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拝啓、全てを失ったキミへ―転生した復讐者は、優等生の仮面を被る―  作者: 藍澤誠
第零章 心火篇

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第五話「努力の所以」

 メリダの妊娠が発覚してから一ヶ月が経ったある日。一階から聞こえてきたファウロの朝食を呼ぶ声で、ラクアは目を覚ました。夜遅くまで指南書を読み漁っていたせいで、目覚めは最悪。重たいまぶたをこすりながらあくびを一つして、階段を降り居間へ向かう。


 ジーク、メリダ、ファウロの三人は、すでにテーブルについていた。魔法を使った療法を受け続けているメリダのお腹は、以前よりも目に見えて大きくなり、最近は椅子に座って過ごす時間がほとんどになっている。ラクアは急いで洗面所で顔を洗い、空いている席に腰を下ろした。いつもと変わらない穏やかな朝食。特別な会話があるわけでもなく、時間だけが静かに流れていく。


 食事を終えるとラクアは自室へ戻り、平原へ向かう準備を始めた。魔法訓練は相変わらず成果が出ないまま続いている。だが、ラクア自身の心情はいつの間にか変わっていた。作業のように失敗を繰り返すうちに魔法に対する熱は冷め、自己嫌悪すらも薄れていった。今ではただ時間を潰すために魔法を練習しているというような感覚さえある。


(そもそも、異世界から来た俺が、魔法を使えるようになること自体、不可能なんじゃないだろうか)


 諦めを催促するような考えが頭をよぎったその時、扉を叩く音が耳に届いた。


「おい、坊主。開けるぞ」


 声の主はファウロだった。扉が開き、視線が合う。


「少し付き合え。裏庭で待ってる」


 短くはっきりと告げると、ファウロは返事を待つこともなく踵を返し、扉を閉めて一階へと戻っていった。ラクアは訝しみながらも、言われた通り身支度を進める。


 十分後。家の裏口から裏庭へ出た。裏庭は、小学校の教室より少し大きい程度の空間だ。緑の芝生はよく手入れされていて、端の方には、立派な木が一本生えている。

 

 その空間の中央に、ファウロは立っていた。一メートルほどの、しっかりとした木の棒を手に持ち、いつもより明らかに不機嫌そうな表情を浮かべている。


「どうしたんですか? こんなところにいきなり呼び出したりして」


 その表情に怯むことなく問いかけた刹那――、ファウロの姿が掻き消えた。


 直後、右頬に鈍い衝撃が走る。遅れて、視界が反転した。気づけばラクアは宙を舞い、無様に尻もちをついて地面に叩きつけられていた。


 何が起きたのか理解できないまま、ラクアは目を開ける。さっきまで自分が立っていた場所に、ファウロがいた。そこでラクアはようやく理解した。ファウロに殴り飛ばされたのだ。


(速すぎる……!)


「一つ、お前に聞きたいことがある」


 ファウロは淡々とした口調でそう告げながら、倒れたラクアとの距離をゆっくりと詰めてくる。


「なぜお前は、支えてくれている両親の期待に応えようとしない?」




「……………は?」


 あまりにも唐突な問いに、思考が追いつかない。


「優秀であるはずのお前が自分に甘え、成果を出そうとしない。その姿勢が、俺は心底気に食わない」


 ファウロの目がギラギラと光る。それはラクアが、どこかで見たことのある、本物の殺意を宿した目だ。だがそれ以上に、ファウロの的外れな言葉に苛立ちを覚えた。


「もっと本気でやれよ」


 ラクアの頭の中で、何かがぶちりと音を立てて切れる。

 

 頬の痛み。

 連日の失敗。

 積もり積もった苛立ち。


 すべてが一気に噴き上がる。


「朝早くから呼び出しやがって、何かと思えばそんなことかよ……痛ぇんだよちくしょう」


 ラクアは自分の口から出たとは思えない荒れた声に少し驚きながらも、流れ出る言葉を止めようとしなかった。


「お前に何が分かるんだよ……生まれて三年で自分よりも何十歳も上の人間に期待されるやつの気持ちなんて、お前にはわかんねぇだろうが!!」

 

 止まらない。三年間溜め込んできた感情を、すべて吐き出すつもりで叫ぶ。


「俺だって必死にやってんだよ!! 毎日街のやつらの気色悪い視線を浴びながら平原に行って! 魔源子不足で頭が痛くなるまで練習して! それでも結果が出なくて!!」


 拳が震える。


 ファウロを殴りたい衝動が、全身を支配した。


「一番俺にむかついてんのは俺なんだよ!!」


 ついに衝動を抑えきれなくなり、ラクアはファウロへと殴りかかった。


 だが、相手は本物の剣士。伸ばした腕を簡単に掴まれ、体勢を崩されて投げ飛ばされる。


「うあっっ!!」


 再び地面を転がるラクアを見下ろしながら、ファウロは煽るように口を開いた。


「無駄だ。ガキのお前が、剣士である俺に近接で勝てるわけねぇだろ」


 攻撃が不発に終わり、ラクアはさらに激情した。ファウロを出来るだけ痛い目に合わせてやりたいと言う思いだけが、頭の中を支配していた。


「練習してきたんだろ?だったら俺にぶつけてみろよ、欠陥品の風魔術をよぉ!!」


 感情は瞬時に、怒りから殺意へと書き換えられる。


(クソ野郎が。いいさ、やってやる……!!)


 ラクアは手に魔源子を集めた。何度も繰り返し行った作業は一秒足らずで完了した。


 だが――、


(今回はいつもとは違う。あのクソ野郎を吹き飛ばす為に…最大限の殺意を込めて……)


 ラクアは叫んだ。毎日日が暮れるまで口にし続けた、あの忌々しい言葉を。


「『強風(ウィンディアード)』!!!」


 怒号ような詠唱と共に、ラクアの手のひらから弾丸のような風が放たれた。


 一直線に。

 

 迷いなく。


 メリダが放ったそれよりも細く、荒削りで威力も劣るはずのもの。それでも確かに、破壊力を持った風だった。ラクアはその瞬間、初めてこの世界に触れることができたような気がした。


 だが、成功の実感によってわずかに理性を取り戻したラクアは、想像よりも数十倍の威力を持った強風の進行方向、その先に立つ男を見て背筋が凍りついた。

瞬きの間に、血を吹き出して倒れるファウロの姿が脳裏に浮かぶ。


(まずい……! 避け――)


 そう思った刹那。ファウロは目にも留まらぬ速さで、手にしていた棒を放り捨てた。同時に腰の剣へと手が伸びる。


 次の瞬間には、すでに剣は抜かれていた。流れるような一動作。迷いも、ためらいもない。そしてラクアが放った弾丸のような強風を、ファウロは真正面から真っ二つに切り捨てた。切り裂かれた強風は勢いを失い、跡形もなく霧散する。


「はあっ、はあっ……」


 数秒の沈黙が流れた。心のどこかで出るはずがないと思っていた魔法が飛び出し、ファウロを傷つけかけた焦り。それと同時に、確かに魔法を成功させたという喜び。ラクアはその二つに挟まれ、言葉を失っていた。


「ごめんなさい。本当に出るとは思わな――」

「……今の、どうやった?」


 ファウロは風を斬り払ったままの姿勢で、ラクアの言葉を遮って静かに問いかけた。ラクアは答えられなかった。分からない。ただ――胸の奥で、何かが“外れた”感覚だけが残っている。


「狙って出したわけじゃねぇな」


 ファウロはそう言うと、小さく息を吐く。


「だが、お前は今“出せた”。それが答えだ。忘れるな」

 

 それだけ言うとファウロは踵を返し、裏口から家の中へと戻っていった。

 

(俺は……やったのか?)


 実感と高揚が、遅れて胸に迫り上がって来る。同時に、先ほどまではあり得なかった感謝の念が、自分を殴り飛ばした男に対して湧き上がった。


 感情が魔法のトリガーになる。それをファウロは体を張って教えてくれた。自ら憎まれ役を引き受け、感情を引き出してくれた。とても三歳の子供に向けるやり方ではなかっただろう。だがファウロは、最初からラクアを「子供」としては扱っていなかった。一人前の人間として向き合い、その上で叩きのめしてくれた。


 だからこそ――


(これからは彼に取り繕った敬語は使わないようにしよう)


 子どもとして扱われる言葉ではなく、一人の人間として向き合う為に。


――敬意を払うってのは、きっとそういうことなんだ。


 そう心に決め、ラクアは家の中へと戻った。中に入るとすぐ、メリダとジークが駆け寄ってくる。


「ファウロから聞いたわよ! 風魔術を成功させたんですってね!」


「本当によく頑張ったな。さすが、父さんと母さんの息子だ」


 二人は迷わず、ラクアを抱きしめた。


 何の前触れも無く、ラクアの青い瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。この世界に来てから、初めて流した涙だ。それは何度も失敗を重ねた末に、ようやく一歩を踏み出せたことへの静かな歓喜の証。


「ラクア!? どうしたの? どこか痛むの?」


 その涙を見逃さなかったメリダが、心配そうに顔を覗き込む。


(やべっ!!)


 反射的に腫れ上がった左頬を隠したが、時すでに遅し。メリダはものすごい剣幕で踵を返すと、居間へ続く廊下を進み出した。同じタイミングで居間の扉が開き、黒いエプロン姿のファウロが顔を出す。


「おお、メリダ。昼飯は肉か魚、どっちに――」

「そんなことどうでもいいわ! あなた、ラクアに手を上げたりしてないでしょうね!? 

顔がすっごく腫れてるんだけど!!」


 詰め寄られたファウロは、視線を逸らしながら、バツが悪そうな表情を浮かべる。


「わ、悪かったよ。でもあいつは大人びてるし――」

「大人びてても、ラクアは子供なの!!」


 勢いの止まらないメリダを前に、ラクアの隣で苦笑していたジークは、ラクアの頭をぽんと優しく叩いた。そして何も言わず喧嘩の仲裁に向かう。


 一人残されたラクアはそっと涙を拭い、深く息を吐く。不思議と頭の中は冴え渡っていた。


(嗚呼、思い出した。俺が努力してきた理由…)


――認めてほしかったんだ。自分を産んで、育ててくれたこの二人に……


 その日、ラクアは一日を体を休めることに使った。訓練続きだったこれまでの時間を取り戻すかのように、ほとんどをメリダと過ごした。夕食には、ファウロがいつもより少し豪華な料理を振る舞ってくれた。多くは語らなかったが、それが彼なりの労いなのだと、ラクアには分かった。心も腹も満たされたラクアは、久しぶりの安らかな休息を噛みしめるように、その夜、深い眠りへと落ちていった。

明日からは一日に一回の投稿になります。22時頃投稿予定なので、ぜひご覧ください。



『面白い!』


『続きが気になる!』


と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から応援していただけると幸いです。


初投稿作品なので、ブックマークや、感想もいただけると大変嬉しいです。


今後もよろしくお願い致します。

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