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拝啓、全てを失ったキミへ―転生した復讐者は、優等生の仮面を被る―  作者: 藍澤誠
第一章 虚飾の仮面篇

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第二十九話「背中」

 レイヴァーとの決闘から一週間が経った。ラクアは魔薬調合学の教室で、両手に持った金属鍋を木箱に仕舞っていた。窓からは夕陽が差し、静かな教室にはラクア以外誰も居ない。


 扉が開く音が聞こえたかと思えば、一人の男が教室に入って来た。金髪に整った甘い顔立ち。カッターシャツに黒いベストというきっちりとした格好だ。


「すまないね、ラクアくん。日直でもないのに、片付けを手伝ってもらって」


「いえ、お構いなく。ルーベルト先生もお疲れ様です」


「終わったら隣の職員室に来てくれ。お茶でも淹れよう」


 そう言って、スラリとした高身長の男は、柔らかい笑みを浮かべながら黒板の横にある扉を開けて中に入っていった。


(ユナスタルク・ルーベルト……。生徒から絶大の人気を誇るあの男は、何かと利用価値がありそうだ)


 手を動かすラクアの脳裏に、不意に一つの言葉がこだました。


『一ヶ月後、剣術で勝負しよう』


 自分を負かした男の言葉を思い出し、ラクアは小さく息をつく。


 ラクアは一度負けた。もし次もそんなことがあれば、せっかく勝ち取ったルベライト生の信頼は地に落ち、思うように動かすことは出来なくなるだろう。


(それに、俺にはやるべき事が山ほどある。こんなところでつまづいて居られない)


 片付けを終えたラクアは、言われた通り隣の職員室へと入った。中は職員室というより、ルーベルトの自室といった印象を見受けられる。本棚や作業卓などが揃えられた暖かい雰囲気の部屋で、中央には二つのソファが向かい合わせに置かれていて、その間に机がある。


「ご苦労様。どうぞ座ってくれ。紅茶で良かったかい?」


「ありがとうございます。いただきます」


 ソファに腰掛けたラクアの前に、湯気が立ったカップが置かれた。中は鮮やかな赤橙色の液体で満たされており、芳醇な香りがラクアを優しく包み込む。


「それで、僕に何か聞きたいことでも?」


 紅茶を一口飲み、ラクアは問う。


「いいや、僕はただ君という人間を知りたかっただけだよ。こうして生徒と机を囲んで紅茶を飲むこの瞬間が、教師である僕の生きがいなんだよ」


「生徒との交流を大事にしてらっしゃるんですね。先生が多くの生徒に支持されている理由が、分かったような気がします」


「とんでもない。僕もまだまだ未熟者だよ」


 そう言って、ルーベルトは困ったように笑った。 


「そうだ。君は僕に聞きたいことはないのかい?」


「聞きたいことですか。そうですね……」


 ラクアの頭には、すでに質問が浮かんでいた。それどころか、この部屋に入った時から、目の前で柔和に笑う男に聞きたいことなど山ほどある。しかし、あえてラクアは考え込むそぶりを見せた。


「先生は、いじめについてどう思われてますか」


 ルーベルトの顔から笑みは消え、真剣な表情へと変わる。


「……何か、あったのかい?」


「いえ、個人的に疑問があっただけですよ。激務をこなす教員の方々が、僕たち生徒の問題に関わるなんて、普通に考えれば作業時間のロスにしかならないでしょう」


 ラクアの言葉に、再びルーベルトは優しく微笑んだ。


「そんなことはないよ。君たちが楽しく学校生活を送れるように導くことは、教師の仕事において最も重要なことだ。大人である僕たちが、若人を支えるのは当然の責務だからね」


「ならもし、僕がこの先いじめの現場に出くわすようなことがあれば、先生を頼らせて頂いてもよろしいですか」


「もちろん、僕に任せてくれ」


 そう言って、ルーベルトは胸に手を置いた。 


「それにしても、君は不思議な子だね」


「不思議……ですか」


「ああ、それに勇敢で聡明だ。君を見ていると、昔の事を思い出すよ……」


 俯いたルーベルトは、何かを悲しむように、懐かしむように笑った。


「……」


「先生?」


「すまない。僕としたことがぼんやりしていたよ。おっと、もうこんな時間だ。そろそろこの場もお開きにしようか」


 ルーベルトはそう言って、カップを片付け始めた。


(この男……何か掴みきれないな……)



---



 アークディアの中で最も賑わいを見せる場所、談話室。数々の椅子やテーブルがまばらに並ぶ大きな空間は、生徒たちの楽しげな話し声で満ちている。


 そんな中、ラクアの向かいの席ではジグマとレイン、ガルフの三人が、日常学の課題に頭を悩ませている。隣の席にはグリードが腰掛けていて、三人を熱心に教えていた。


「収納術はコツさえ掴めれば比較的簡単に覚えられるはずだ。もう一度イメージしてみよう」


「うん、空中にポケットを作り出すイメージ……」


 レインは目を閉じ、羽ペンを空中に置くような動作をする。だが羽ペンは軽い音を立てて机に落下した。


「駄目だ……」


「ああ、クソっ! 俺もだ……。何もない場所に物をしまう感覚なんて、どうすりゃ掴めるんだよ!」


 ジグマが苛立ちを露わにしたその時、


「はぁ!? 何言っちゃってんの?」


 どこからか大きな声が上がる。声の方向ではセレナイト寮の生徒たちが五人、誰かに絡んでいた。


「おい、あれソフィちゃんじゃねぇか?」


 ガルフの言葉通り、セレナイト生に囲まれたソフィが、肩を震わせて俯いている。


「ここは友達と過ごす場所なんだよ。一人でお勉強する場所じゃねぇの」

「分かったら早く退けよ。椅子が一個足んねぇから」

「いつもみたいに一人で図書室でも行ってくればぁ?」


 遠く離れたラクア達にも聞こえるような声量で、セレナイト生はソフィを追い詰めている。


 ソフィは目に涙を浮かべ、机に置いてあった教材を慌てて抱えると、足早に去って行った。


「なにあれ、やば……」

「さすがに言い過ぎじゃね」

「自殺しちゃったりしてな」

「うわっ、こぇ〜」


 周囲ではコソコソと話し声が起こる。皆、目の前で起こった物珍しい光景に戸惑いながらも、その表情には呆れたような笑いが張り付いていた。


「なんだあれ……あんなこと、許されてはいけない」


 グリードは怒りを露わにし、席を立ち上がった。机を回り込み、レインたちの後ろを通ったその時、


「待てよ、グリード」


 ガルフが呼び止めた。


「ガルフ君。君は同じ寮の仲間が傷つけられているのを見過ごせるのかい?」


「行ってもきっと笑い物にされて、有耶無耶になるだけだ。ムカつく気持ちはわかるけど、今は我慢しよう」


「けど――」


「ガルフの言う通りだ」


「ラクアくん……」


「ソフィを押しのけた奴らも、それを見て笑ってる奴らも、芯から腐り切った人間だ。言って聞かせてもなんの意味もない。それどころか、騒ぎを起こせばかえって周囲からの印象が悪くなるだけだ」


 ラクアは淡々とグリードの怒りを宥める。


「グリードくん。僕たちは、僕たちの出来ることをやろう。あの人たちと同じ土俵に降りる必要なんてないよ」


「そう、だね……僕としたことが熱くなってしまった。ごめん……」


「気にすんなよ! お前が寮の事考えてんのはみんな知ってっからよ」


 そう言って、ジグマはグリードの背中を強く叩いた。


 だが実際、ここ最近ソフィへのいじめはより酷く、惨いものになっていた。廊下で他の生徒に絡まれているのを見るのはもちろんのこと、ある日は授業中教科書を持っておらず、ある日は顔にアザまで作っていることもあった。


 靴は頻繁に新しいものに変わっており、泣き腫らした目を見ない日は無いに等しかった。


(ソフィに利用価値がある以上、早めに手を打っておきたい。どう動くべきか……)


 そんな時だった。


「おーい! ラクアー!」


 遠くでアルマが手を振っていた。



---

 


「で、どうだったんだ」


 空き教室に入ったラクアは、鍵を閉めてアルマと向き合った。


「言われた通り、フィリアの周りの人間関係について調べて見たんだけど……居たぜ。お前が言ったことに当てはまる人間」

 

 その報告はラクアの想像よりかなり早かった。フィリアの周囲を探るよう指示したのはたったの二日前。やはりアルマは、他の生徒とは比較にならないほど優秀らしい。


「誰だ」


「セレナイト寮、ローラ・リークイン。彼女は警戒心の高いフィリアにお近づきになろうと食らいつき続けた唯一の生徒だ。あまりにも執念深くて有名だったから、割と簡単に情報が集まったぜ」


「そうか……よくやったアルマ」


「それで、その子をどうするつもりなんだ? ソフィを救う事に繋がるのか?」


「ああ、俺の推測が正しければ、その女がソフィがいじめられる原因になった人物だ。そこを抑えれば、この騒動は簡単に鎮静化できる」


「なるほどねぇ。あ、一つ聞いていいか?」


 アルマは思いついたように問いかける。


「なんでレインじゃなくて俺なんだ? こういうのに長けてるのってどっちかっていうとあいつだろ?」


「レインは賢い。俺が利用目的でソフィを救おうとしている事に気づくかもしれない。そうなれば、どんな行動に出るか分からないからな」


「ああ、納得。相変わらず、俺の相棒は末恐ろしいねぇ」


 そう言って、アルマは悪戯っぽく笑った



---



「ソフィについて教えて欲しい?」


 誰も居ない昼休みの校舎裏。ラクアに聞き返したのはどこか疲れた表情のフィリアだった。


「どういうつもり?」


「別に……。ソフィを助ける為に、あいつを詳しく知る必要がある。それだけだ」


 フィリアは表情を変えず、ラクアを見つめている、だがやがて目を閉じ、小さく息を吐いた。


「いいわ、教えてあげる。まだ四つの頃、私は忙しい両親の代わりに祖父母の家に預けられたわ。親と離れ離れになり、私は毎日一人で泣いていた。……あの日、ソフィと出会うまでは」


 フィリアは思い出を懐かしむさまを露わにしながらも、どこか寂しそうな表情を浮かべている。

  

「公園でうずくまっていた私に、ソフィは優しく声をかけて、手を差し伸べてくれたの。あの頃のソフィは、とても明るくて元気な女の子だった。あれがあの子の本来の姿だったんだと思うわ」


 ラクアはその事実に少し驚いた。てっきりあの内気な性格は幼少期の頃から続いていたものだと思って居たからだ。


「お前はその頃のソフィを、取り戻したいとは思わないのか?」


「思わないわけがないでしょう。私はソフィに幸せになって欲しい。そう願ってる。でも、私はずっとあの子の隣にいながら、壊れていくあの子の心を守れなかった。だからもう、自分だけでソフィを救えるなんて思っていないわ」


 フィリアは僅かに俯いた。


「………そうか」


 ラクアは彼女を叱りも激励もせず、ただ納得の言葉を溢した。


「最後に一つ聞きたいことがあるんだが」


「何?」


「ソフィは家族とうまくやれているのか?」


「そこに関しては問題ないわよ。今朝も手紙でやり取りをしてたみたいだし。あの子は……ちゃんと愛されて育てられてきたから」


 そう言ったフィリアの表情はこれまでで一番悲観的に見えた。


「参考になった。ありがとな」

 

「もう良いの?」


「ああ、充分だ。心配しなくても、俺が彼女を救ってみせる。お前はあいつの側にいる事だけを考えていればいい」


「そう、分かったわ」


 フィリアは踵を返し、その場を去って行った。


(これでピースは揃った。あとは予想外の事態に警戒しながら、一歩づつ詰めていけばいい)


 フィリアの寂しげに揺れる背中を、ラクアはただじっと見つめていた。



---



 放課後、ソフィは図書室で本を読んでいた。その隣には黒髪の少年、ラクア・シャーデットが本に目を落としている。


 最近、こうして放課後にラクアと隣り合って読書をすることが増えていた。フィリアはソフィほど読書家では無かったので、今まで趣味を共有できる人間は居なかった。だからこそソフィにとってこの時間は、日々の窮屈な学校生活で唯一安心できる時間となっていた。


(ラクアくん……また歴史の本読んでる。好きなのかな……)


 ソフィがラクアの持つ本の背表紙を盗み見ていたその時、


「ソフィ?」


「ひゃっ!?」


 いつのまにかラクアの目は本から離れ、ソフィを見つめていた。


「どうかしたのか?」


「ううん……なんでもないよ」


 ある程度心を許したラクアでさえも、まだ会話には若干の不安と緊張が残っている。フィリアのように、何の緊張もなく話すことが出来たらどれほど気が楽だろうかと考えたことは、一度や二度では無い。


(ラクアくんは……私をどう思ってるんだろう)


 ただ趣味を共有するだけの関係。そう思ってしまえばそれまでなのだが、それでもラクアからは他の人からは感じない何かを向けられている気がした。それが同情なのか、別の何かなのか……それはソフィが考えても分かるはずのない疑問だった。


 ふと壁に掛けられている時計に目を向ける。時刻は五時前。授業終了から約二時間が経っていた。


(あっという間だな……)


 最近はこの図書室だけが、ソフィが心を休められる唯一の場所だった。誰かに馬鹿にされることもない。怯えながら周囲を見渡す必要もない。ただ静かに本を読んでいられる。そんな当たり前の時間が、今のソフィには何よりも大切だった。


 フィリア以外の誰かと過ごす時間など、昔の自分には考えられなかった。けれど今は違う。気づけば、ラクアが隣にいることが当たり前になっていた。


 いじめられた日も、怖くて食堂に行けなかった日も、ラクアだけはいつもそこに居た。何も聞かず、何も慰めず、ただ同じ空間で本を読んでくれた。そんな日々に、ソフィは居心地の良さを感じていた。


 五時を知らせる鐘の音が遠くで微かに鳴ったその時、隣から本を閉じる音が聞こえてきた。


「悪い、寄るところがあるから今日はもう帰る」


 いつもと変わらない仏頂面のまま、ラクアは席を立った。


「うん、お疲れ様」


「また明日な」


 ラクアはソフィを一瞥するとカバンを背負い、振り返る事なく去って行った。


(ラクアくん……忙しそうだな。ちゃんと休めてるのかな……)


 いつもソフィより先に席を立ち、どこかへ向かい、何かを考えている。自分の知らない場所で、自分の知らない何かを抱えている。ソフィにはそれが少しだけ遠く感じられた。


 去り行くラクアの背中を呆然と眺めるソフィ。二人の距離はどんどん広がっていく。その視線には特別な意味など込められていないはずだった。


 だがその時、突然ソフィの視界が弱々しく歪んだ。


(あれ……?)


 何かが頬をつたり、それはソフィの白い肌に熱を滑らかに置いていく。


(な、んで…………?)


 その慣れきった苦い感覚に、少女は戸惑う。


 ソフィは泣いていた。声も出さず、わけもわからず、ただ静かに涙が零れ落ちていた。息が、体が、崩れてしまいそうなほど細かに震える。


 あの少年とは明日も会える。それなのに胸の奥が妙にざわつき、ラクアの居なくなった席だけが、ひどく空っぽに見えた。まるで大切な物が自分から離れて行ってしまうかのような喪失感が、ソフィの脳を支配した。


「……行かないで」


 その言葉は無意識に、ぽつりと口から絞り出されていた。 

[アークディア雑多学]

昔のガルフは大の音痴で、その歌声は獣の遠吠えのようだと揶揄されたことがあります。それから練習を繰り返し、今は平均以上の歌声を出すことが出来るようになりましたが、テンションが上がると未だに耳元でシャウトしてくるんだとか……


明日も20時頃投稿予定です。


『面白い!』


『続きが気になる!』


『応援したい!』


と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から応援していただけると幸いです。


初投稿作品なので、ブックマークや、感想もいただけると大変嬉しいです。


今後もよろしくお願い致します。

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