第二十八話「刻まれた序章」
アークディア魔法学園の西校庭を真上から太陽が強く照らす中、芝生の上に立っているのは二人の少年とそれを大きく取り囲む大勢の生徒たちだ。主にその集団は色とりどりの制服を着た一年生で構成されているが、中には上級生であろう生徒たちも混ざっている。
その人混みをかき分けながら、レインは進んでいた。
(新入生の成績トップ同士の戦いとはいえ、こんなに人が集まるなんて……)
「おーい! こっちだレイン!」
声の方向には大きく手を振るアルマと、ジグマやリオンといった、顔見知りのルベライト生たちがいた。
「遅かったじゃねぇか」
「うん、戦闘魔法の補修があってね」
「補修っていやぁラクアの奴もティモールに補修を言い渡されてなかったか?」
レインの言葉で、思い出したようにリオンが言った。
「どうやらなんとかしたみたいね」
ミラはそう言って、呆れたように笑った。
「にしても、人が多いね」
「当たり前よ。これはただの決闘じゃない、実質的な寮代表同士の戦いなのよ。注目されないはずがないの」
ミラの言葉通り、ルベライト生はレインたちだけでなく、ガルフやオートンなどの男子グループや女子グループ。ソフィやフィリアの姿も見える。セレナイト生もルベライトと同じくらいの人が集まっていて、中央の二人に集中していた。
(ラクアさん……)
レインは己の主人を見据え、固唾を飲んだ。
♢♢♢
ラクアは先日窓口で受け取った包みを手に、目の前に立つブロンドの少年を油断なく見つめている。その顔には余裕を思わせる表情が張り付いており、見下すような視線が自分に浴びせられているのが分かる。
「感じるか? ラクア。この張り詰めた空気、突き刺さる視線。心が躍るだろう? 俺はこの時を待っていたんだ……ずぅっとなぁ」
大袈裟なミュージカルのように、レイヴァーはラクアに語りかけた。
「ああ、どうでも良くて聞きそびれる所だった。俺の仕掛けた罠をどうやってかいくぐった?」
「補修なら、先延ばしにして貰ったさ。最近仲良くなった教師に協力してもらってな」
ラクアは動じることなく言葉を返す。
(シドラス・ノルダートが実力を買った生徒を贔屓する習性を持つことは調査済みだ。そして、ティモールが元教え子であることも……)
「なるほど、やはりお前の障害にならない小細工だったか……」
レイヴァーはそれを笑って流す。元々対処される前提の行動だったのだろう。それでも実行に移したのは少しでも勝率を上げるためか、はたまたラクアを試したのか。彼の性格からすれば恐らく後者だろう。
「にしても、最近はなにやら活発に動いてるみたいじゃないか。人助けをするのは構わないが、俺との戦いを疎かにしないでもらいたいな」
「心配しなくても、この戦いに影響はない」
「ははっ! そうか……これから先もそうであることを祈ってるよ」
そう言ったレイヴァーはなにやら含みのある笑みを浮かべた。
「……そろそろ、雑談も退屈になってきた所だ」
レイヴァーの手には細長い棒状のものが握られている。一見、一メートルほどの木の枝に見えるが、絡みついているいくつもの緑の蔦が、それを神聖な雰囲気で包んでいる。その棒を挑戦的な笑みと共にラクアに向けた。
「開演といこうか」
(長杖……やはり“あれ”を回収して正解だったな)
ラクアは手に持っている包みを流れるように解いていく。その隙間から漏れ出した金色の光が、周囲の人の目をいっそう惹きつけた。
「あれは……」
後方にいるレインが言葉を溢す。
「素晴らしい……こんなにも俺の意図を汲んでくれるとは思わなかったよ。本気のお前と正面からぶつかり合えるなんて……!」
ラクアの手には、光輝く一本の長杖、『獅子竜』が握られていた。
「俺は相手の実力を見誤るような愚かものじゃない」
ラクアはそう言って、杖を構えた。
(まだ調整しきれていないが、長杖をもつ魔術師、ましてはレイヴァーに、素手で勝てるとは思えない)
やむをえない。だが手に収まっている杖からは、不思議と頼もしさを感じる。
「全力で叩き潰してやる」
「少しでも傷を負った方の負けだ。ちゃんと俺を見てろよ? 英雄……」
大勢で溢れかえった校庭を、凍りつくような静寂が包んだその時――
ゴーン、ゴーン
正午を知らせる鐘が、重々しく響き渡った。
♢♢♢
レインの耳が、鐘の音を捉えた瞬間、風を切る音と共にラクアが姿を消した。
刹那、レイヴァーの背後に現れたラクアは、大きく杖を振りかぶっていた。直後、躊躇なく振り下ろされた杖から火球が飛び出す。
刹那、水分が蒸発する音と共に炎が掻き消えた。水の壁が二人の間に広がっている。
「嘘だろ!? アニキの必勝パターンを……」
「……止めやがった」
いつも感情が露呈しにくいリオンでさえ、驚愕を隠せないようだ。
再び間合いをとったラクアに、レイヴァーは笑いかける。
「心外だなぁラクア。“それ”は雑魚専用じゃないか?」
レイヴァーの言葉に耳を貸すことなく、再びラクアが仕掛ける。
「『飛岩』」
杖を中心に六つの岩が生成され、ドリルのような回転を始める。瞬く間に高速へと達し、風に押し出された砲弾が次々と発射された。
それとほぼ同時にレイヴァーが地に触れる。
「『岩壁』」
呟いた直後、地面から伸びてきた岩の壁が岩の弾丸を全て受け止める。だが弾丸の回転は衰えず、一瞬で厚い壁を突き破った。
レイヴァーの頭上すれすれを、砲弾が飛んでいく。
「なるほど、それが例の融合魔法か。興味深い」
そう言って余裕そうに笑うレイヴァーを、ラクアは冷静な目で観察する。
(やはりこれまでの相手とは違う。まるで隙がない。一度のつまずきが敗北に繋がりかねない)
「次、こんなのはどうだ?」
レイヴァーが指をパチンと鳴らすと、ラクアの背後の地面から蕾のような植物が生え出てきた。
パァン!!
直後、蕾が花開いて中から丸い弾丸が飛び出した。
だがラクアは振り返る事なく、それを杖でガードする。
楽しげに笑ったレイヴァーは続けて指を二度、両手で鳴らした。ラクアの周りをいくつもの蕾が取り囲み、一斉に種子が発射される。
弾丸の雨に呑まれたラクアだったが、探知眼を駆使して、目にも止まらぬ速さでそれを次々に弾き飛ばしていく。
弾丸に吸い寄せられるような手捌きに、レインたちは目を丸くした。
「いや……どんな反応速度してんだよ……」
「これが、ラクアさんの本気……」
今まで判然としなかった自分たちとラクアとの差をはっきり目の当たりにしたルベライト生たちは、ただ息を呑むことしか出来なかった。
轟音の末一斉射撃が終わり、ラクアは長杖を下ろす。
「良い……良いぞ! お前の一挙手一投足が、俺の乾いた心に響くのを感じる!! ……だが、俺たちの戦いはこんなものじゃないはずだ。もう少し、舞台を立体的に使おうか」
そう言ったレイヴァーは開いた手をラクアへと向けた。
「『蔦』」
直後、地響きを感じたラクアは高く跳躍した。それが合図であったかのように、ラクアが蹴った地面が割れ緑色の蔦が姿を現した。直径一メートル以上の太さをした蔦は、獲物を見つけた生き物のように、一直線にラクアへと伸びる。
「くっ……」
ラクアは風魔術の反動で自身を吹き飛ばし、それを避けた。だが躱された蔦は伸び続け、標的である少年を追尾する。
「どうだラクア! 戦闘に不向きと言われる草魔術の洗礼は!!」
はるか上空で蔦に追われ続けるラクアだったが、風魔術を使ったり、軽い身のこなしで蔦の上を駆け抜けたりして、襲い来る攻撃を危なげなくかわしている。
「お前こそ、足元に気をつけろよ」
そう言って、ラクアは躱した蔦の一本に触れた。瞬間、蔦が血を通わせているかのような赤い光を発した。そしてそれは、素早く地面へと流れていく。
「……!?」
何かを感じ取ったのか、レイヴァーが後方に飛び退った直後だった。赤い光が地面から真上に放たれた。先ほどまでレイヴァーが立っていた場所だ。
「……やるな」
不敵な笑みを浮かべながら、レイヴァーが呟いた。
蔦の動きが止まり、再び二人は睨み合う。
「興が乗って来たところだ。俺も、舞台に上がるとしよう」
突然、レイヴァーの足元が盛り上った。次に地割れが発生し、地中から先ほどよりはるかに多い量の蔦が現れる。それはレイヴァーの足の下に潜り込み、上空へと運んだ。二人の制服が風ではためく。
「フィナーレだ! 俺と踊ろう、ラクア・シャーデット!!」
ラクアの足場となっていた蔦が、再び暴れ馬のように動き始める。津波のように押し寄せる蔦を『風刃』で切り裂き、掻い潜りながら、ラクアはレイヴァーとの距離を詰めるべく前進。
レイヴァーも自身が作り出した緑の舞台を駆け上がり、攻撃を叩き込むための隙間を探っている。
二人の動きは、もはや通常の人間の範疇を超えていた。その速度、跳躍、行動の一つ一つが、周囲で見守る少年少女たちの脳裏に焼きつく。
レインやジグマたちもその一人だった。
「超人かよ……」
「あんな動き、どうやって……」
「増強魔法よ。常時発動型のこの魔法は、一度体に付与すれば解除するまで身体能力を急激に向上させることが出来るの。恐らく二年生で習う事になると思うわ」
「そんな高等技術を、二人とも当たり前みたいに使ってんのか……」
ミラの説明に、ジグマが呻いた。そんなジグマを見て、アルマはふふっと笑う。
(さぁ、どうする相棒。この学校の頂点に立つってんなら――)
「こんなとこで、負けられねぇよな!!」
♢♢♢
迫り来る蔦の隙間を縫うように走り抜けるラクアは、揺れる前髪の奥で極視眼を開眼した。
(探せ……俺の攻撃を通せる隙を。勝利への道筋を)
視界が目まぐるしく移り続ける。蔦をすり抜けて飛んでくる種子を躱しながら、ラクアは反撃の糸口を探す。
(何処だ……一瞬でいい)
増強魔法を付与し続け、魔源子にも余裕がなくなってきている。それでもラクアは一瞬の綻びを、掴むべき勝機を見逃すまいと右目に力を注ぎ続けた。
今この場所に、自分の力の強大さを刻むべく――
(いや……違う)
ラクアは瞬時に進路を変えた。蔦の密集地点、中央へと向かう。
(奴のフィールドで勝負する必要はない。俺は俺の土俵で闘えばいい)
今まで一点に集めていた魔源子を、身体中に行き渡らせる。それらを体外へと一斉に放つイメージを膨らませる。
「実際に使うのは、初めてだな……」
極視眼を解除して目を閉じ、狙いを定めることを放棄した。そうする必要がそもそも無いからだ。自分の内側から湧き上がる爆発的な力を、周囲に存在する全てに向けた。
自分を縛るしがらみを、まとわりつく枷を、焼き尽くす為に。
「『業火』!!」
詠唱と共に光が走った。次の瞬間、全てが赤く散り、爆発音が轟いた。火の手が観衆の側まで広がり、あちこちで悲鳴が上がる。ラクアを中心に発生した業火は、地面から伸びていた数十本の蔦はもちろん、大地を、空気を、人々の声を一瞬の内に焼き尽くした。
そして、それが終わるのもまた一瞬だった。炎は急激に勢いを失い、萎むように小さくなっていく。炎は完全に消え、火の粉と焦げついた匂いで満ちる校庭に、ラクアは降り立った。
(これで奴の土俵は消えた)
ラクアが油断なく杖を構えたその時、黒煙を割ってレイヴァーが突っ込んで来た。髪は水が滴っていて、紙一重で炎から身を守ったことを物語っている。
「やってくれたな! ラクアァァ!!」
その叫びを前に、ラクアは指二本に魔源子を込めた。
「『煙幕』」
それぞれの指に小さな水球と火球が現れたかと思えば次の瞬間、あたりは水蒸気に包まれた。
続けて高く跳躍したラクアは探知眼を開眼し、煙幕の中に佇むレイヴァーを捕捉する。
「『氷礫』!」
ラクアの杖から、小さく固められた氷の結晶が、ガトリングガンのように連続で発射された。轟音と共に大地を揺らしたその一撃は、草魔術を多用して疲弊したレイヴァーを沈める――そのはずだった。
探知眼は捉えた。体に蔦を巻きつけ引き寄せることで、高速で氷の雨を躱すレイヴァーの姿を。
(あれだけ大規模に魔法を使っていながら、まだそこまで……)
目を見開くラクアだったが次の瞬間、煙幕の天井を抜けてレイヴァーが姿を現した。その杖には、炎が灯っている。
「無様に灼けろ、英雄!!」
振りかぶったその一撃から逃れるべく、ラクアは自身の体を風魔術の反動で弾いた。
体を押し出した力はいつもと違い、金色の獅子を通して放たれたものだ。それ故に寸分余り想定とズレた位置へと飛ばされたラクアの体は、ほんの一瞬制御を失う。
その瞬きをもはばかられる刹那を、強者は待っていた。
背中に走った痺れるような感覚。それが己の痛覚である事を、ラクアは理解するのに時間がかかった。目の前で炎を構えていたはずのレイヴァーによって操られた一本の鋭い蔦が、風にはためく制服を切り裂き、浅い傷をつけていた。
息を呑むラクア。敗北という文字だけが頭に浮かぶ。辺りが静まりかえるその一瞬が、背中の傷よりも痛々しく心を抉った。
♢♢♢
地面に両者が降り立ったその瞬間、静寂を引き裂く歓声が上がった。自分の信じる強者が敗北するさまが、レインの翠玉の目に焼きついていく。
「負けた……ラクアさんが」
「嘘だろ……アニキ……」
言葉を漏らす二人とは対称的に、アルマ、リオン、ミラの三人は言葉を発しなかった。レインたちのように驚愕に顔を歪めることは無かったが、その表情は暗く、目の前の出来事に落胆していることは明らかだった。
三人の中でアルマだけは、表情から感情を読み取れない。その心の内に湧き上がっているものが他と同じ落胆なのか、あるいは別の感情なのか。そのことに頭を悩ませるほど余裕のあるものなど、校庭には居なかった。
ルベライト寮の生徒たちは絶望の表情を浮かべ、セレナイト寮の者たちはそろいも揃って飛び跳ねている。そんな中満面の笑みを浮かべ、黄色の制服を着た生徒が二人、前へと進み出た。二人はレイヴァーから長杖を受け取り、颯爽と引き下がる。
「実に素晴らしい戦いだった。勝敗を分けたのは実力差では無く、一瞬の内に起こった読み合いとは……。なんとも残酷で美しい幕引きに、俺は心の底から震えている」
勝ち誇ったレイヴァーの笑みは、いつにも増して興奮気味だ。
「お前も気づいただろう。草魔術は常時発動型。解除しない限り生み出された植物は残り続け、他の魔法と併用して操ることが出来る。二つの魔法を同時に扱えるのは自分だけだと思い込んだことが、お前の敗因だ」
敗者であるラクアは俯いていて、表情は誰にも分からない。静かに踵を返し、ラクアはその場を去ろうとする。
「待てよラクア。俺はお前を弱者だとは思わない。こんなにも素晴らしい戦いを繰り広げられる人間が同年代にいるとは。やはりお前は俺と同じ、一握りの強者だ」
呼び止められたラクアは足を止め、レイヴァーの言葉に耳を傾けている。
「気を落とす気持ちは分かる。俺はまだ戦い足りない。お前というご馳走は、時間をかけてゆっくり味わってやる。次はそうだな……一ヶ月後、剣術で勝負をしよう。それまでには気持ちを立て直し、また俺に気迫のこもった表情を――」
「お前、何か勘違いしてないか」
ニマニマと笑いながら話すレイヴァーを、ラクアは冷たい声で遮った。
「俺はただ、俺に敗北という序章を刻んだお前を、潰す事を待ち焦がれるこの気持ちを、押し殺すのに必死なだけだ」
ラクアの青氷のような瞳が、あっけに取られるレイヴァーを捉えた。
「やはり、お前は面白い。それでこそ、英雄ラクア・シャーデットだ」
レイヴァーの言葉を背に、ラクアは校庭を去った。
[アークディア雑多学]
増強魔法は一人前の魔法使いの戦いには必須の技術で、剣帝であるリーファやオルヴェウスも当たり前のように使っています。増強魔法による身体強化の振れ幅はその熟練度によって決まり、オルヴェウスは増強魔法だけで国を一つ滅ぼすことが出来ます。
明日も20時頃投稿予定です。
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