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拝啓、全てを失ったキミへ―転生した復讐者は、優等生の仮面を被る―  作者: 藍澤誠
第一章 虚飾の仮面篇

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第三十四話「眺望への道」

 時は遡り、ソフィが登校を再開する数日前。レインたちルベライト生は放課後、学級委員であるグリードから教室に残るよう言われた。教室の席は一つを除いて埋まっており、その光景はグリードという男の発言力の強さを物語っている。


「結局、ゾディアくんは帰っちゃったね」


「あんな奴ほっとこうぜ。どうせ居てもろくに話も聞かねぇだろ」


 少しざわついた空気の中、レインがポツンと空になった席を見て言うと、ジグマがぶっきらぼうに応えた。


「なぁグリード。話って何だよ」


 ガルフが大きな声で、教卓に立つグリードに問いかける。他の生徒たちもガルフの言葉に頷く。


「実は、話があるのは僕じゃないんだ……」


「じゃあ誰なんだよ……悪いけど俺らも用事ってもんがあるんだ。早めに終わらせてくれないか?」


 そう言ったのは前の方の席に座る小柄な茶髪の男子だ。両手を頭の後ろに組んでふんぞりかえり、不機嫌そうに口を尖らせている。


「悪いパルド……話があるのは俺だ」


 その声はレインのすぐ近くから上がった。


「ラクアさん……?」


 黒髪の少年、ラクア・シャーデットが席から立ち上がり、ゆっくりとした足取りで教壇へと上がった。


「……時間を取らせて悪い。でも話しておきたい事があった。これからの俺たちについて……」


 教室はしんと静まり返る。この場の誰よりも強く、一目置かれている存在であるラクアの言葉には、それだけの力があった。


「お前ら……この学校での生活を楽しめているか?」


 繰り出された言葉は、皆の予想を大きく外れるものだった。とても寮全員を集めて話すような深刻な内容を話す前置きとは思えず、多くの生徒が顔を見合わせて疑問の表情を浮かべた。


「何も不自由はないか? 誰かに傷つけられてないか? 辛い目にあってないか? ……周りで、辛い目にあっている人はいないか?」


 普遍的な心配の言葉のようだが、最後の一言には少し力が入っているように聞こえた。その意味に気づかない者はおらず、皆同じことを思い浮かべて息を呑んだ。


「知っての通り、この教室の一員であるソフィが自殺未遂を犯した。最悪の結果には至らなかったが、何が起きてもおかしくない状況だった」


 生徒一人一人の目を見るように周りを見渡しながら話すラクア。その目に込められた感情は読み取れないが、この場にいる誰よりも悟った目をしているのは確かだった。


「お前らはそのことについてどう思ったんだ? 同情したか? 恐ろしいと慄いたか? ……それとも――自分には関係ないと目を背けたか?」


 ゆっくりと言葉を紡ぐラクアに、誰もが注目していた。だが、思考の矢印は皆自分の心に向いていた。あの知らせを聞いたその時、自分は何を思ったのか。それぞれが思い出すように思考し、教室は凍りついてしまったかのように沈黙で満ちる。


「俺は誰かを責めようとなんて思ってない。俺もソフィの心の悲鳴に気づいてやれなかったし、お前らはあいつに対して危害を加えてない、何もしてないって分かってる。……でも、目を逸らすことはしないで欲しい。お前らはあいつに、何もしなかった――してやれなかったんだから……」


 ラクアの冷たい瞳が、教室の空気をより一層冷やした。その冷気は、各々の心臓に深く届いた。自分たちと同じ寮である少女が、よってたかって傷つけられていた事には今ラクアの言葉を聞いている誰もが気づいていた。そして、助けなければという考えが何度も過ぎったにも関わらず、行動を起こすのが自分である必要は無いと、湧き上がったものをかなぐり捨て、結局は誰も行動を起こさなかった。たった今全員の前で語っている少年をのぞいて。


 教室のほとんどの生徒が目を伏せていた。ソフィを傷つけたのは自分たちでは無い。それは確かだ。だが、ソフィを追い詰めた責任は自分たちにもある。それも確かな事実だった。ずっと前に辿り着き、胸の奥にしまい込んだはずの結論をラクアに掘り起こされ、呆然とする者もいれば、目をギュッと閉じ後悔を露わにしている者もいた。


「どれだけ心の中で他人を気にかけて、どれだけ哀れんでいても、それを本人に伝えなければただの傍観者だ。加害者となんら変わりやしない。人が人を支える為には、目に見える行動をとらなければならない。だから俺は、ただの寮の一員としてお前らに言いたい。――お前らには、仲間のためになりふり構わず飛び込むことが出来る人間になってほしい」


 少年の願いは、聞く者たちの重くなった心に強く突き刺さった。言葉自体に胸を強く打つ強さがあるのはもちろん、これまでルベライト寮の生徒たちを体を張って守ってきた男の言葉だからこそ、生徒たちには語りの内容がより鋭利に感じられた。


「簡単な事で良いんだ。誰かが傷ついて悲鳴を上げたなら一緒に飯を食ったり……一人寂しそうに下校してる奴を見かけたら、肩を並べて隣を埋めてやったり……それぞれが出来る寄り添い方で、下を向いている奴を支えて、無理矢理で良いから前を向かせてやれ。その小さなお節介の積み重ねが、弱くて脆い人の芯を強靭に変えていくんだと俺は思う」


 強く言い切ったラクアの目は、真っ直ぐ前を見据えている。淡々とした口調だったが、発せられる言葉一つ一つに確かな熱がこもっているのが分かる。


「俺たちは人だ。一人でやれる事には限界があるし、この世界で唯一自殺をする生物だって言われるくらい脆弱な生き物だ……それを忘れないで欲しい。不安定な道で足がすくんだなら、近くの誰かにしがみついてくれ。誰かの泣く声が聞こえたなら、その手を探し出して優しく握ってやってくれ。――そうやって自分自身と誰かを支えて生きていく為に、俺らは腕二本持って生まれてきたんだろうが」


 教卓に置かれた拳が強く握られるのを誰もが見た。レインはその時――いや、その場の誰もが確かに感じた。ラクアから伝わる熱に影響されるように腹の底から静かに湧き上がる熱さを。その得体の知れない力が腑抜けていた手足に鞭をうち、冷え込んでいた世界をみるみる色づかせた。


「そんな事も出来ない人間が、この学校の頂点に登り詰めることなんて出来るはずがない……お前ら何しにここに来た? 自分は優秀だ、他の奴らとは違う……そう思って来たんじゃないのか? この世界では半端な覚悟じゃ埋もれるだけだ。他の寮に勝ちたいんだろ? 自分の力を証明したいんだろ? ……なら死ぬ気で、一丸となって足掻いてみろ。一人も見捨てる事なく、持ってる全ての力を利用して勝ってみせろ」


 一言一言が、雷鳴のように強く響く。気づけば誰もがラクアを睨むように前を向いていた。全員の心にある矢が、一人の少年へと確実に突きつけられていた。


「……そうやって踏み固められた道を進んで、この俺についてこい。お前らに見せてやる――この学校の頂点からの景色を」


 言い切ったラクアを見たルベライト生の目は、一つも例外なく星が映ったかのように光り輝いていた。ただの言葉でそうさせるだけの力が、ラクア・シャーデットにはあった。そして誰もが理解した。この寮の頂点はラクアであり、その背中を信じることだけが今自分たちがやるべき事なのだと言うことを。



---



 時は戻り、ソフィが登校を再開した日の昼休み。ラクアはルーベルトに会いに魔薬調合学の教室へと向かっていた。空が曇り、薄暗くなった廊下を進むラクア。誰もいない静寂に満ちた道に、小気味良い足跡が落ちる。


 すると、すぐ側の扉から一人の男が現れた。


「アルヴァース先生……」


 一年ルベライト寮の担任であるアルヴァースが、深い青色のローブに身を包み、その空色の瞳をラクアに向けていた。端正な顔立ちから漂う冷たい美しさが、有無を言わせない威圧感へと変わっていくような奇妙な感覚がラクアを襲う。


「シャーデットか……こんな所で何をしている」


「ルーベルト先生と話があるんです」


「……そうか、休み時間である以上、私的な用事で教員を訪ねるのは構わないが、じきに予鈴が鳴る。午後からの授業には遅れないよう心がけることだ」


 そう言うとアルヴァースは床につきそうなほど長いローブをはためかせてラクアの横を通り過ぎた。


「待ってください」


 ラクアの声が、しんとした廊下に響き渡る。


「あなたとも話をしたいと思っていたんです」


「あいにく私は君に時間を割くほど怠慢ではない。ここで失礼する」


 アルヴァースは振り返らずに、静かな圧をもった言葉で制した。


「何故動かなかったんだ」


 去ろうとした足がぴたりと止まる。


「あんたなら気づいていたはずだ。ソフィエルが心を蝕まれていた事に……。何故なんの対処もしなかった。手遅れになる所だったんだぞ」


 するとアルヴァースはゆっくりと振り返った。その表情は変わらないが、目には先ほどまで無かった冷たさが閉じ込められていた。


「口の聞き方には気をつけることだ。お前がどれだけ力を持った生徒であろうと所詮は子供。私の前では弱々しく揺れる燭台の火に過ぎない」


「質問に答えてくださいよ……何故ソフィエルを守ろうとしなかったんですか」


 ラクアは臆する事なく言った。目の前の男が放つ異質な圧を直に受けながらも、睨むような姿勢を崩す事なく疑問をただ男へとぶつけた。


 雲により完全に日の光が遮られ、廊下が暗さを増す中、二人の間に沈黙が落ちる。


「……お前の力を測りたかった」


「……は?」


「あの一見詰みのように見える盤面をお前がどう打開するのか見て見たかった。屋上から彼女が飛び降りたあの瞬間、私はお前の力を見誤ったと思った。だがお前は彼女を救い、加えて寮が団結する未来へと辿り着いた。お前の力は、私の想像以上だ」


「待て……言ってることの意味が分からない」


「二度目だ……口の聞き方には気をつけ――」

「俺が失敗したらどうするつもりだったんだ?」


 アルヴァースの言葉を遮って出た声は、湧き上がる感情とは裏腹に妙に落ち着いていた。怒り……というより理解ができなかった。恐ろしいほど純粋な疑問が、答えを求めて口からこぼれ出た。


「その答えは、お前自身が一番わかっているんじゃないか?」


 見透かすように言ったその時――


「なにやら穏やかじゃ無い空気だね」


 場に不相応な柔らかい声がラクアの耳に入った。振り返ると、金髪の優しそうな顔の男が立っていた。


「ルーベルト先生……」


「やあラクアくん。あの件は上手くいったようだね」


「ルーベルト……やはりお前もシャーデットに加担していたか」


 アルヴァースは現れた同僚に動じた様子もなく淡々と言った。


「とは言っても、僕は魔薬の調合器具と材料を貸しただけだけどね」


 落ち着いた声でルーベルトは和かに笑った。


 ローラを追い詰める為に幻覚薬が必要になったラクアはルーベルトの元を訪ね、薬の調合に協力するよう申し出た。通常、私的に魔薬を調合することは校則違反となるはずだったが、ルーベルトは快く協力を引き受けてくれた。ルーベルトが変わった線引きをする男である事はなんとなく把握していたものの、その勘をもとに実行に移した事は大きな賭けだった。だが結果として上手くいき、ラクアは幻覚薬を作ることに成功した。


 悪びれる様子もなく言ったルーベルトを見て、アルヴァースの白い眉根が沈んだ。貫くような眼光がルーベルトを捉える。


「器具はともかく、無断で生徒に薬材を与える行為は雇用契約に抵触しているはずだが?」 


「まあまあ、結果として一人の少女を救う事に繋がったわけだ。今回は目を瞑ってはくれまいか?」


 堂々と言い切るルーベルトに対し、アルヴァースはじっと横に並んだ二人を見つめている。だが痛い沈黙の後、僅かに眉を上げたかと思えば踵を返し、背中を見せてゆっくりと歩きだした。そして数歩先で止まり、片目だけ振り返ってラクアを見た。


「ラクア・シャーデット……目を付けられたく無ければ大人しくしておけ。お前の担任が私である事を、ゆめゆめ忘れるな」


 抑揚無く、しかし脅すようにそう言い残し、アルヴァースは歩き去った。暗くなった廊下を吹き抜ける微風が、ラクアとルーベルトの髪を僅かに揺らした。 

次回、第一章最終話。


明日も20時頃投稿予定です。


『面白い!』


『続きが気になる!』


『応援したい!』


と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から応援していただけると幸いです。


初投稿作品なので、ブックマークや、感想もいただけると大変嬉しいです。


今後もよろしくお願い致します。

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