第十八話「最終目標」
全員の出力測定が終了し、実技試験は第二工程へと移った。再び受験者全員が一箇所に集められ、マクラーゲンが声を張り上げる。
「続いて、剣術試験を行う。これから再び三班に分かれ、その中で二人一組となり、木剣で一戦交えてもらう。勝敗は私の判断とし、評価基準は勝敗と技術点だ」
説明が終わると、受験者たちは再び三班に別れる。順に二人ずつ名前が呼ばれていく中、ラクアは自分の名が呼ばれるのを待ちながら、目の前で繰り広げられる戦いを観察していた。 受験者ごとに技量の差があることは明らかだ。一つの奥義に頼る者、そもそも剣式を扱えない者。その開きは歴然としている。
そうしているうちに待機者は徐々に減っていき、ついにラクアの名前が呼ばれた。木剣を受け取り、そよ風に揺れる芝生の上へと歩み出る。
正面を見据え、その先に立っていたのは――
先ほど挑発してきたあの赤毛の少年、ソルンだった。
♢♢♢
ソルンは、目の前に立つ得体の知れない相手を睨みつけた。その胸中には、強い憎悪が渦巻いている。
(さっきは動揺したが、あくまで魔法……剣術なら、俺だって二年間みっちり鍛えてきた。負けるはずがねぇ)
深く息を吐き、木剣を構える。ラクアもそれに応じて居合の構えをとった。
二人の間に、張り詰めた空気が走る。周囲の会話が聞こえなくなり、自分の神経が研ぎ澄まされるのを感じた。
(これ以上…調子に乗らせてたまるかよ!)
「始め!!」
号令と同時に、ソルンは一歩踏み込んだ。
だがその瞬間――、
ラクアの姿が視界から消えた。驚愕に目を見開いた刹那、少年の体を突風が突き抜ける。
ゴンッ!!
直後、顎に強烈な衝撃が走り、体が宙を舞った。
「がっ……!!」
思わず声が漏れ、少年は地面に叩きつけられる。
視界が揺れ、顎から耳の下にかけて鋭い痛みが走った。
「風魔流剣式奥義・“疾風肢擊”」
冷やかな声が響く。いつの間にか、背後にラクアが立っていた。
(な……んだ……? 今の……視界から消えるような動きは……)
氷のようなラクアの眼差しに、昂っていた心臓が一瞬で凍える。その感覚を最後に、少年は意識を失った。
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全試合が終了し、ラクアたち受験者は校庭の一箇所に集められた。皆不安気に表情を曇らせており、その理由は足元にある。芝生が受験者たちを円形に囲むように、淡い光を放っているのだ。
「最後に、総合力試験を行う!」
円陣の外側に立つマクラーゲンが声を張り上げた。
「諸君らはこれから、我々教師陣が作り上げた迷宮へ転送される。君たちが目指すのは脱出ではない――攻略だ」
“攻略”、その言葉に周囲からざわめきが広がる。ただ脱出するのではなく、迷宮そのものに向き合い、己の力で危機に立ち向かうという意味だ。
「迷宮の最深部には、“勝利の聖杯”と呼ばれる金杯が置かれている。制限時間は二時間。“より深淵に近づきし者”に、栄誉は与えられる」
マクラーゲンはざわめきを気にすることなく、淡々と説明を続けた。
「なお、受験者同士の戦闘は許可する。ただし、安全を考慮し、攻撃手段は木剣による剣術のみに限定。
魔法を直接攻撃として用いることは禁ずる」
(攻撃以外の用途なら、魔法は使えるということか……)
ラクアは説明を聞きながら、立ち回りを頭の中で組み立てていく。
「説明は以上だ。それでは諸君……武運を祈る!」
試験官のその言葉と同時に周囲が一斉に光に包まれ、音が世界から消えた。
数秒が経ち、光が収まる。ラクアはゆっくりと目を開けた。そこは、古代遺跡を思わせる空間。石造りの通路が奥へと続き、明かりは壁に点在する松明のみで、全体的に薄暗い。
(誰もいない……。それぞれランダムな場所に転送されたのか……)
ラクアは袖を少し捲り、腕時計を確認する。
(十五時ちょうど……悠長にしている暇はないな)
そう判断すると、迷いなく奥へと続く通路を駆け出した。
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薄暗い迷宮の中を、息を切らしながら走る少年がいた。小柄な体にくしゃくしゃの金髪。瞳は鮮やかな緑。両頬にはそばかすのような黒い点が二つずつあり、どこか自信なさげな表情を浮かべている。
レイン・スロウラット。彼もまた、ラクアと同じくアークディア入学を目指す受験者の一人だ。
(試験開始から一時間は経ったはず。僕はいったい、どこにいるんだ……?)
落ち着きなく辺りを見まわしながら、レインは疲労で重くなった足を前へと運ぶ。どれほど階段を降りたのか、もはや分からない。ただ確実に下へと進んでいることだけは感じていた。
(筆記試験は、少なくとも八割は取れてる。でも、実技はここまで振るわない結果ばかりだ。なんとしても、この試験で挽回しないと……)
レインが角を曲がろうとしたその時――
黒い影が、目の前に飛び出してきた。
間一髪、レインは体を引いて直撃を回避する。
レインを仕留め損ねた“それ”は急旋回し、その場に滞空した。それは、小さな一つ目のコウモリの群れだった。異様な光景に、レインの背に冷や汗が流れ、心臓の鼓動が早まる。
(吸血虫!? これも、試験の一部なのか……?)
吸血虫の群れが、再びレインへと突進する。
「うわぁ!!」
足を滑らせ、思わず尻もちをついた。頭上すれすれを、群れが通り過ぎていく。
(落ち着け……これは総合試験だ。なら、攻撃手段を剣術だけに制限するのはおかしい。魔法が禁じられているのは、人に対してだけのはずだ……)
すぐに立ち上がって手で銃の形を作り、滞空する群れへと狙いを定めた。
「火弾!!」
指先から、小さな火球が放たれる。火球は群れへと飛ぶが、わずかに軌道が逸れてしまった。だが、それでも効果は見られた。
吸血虫たちは甲高い鳴き声を上げて隊列を乱し、そのまま一斉に逃げ去っていく。そのまま通路の奥へと消え、静寂が戻った。
その場に残ったのは、レインの荒い呼吸だけ。
「やった……!」
レインは両手を握りしめ、顔を綻ばせた。気づけば先ほどまで重くのしかかっていた足の疲労も、いくらか和らいでいる。
(僕にだって戦える。絶対に……受かってやる!)
湧き上がる自信を胸に、レインは再び奥へと足を進めた。
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迷宮の奥へ進むにつれ、周囲はさらに暗くなり、肌寒さも増していく。それでもレインは、一歩一歩、確実に足を進めていた。一度の苦難を乗り越えたという自信――それだけが、彼の原動力だった。
(かなり深くまで来たけど、まだ誰とも会ってない……もう残っているのは僕だけなのか? それとも……)
再び不安が胸をよぎった、その時――
「来るなぁっ!!やめろぉぉっ!!」
男の悲鳴が、迷宮の壁に反響した。
レインの足が恐怖で凍りつく。
悲鳴は、目の前の角を曲がった先から聞こえてきた。今すぐ行けば、助けられるかもしれない。レインは勇気を振り絞り、恐る恐る角の先を覗いた。
薄暗い道の先で恐怖に震えている影がある。赤毛の少年、ソルンが虎ほどの大きさの黒い犬に壁際へ追い詰められていた。
(黒妖犬!? 嘘だろ……あんなのがいるなんて聞いてないぞ!?)
レインの足は、今度こそ完全に動かなくなった。ただ、その光景を見ていることしかできない。
黒妖犬はソルンへと飛びかかり、その肩に噛みついた。
「ぎゃあぁっ!!」
ソルンの肩から血が噴き出す。
刹那、ソルンの体から強い光が放たれた。光は彼を包み込み――途端にソルンの姿は跡形もなく消え去る。
(なんだ今の……。転送された時と同じ光?)
黒妖犬は、先ほどまでソルンがいた場所を憎々しげに睨みつけている。
(たぶん、一定以上のダメージを受けると、その時点で失格になる仕組みなんだ。あれはまだ幼体だから、噛まれても即死にはならないだろうけど……)
レインはゆっくりと後ずさり、その場から距離を取ろうとする。
(とりあえず離れよう。考えるのはそれから――)
その思考は、途中で断ち切られた。背後から、低い唸り声が聞こえたからだ。恐る恐る振り返ると、涎を垂らしながらこちらを見据える黒妖犬の姿があった。
口が渇き、開いたまま凍りついている。足は震え、「失格」という言葉だけが脳裏に浮かんだ。
動けないでいると前方からも、先ほど男を脱落させた黒妖犬が近づいてきていた。なす術もなく、二体に挟まれる形になる。
「嫌だ……僕は……」
一体が鋭く吠え、レインへと飛びかかった。
「うわあぁっっ!!」
悲鳴を上げたその直後、突風がレインに向かって吹き荒れた。思わず目を閉じ、力いっぱい踏ん張る。
やがて風が収まり、恐る恐る目を開けると――
そこには、脚が不自然な方向に折れ曲がった黒妖犬が倒れていた。
背後に気配を感じ、振り返る。
レインより少し背が高く、漆黒の髪が風に靡いている。青い瞳を光らせ、木剣を構えレインを庇うように、ラクア・シャーデットが立っていた。
「あなたは……」
ラクアは振り返ることなく、前方の黒妖犬を見据えている。唸り声を上げながら、黒妖犬がラクアへと突進した。
「風魔流剣式・奥義――」
ラクアの体がその場で高速回転する。激しい風が渦を巻き、竜巻が生まれた。
「“乱旋風・逆薙”」
竜巻に突っ込んだ黒妖犬は、そのまま上空へと吹き飛ばされ、地面へ叩きつけられる。犬は白目を剥き、痙攣しながら動かなくなった。
(すごい……あんな大きな相手を、一瞬で……)
まだ心臓が激しく暴れている。レインが呆然としている間に、ラクアは何事もなかったかのように奥へ歩き出す。
「待ってください!!」
気づけば、声を上げていた。ラクアは足を止め、怪訝そうに振り返る。
「あ、あの……お名前を、教えてくれませんか?」
ラクアは一瞬だけ考えるように沈黙し―—、
「ラクア・シャーデットだ」
はっきりと言った。
「ラクアさん……その、助けていただいて、ありがとうございました」
レインは深く頭を下げる。ラクアは無表情のまま、それを見下ろしていた。
「用はそれだけか?」
その言葉に、レインは言葉を詰まらせる。なぜ自分は呼び止めたのか。自分は、どうしたいのか。脳裏に浮かぶのは、先ほどの光景。風のように現れた姿。自分を守るように立つ背中。冷静に敵を見据える、あの眼差し。
(僕は――憧れてしまった……)
答えは、すぐに見つかった。
(あの人みたいになりたい。あの人に……ついて行きたい!)
「その……一緒に行動しませんか?」
ラクアは表情を変えず、レインを見つめる。
「あなたと一緒に戦いたい。あなたの力になりたいんです」
しばしの沈黙。やがてラクアは、小さく息を吐いた。
「……好きにしろ。お前、名前は?」
その言葉に、胸の奥が確かな熱を帯びた。その青い瞳は、確かにレインの姿を映している。
「レイン……レイン・スロウラットです!」
二人は並び、再び薄暗い迷宮の奥へと歩き出した。
---
試験開始から一時間半。ラクアはレインと共に、迷宮を進んでいた。
(レイン・スロウラット……こいつは利用できる。いざとなれば囮にもなるし、この程度の実力なら、必要とあらばいつでも蹴落とせる)
ここまでレインと行動を共にしてきたが、遭遇した障害のほとんどはラクア自身が排除していた。お世辞にも、レインが戦力になっているとは言えない。それでも先で何が起こるか分からない以上、駒を一つでも確保しておくという判断から、彼を連れていた。
歩みを進めていると、二人の前に巨大な両開きの扉が現れた。それは、それまでの通路とは明らかに異なる、重々しい存在感を放っている。
「これは……」
「もしかして、ここが最深部なんじゃないですか?」
レインが期待に満ちた声を上げる。
(確かに、試験開始から時間はかなり経っている。ここが終着点でも不自然じゃないな……)
二人は力を合わせて扉に手をかけ、押し開いた。ギギィッという軋む音と共に、重厚な扉がゆっくりと奥へ開く。
その先には、広大な空間が広がっていた。地面も壁も、すべてが氷のような材質で形成されている。冷気が肌を刺し、静寂が空間を支配していた。向かいの壁には巨大な時計があり、時刻は十六時五十分を指している。その手前、部屋の中央には、半径九メートルほどの深い穴。その上を、十字に橋が架けられている。
そして交差点となる中央には台座が据えられ、その上に一つの杯が置かれていた。
「あれが……“勝利の聖杯”……?」
レインが呟いた、その直後――
ラクアの頭上から、一つの影が襲いかかって来た。振り下ろされた木剣を探知眼で察知し、間一髪受け止める。激しい鍔迫り合いの末、ラクアは相手を弾き飛ばす。しかしその人物は体勢を崩すことなく着地し、すぐに構え直した。
(こいつ……できるな……)
「驚いたな。まさか今のに反応するとは……」
少年は落ち着いた様子で口を開いた。その髪は雪のように白く、眉やまつ毛までも同じ色だ。かき上げた前髪が左目の上にかかり、右耳には羽のような耳飾りが揺れている。加えて、驚くほど整った顔立ちと無表情が、どこか高貴な雰囲気を放っていた。
「お前らの予想通り、おそらくここが最深部だ。そして――勝利の聖杯は一つしかない」
少年は地面を強く蹴り、ラクアへ斬りかかる。ラクアはそれを受け止め、木剣越しに睨み合った。
「成績一位になるためだ。悪いが少し眠っててくれ」
少年の声と共に、剣戟が始まる。目にも止まらぬ速さで繰り出される連撃。ラクアはそれを正確に受け、弾き返す。
レインはただ、その動きを追うことしかできない。
完全に足を止め、呆然と二人の戦いを見つめていた。
一度距離を取り、再び睨み合う。
次に動いたのは、ラクアだった。
「風魔流剣式・奥義――」
地を蹴り一気に間合いを詰め、風魔術で加速させた一撃を叩き込む。
「“爽怜颯”!!」
刹那、少年の木剣から水が溢れ出した。刀身にまとわりついた水が流動し、刃を包み込む。
「水魔流剣式・奥義――」
ラクアの一撃を受け止め、そのまま円を描くように流す。そして力を逃がし、その勢いを反転させる。
「“清漣流”」
返された一撃を、ラクアは辛うじて回避した。
だが、少年は間髪入れずに追撃に入る。
(水魔流の剣士か?……いや、違う!)
ラクアの視界に、見覚えのある居合の構えが映る。数時間前、自身がソルンに対してとった構えだ。
「あの構え……まさか!」
次の瞬間、突風と共に少年が踏み込んだ。
「“疾風肢擊”!!」
その一撃を受けきれず、ラクアは大きく吹き飛ばされる。
「ラクアさん!!」
レインの悲痛な叫びが響く。
ラクアは即座に受け身を取り立ち上がると、少年を冷静に見据えた。無事だが無傷ではない。受け流したはずの衝撃が、確実に腕へと蓄積している。
(状況に応じて、複数の剣式を使い分けている……)
「複合流派か……」
「御名答。剣式の切り替えが得意でな」
無表情な少年の目には、静かな殺意がこもっていた。
♢♢♢
レインは、二人の激しい斬り合いを見つめながら、必死に思考を巡らせる。一位になるには試験終了時、聖杯に触れている必要がある。だが白髪の少年は、聖杯を持ち去らずに待ち伏せしていた。
(結界か何かで、この部屋から持ち出せないようになっているのか……それとも別の理由が?)
レインはラクアへと視線を向ける。ラクアの呼吸はわずかに乱れ、防戦に回っているように見えた。
(剣術だけなら、あの人の方が上……このままじゃ、ラクアさんが押し切られる……!)
焦りが胸を締めつける。
(何かないのか。流れを変える一手が)
その時、耳飾りの少年がふと横目で壁の時計を確認した。見ると試験終了まで残り三分を切っている。
「やるな……。ここまで決着がつかねぇなら……少しやり方を変えさせてもらう」
そう言い放つと同時に、少年はラクアとは逆方向へと跳躍した。
一気に橋へと飛び乗り、迷いなく“勝利の聖杯”を掴み取る。
レインの目が大きく見開かれた。
(まさか、このまま逃げ切るつもりか……!?)
「させるか!」
ラクアが即座に動く。真上に跳躍し、さらに壁へ両足を叩きつけるように接地。
「“疾風肢擊・迅”!!」
途端に爆ぜるような加速。気づけばラクアの姿は、すでに少年の目前にあった。
だが少年もまた反応する。身体を横へ弾き、紙一重でその一撃を回避した。
「風魔最速の奥義を速度特化に改良……か。面白れぇ」
少年が感嘆の声を漏らす。
レインは思わず息を呑みながら、その攻防を見つめていた。だが胸の奥に、小さな違和感が引っかかっている。
(なんだ?……何か、重大なことを忘れているような)
時計の針が、かすかな音を立ててまた一つ進む。
十六時五十九分。
(聖杯がゴールなら、普通最初に誰かが触れた時点で終わりそうなものだけど……制限時間をつけた意味は、いったい……)
耳飾りの少年は聖杯を抱えたまま、ラクアの突進を紙一重でかわし続けていた。焦りは見せない。むしろ、その動きには余裕すら滲んでいる。
その時――、
『より深淵に近づきしものに、栄誉は与えられる』
脳裏に試験官の言葉が鮮明に蘇った。
(深淵……。おそらく最深部はこの部屋だ、ここより深い場所があるとしたら……)
レインの視界に、聖杯が置いてあった台座が映る。その下には底が見えない真っ暗な大穴が――
「……まさか!!」
弾かれたように、レインは駆け出した。
(あの人は僕を救ってくれた……今度は僕が!!)
♢♢♢
レインが駆け出すとほぼ同時に、ラクアの斬撃が閃いた。少年の手から、聖杯が宙へと弾き飛ばされる。
ラクアは一切の迷いなく地を蹴った。跳躍し、空中で回転する聖杯へと手を伸ばし、取っ手を掴んだ。
(よし、これで――)
だがその直後、少年は逆方向へと走り出していた。
その先にあるのは、聖杯が置かれていた台座。
「何を――」
ラクアが違和感に眉をひそめた、その時。
少年の横合いから、影が飛び込む。
「っ!」
少年に飛びついたのはレインだった。そのまま体に体当たりして押し倒す。床に叩きつけられた少年を、必死に押さえ込んだ。
「お前……何のつもりだ!!」
少年が焦ったように声を荒げる。だがレインは一切目を向けず、ラクアだけに視線を送った。
「ラクアさん!罠だ!ゴールは聖杯じゃない!!」
「あいつ……何を言って――」
言いかけたその時、ラクアの目が見開かれた。スキンヘッドの男が脳裏に浮かぶ。
(そうか……評価基準は“深度”。聖杯は関係ない!!)
ラクアは聖杯を放り投げ反転した。全速力で部屋の中央へと駆け出す。
押さえ込まれたままの少年がもがく。
「離せ!!お前、正気か!?」
「僕が……ラクアさんを勝たせる!!」
勝利を捨てたレインに驚愕している少年を無視して、叫びと共にさらに力を込めた。
その横を風のようにラクアが駆け抜ける。迷いはない。一直線に、十字の橋へ。そしてそのまま、最深部へと続くであろう闇へ身を投げた。
落下する身体。底の見えない深淵。腹部を引き絞られるような気持ちの悪い感覚が駆け巡る。
だが、次の瞬間――
ゴーン――ゴーン――
重厚な鐘の音が、迷宮全体に響き渡った。同時に、世界が白い光に包まれる――
---
光が収まると同時にゆっくりと目を開ける。気づけば、ラクアは芝生の上にうつ伏せに倒れていた。周囲を見渡せば自分と同じように倒れ込んでいる者や、呆然と立ち尽くしている者の姿が見える。
「試験終了だ。諸君、よく戦ってくれた」
低く通る声が響く。顔を上げると、書類を片手に持ったマクラーゲンが立っていた。その背後には、変わらず巨大な城がそびえ立っている。
(校庭に戻ってきたのか……)
「筆記試験の採点はすでに完了している。これより集計に入り、その後合格者の発表を行う。一時休憩とするので、負傷者は速やかに医療班へ向かえ」
簡潔な指示とともに、場の緊張がふっと緩む。あちこちで安堵の息が漏れ、医療班のもとへ向かう列が自然とできていった。
ラクアもそちらへ足を向けかけたところで……
「ラクアさん!!」
背後から、弾むような声が飛んできた。振り返ると、レインが息を弾ませながら駆け寄ってくる。顔には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。
「総合試験一位、おめでとうございます! やっぱりラクアさんなら僕の――」
「……何故だ」
ラクアは言葉を遮るように、静かに問いを投げた。
「え……?」
「何故、俺を勝たせた」
口から出た言葉は、淡々とした声音だった。
「俺に何も言わず、気づいた時点でお前が穴に飛び込んでいれば、一位はお前だったかもしれない」
「それでも、です」
迷いのない声だった。
「あなたは僕にないものをたくさん持っている。だから一位を取るよりも、その人の力になりたい。そう思ったんです」
まっすぐな視線がラクアを射抜く。その緑の目は夕日を受けて淡く輝いている。
「ラクアさん。お願いがあります」
「……なんだ」
「もし、試験に合格して入学できたら……あなたの隣で、あなたを支えさせてくれませんか?」
決意に満ちた表情はただ一人に向けられている。ラクアはその言葉に驚いたものの、表情には出さなかった。
「あなたがこれから成し遂げることを、近くで見ていたいんです。僕をどう使って頂いても構いません。お願いします!」
レインは深く頭を下げた。静寂が、二人の間に落ちる。
ラクアは極力、他人に計画を委ねるような事はしたくなかった。
(だが、こいつはなかなか頭がまわる。今回だって、こいつがいなければ、総合試験で一位を取る事はなかっただろう……)
――こいつの思考能力は使える
逡巡ののち、ラクアはレインから目を逸らした。
「……分かった」
顔を上げたレインの表情が、一気に明るくなる。
「だが、お前に足並みを合わせるような事はしない。学校生活を通し上の人間に俺の実力を認めさせる。それが、俺の最終目標だ」
ラクアは巨大な校舎を眺めながら言った。そして、再びレインと向き直り、鋭く見据える。
「それについて来られない時は、構うことなく切り捨てるぞ」
突き放すような言葉。それでも――
「はい!!よろしくお願いします!!」
レインは一歩も引かず、意志を宿した瞳がまっすぐラクアを見つめていた。
明日も20時頃投稿予定です。
『面白い!』
『続きが気になる!』
『応援したい!』
と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から応援していただけると幸いです。
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