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六章 連なる決意 十六話








16、連翹の場合













風蘭も連翹も、予感はしていた。


だから、風蘭は連翹に命じた。『闇星』と共に行動せよ、と。


風蘭の護衛であるはずの彼を、風蘭の身ではなく、心を守るために、使いに出した。





水陽攻めは、始まってしまうとあっという間に戦々恐々とし出した。


あちこちから剣が交わりあう音が響く。これらはすべて、朝廷側から。


配置された武官たちが、こちらの軍と戦っているのだろう。




風蘭たち主力軍は、王と執政官を討つために朝廷を攻めていた。


一方で、『闇星』と連翹は、恐怖と驚愕で混乱する後宮を走り、それぞれの任務を果たしていた。


後宮で果たすべき目的。


それは、大后と王妃を捕えること。




連翹は、大后と会うために、後宮の最奥の室に向かっていた。


桔梗がずっと、謀反を起こした風蘭と対立する立場に・・・・・・朝廷と芍薬王を擁護する立場にあったことは、桔梗の中で何か強い決意のもと、決断されたように、連翹は感じていた。


彼女は、風蘭が王となることをまったく望んでいないようには見えなかった。


だが、強く望んでいるようにも見えなかった。


それらは桔梗にとっては範疇外で、彼女はもっと、違う望みと目的を抱いているように、連翹には見えていた。





仲睦まじいとは見えず、それゆえか、仲が悪いとすら噂されることがあった、芙蓉と桔梗の夫婦仲。


連翹はこのふたりだけが味方だったからこそ、ふたりのこともわかっていた。


ふたりは、外野にどう映ろうとも、深いところで固く繋がっていると。




桔梗は、連翹を水陽に連れてきたときに言った。


「あなたが自分の力で生きていけるようになるまではここにいてもらうけれど、その先は自分で決めていいのよ」


桔梗は、連翹の素性を知っていた。


連翹自身が知らないことまですべて、知っているようだった。


きっと、芙蓉も。


だから、桔梗はあえて言ったのだ。


いつまでも、水陽に・・・後宮に留まる必要はない、と。



それでも風蘭のそばにいたいと願い、後宮に残ったのは連翹の意志。


芙蓉も桔梗も、一度も連翹にその真意を問うてきたことはなかった。










「・・・あぁ、始まりましたね」


後宮の中がいっそう騒がしくなる。おそらく、後宮にいる中部の官吏たちが、職務への真面目な責任感で、後宮にいる王族を・・・姫たちを守らねばと、奇襲してきた『闇星』と戦っているのだろう。



「ま、『闇星』が負けるわけないけどね」


連翹の隣で、椿が自信ありげに言い放つ。


椿が用があるのは王妃。王妃もまた、後宮の最奥の室にいる。


椿も連翹も、後宮の最高権力者を捕えるという任務を抱えながらも、それ以上の『私情』がそれを邪魔するかもしれないことを事前にわかりあっていた。


そして、それをあっさりと容認した風蘭も、それはわかっていることだった。


それでも風蘭はもちろん、連翹にも予感があった。


桔梗は、後宮攻めにあったら死を選ぶのではないかと。


根拠はない。だが、彼女の性格からすれば、そう思わざるを得なかった。


だから、風蘭はそれを止めるために、連翹に後宮に行くよう命じたのだ。




「王妃の室はあっち・・・よね」


連翹の隣を駆けていた椿が、分かれ道に差し掛かって立ち止まり、連翹に確認してくる。


連翹は軽くうなずき、短く彼女に忠告した。


「お気をつけて」


この混乱した後宮の中で、王妃や大后の室に護衛がいないわけがない。王妃にその意志がなくとも、椿が攻撃されることもありえる。


「わかってる。じゃぁね」


去っていく椿の背中を見送ってから、連翹もまた目的の室に向かう。


大后、双 桔梗の室に。





すると、桔梗の室の前で立ち尽くしている女官の姿があった。


連翹も知っている女官だ。


彼女は、連翹の姿を確認すると、表情を強張らせた。


「・・・こんなところにいらしては危ないですよ、花霞さま」


「敵軍であるあなたがそんな忠告をしてくるのもおかしなものね、連翹」


花霞は皮肉げに笑いながら、連翹にそう言った。彼はそんな言葉には動じもせず、それよりも花霞が桔梗の室の扉の前に立ち尽くしていることが気になった。




「花霞さまはなぜこんなところに・・・?双大后さまはいかがされました?」


「・・・それを知ってどうするのかしら?」


「風蘭さまの命に従うだけです」


明確な答えを告げない連翹を花霞は軽く睨んだが、しかし、ゆるゆると首を横に振った。


「・・・そうね。私は命に逆らえない。今ならあなたの立場である方が、桔梗さまをお救いできるかも・・・」


「花霞さま?」


「連翹、私は・・・私たち双大后さま付の女官は全員、室から追い出されたのです。桔梗さまの命によって」


「では、この中には護衛の武官が?」


「いいえ。誰もおりません。桔梗さま以外は」


「桔梗さま以外誰も・・・・・・?」


それを聞いて、連翹は怪訝そうに問い返す。花霞は不安そうに頷いた。


「ええ、桔梗さまが命じられたのです。ここは危険だから、お逃げなさいと。後宮の中でも、王族の姫の室にいれば、何もされはしないはずだから、と」


主である桔梗にそう命じられたら、花霞たち女官は逆らえない。だが、それでも花霞は、桔梗が心配で室の外でこうして立ち尽くしていたのだ。




「・・・桔梗さまがおっしゃっていることは間違えありません。我々は姫さまがたに危害を加えるつもりはございません。こちらは危険です。どうか、そちらへ」


「ですが・・・」


「桔梗さまのことは、必ずお救いいたします。それが我が主君の望みでもありますから」


「我が主君とは・・・・・・風蘭公子のことね。もう、『坊っちゃん』とは呼ばないのね」


何かを察したかのようにそう言った花霞に、連翹は静かに笑うだけで答える。


彼女もそれ以上は詮索しようとはせずに、踵を返した。


「・・・頼みましたよ、連翹」


「はい」


それだけ言い残し、潔く彼女はそこを立ち去る。


本当は後ろ髪が引かれる思いであるに違いないのに、その切り替えの早さはさすが桔梗に仕えるだけあるというべきか。





連翹は桔梗の室の扉に手をかける。


扉を叩いて入室の許可を得る必要は、今はない。


桔梗がいるであろう室の奥に足を向ける。やがて、室の最奥に、大后 双 桔梗が悠然とそこに鎮座していた。


「・・・あなたが来ると思っていましたよ、連翹」


「お迎えにあがりました、双大后さま」


「迎え?わたくしの命を奪いに、ではないのかしら?」


「それは主が望んでいることではありませんので」


桔梗も連翹も、まるで世間話をするかのように柔らかに笑いながら言葉を交わす。


その会話の内容は緊迫したものであるというのに。




「ここは危険です。どうか、共にいらしてください」


「ここが危険・・・?武官が押し入ってでも来るのかしら?」


くすり、と笑いながら問いかけてくる桔梗は、本当はそうではないことを知っているのだろう。


だから、彼女はひとり、ここに残ったのだ。


「いいえ。そうではありません」


「そう。・・・・・・では、火攻め、かしら?」


確信を持って問いかけてくる。連翹は、始めから偽るつもりなどなかった。


「・・・はい」


「やはり・・・ね。すべてが、芙蓉陛下のお考え通りに話が進んでいるわ」


「芙蓉陛下の?」


「えぇ、そうよ」


そう言って、彼女は手に持った扇子をきゅっときつく握りしめる。


いつも、彼女が携行している、扇子。





「それは、芙蓉陛下からいただいた扇子なのですか?」


「あら、連翹にはお見通しね」


「・・・フヨウの花が描かれているのですね」


尋ねるのではなく断言するような連翹の口調に、桔梗からは苦笑が漏れる。


「相変わらず察しのいい子ね、連翹」


「恐れ入ります」


「だからこそ、あなたは気づいていたのでしょう?わたくしと陛下の『計画』を」


まっすぐに桔梗の瞳が連翹を捕える。連翹も逸らすことなく受け止める。


「・・・おふたりが、芍薬さまを次王としてお考えでいらっしゃることは」


「そして、風蘭に反逆を起こさせることも。気づいていたわね?」


「・・・確信は持てませんでしたが」


「十分よ。それでも察知していたのはあなたくらいでしょうから」


少し寂しそうにフヨウの花が描かれた扇子を開き、視線を落とす桔梗。



「・・・芙蓉陛下は、この国を変えるためにご自分の命を賭けていらした。そして、息子である3人の公子も利用して」


「なぜ、次王が風蘭さまではいけなかったのですか?あえて芍薬さまを選ばれたのは・・・?」


「考えてもご覧なさい、連翹。華美な後宮生活と傲慢な統治を行った26代国王の末公子でいらした、芙蓉陛下。誰が想像できて?彼こそが真の王だと。信じることができて?今までの重臣を一掃して政を行っても」


「それは・・・・・・」





おそらく、否、だ。


民たちは、26代国王を憎んでいた。


彼が死んだとき、喜んだ民の方が多かったに違いないと断言できるほど。


その公子である芙蓉に、誰が期待するだろうか。


華美な生活、抑圧された国政。これが緩和するなど、誰も期待などしていなかった。


民も、重臣も、官吏も。


みながみな、芙蓉は『生き残りの獅一族』として玉座に座っているだけでいいと言った。


年若い彼が、政務に意欲を示して意見を述べても、苦笑と共に一蹴されてしまう。


芙蓉ではダメだった。


この国を変えるには、大きな『変革』が不可欠だ。どんな犠牲を払ってでも。


芙蓉はそう考えたのだろう。


そして、桔梗を巻き込み、3人の公子を利用することにした。





「風蘭を次王にすることは簡単です。正妃の公子なのだから。けれど、簡単に手に入れた玉座では、何を成し遂げるのかという覚悟も中途半端になってしまう。あの子には、一度は挫折を味合わせたかった」


それは、おそらく芙蓉の『計画』のひとつ。連翹は、残された時間が僅かなのもわかっていながら、慎重に話を聞いていた。


「ですが、それなら芙蓉陛下がご存命の間に、風蘭さまを左遷なりとされればよろしかったのでは・・・・・・?」


「それで、本当に真剣に考えるかしら?自らと向き合い、国を背負う覚悟を決められたかしら?いつかは自分に玉座がまわってくると知っていて」


「それは・・・」


「人は誰でも怠慢な生き物よ。楽な道があれば、わざわざ蕀の道を進みはしない。だから、陛下は決められた。風蘭に楽な道を閉ざすことを」


「それが、芍薬さまに玉座を渡すことだと・・・・・・?・・・それでは、まるで始めから芍薬さまは使い捨ての駒のようですね」


「それは結果論よ、連翹」


淡々と桔梗は返してくる。


まるで連翹がそう言ってくるのを予想していたかのように。




「もしも芍薬公子が、独裁者と化した執政官を罷免させ、国を建て直すために朝廷を一掃させるだけの覚悟と技量があれば、風蘭もまた、こうして立ち上がることもなかったでしょう。ところが、結局芍薬公子は、芙蓉陛下が用意した玉座に、芙蓉陛下と同じように傀儡人形のごとく座ることしかできなかった」


玉座に座っているのは居心地が悪い、と芙蓉もよく洩らしていたなと連翹はふと思い出す。


誰も彼の意見を聞こうとはせず、執政官である蘇芳の言い成りとなり、顔色を伺い、蘇芳の言うがままに朝議が進んでいく。


確かに玉座に王はいるのに、まるで飾り物のようにその存在を無視されて。




「芍薬さまが改国を果たせなかったから・・・風蘭さまが芍薬さまを討つことになっても構わないと?」


「芙蓉陛下はよくおっしゃっていたわ。大就を果たすためには、それと同等の犠牲が必要だと」


「・・・もしもこの戦で芍薬さまが死ぬことになっても・・・・・・仕方ないと・・・?」


「芙蓉陛下ご自身もまた、犠牲を払われた身。国を背負う王族の運命でしょうね。それが受け入れられないなら、連翹、あなたはここにいてはいけないわ」


「・・・いえ。わたしもまた、己の願いのためになら、どれだけの犠牲を払うことになっても構わないと思っておりますので・・・」


「あなたの願い・・・それはもしかして・・・・・・」





桔梗が確かめるように尋ねてきたそれに、連翹は表情を強張らせる。


否定も肯定もしない。





「・・・そう。そうなのね」


彼のその反応だけで、すべてを悟ったかのように、そっと目を伏せる桔梗。


そんな彼女を見守っていた連翹の耳に、室外の喧騒が激しくなったのが聞こえてきた。


「・・・桔梗さま、お話はあとでいくらでも伺います。風蘭さまも桔梗さまに伺いたいことがおありでしょう」


「火攻めが始まったのかしら?・・・甘いわね、風蘭は」


「それがあの方の優しさです。参りましょう、桔梗さま」


「いいえ、わたくしはここから動きません」


連翹の手をきっぱりと断り、桔梗は凛とした態度でそう言い切った。


「ここは芙蓉陛下との大切な思い出の場所。ここを見捨てることなどできません」


「思い出の場所・・・・・・?」




連翹はこの辺りにある室や庭院を思い浮かべる。


たしか、この室のそばにあるのは、小さな庭院。あまりに奥にある小さな庭院ゆえに、庭師すら整えることを忘れた庭院があるくらいだ。


あとは、芙蓉と桔梗の室があるくらいか。




「・・・思い出にすがわれるなど、あなたらしくありませんね、桔梗さま」


「そうね。それでも、わたくしには大切な場所だから、見捨てて逃げるわけにはいかないわ。もうわたくしの務めも終わりました。芙蓉陛下のもとに行っても、あの方も責めはしないでしょう」


「・・・・・・何と申し上げても共には来ていただけませんか?」


「・・・あなたはわたくしのことが嫌いでしょう、連翹?捨て置きなさい」


いっそ艶やかに微笑んでくる桔梗に、連翹は苦笑を返すしかない。


死を覚悟した桔梗は、まるで少女のようだった。




けれど、連翹とて、このまま「はい、わかりました」と引き下がるつもりはない。


椿はうまく紫苑姫を救い出せただろうか。


火はどこまで広がっただろうか。


後宮に『闇星』が突撃したのは、後宮の火攻めのためと、後宮で暮らす姫たちや女官たちを避難させるためだった。


警護しているかもしれない中部の官吏たちと戦うなんて、予定の中にも入らないくらい小さなことだ。


水陽を火攻めにしたのは・・・・・・桔梗の言うように風蘭の甘さだ。


それでも、みなは最後には苦笑と共に賛同した。


そして、それぞれがそれぞれの任務を全うせんと戦っている。


それは、連翹もそうだ。





「あなただけお逃げなさい、連翹」


連翹の使命は、桔梗を連れて避難すること。


きっと、桔梗はこの戦で命を落とすことを覚悟しているはずだから、必ず止めよと風蘭に命じられている。


・・・・・・そう。今の連翹の主は、桔梗ではない。




ゆらり、と立ち上がった連翹を満足げに見上げる桔梗。


そんな彼女に、彼は困ったように笑いながら告げた。


「・・・桔梗さま、わたしの今の主は、風蘭さまです」


「そうね。『花』はもらえて?」


「いえ、仮染めのものだけ」


「仕方ないわね、あの子も。それでも、わたくしのもとに仕えていてくれたあなたが、風蘭に仕えることを選んでくれて、うれしいわ」


「・・・・・・申し訳ありません、桔梗さま」


恐らく、いくら桔梗でも予想していなかったに違いない。


水陽を出るまでは、連翹は桔梗に仕えながら風蘭のそばにいたようなものだったから。


けれど、連翹は始めからこれしか手段はないだろうと思っていた。



「・・・え?」


連翹が謝罪を告げた刹那、桔梗の身体がゆっくりと倒れ込む。


それを連翹が優しく受け止めた。


「・・・おそらく、あなたはきっといくら説得しても頷いていただけないと思っておりましたので」


すでに意識のない桔梗に、連翹はそっと弁解する。


彼の新しい主である風蘭にも命じられていたのだ。「気絶させてでも救え」と。


連翹は、桔梗との間合いを一気に詰めて、彼女の細い首筋に手刀を食らわせたのだ。


まさか連翹が桔梗にそんな乱暴な手段に出るとは、彼女も予想していなかったに違いない。


ずいぶんと驚いた顔で倒れ込んできたのだから。





「・・・・・・あなたには、まだ生きていていただきますよ、桔梗さま」


彼女は、見届けなければならない。


夫である芙蓉の『計略』の果てを。


息子である風蘭が描く新たな星華国の行く末を。


そして・・・・・・。






「罰を受けていただかなくては」


あのとき連翹を拾い、後宮で育て、風蘭のそばに置いた、その罪の罰を。







ここに裏話を書くことは控えますが、今回の話は、色々と迷った話でした。

裏話は、紫月のHPの方で公開しています(笑)何を迷ったのか(笑)



それでも結果的にはこれでよかったのだと、今は9章を書いている紫月は実感しています★

連翹の心情を追いかけるのは、結構好きだったりします。

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