第十九話「始まりの一吼」
試験から一週間後の朝。ラクアは学園都市アレーナにある新入生専用の宿屋の食堂で、レインと向かい合って朝食を取っていた。食堂には整然とテーブルと椅子が並び、新入生たちで賑わっている。
(やはり、見られているな……)
そんな中、ラクアは明確な“違和感”を覚えていた。周囲の人間から、時折盗み見られているような視線を感じるのだ。そんなこともつゆ知らず、向かいにいるレインは美味しそうに料理を頬張っている。
「それにしても、まさかアークディアに合格した上に、ラクアさんと同じ寮になれるなんて……」
「総合試験で三位だったんだから、落ちる方がおかしいだろ」
その言葉に、レインは照れたように笑った。
「いよいよ、今日が入学式ですね」
パンをかじりながら、レインが言う。
「ああ。一週間で制服も教材も揃えろってのは、さすがに骨が折れたな」
ラクアは紅茶を一口啜り、淡々と応じた。
「そういえば、僕たちまだ戦闘装備を買ってませんよね……?」
「発注に時間がかかるらしい。自前がない生徒は、後日まとめて支給されるって話だ」
「なるほど……」
納得した様子で頷くと、レインは二つ目のパンを手に取った。
「お前は世間に詳しいみたいだから、聞きたいことが一つあるんだが……」
「はい……何ですか?」
「ここ数日、周囲の人間から妙な視線を感じる。何かわかることはないか?」
レインは顎に手を置き、考える素振りを見せる。
「そうですね……ラクアさんは入学試験の首席なわけですし、注目されてもおかしくないと思いますが……もし他にあるとしたら、それはたぶん――」
言いかけたその時、
「失礼します。シャーデット様でよろしいですか?」
横から声がかかる。振り向くと、宿屋の従業員と思しき中年の女性が立っていた。
「お荷物が届いておりますが、こちらへお持ちしましょうか?」
(荷物……誰からだ? ファウロか……いや、あいつなら事前に連絡を寄越すはずだ)
一瞬の逡巡の後、
「お願いします」
ラクアは短く答えた。女性は一礼し、来た道を戻っていく。
数分後。戻ってきた彼女の手には、茶色の梱包紙に包まれた細長く大きな荷物があった。それを受け取りテーブルの上に置く。自然と周囲の喧騒が遠のいた気がした。
警戒を解かないまま、ゆっくりと梱包を解いていく。レインも息を呑みながら、その作業を手伝った。やがて中から現れたのは、黄金に輝く一本の杖だった。一メートルを超える長さ。その片端には深い青を湛えた大きな宝石が取り付けられ、その周囲を精緻な金細工が取り囲んでいる。反対側は槍のように鋭く尖り、中央にはボタンのようなものが埋め込まれていた。
「……魔術師用の杖か」
「いや、ただの杖じゃないですよ……!」
レインの声は、明らかに弾んでおり、目を輝かせて食い入るようにそれを見つめている。
「超高級ブランド、フォード・スプリガン製――その代表作、獅子龍です!!」
興奮のあまり、杖に鼻息がかかるほど顔を近づけて言った。
「詳しいな」
「そりゃそうですよ! 何てったってあの剣帝…リーファ・セリウスが愛用する剣と同じブランドなんですから!! まさか本物をこの目で見られるなんて……!」
ほとんど感嘆に近い声だった。その様子を横目に、ラクアは再び杖へと視線を落とす。確かに、リーファが使っていた黄金の剣も同じような質感をしていた気がする。
(こんなものを、匿名で送ってくるなんて……善意にしては出来すぎている)
「あれ、何だ? この紙……」
レインの手に一枚の紙切れが握られていた。何やら文字が書かれている。ラクアはそれを受け取り、目を通した。
―――
借りは返した
あとは好きに動かせてもらうぞ。
―――
(筆跡に見覚えはない……全くわからんな)
「ラクアさん! もちろん、これ使いますよね!?」
期待に満ちた声が飛ぶ。
ラクアはわずかに間を置いた。
「……いや、送り主がわからない以上、使うのはリスクが大きすぎる。一度“呪い鑑定”に出して、危険がないか確認してからでも遅くはないだろう」
「そう……ですか」
その言葉にレインはしぶしぶ頷き、まるで割れ物でも扱うかのように、慎重な手つきで再び杖を梱包紙に包み直していく。ラクアはその様子を見ながら、内心で呟いた。
(差出人不明の高級品……か)
その違和感は小さく、しかし確かに胸の奥に残り続けていた。
---
梱包を終えると、ラクアとレインはそれぞれ自室へ戻り制服へと着替えた。アークディアの制服は黒を基調としたブレザー。背面はテールコートのように長く伸び、動きに合わせて優雅に揺れる。襟と裏地は深い赤に染められ、内側には白いカッターシャツ。下はグレーのズボンという端正で統一感のある装いだ。
(俺の寮、ルベライト寮は赤中心のデザインか……)
着替えを終えたラクアは、無駄のない手つきで荷物をまとめる。部屋を出ると、既に準備を終えたレインと合流した。
「早いな」
「はい……ちょっと落ち着かなくて……」
「緊張する必要はない。お前は黙って俺に着いてくればいい」
レインのこわばっていた表情が和らぐ。
「……はいっ!」
返されたその返事からは緊張の色が消えていた。
そのまま二人は、他の新入生と共に、アークディアが用意した送迎の馬車へと乗り込む。中は広く、ラクアやレインと違い襟と裏地の色が黄色の者や、青色の者も座っていた。
(見たところ、全部で四種類……やはり寮を象徴する色で間違いないな)
ゆっくりと車輪が回り出し、宿屋を離れていく。窓の外では学園都市の街並みが流れ、これから始まる新生活を祝うかのように、街はどこか華やいでいる。
「圧巻ですね……!」
「あぁ」
レインの感嘆に短く応える。ラクアはその景色を一瞥すると、静かに視線を閉ざした。
(いよいよ……か)
三十分ほどで馬車は学園へと到着した。試験の時とは異なり、降り立ったのは車庫のような薄暗い場所。ラクアたち新入生は、そこから少し進んだ先で整列させられた。
「よぉ、一週間ぶりだな」
聞き覚えのある声に、ラクアとレインは振り返る。雪のように白い髪。かき上げた前髪が左目の上にかかり、右耳には羽のような耳飾りが揺れている。
「あ、あなたは……」
「最終試験では世話になったな。俺の名はリオン……。リオン・レーヴェストだ」
そう言って、リオンはラクアに握手を求めた。ラクアはその手を取り、その整った顔を見つめる。
(レーヴェスト……どこかで聞いたことがある名前だ)
脳裏に蘇ったのは、妹と共に牛車でジークの元に連れていってくれた、あの青年。
「お前がリオンか。お前の兄貴から、お前のことは聞いている」
「兄貴?……どんな見た目だった?」
その言葉に若干引っかかりを感じながらも、ラクアは思い出す。
「前髪を中央で分けていて、歳はまあまあ上だったな」
「ああ、ザックスか。兄が世話になったな」
リオンは表情を変えることなく言った。
(友好的な態度……。敵に回ることは無さそうだな)
「世話になったのはこっちのほうだが……」
「それで、どんな話を?」
「お前と仲良くしてくれ、とのことだ」
リオンは小さく息を吐いた。
「なるほどな。ザック兄のやつ、そんなお節介今まで焼いたことなかっただろ……」
「あ、あの……その制服ってことはもしかして……」
会話に入れていなかったレインが、恐る恐る聞く。
「ああ、お前らと同じルベライト寮だ。一度本気でやり合った仲だが、仲良くして欲しい」
リオンはレインに歩みより、ラクアと同様握手を求めた。
「よろしく頼む」
「は、はいっ!」
レインはしっかりと手を握った。
「皆さん、お静かに」
甲高い女の声が車庫に響きわたる。声の主は列の前方に立っていた。すらりと高い背に、髪は栗色のボブカット。細い体躯で長い首はどこか異様に伸び、キリンを思わせる。
「ようこそアークディアへ。私はここで教員を務めているマギー・ティモールと申します」
凛とした態度で話すティモールの眼鏡の奥から、鋭い眼光が覗いている。
(マギー・ティモール……戦闘魔法担当。行き過ぎた指導や理不尽な叱責で、生徒からの評判は悪い……)
心の中で復唱するように、事前に集めていた情報を頭の中でなぞる。担当教科、性格傾向、指導方針――必要な情報はすでに頭に入っている。
「これから皆さんには入学式に参加してもらいます。軽率な行動で式典の品位を損なうことのないよう、各自自覚を持ちなさい」
その言葉に、隣でレインが小さく息を呑んだのが分かった。やがてティモールは踵を返す。
「ついてきなさい」
短く告げ、新入生たちを先導した。校舎へと入り、静まり返った廊下を進む。足音だけが、規則正しく響いていた。やがて、巨大な両開きの扉の前で、ティモールは立ち止まる。
「いいですか」
振り返り、鋭い視線で全員を見渡した。
「この先が大広間――入学式会場です。本校の入学式は始業式も兼ねています。すでに上級生が着席していますので、礼を失することのないように」
一人ひとりを値踏みするような視線。空気が張り詰める。
「怖そうな先生ですね……」
「兄貴が言ってたな……ティモールには気をつけろと」
二人は小声で会話を交わした。
「また、ご存知の通り本校では生徒を四つの組に分けています」
淡々と、だが重みを伴って言葉が続く。
「“ガーネット・ルベライト”、“オヴシディアン・スギライト”、“シトリン・セレナイト”、そして“ベリドット・タンザナイト”」
ティモールは一呼吸置いて、再び口を開く。
「大広間の座席も、それぞれの組ごとに分かれています。自身の制服と同じ色のテーブルに着きなさい」
それだけ告げると、ティモールは扉に手をかけた。重厚な音を立て、扉が開かれる。
視界が、一気に開けた。体育館ほどの広さを持つ大広間。その中央には、三十メートルはあろうかという長大なテーブルが四本、奥へと伸びている。それぞれのテーブルには異なる色のクロス。右から順に――黄色と白、赤と桃、紫と黒、青と緑。鮮やかな色彩が、空間に強烈な印象を与えていた。
すでに席には上級生たちが着いている。新入生たちの姿を認めるや否や、拍手と歓声が一斉に巻き起こった。ざわめきが波のように押し寄せる。
「僕たちはルベライト生なので……赤と桃色ですね」
レインが小声で言う。その声には震えが滲んでいた。ラクアは軽く頷き、迷うことなく歩き出す。リオンを含めた三人は右から二番目のテーブルへ向かい、その一角に腰を下ろした。
「先生方も勢揃いしているみたいだな」
リオンの言う通り、生徒たちが座るテーブルの奥――その最前列には、教員と思しき大人たちが、入口に向かって横一列に並んで座っていた。だがその中央。ひときわ豪奢な玉座のような椅子が一つ、空席のまま据えられている。まるで誰かの到着を待つかのように。
やがて全ての生徒が席に着いた、その時だった。大広間の入口の扉が、重々しい音を立てて開かれる。
突然、ラクアの心臓が強く脈打った。
(なんだ? この威圧感は……)
空気が変わる。目に見えない何かが、場を押し潰すように広がっていく。気づけば誰もが入口へと視線を向けていた。先ほどまでのざわめきは消え失せ、広間は異様な静寂に包まれている。
やがて――コツ、コツ、と規則正しい足音が響いた。
その音の主が、ゆっくりと姿を現す。白い顎髭を蓄えた男だ。オールバックに整えられた白髪が後ろに流れ、獅子の立髪のように跳ねている。深く刻まれた皺が、その男が六十を超える老齢であることを物語っていた。男は鷹のように鋭い銀の瞳で正面を見据えたまま、ゆっくりとテーブルの間を歩いていく。その一歩ごとに、空気が張り詰めていくのを感じる。
ラクアはその人物を知っていた。否、知らぬ者などこの世界には存在しない。隣を見ると、レインも息を呑みながらその姿を見つめていた。恐怖と興奮が入り混じったような表情だ。
「あれが……アークディア魔法学園の校長……」
レインは、抑えきれない震えを含んだ声で呟く。
「“今世紀最強”と謳われる男、――エルヴァー・オルヴェウス……!」
[アークディア雑多学]
レインは武器オタクなので、部屋にミニチュアの武器をコレクションしています。元々机の上に並べていたのですが、一度祖母に耳かき代わりに使われたのがトラウマで、今では金庫の奥深くに封印しているそうです。
明日も20時頃投稿予定です。
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