第二十三話「胎動する怒り」
入学から二週間が経った。教室のあちこちでは、四つの机を向かい合わせた班が作られていた。
ラクアの班は他に三人。発言の少ないソフィエルに、まだほとんど話したことのない二人。ぎこちない空気になるのは、誰の目にも明らか。
だが、そうはならなかった。
「ほんじゃあ次は、それぞれ考えた意見だして行こうぜ! 初っ端は俺から言ってくから、分からないとこあったらマジで遠慮せず言ってくれ!」
活動を軽快に取り仕切ったのは、ラクアとあまり関わりが無かった金髪の少年だ。
(ガルフ・ブルートマン……。ここ数日、こいつはムードメーカーとして寮に大いに貢献している。それだけじゃない……)
「俺の意見はこんなもんだ。ほんじゃ次はラクア! お前の意見を聞かせてくれ」
ガルフは楽しそうにラクアに笑いかける。
(他の生徒と違い、得体の知れない俺に臆することなく話しかけてくる。こいつは、この先重要なピースになる)
ラクアは授業のテーマに対して書き留めていた要点を声に出して読む。読みながら、先ほどから視線を感じていた目の前の少女に目を向ける。
その目から溢れ出ているのはあきらかに、他の生徒と同じような畏怖ではない。怒りと憎しみが混ざり合った鋭利な物だ。
「何?」
突き飛ばすような声だった。ワインレッドの髪の間から覗く少し吊り上がった目が、ラクアを射抜いている。
「なんでもないわよ」
(ミラ・カーライン……。強気な性格で、クラスカーストでも上位に位置している生徒だ。敵に回すようなことにならなければいいんだが……)
「じゃあ、次はソフィエルちゃんだな」
「あっ、あの」
ソフィエルは少し縮こまりながら、恐る恐るといった雰囲気で声を発した。
「ん? どったの」
「えっと…その……もし、よかったら……私の名前、長いから……ソフィって呼んでくれたら……」
「りょーかい! んじゃ、ソフィちゃんの意見をどうぞ!」
ガルフの大きな声に、ソフィは少しびくっとしながらも、手元の羊皮紙を読み上げ始めた。先ほどまでの強張りが、ラクアには僅かに緩んでいるように見えた。
(ソフィエルは人との関わりが苦手そうなタイプに見えたが、彼女は彼女で少しずつ進もうとしているみたいだな……)
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授業後、ラクアが班の意見をまとめたプリントを提出して席に戻ってくると、すぐそばで椅子に座っているガルフと目があった。どうやらラクアが戻ってくるのを待っていたらしい。
「行かないのか?次は移動教室だろ」
「お前を提出に行かせてはいさよならってのは、なんか悪いっしょ」
ガルフはそう言って、頭をかきながら笑った。
(根っからの善人……。一周回って不自然に見えてくるな)
「ラクアさぁーん!」
「そろそろ行かねぇと遅れんぞぉー!」
遠くの方から、レインとジグマが呼びかける声が聞こえた。
「じゃあ、俺は行くから」
「おうっ! あとでな」
ガルフの笑顔は他の生徒と違い、その裏にある何かなんて微塵も感じさせなかった。そしてその笑顔が、ラクアの決意を強く固めることになった。
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同じ日の午後、ルベライト寮の一年は全員、西にある校庭に出ていた。ラクアたちの前には、白髪に長い顎髭を蓄えた老人が立っている。いかにも魔法使いといった風貌だ。
「今回の授業じゃが、今まで取り扱ってきた基本攻撃魔法を、実際にわしに使ってもらおうかのう。さながら実技といったところじゃな」
老人は懐から白い布を取り出した。それが薄いローブのような物だということは誰もがすぐに気づいた。
「このマントは、着た者の体を一度だけ魔法から守る効果がある。予備はいくつか持ち合わせておるが、なかなか高価な物なのでな。わしも本気で回避に徹させてもらう。このおいぼれのマントを焼くことができれば、其方らには寮点をあたえようぞ」
驚愕と興奮が芝生の上を駆け巡る。生徒たちは口々に声を漏らし、誰もが目を輝かせている。
「こりゃあ荒稼ぎの時間だな」
ジグマも拳を叩いて覇気に満ちた表情を浮かべている。
「でも、ノルダート先生って元王宮魔術師ですよね……本気で逃げられたら勝ち目ないんじゃ」
「やってみなきゃわからない事だってあるだろ? 挑戦挑戦!」
アルマが不安気なレインの肩を叩いた。
「皆には『熱閃』を用いて戦ってもらうが、他の魔法を使って命中率を上げるという手も良しとしよう。ルールは以上。――では、順番は面白みもかねて、くじで決めるとするかの」
ノルダートは明らかに弾んだ声で微笑んだ。
その後、生徒たちは順番に老人に襲いかかった。自信を胸に、習ったばかりの魔法を放ち挑んだ。だが生徒たちを包み込んでいた高揚は、名前が次々に呼ばれていくにつれ徐々に冷めていった。すでに半数以上が挑んだものの、誰一人ノルダートに一撃を当てることはできなかったのだ。
レインもその一人だった。いや、その一人であるとも言えない結果だった。
「気にするこたぁねぇよレイン。誰だって不得意なもんはあるぜ」
「うん……でも僕くらいだよ。魔法を放つこと自体が出来なかったのは」
「ま、まあまあ。他にもいるかも知れねぇじゃねぇか。まだこんだけ人が残ってんだし」
慰めになっていない慰めを、ジグマは並び立てる。
「では次、ミラ・カーライン嬢」
呼ばれたのは、一つ前の授業でラクアを睨んでいたあの少女だ。ウェーブがかった茶髪の間から覗くその目は、ノルダートをしっかりと捉えている。
「そなたはわしに何を見せてくれるのかのう」
「他の人たちと違って、私は用意周到なの。制限時間の三十秒を最大限に使わせてもらうわ」
ミラはそう言って、左手を構える。
「あいつ、なんか雰囲気あるな」
その様子を見ていたジグマが言葉をこぼす。
「ミラさんは魔術に関していえば、内部進学生の中でも群を抜いた実力の持ち主だそうです。これは何かが起きるかもしれませんよ」
「ふーん。ラクアはどう見る? 当てられると思うか?」
アルマがのほほんとした様子でラクアに問いかけた。
「さあ、どうだろうな」
この二週間、ラクアはルベライト寮全員を細かく分析した。それにより各々の得意分野、教室での立ち位置、弱点など、充分な情報を手に入れることが出来た。ミラという少女は、魔法の基礎に関して申し分ない実力を持っていたが、教室での立ち位置以外突出した物は見られていない。
(何が彼女を秀才と言わしめるのか……。この戦いで明らかになるだろう)
「それでは……初め!」
直後、ミラはノルダートに突進した。お世辞にも早いとは言えない動き。標的は軽々とそれをかわす。
「あいつ、なにやって……」
ジグマは拍子抜けした声を漏らす。
だが次の瞬間、予想外の事態に全員が息を呑むこととなった。
「『岩籠』」
ミラが小さく唱えた直後、ノルダートとの間に、石の壁が聳え立った。それは急激に広がり、ついには鳥籠のようにノルダートと立ち尽くしていた生徒全員を囲い込んだ。
「これは……」
ノルダートも呆気に取られているものの、その佇まいに隙らしい隙は見られない。光が遮断され、あたりが闇に落ちる。
「なんだこれ……何する気だよ」
「何も見えない。これじゃどうやって……」
ラクアの隣で、ジグマとレインが狼狽える。
(さあ、ここからどう動くんだ。内部進学屈指の秀才……)
その時、ポコっという音と共に、ノルダートの足元に一筋に光が差し込んだ。鳥籠の天井に、小さな穴が空いたのだ。
その後も連鎖するように、次々と岩壁に穴があいていく。まばらにあいた穴からはいくつもの光の線が走り、縦横無尽に張り巡らされていった。
「なにやら面白い余興じゃが、残り時間は僅かじゃ。攻撃数発程度じゃあこのわしを唸らせるにたりんぞ?」
ノルダートが高らかに笑ったその時、ノルダートの背後にある穴から、白い閃光が撃ち込まれた。たが狙いがずれたのか、閃光は標的の数メートル横を通り過ぎた。
次の瞬間、高らかな音と共に閃光が弾けた。弾けた光は花火のように、鳥籠の中を明るく照らした。
「笑わせないで……」
その言葉はラクアのすぐ後ろ、岩肌から微かに聞こえた。
「一発で充分よ」
ラクアが振り向いた刹那、赤い光が眼前を通り過ぎる。その光は、生徒たちの肩や腕の隙間を縫うように駆け抜け、一直線にノルダートへと飛来した。
誰もが息を呑んだその時、先ほどまで何も無かった老人の手に、小枝のようなものが握られていた。
目にも止まらぬ速さでノルダートはそれを振り抜く。閃光は眼前でが弾け、雨のように散らばり霧散した。
訪れる沈黙。そして、
ジリリリリリ!!
皺のある手に握られた懐中時計からけたたましい音が鳴り、ノルダートは手に握っているものを下した。
「そこまで!わしに杖を使わせるとは、お嬢さんも中々やりおるのう」
白い髭を撫でながら、老師はウインクを決める。
張り詰めたものが切れるように、ラクアたちを囲っていた岩壁が砂となって消える。立ちこめた砂埃が消えると、ラクアの背後にはノルダートと対照的な表情の少女が立っていた。
血が出そうなほどに奥歯を噛み締め、瞳は激情に揺れている。
(なるほど……これが、彼女の強みというやつか…)
憤懣をあらわにするミラを、ラクアは見透かすように見つめていた。
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「それでは最後に、ラクア・シャーデット殿」
ノルダートの声に、集団の後方に位置していたラクアが歩き始める。
「頑張ってください、ラクアさん!」
「気合いだぜアニキ!」
二人の激励を軽く流し、生徒間をすり抜けていく。するとラクアの前に、アルマが立ち塞がった。
「どうするんだ? 俺もやり合ったが、あの爺さん反射神経は本物だぜ?」
ミラの他に、ノルダートに杖を使わせたのはアルマとリオンの二人だけだ。とは言っても、二人の攻撃は全て簡単に弾かれ、振るわない結果に終わった。
「簡単なことだ。攻撃を弾かれるなら、弾けない状況にしてやればいい」
ラクアはそう言い残し、前へと進み出た。その堂々とした佇まいに、ノルダートは柔らかく微笑む。
「これまで成功者は無し。其方が失敗すれば、他の寮と大きな差がつくやもしれんぞ?」
「そうですね……。それは俺たちにとって、大きな問題になる。なので、少し手荒に行かせてもらいます」
校庭一体に緊張が張り詰める。この二週間、新たに始まった学校生活で恐れられ続けた男が、誰もが敗北した老人に立ち向かうそのさまを、少年少女たちは固唾を呑んで見守る。
「始め!!」
声を張り上げた直後、
「『熱閃』!」
ラクアの手から赤い閃光が発射された。その刹那、発射された一筋の光は二つに分かれた。二つが四つに、四つが八つに分かれ空中で何度も直角に曲がり流ら、ノルダートに襲いかかった。
「なるほど……これは面白い」
老人は迫り来る閃光を杖で弾き、素早い動きで交わし続ける。
(これらの攻撃は前段階に過ぎない。最後の一撃の為に、隙を作らせてもらう)
再びラクアから、閃光が放たれる。今度は十二に分かれた光は、先ほどと打って変わり低い軌道だ。
「笑止!!」
ノルダートはその攻撃を跳躍して交わす。
(この数年、俺は融合魔法の腕を鍛え続けた。それにより導き出した理論……)
――俺は、この世にまだ無い魔法を、“生み出す”ことができる
魔法とは想像の具現化だ。呪文の詠唱は、その魔法の効力や特性を瞬時に思い出すことを助ける為に存在する。逆に言えば、呪文により二つの魔法を明確に想起することができれば、一度の詠唱で融合魔法を放つことができる。
それはひとえに、魔法の創造と言えるだろう。
ラクアは身を屈め、地に手をついた。その目は、空中で最後の一閃を弾いたノルダートを捉えている。
「『血脈の怒り』!」
刹那、地が揺れた。
次の瞬間、ノルダートの影が赤く光る。直後、轟音と共に光の柱が地を貫いて勢いよく立ち上った。目を眩ませるような赤は、宙にいた老人を一瞬で包み込み、その姿が一瞬で消し飛んだ。
芝生が焦げ付く匂いが漂う中、何かが地面に落ちる。そこには黒焦げになった何かを持っているノルダートが柔和な笑みを浮かべて手を叩いていた。
「見事! 見事じゃシャーデット殿! まさか地を伝わせて攻撃を仕掛けてくるとは思わなんだ」
「俺は俺の武器を、最大限に使っただけですよ」
肩についた砂を払いながら、ラクアは軽く息をついた。
(岩魔術と熱閃魔法を掛け合わせてみたが、上手くいってよかった)
「じゃが、懐に入れていた予備まで焼いてしまうとは……これは家内に怒られてしまいますな」
言葉とは裏腹に、ノルダートは嬉しそうに微笑んでいる。
「約束通り、ルベライト寮に四十点を……いや、予備のローブも勘定に入れなければなるまいな。追加で十点!合計五十点を、其方らに与えようぞ!」
背後からざわめきが一気に押し寄せる。ラクアの力を前に、恐怖する者。何が起こったのか分からず、呆気に取られる者など、反応は様々だ。だが――、
「やった!やったぞ!!」
「初めての寮点だ!!」
その他ほとんどの生徒の瞳は、明るい光を放っていた。
「スッゲェぜアニキ!!」
「流石、俺の友達だ!」
聞き慣れた声に振り向くと、ジグマは拳を握ってはしゃぎ、アルマは腕を組んで頷いている。
レインといえば、二人の横で呆然と立ち尽くしていたが、ラクアが目線を送っていることに気づくと、すぐにいつも通りの笑顔を作ってみせた。
(とりあえず運びは上々……そろそろ仕上げに入るとするか)
歓喜に賑わう校庭。そんな中、ミラだけがラクアに向かって刺すような視線を向け、血が出るほどに手を固く握りしめている事に、一人を除いて気づくものは居なかった。
[アークディア雑多学]
ノルダートは昔、ブロンズ王国で王宮魔術師を務めていました。ですが、年齢を重ねるにつれて実力も落ちていき、六十歳の頃に自分からその立場を下りました。今ではオルヴェウスにその力を見込まれ教師になり、妻と幸せに暮らしています。
明日も20時頃投稿予定です。
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