクアは真剣な表情のジークに声をかけられた。
「ラクアも今年の夏で四歳になるな。だが父さんは、もうお前は四歳児の域は、もう超えていると思っている」
ラクアは気恥ずかしさを覚えつつも、その言葉に自分の積み重ねが認められた気がして、胸が弾んだ。
「だが、人としてはまだまだだ。年の近い子供たちと関わる経験が、これからのお前には必要だと父さんは思う」
ジークの隣では、メリダがリーアに哺乳瓶を与えている。その顔には、どこか楽しげな含みのある笑みが浮かんでいた。
「そこでだ、四月に魔童園の入園式があるんだが……入ってみないか?」
「魔童園……」
元々魔童園という場所に強い興味があったわけではない。だがこの世界で生き、大成するためには避けて通れない道なのだろう。
「俺、行ってみたい。行って新しい世界を知りたいい!」
断る理由もなく、ラクアは二つ返事で了承した。
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四月になり、魔童園の入園式をむかえたその日、ラクアはメリダが用意してくれた制服に袖を通し、緊張した面持ちで家を出た。買ったばかりの馬に跨っているジークの背中に掴まり、リーアを抱いて心配そうな表情を浮かべるメリダに振り返る。
「それじゃあ、行ってきます!」
「気をつけてね。貴方ならきっと上手くいくわ!」
二人を乗せた馬はゆっくりと歩き出し、街を滑るように進み出した。
ジークの背中で揺られること、およそ二十分。カルケルよりも一回り大きく、より華やかな街、シトローンへと辿り着いた。二階建てのレンガ造りの建物が立ち並び、街の外れには魔生物が出没しないことで知られる巨大な森林、ルーマスの森が広がっているのが見える。
街を五分ほど進むと、やがて一際目を引く建物が姿を現した。白い壁で構成されたその大きな建物はぐるりと柵で囲われており、裏手には広々とした運動場が設けられている。建物の前には、ラクアと同じくらいの年頃の子供たちと、その付き添いと思わしき大人たちが大勢集まっていた。
「着いたぞ。ここがガーランド大陸でもっとも有名な児童教育施設、魔童園だ」
ラクアはその美しい建物に目を奪われながらも、初めて目にする同年代の子供たちの姿に、知らず知らず緊張を覚えていた。
二人は馬を馬屋に預け、他の入園者と同じように門の前で待つ。ジークは顔が広いらしく、すでに何人かの保護者と世間話に花を咲かせている。その傍らでラクアは所在なさを感じながら、ただ黙って時間が過ぎるのを待っていた。
十分ほど経った頃、関係者と思しき人物が現れ、ラクアを含む入園生たちを集めて整列させ、そのまま園内へと案内される。入園式らしい盛大な催しはなく、園児たちはそれぞれ個室に通され、くじを引いて三つの組に振り分けられることになった。
(俺は二組か……)
廊下を少し歩くと、すぐに自分の教室が見えてきた。教室の外観は記憶の片隅にある小学校よりもやや小ぶりだったが、不思議と胸の奥に懐かしさが込み上げて来る。
ラクアは一度、深く息を吸う。そして意を決し、扉に手をかけて開いた。
そこは確かに、ラクアの記憶の中に存在する光景だった。二十ほどの机と椅子が整然と四列に並び、その席には緊張と期待を入り混ぜた表情を浮かべる四、五歳ほどの少年少女がまばらに腰掛けている。教室の前方には黒板があり、白いチョークで大きく文字が書かれていた。
『入園おめでとう!!』
ラクアは、自分のくじに書かれていた番号の席を見つけ、腰を下ろす。すでに教室のあちこちでは、園児たちが自己紹介を始めたり、他愛のない会話で盛り上がったりしている。
(あれ?友達って……どうやって作るんだったっけ)
ラクアはこれまで、ほとんどの時間を一人で過ごしてきた。故にコミュニケーション能力はゼロに等しい。
ぽつんと席に座っていると、不意に後ろから肩を軽く叩かれた。振り返ると、そこには赤毛の女児が座っていた。つぶらな瞳に小さな手足。飛び抜けているわけではないが、整った顔立ちをしている。よく見ると頬がわずかに紅潮しており、緊張しているのが一目でわかった。
「あ、あの……おなまえ、教えてもらえませんか……?」
自分と同じように落ち着かない様子の彼女を見て、ふっと肩の力が抜けていった。
「俺はラクア。ラクア・シャーデットだよ。君の名前は?」
「リ、リマンダっていいます……よろしくね、ラクアくん」
短いやり取りだったが、それだけで張り詰めていた胸は緩み、和みの空間が生まれた。するとそれをきっかけにしたように、近くにいた女児が一人、また一人と集まって来る。気がつけば、ラクアの周りには二人、三人と女児が集まっていた。
数分後、ラクアは五人の女児に囲まれ、矢継ぎ早に質問を浴びせられていた。
どこから来たのか。
年はいくつなのか。
普段は何をして過ごしているのか。
どうやらラクアは四、五歳の女の子たちを惹きつける何かを持っているらしい。
(まあ、母親があのメリダだし……俺の顔も、それなりに整って見えるんだろう)
理由はどうあれ、悪い気はしなかった。
女児たちの質問に答えていると、一つ向こうの列から、やけに大きな声が響いた。
「見ろよ! 俺はもう魔法が使えるんだぜ!!」
そう言って自慢げに手のひらに小さな火を灯してみせる男児は、少し太っていて図体が大きい。いかにもガキ大将といった風貌だ。
「すごいや、ゴルゴスくん!!」
「天才だよ!!」
ゴルゴスと呼ばれた男児の周りには、すでに取り巻きが出来上がっている。スクールカーストというものが誕生する瞬間を、まざまざと目の当たりにした。
「ラクアくんは? なにか魔法を使えたりしないの?」
周囲にいた女児のひとりが、期待に満ちた表情で問いかけてくる。
「簡単なものならね。ちょっとその髪飾り貸してもらえる?」
花の形をした軽い髪飾りを女児の一人から受け取ると、それを手のひらに乗せ小さく呟く。
「『微風』」
すると手のひらから小さな渦が生まれ、髪飾りはくるくると軽やかに宙を舞い始める。
「素敵……!」
「ラクアくん、すっごーい!」
女児たちはうっとりとした表情で、口々に歓声を上げた。だが、それを腕を組んで見ていたゴルゴスは、明らかに不満そうに鼻を鳴らす。
「ふん! 風なんて雑魚だよ雑魚! 火のほうが強いに決まってる!!」
「そうだそうだ!」
「風なんて、なんの役にも立たねーやい!」
取り巻きたちの声が重なったその時、ガラリと音を立てて教室の扉が開いた。屈強な体つきとは裏腹に、どこか優しげな顔をした茶色の短髪の男が教室に入ってくる。
「ようこそ! 魔童園へ!!」
男は朗らかな声で、胸を張って名乗った。
「俺は君たちの担任になる、ハリル・シルバリスだ。よろしく頼む!!」
担任の自己紹介が終わると、教室は拍手に包まれた。
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その後ラクアたちは、魔童園で過ごすための簡単なルール説明を受け、続いて近くの席同士で自己紹介をする時間へと移った。ラクアは後ろの席に座る少女――リマンダと、ひときわ背の高いのっぽの少年マールボロ。さらに、明らかに高価そうな衣服を身につけたおしゃれな雰囲気の金髪少年カールと、順番に自己紹介を交わした。
そして最後に、翌日の入園祝いの遠足について記された手紙が配られ、ラクアの魔童園初日は幕を閉じた。
帰り道、ラクアは馬の背に揺られながらジークに友達ができたことを嬉々として話し、ジークは相槌を打ちながら微笑ましそうにそれを聞いていた。
(案外、悪くなかったな……)
胸の内でそう呟きながら、ラクアは明日の遠足に思いを馳せ、その夜を過ごした。
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翌日、ラクアたち新入生と教師数人は、入園遠足のためルーマスの森へと向かった。
笑いと興奮で満ちるであろう一日。
満ちるはずだった、その一日。
ラクアは思い知る事になる。
自分の無力を。
人という生き物の弱さを。
この世界は悲惨なほどに残酷であり、脅かされる命に大小は関係ないということを。
園児としての最初の一日が、最後の一日になるなどと、ラクアは夢にも思っていなかった。
明日から投稿時間を早め、毎日20時前後投稿になる予定です。
物語はなにやら不吉な雰囲気ですが、震えて待っていてください!
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