第二十六話「毒」
餓鬼発生事件から三日が経ち、事件により引き起こされた被害は教員たちの手によって収束の一途をたどり、穏やかな日常が戻りつつあった。
だが今回のことで、ドントリーナが短時間ではあるものの、授業をすっぽかしていたことが明るみになった。オルヴェウスの慈悲によって退職は免れたものの、彼女は減給と一週間の停職を言い渡されたそうだ。
「でも、まだ犯人が分かってないとかおっかねぇよな」
休み時間、すっかり元気を取り戻したジグマがため息をつく。数日前、ラクアに冷酷な言葉を投げかけられたものの、翌日にはいつも通りに振る舞っていた。それが強がりなのか、それとも別の感情なのか、ラクアには分からない。
「そうね、私の肩にあんな大きな傷をつけておきながらのうのうと生きているなんて許せないわ」
そう頷いたのは、先日から絡む頻度が多くなったミラだ。
「ラクア、あんたなら犯人くらい分かってそうだけど?」
「残念だが全くだ。俺としても、仲間を傷つけた奴が逃亡している事実を腹立たしく思っているよ」
「そう言ってる割には、そこまで感情の起伏は見えないわね……」
「にしても、だんだんラクアと話せる人が増えてきて俺は嬉しいぜ! 俺とも仲良くしてくれよ? ミラちゃん」
ラクアの隣に座っていたアルマが、ミラに微笑みかける。
「ちゃんづけなんて寒気がするわ。呼び捨てにしなさい」
「りょーかい! そんであと話した事ないのは……あそこにいる綺麗な子だけかな」
アルマの視線の先には、自席で読書をしている銀髪の少女が居た。
「あー……ソフィね」
「ミラさん? その反応……もしかして仲が良くないんですか?」
曖昧な返事をしたミラに、レインが問いかける。
「そういう問題じゃないのよ……悪いことは言わないから、あの子とはあまり関わらない方がいいわよ」
「なんで? あんなに良い子そうなのに」
「確か今日は、セレナイト寮との合同授業があったわね。あそこは内部進学生が多いし、嫌でも分かるようになると思うわよ」
うんざりとした様子で、ミラはため息をつく。
(セレナイト寮……レイヴァーがいる寮だが、決闘前に何か仕掛けてくるだろうか……)
---
食堂にて昼食を済ませたラクア、アルマ、リオンの三人は、セレナイト寮との合同授業のため、少し離れた教室に向かっていた。
「にしても、あの二人が居ないなんて珍しいな。喧嘩でもしたのか?」
「した覚えはないが……あいつらも、何かと都合があるんだろ」
「そういうもんか……」
「なあ、あれソフィちゃんじゃないか?」
リオンと会話していたラクアだったが、アルマの言葉で前方に目をやる。そこには、一人で教科書を抱えながら進むソフィが居た。
「背中になんかついてるな」
リオンの言葉通り、ソフィの背中には、便箋のようなものが貼られていた。何やら文字も書かれている。
「うーん……良く見えないな」
そう言ったアルマと違い、ラクアは前髪の奥で極視眼を開眼し、その文字をしっかりと捉えていた。
『私は悪魔の生まれ変わりです』
頭の中で何かが噛み合う音が鳴る。
(なるほどな……図書室で本を借りておいて正解だった。だからミラは、あんなことを……)
するとソフィの側に人影が近寄った。紫色の髪に猫のような吊り目。フィリア・マスカルディアだ。
フィリアは一言二言、ソフィに話しかけたかと思うと、慣れた手つきで背中の便箋を剥がし、それをソフィから見えないよう背中に隠す。そして前触れなく便箋は小さく燃え上がり、灰になって消えた。その間、一瞬フィリアの眉間に皺が寄ったのをラクアは見逃さなかった。
一部始終を見ていたラクア達だったが、アルマとリオンも何かに勘づいたのか、一言も口にしない。そのまま三人は、目的の教室へと足を早めた。
---
教室に入ると、すぐさまブロンドの少年が立ちはだかる。
「やあラクア。元気そうで何よりだ。ところで聞いたよ、事件があったんだって?」
「ああ、でも犠牲者は出なかった。これくらいの事故で崩壊するほど、俺たちはやわじゃない」
「そうか、なら良かった。壊れにくいものほど潰したくなるものだからな」
レイヴァーは挑発的な笑みを浮かべる。だがそれ以上関わる気も起きず、そのままレイヴァーの横をすり抜け席についた。
授業開始の鐘が鳴る直前、レインとジグマが駆け込んできて、ラクアの隣に座った。
「遅かったな」
「はい、ちょっと二人で話を」
「あ、ああそうなんだよ。レインがどうしてもって言うから……」
ジグマが曖昧な言葉を溢したその時、
「み、皆さん席についてください」
若干の震えがある声が前方から上がる。
「あれ、ティモール先生ですよね」
「なんか雰囲気変わってね?」
レインとジグマが声を揃えて疑問を口にする。
「まあ、大体察しはつくがな」
後ろに座っていたリオンの言葉通り、彼女の視線は一点に注がれている。
「先生。ご壮健のようで何よりです。その節はどうも」
レイヴァーが教室全体に聞こえるような声を発すると、ティモールはヒッという声をあげてたじろぐ。
「は、はい……どうもこんにちは。……て、停職になったドントリーナ先生の代わりに、日常活用魔法学のホリマル先生が植物学を兼任してらっしゃるので、その穴埋めを私が努めさせていただきます……」
今まで生徒達に恐れられていた教授の変わり果てた姿に、多くの生徒が呆気に取られた。
「えっ……と、今日皆さんには、魔法を使ってシチューを作ってもらいます。その味次第で評価をしていこうと思いますが……あまりに酷いと判断した場合は三日後の昼ごろ、補習を受けてもらうことになるので、充分注意して行ってください」
落胆の声があちこちで上がる。
「補習って……まじかよ」
「いくら死にかけたいえ、人の芯の部分は簡単に変わらないもんだな」
ジグマの呟きに、リオンも重々しく頷いた。
そうして少し憂鬱な雰囲気で始まった実習だったが、その空気はすぐに覆される。
「うわっ! 指切っちまった」
「駄目だよジグマくん。ちゃんと野菜を抑えないと」
「リオン? ちょっと待て……それ薄力粉じゃなくて片栗粉じゃねぇか?」
「一緒じゃないのか?」
「違ぇよ!? このド天然!!」
教室は楽しげな声で賑わい、皆出された課題を一心に取り組んでいる。
「それにしても、アルマって炎魔術ケタ違いに上手くないか?」
リオンの珍行動にツッコミを入れたガルフが、アルマの手元を見ながら問いかける。アルマの鍋には火が綺麗に纏わりつき、小綺麗に調節された熱が、シチューをぐつぐつと煮ている。
「ああ、火だけは小さい頃から使ってたからな」
「小さい頃って、普通危なくて使わせてもらえないだろ?」
「俺の地元は火を使った祭り事とかが多かったんだ。」
「へぇ……どんな祭りなんだ?」
「手紙を燃やしたり、焦げた木を噛み砕いたりとかだな」
「ええ……何処に需要あるのその祭り」
ガルフは訝しげに目を細めた。
---
二十分後、ラクアの前にはほかほかと湯気を上げている鍋が置かれていた。中は白く滑らかな液体と、色とりどりの野菜で満たされている。
「ラクアさんって、料理も出来たんですか!?」
「おいレイン……これ超うめぇよ!」
「勝手に食ってんじゃねぇよ。別に、今まで自炊することが多かっただけだ」
ラクアはオーブンミットを手にはめ、鍋を持ち上げる。そのままティモールへと伸びる列に加わった。
採点はかなり優しめに行われているようで、今のところ補習を言い渡されている生徒は居ない。列が進み、ラクアの番が回ってくる。
「採点をお願いします」
「はい、それではいただきます」
ティモールはシチューを鍋からすくい、器に注ぐ。
それを上品な手つきで一口飲んだ。
直後、大きく咳き込んだ。顔をしかめ、吐き気を催したようにえずく。
「なんですか……これは。こんなに酷い味を作った生徒はいませんよ。腐敗薬でも入れたのですか?」
「そんなはずねぇよ先生! 俺がさっき飲んだときは絶品だったぜ?」
後ろの方にに並んでいたジグマが、前に進み出て言った。
「でしたらドッグハルド。貴方も口にしてはいかがです?」
そう言われたジグマは、教卓にあった予備のスプーンをぶんどり、ラクアの鍋をすくって躊躇無く口に運んだ。
途端に顔が青ざめ、口を抑える。
「なんだこれ……さっきは確かに……」
(異臭もする。まるで本当に腐敗薬が入れられたみたいだ)
ふと視線を感じたラクアは、その方向に目をやる。レイヴァーが口の端を吊り上げ、勝ち誇ったようにニヤついていた。手には小瓶が握られていて、中には青白い錠剤のようなものが入っている。
挑発するようにそれを小刻みに振るレイヴァーを見て、ラクアは理解した。
(やられたな……先に仕掛けられてしまった)
「もういいでしょう。シャーデットは三日後の昼、私の元に来るように」
そう言い渡されたラクアだったが、これ以上醜態を晒すわけにもいかず、自分の席に戻ろうとした。だがその途中、
「忘れるなよ、ラクア」
レイヴァーが呼び止めた。
「決闘は三日後の十二時丁度。もし来られなければ……どうなるか分かっているな?」
決闘の放棄、それは敗北を意味する。彼はこの状況を作り出すために、ラクアのシチューに腐敗薬を盛ったのだ。
「これがお前のやり方なんだな。レイヴァー」
「そうさ、俺は使えるものはなんだって使う。お前と同じさ、ラクア」
レイヴァーは意地悪っぽく笑い、人差し指を自分の口に押し当てた。
---
「残念でしたね。ラクアさん」
「そう気を落とすなよアニキ! アニキの料理の腕は俺が保証するぜ」
洗った鍋を机の中にしまいながら、ラクアはレインとジグマに励まされていた。
「二人とも、あのやり取りで気づかなかったのか?」
アルマが食器を炎で乾かしながら言った。
「え? 何がだよ」
「レイヴァーが、俺の鍋に薬を盛ったんだ」
ラクアが淡々と言ったその言葉に、ジグマとレインは驚愕の声をあげる。
「嘘だろ!? あの野郎、何のために……」
直後、レインが目を見開いた。
「三日後の決闘を棄権させる為……」
「恐らくそうだろうな」
ラクアはレインの考えに頷いた。
「まじかよ……どうにかしねぇと」
「問題ない。すでに手は考えてある」
「もうですか!?」
「さっすがアニキ!!」
興奮した様子のジグマとレインだったが、そんな二人を冷めた目で見ていた少女に、ラクアは気がついた。
「あんたたち、次の教室に遅れるわよ」
「おうミラ! お前にもアニキのシチュー食べさせてやりたかったよ」
「馬っ鹿じゃないの? だれが腐った料理なんて食べるのよ」
「だから、あれはレイヴァーの野郎が――」
ドンッ!
ジグマの背中に、何かがぶつかった。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げて倒れたのは、教材を両手で抱えたソフィだった。ドサドサと地面に抱えていたものが落ちる。その横を、セレナイト寮の生徒達が嘲笑うような笑みを浮かべて通り過ぎて行った。恐らくその内の誰かがソフィエルを突き飛ばしたのだろう。
「大丈夫かよ……たしかソフィエルだっ――」
手を差し出したジグマだったが、すぐに硬直した。目線はソフィの周りにちらばる教材の一つ。開かれたノートに注がれている。厳密にいえば、それを見ていたのはジグマだけではなく、その場に居た全員であり、ノートに挟まれてあった紙切れが注目を引いていた。その紙に書かれてある言葉が、時間を止めてしまった。
『クソ女 令嬢様の金魚のフン 学校に来ないでください 勘違い女 人でなし 悪魔 犯罪者 フィリアちゃんに近づかないで 普通に死ね みんなに嫌われてるの気づいてる? 関わりたくないです 人のフリして生きんなよ 生きてて楽しいんですか? 真面目ぶるのやめろ 根暗すぎ 一緒の空間に居たくない』
書き殴られた罵詈雑言。だが一際目を引いたのは中央に書かれた大きな文字だった。
『なんで生きてるの?』
次の瞬間、ソフィは落とした教材をかき集め、走り去っていった。すれ違うその時、目からこぼれ出た悲痛な雫を、ラクアは見逃さなかった。
「今のって……」
「これで分かったでしょ? 私が言った事の意味」
立ち尽くすレインの横で、ミラが腕を組んで言う。
「あの子、いじめられて来たのよ。アカデミーからずっとね。最初はあの子を同情する人も居たけど。そういった人はみんなあの子と同じ目に合わされた」
「そんな……」
「今やあの子の味方は、幼馴染のフィリア一人だけ。まあそれこそ、いじめを加速させている原因でもあるんだろうけど……」
ミラは伏し目がちに言って、ため息をついた。
(いじめは許されるべきじゃないし、俺にも思うところはある。だが……)
――この盤面は、俺にとって都合が良い
ラクアはふと地面を見つめた。木の床の一点が濡れている。それがソフィの青い瞳から流れたものであるという事は、その場に居た誰もが察することが出来た。
(ソフィエルを利用し、フィリアと関係を結ぶ。その為に俺がやる事は……)
ラクアの瞳に燃え上がった熱は静かに唸りを上げ、その闘志を熱く焼いた。
[アークディア雑多学]
ティモールがレイヴァーに大火傷を負わされたあの日、他のセレナイト生は誰もティモールに攻撃を当てられず、それに対してティモールが執拗に小言を言っていました。生徒たちのフラストレーションが溜まっていた中でレイヴァーがティモールを焼いたので、セレナイト生は内心晴々とした気持ちで搬送を見送ったそうです。
明日も20時頃投稿予定です。
『面白い!』
『続きが気になる!』
『応援したい!』
と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から応援していただけると幸いです。
初投稿作品なので、ブックマークや、感想もいただけると大変嬉しいです。
今後もよろしくお願い致します。




