三十二話「隣に居た人」
昼休みも終わりに差し掛かった頃、ラクアは生徒たちの間を縫うように廊下を走り抜けていた。
(何処だ、何処にいる……)
探知眼を使い、いつもどこか寂しそうな表情をしていた少女の姿を取りこぼすまいと、血眼になりながら視線を移していく。
(何が最近は精神が安定しているように見えただ。あいつが周りに傷を見せないように振る舞う人間だってことに、俺は気づいていたはずだ)
ラクアはソフィの心の強さに甘えていたのだ。目先の問題を片付ける為に対処を後回しにし続け、その結果がこれだ。
「まじ終わってるよなぁ……あの女」
「ああ、あの場面で逃げだすなんて、反省してませんって言ってるようなもんだろ」
不意に聞こえてきた話し声に、ラクアは足を止める。声の主は、すぐ隣を通り過ぎて行った同い年くらいの少年二人だった。
「おい、その女……何処に逃げた」
振り返り、ラクアは二人を呼び止める。
「い、医務室の方角だと思います……」
ラクアの鬼気迫る様子に若干怯えながらも、少年は指を差して口を開いた。隣にいる生徒も必死に頷いている。
ラクアは礼も言わず、再び駆け出した。何か怪我をさせられて医務室に行ったのか。それとも医務室ではなく、その方向に目的の場所があったのか。脳を侵食する嫌な想像を振り払いながら地面を蹴る。だが、次第に息がきれ始め、足に鈍い重圧を感じた。それが体力の減少によるものでないことは明白だ。
「おい、あれ誰だ!?」
「嘘だろ……あんなとこで何やってるんだ?」
背筋をヒヤリと撫でたその声に、ラクアは立ち止まった。廊下にいる全員が見ている方角、窓の外に目をやるとそこには――
「――っ!!」
向かいの建物のはるか上。屋上の柵の上に、銀髪の少女が立っていた。表情は見えない……だがその佇まいからは強い諦念が感じられ、人形のように力が抜けて無気力になっているのが分かる。
現実とは思えない光景に息が詰まったその刹那、ラクアは咄嗟に動いた。人だかりになっている窓の側に向かって駆け、そこに居た生徒たちを次々に押しのけた。
僅かに開けた道に体を押し込み、ガラス窓の前に辿り着くと、勢いよく窓を開けて窓枠に飛び乗る。
その時、
「キャァァッ!!」
何処からか甲高い悲鳴が上がった。遥か上空にいた少女が機械的に一歩を踏み出し、転落を始めたのだ。
ラクアは増強魔法を自らに付与し、躊躇なく窓枠を蹴って空中に飛び出した。
風圧が瞼を抑え付け、生温い空気が風ではためく体を強く打つ。そのまま風魔術で体をさらに加速させ、同時に水魔術でクッションを作り出す。
(届け……)
上から落ちてきた少女が眼前を通り過ぎるその瞬間だった。
バシュウッッ!!
ラクアは作り出したクッションごと、少女を腕全体で受け止めた。そのまま体を捻り、背中から正面の窓へ――
パリィンッ!!!
ガラスは音を立てて割れ、教室に放り込まれたラクアは壁に背中をしこたま打ちつけた。激痛に耐えながら、ラクアはその腕で少女の脈動を感じ取り、息を吐いた。
♢♢♢
「ラクア……くん?」
「言っただろうが……側に居るって」
自分を苦しめた世界に、別れを告げたはずの世界に無情にも強引に引き戻されてしまった。その意味を理解し、少女の体はわなわなと震え出した。その震えのわけは今まで痛いほど味わった恐怖でも、悲しみでもない。
「な、んで……?」
上手く声が出ず、口から押し出された弱々しい声が、誰もいない教室にこだまする。
「なんで、私を助けたの?」
「ソフィ……?」
ラクアの口から溢れ出た言葉は、間違いなく困惑を帯びていた。これまで見てきた無愛想な少年から発せられたものとは思えない反応だ。だがソフィは、自分のすぐ後ろにある顔を、振り返って確認することはしない。そうするだけの力が、ソフィには残っていなかった。……全てがどうでも良かった。
「私は誰からも必要とされてない。誰にも愛されてない……私は、生きてちゃいけない人間なの。なのに、なんで――」
「生きてちゃいけない人間だと……」
その声色も、今までソフィがラクアから聞いたことのないものだった。静かだが、言葉の節々に強い波がある。聞く者を圧倒し、その場に縫い留めるような声だ。
「お前は今言った言葉を、腹痛めて産んだ親の前でも言えるのかよ」
僅かに怒りがこもった少年の言葉が、ソフィに冷たく突き刺さる。だが、先ほどまで大勢の生徒たちに向けられてきたものとはまるで違う。それはいたずらに心を傷つけるものではなく、ソフィの心の本質を確実に捉える言葉だった。
「確かに、お前は難儀な人生を送っているかもしれない。自分の生きる意味が分からなくなって、なんのために存在しているのかも分からなくなって、自分が生まれた事が罪だと思ってしまうその気持ちも……俺には痛いほど分かる。そう思ったって仕方ない。――でも、お前はこの選択をすべきじゃ無かった。それだけは確かだ」
「じゃあどうしたら良かったの!?」
ソフィはラクアに対して初めて声を荒げた。いや、思えば今までこんなふうに感情を露わにしたことは一度だって無かったのかもしれない。
「私は私が生まれながらにして持った罪を、どう償えばよかったの……? こんなに悪目立ちする見た目で、どう生きてくれば良かったの……? 教えてよ……」
一瞬湧き立った熱が、言葉を発するごとに再び小さくなっていった。啜り泣く声が、静かな教室を悲観で塗りつぶす。
だがその時ソフィは僅かに、自分を優しく抱きしめている腕の力が、よりいっそう強まったように感じた。
「俺は……お前の事をよくわからない奴だと思ってた」
先ほどとは違って、正論を冷たく突き刺すような声ではない。ただソフィが今まで溜め込んでいた内懐に寄り添うような穏やかな声だった。
「初めて会った時からずっと何かに怯えていて、そのくせ誰にも助けを求められずに一人で震えていて……そんなお前を見て、俺はお前を――弱くて救いようの無い人間だと思った」
胃の奥がすっと落ちていくような感覚にソフィは目を見開いた。命を断とうとしていた自分を助けてくれた少年でさえも、自分への失望を隠す事が出来ない事実に頭が痛くなる。
「だが、一緒にいる内に何となくお前の事を理解していった。そして気づいたんだ、お前は助けを求められなかったんじゃなくて、求めなかったんだって」
「ラクアくん……」
「お前は周りの人間が傷つかないように、一人で戦い続けたんだ。誰も信じることが出来なくなっても、どれだけ足掻いたって希望が見えなくても、お前は一度も誰かを傷つける側に回ったりしなかった。逃げたりしなかった。そうやって自分に鞭打って、ぼろぼろになって、死にたいって何度も思いながらも、お前は今日まで生きてきたんだ」
ソフィは背中越しに温もりを感じた。今まで理解できなかった自らの行動の意味を、彼なりに解き明かしてくれたことに、再び目が潤みだした。ラクアとはつい最近知り合った仲で、恐らく今ソフィの耳に届く言葉も、彼自身の憶測で語られているものもあるのだろう。だが、それでもソフィの胸には確かな熱が灯った。
「そんなお前を弱いって言う奴がいるなら、俺が――地獄に送ってやる」
その言葉自体は冷たく、ソフィの体を優しく抱きしめる少年ならやりかねないという恐ろしさがあったが、そ背中から伝わってくるゆっくりとした鼓動が、その物騒な言葉を暖かな抱擁へと変えてしまった。
「お前が自分を咎人だと思うのなら、いくらだって自分を責めればいい。――だが、その贖罪はお前の大切な人の為にするんだ。お前の“こと”が嫌いな人間のために、お前“が”嫌いな人間のために……お前が傷つくことねぇよ。周りに目を向ける前に、自分の身近な人に目を向けてみろ。その人たちの目に、お前はしっかり映ってるはずだ」
ソフィは脳裏に、自分の大切な人の姿を思い浮かべた。母、父、祖母、フィリア……。皆ソフィのことを愛し、自分自身もその人たちの事を愛していた。自分を愛してくれている人は自分の心の近くに居る。それは当たり前の事であり、だからこそ世間を、遠くの景色を気にしていたソフィには見えなくなってしまっていた。
「もう二度と死のうとなんてするんじゃねぇぞ。――お前には、お前の死を悲しむ人が居るんだろうが」
刹那、ソフィの胸の中で渦巻いていた全てが、目を介してゆっくりと流れだした。熱い……ただそれだけの物体が青玉の目からとめどなく滲み、頬をつたって埃っぽい床を濡らした。
ソフィは声を上げて泣いた。いつもの何倍も大きく感じるラクアの胸の中でただ泣いた。涙は彼女にとって身近なもので、その行為自体はなんら特別ではない。だがそれを流した過程とその意味は全く異なっていて、彼女の内に溜まっていた苦しみの全てを押し流すようなその落涙は、ここから始まる二人の物語の幕開けとなるにはあまりに騒々しく、秀麗であった。
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翌日、レインとジグマ、そしてアルマの三人は、いつもと変わらない様子で食堂にて昼食を食べていた。丸い机がいくつも並べられているアンティークな雰囲気は、さながらおしゃれなレストランといった印象を与えてくる。
「聞いたかよ二人とも、この前レイヴァーと一緒にいたあの二人、退学になったらしいぜ」
「本当に!? ジグマくん」
「セレナイト寮の奴らが言ってるのを聞いたから、間違いねぇよ」
「やっぱり、あの新聞のせいか?」
「あれか……確かに、あんなあからさまな批判を書いた内容が学校にバレたら、それなりの処分は食らっちまうよな」
「僕も、その話が本当ならそうだと思う……でも、だとすれば一つ引っかかることがあるんだ」
「引っかかることって?」
顎を支え、考え込む仕草をしているレインに、ジグマが聞き返す。
「あの新聞は、教員の手に渡る可能性は充分考えられたはずだ。だから生徒以外の手に渡らないようにするか、あるいは学校にバレても問題ないように何かしらの対策を打ってないと不自然なんだよ」
「確かに、じゃあ別の理由なのか……」
「分からない。多分僕たちが考えても分かりっこないことなんだと思う」
頭を捻り、唸り声を上げる二人を、アルマは楽しそうに見ている。
「何にせよ、あっちの大将は思ったよりまともな人だったってことだ」
「アルマくん? それってどういう――」
レインが首を傾げたその時、ラクアが木の盆に料理を乗せて現れた。だがレインの目を奪ったのはそれを支えている指だ。五本の指のうちの一本、人差し指があらぬ方向に曲がり、紫色に腫れている。
「お前ら、こんな所に座ってたのか」
「ラクアさん!? どうしたんですかその指!!」
「ああ、さっき治癒魔法の練習をしていたら戻らなくなってな……あとで医務室にいくつもりだから気にするな」
「いや、気にするだろ!? なんで平然と食事を楽しもうとしてんだよ!」
ジグマが思わずツッコミを入れたその時、
「何やら騒がしいな」
聞き馴染みのある声が耳に入った。ラクアの後ろに立っていたのは、昨日ラクアに敗北する形となったレイヴァーだった。いつものような笑みは浮かべておらず、ただラクアの目を静かに見つめている。
「レイヴァー……なんだてめぇ、何しに来やがった!」
立ち上がったジグマをラクアは片手で制す。
「噂の話、あれはお前の仕業なのか?」
「ああ、俺があの二人を学校に突き出した」
顔色一つ変えずにレイヴァーは言い放った。いつもの芝居がかった言い回しではなく、冷めた態度で淡々と告げる。
「あいつらはお前の腹心だったはずだ。何故そんな真似をした」
「至極当たり前の事を言ってもいいか?」
レイヴァーの目は、あの日のように見るものを突き刺すような冷たさを帯びていた。
「力というものは、弱者を守る為に使うべきだ。だからこそ、優れた力を無抵抗な弱者に向ける事は当然あってはならない。ゆえに俺は躾としてあいつらを地獄に送った。それだけのことだ」
その瞬間、今まで意味不明で不透明な行動を繰り返してきたカミラ・レイヴァーという男を、ラクアはようやく理解した。この男はただ自分の力をひけらかしたいという子供じみた感性など持っておらず、ただ強者に自分の全力をぶつける事を快楽とする異常者であるという事を。
「しばらく俺は大人しくしておいてやる。その間にお前は身の回りの問題に対処するといい。そして万全を喫したその時、俺がお前を打ち破る様を全校生徒の記憶に焼き付けてやる。……再び幕が上がるその日を楽しみにしているぞ」
淡々と言うとレイヴァーは踵を返し、手を振って去っていった。
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ソフィへのいじめの主犯であるブロンド髪の女生徒、ローラ・リークインはアークディア・アカデミーに入学したその日、一人の少女に目を奪われた。
フィリア・マスカルディア。容姿端麗でその生まれはこの大陸の統治機関、王龍庁の頂点に立つ男の一人娘というまるでおとぎ話のお姫様のような彼女に、ローラは一瞬で惚れ込んだ。
だがフィリアの目には、一人の少女しか映っていなかった。それが、銀髪の少女、ソフィエル・ルナレインだった。
最初はそこまで意識しなかったソフィの存在も、日が経つにつれ意識せざるを得なくなってきた。どれだけフィリアに話しかけても、どれだけ友達になって欲しいと頼んでも、彼女は頑なにローラを拒んだ。それなのに、おかしな見た目の少女を見るフィリアの目はローラに向けるものとは明らかに違っていた。
ローラは憤った。自分が拒まれているのは自分のせいでもフィリアのせいでもない。あの忌々しい悪魔のせいだ。そう考えなければ、自分が正面から否定された事実に押し潰されそうになってしまう。だから彼女は信じた。ソフィエル・ルナレインは悪であり、自分にはフィリアを呪縛から解き放つ責務があるという事を。
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放課後、ローラは日朝の仕事で誰もいない教室に一人残っていた。その日、学校中は二つの話題で持ちきりだった。一つは、入学して半年も経たない内に、自身と同じセレナイト寮の一年生が二人退学になったというもの。そしてもう一つが、ローラが心の底から憎む少女、ソフィエル・ルナレインが自殺未遂をしたという話だ。
「あ゛ぁクソがっ! なんで死んでねぇんだよ、ふざけんな!!」
ローラが怒りに任せて机を蹴り飛ばしたその時、
「うわぁ……怖い怖い。びっくりするじゃないですか」
扉の方から聞こえた声に、ローラは飛び上がった。
そこには一人の生徒が立っていた。ローラと同じくセレナイト寮の制服を着ていて、顔はフードに隠れていてよく見えない。だが不可思議なのはその声だ。聞こえているはずなのに、その声色は全く判別できず、まるで言葉の意味を直接脳に送り込まれているような感覚だ。
「あんた……誰?」
「ご心配なさらなくても、私はあなたの味方ですよ」
男の声か、女の声かも分からないのに、その人物が軽やかに紳士ぶった声で話していることは分かる。ローラはその奇妙な感覚に少し震えた。
「申し遅れました。私はセレナイト寮二年――ファウロ・グローバーと申します。あなたと同じく、ソフィエル・ルナレインの死を望む者です」
その人物は優雅にお辞儀をした。
「死を望む? 笑わせないで、私は人を殺そうと思ったことなんか――」
「取り繕わなくて結構ですよ。ソフィエルの自殺未遂、その片棒を担いだのがあなたであることは、すでに周知していますので」
ローラは言葉を失った。もしこの人物が自分を学校に売りでもしたら、自分もあの二人のように退学になることは間違いない。
「先ほども言いましたが、私はあなたと同じ望みを持つものです。あなたの首尾の良さに、私は思わず惚れ惚れしてしまいました。あなたならあの悪魔を、尊きフィリア様から引き剥がすことができると、私は確信いたしました」
得体の知れない人物の言葉、だがこの人物はローラの欲する言葉の全てを次々に口にした。その事実に、ローラは自身の胸が高鳴るのを感じる。
「奴は今、学校を休んでいるようです。恐らく心身を休めるためかと。だからこそ、私とあなたで手を取り合い、再び現れる悪魔を討とうではありませんか!」
ローラの鼓動が高まる。今まで自分の行動を真の意味で肯定してくれる人間などいなかった。それ故に、今目の前に立つ人物の手を取りたい衝動に駆られた。
「無理に信用しろとは言いませんよ。まずは私とあなたとの理念を共有したい。私はそう思っています。ぜひ、あなたが今まで行ってきた努力の数々を、私にお聞かせ願えませんでしょうか!! 共に戦いましょう、麗しきフィリア・マスカルディアの為に!!」
感激に体が震えた。自分のしてきた日の目の当たらない努力を知ろうとしてくれる人間がいる。今まで生きてきて一度もなかった事態に、ローラの心は踊った。
「えぇ、えぇ! 良いわよ、話してあげる! あなたがどれくらい前からその考えを持ってたか知らないけど、私はアカデミーの頃からずっとあの悪魔を殺す方法を考えていたのよ。自分の手を汚さずに人を殺す方法、それは自殺以外ありえない。だから私はあの女が自殺するよう仕向けることに、この数年間を費やしてきたの!」
口から出る言葉をローラは止めることができなかった。自分が内に秘めていたものを目の前の人物に伝えるたびに、絶え間ない快楽が脳を支配する。
「初めは私自身があの女をいじめるという手を考えたわ。でもそれにはリスクが大きすぎる。だからあの女を、いじめられてもしょうがない女に仕立て上げたの!」
「ほう! それは一体どう言った方法で?」
「簡単よ。私が友人の私物を盗み、その罪をあの女に押し付けただけ……想像以上に上手くいって、笑いが止まらなかったわよ!!」
ローラは自分の顔が崩壊するほどの笑みを浮かべ、加えてその事に気づかないほど興奮していた。体全体でそれを表現している様は、まさに劇の演者のようだ。
「今回の事もそうよ! 私があの二人に、レイヴァーを確実に勝たせる方法があるって唆したらすぐに実行に移しちゃうんだから。本当に馬鹿って扱いやすいわぁ!!」
「同感です! 馬鹿は自分が置かれている状況も知らずにまるで自分が優位に立っているかのように振る舞う。それが滑稽で滑稽でたまらない……」
「あんた分かってるじゃない。あなたとは良いお友達になれそうだわ!」
ローラは目の前の人物に近づき、握手を求めた。
「……ああ、あともう一つありますね、馬鹿の特徴」
その人物はローラの手を取る事なく続けた。先ほどからは一段階抑揚が落ちたその声は、その場の温度とは不相応に感じられた。
「いっときの感情に乗せられて、自分で自分を追い込んでいる事に気付かない……目の前にいる人間を仲間だと思い込んで、握手なんか求めちゃったりして……本当に、馬鹿は扱いやすいですよね」
その言葉に、ローラは違和感を覚えた。
「あんた……何を――」
「言質……頂きました」
直後、目の前の人物は指先をローラへと向けた。ローラがそれに反応するより先に、フードの人物は口を開く。
「『眠れ』」
刹那、指先から黄緑色の閃光が発射され、ローラを撃ち抜いた。途端にローラは強烈な眠気に襲われる。
「あ……んた……」
「所詮お前はその程度の人間なんだ。お前なんかより、ソフィの方がよっぽど強い」
フードをとった男。黒髪の間から覗く右目は紫色に光り、渦巻きのような模様が浮かび上がっている。
ローラは力無くその場に崩れ落ちた。
「さぁ……制裁の時間だ」
ラクアは懐から赤紫の液体が入った小瓶を取り出して、冷酷な目を地面に転がる狂人に向けた。
明日も20時頃投稿予定です。
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