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拝啓、全てを失ったキミへ―転生した復讐者は、優等生の仮面を被る―  作者: 藍澤誠
第零章 心火篇

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間話「師の葛藤」

 ヘルバ王国の中心地、城壁に囲まれた城下町タルタリア。その一角にある小さな居酒屋では、数組の客が酒を嗜みながら談笑していた。


 その中に、カウンター席に静かに座る女が一人。赤色の髪を背中まで流したその女は、店に居るものが思わず視線を奪われてしまうほど整った顔立ちをしている。


 リーファ・セリウス。世界で三人しかいない“剣帝”の一人である彼女は、日々の職務に疲れを滲ませながらも、気品を崩さぬままグラスを口へと運んでいた。


 その時、チリンとドアチャイムが鳴り、一人の男が店に入ってくる。二十代ほどの男で、髪は深い青にまばらな白が混じり僅かに波打っている。丸眼鏡の奥の切れ長の瞳は、どこか冷ややかな印象を与えていた。


 男はそのままカウンターへと歩み寄り、リーファの隣に腰を下ろす。


「四年ぶりか……珍しいな。お前から俺に話があるとは」


 男の低い声が、淡々と響いた。


「すまんな、アイゼス。お前も忙しいだろうに」


「仕事柄、移動を制限されている俺が月に一度の出国許可を使ってまで来たんだ。さぞ重要な話なんだろうな」


「いや、ただ世間話の相手になって欲しかっただけだ。賢いお前とは、個人的に気が合うからな」


 アイゼスと呼ばれた男は一瞬眉を寄せたが、やがて小さく息を吐き、リーファと同じ酒を注文した。


「それで、最近はどうなんだ」


「弟子を取ったんだ。今年の夏で七つになる少年なんだが、かなり出来がいい」


 アイゼスの問いかけに、リーファはグラスの中身をマドラーでかき混ぜながら答えた。


「お前が後進の育成に興味を持つとは思っていなかったが」


「事情が変わったんだ。案外悪くないぞ」


 アイゼスはグラスを傾けながら、わずかに眉間に皺を作った。


「理解できんな。弱者に歩幅を合わせることほど、不愉快なものはない」


「お前らしいな」


 リーファは小さく笑う。


「だが彼は弱くない。近いうちに、お前とも戦わせてみたいと思っている」


 その言葉に、アイゼスはリーファをじっと見据えた。


「ひどく気に入っているようだな、その少年を」


「ああ。最近は、彼に驚かされてばかりだ」


 そう答えたリーファの表情には、先ほどまでとは異なる僅かな陰りが差している。


「聞かせろ。その少年について」


 アイゼスはグラスを置き、頬杖をついた。


「先日、弟子の妹が誘拐された。そして私の弟子は、誘拐犯を瀕死に追い込み、妹を救い出した」


 リーファの目は虚ろで、どこか儚げな色を帯びている。言葉とは裏腹に、それが良くない事とでも言うような沈んだ表情をしていた。


「私はそれを知って、少々取り乱してしまってな。弟子に言ったんだ。お前は人の命を奪うには若すぎると。……だが彼は言った。敵の命を尊びつつ、守るべき命を守るという行為は最善と言えるのか、と」


「ずいぶん覚悟が決まっている少年だな。目的のために他者へ殺意を向けることを厭わない。実に合理的だ」


 アイゼスはグラスを見つめたまま、淡々と応じる。


「ああ、あんな目をする子供を私はこれまで見たことがない」


 リーファは言葉を詰まらせる。胸の内にある迷いをまるで隠せていない。この国で頂点を争う実力の持ち主とは思えないような、弱さが滲んだ姿だった。


「私は彼に、戦い方を教えた。敵を前にした時、迷わず牙を突き立てられるように。……それなのに、私は――」


 リーファはグラスの中身を飲み干し、静かにカウンターへと置いた。


「私は彼を、一人の“戦う者”として見てやれていなかった。……彼の言葉で、それを思い知らされたよ」


 そう言って、リーファは自嘲気味に笑った。


 その時、アイゼスが不意に手を伸ばし、リーファの両頬を片手で挟んだ。リーファの顔がわずかに持ち上げられ、強引に視線を合わせられる。


「卑屈に塗れた顔をするな。不愉快だ」


 低い声が、冷たく突き刺さる。


「お前が凛としていなくては、お前に続く者は誰の背中を追えばいい?」

 

 その言葉にリーファの翠緑の瞳が僅かに肥大した。

 

 数秒間沈黙が続いた後、やがてアイゼスはリーファの頬から手を離し、何事もなかったかのように椅子へと座り直す。


「お前は強者である前に、一人の人間だ。失敗は弱者にのみ許された醜態ではない。誰しもが踏むべき過程だ。お前自身が紆余曲折の果てに広げた道は、お前の後に続く者にとって強力な進路となる」


 その言葉で、リーファの胸の中に渦巻いていた霧が静かに晴れていく。見えなくなっていたものが明確に形作られていくのを感じた。


 不意に窓から一通の封筒が滑り込むように入り込み、アイゼスの前で静止した。空郵便だ。アイゼスはそれを開いて目を通すと、静かに立ち上がって椅子に掛けてあったコートを羽織る。


「呼び戻しだ。緊急らしい」


「はっ……社畜め。お前はもう少し人と接した方がいいと思うが?」

 

 リーファは口の端を吊り上げた。アイゼスは鼻で笑い、わずかに口元を歪める。


「お前こそ、子供に構ってばかりでは婚期を逃すぞ」

「余計なお世話だ」


 リーファも立ち上がり、アイゼスと向き合った。


「礼を言うぞ、アイゼス。おかげで思考が整理された」


「これしきの言葉で立ち直った気になるとは、相変わらずおめでたい奴だなお前は。また生きて会うことがあれば、その借りを返してもらおう」


 冷え切った表情でそう言ったアイゼスは――


「それから、近頃少年を連れてくるという話……無かったことにしろ」


 一段と温度を下げた声を発した。


「会いたいと思わないのか?」


 リーファの疑問を受け、アイゼスは視線を逸らす。


「………今は、な」


 アイゼスは懐から三ギニットを取り出し、カウンターに置いた。そしてそのまま、店の入り口へと歩いていく。


「お前の弟子がこの先、人としてどこまで壊れるか少し興味が湧いた」


 振り返らずにそう言って、アイゼスは店を後にした。


「全く……性格の悪い奴だ」


 一言漏らすと、リーファも勘定を済ませ、外へと踏み出した。


 二人が去った後も、店内には時折響く笑い声と、グラスが置かれる乾いた音だけが残っていた。

ただならぬ雰囲気の二人。関係性は一体……?


明日も20時頃投稿予定です。


『面白い!』


『続きが気になる!』


『応援したい!』


と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から応援していただけると幸いです。


初投稿作品なので、ブックマークや、感想もいただけると大変嬉しいです。


今後もよろしくお願い致します。

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