六章 連なる決意 十五話
15、椿の場合
夏星州、海燈にある双 薊の屋敷で行われた、水陽襲撃の参謀会議。
そこで取り決められた事項、割り振られた役割が次々と待機中の軍に伝えられる。
練られていく作戦、実行されていく計画、全体を見渡す視野、相手を見極める洞察力、軍の力量を采配する統率力、それらすべてが、椿には眩しく見えた。
次々と采配されて決定していくのは、主には武官経験のある、双 薊と瓶雪 黒灰が中心になっていく。
『闇星』の配置の話になると、逸初が口を挟んであれこれと指示をしていたりもした。
風蘭と連翹もまた、兵部大将に兵法を叩き込まれていただけあって、意見を聞いたり返したりしていた。
そこに居合わせていた牛筍 水蝋と椿だけが、何も言えずにただ成り行きを見守るしかできなかった。
経験値が不足していることを、改めて痛感させられて、椿は唇を噛み締めるしかなかった。
そして、何日か続いた参謀会議の中で、薊がその場にいる全員の顔を見て言った。
「すでに五星軍と争っている軍からの報告によれば、五星軍は水陽への道をひとつだけ残しているらしい」
「・・・道を残してる?」
「そーなんだよ、風蘭。おそらく指示を出しているのは縷紅のやつだろうが、何考えてるんだか、あいつは水陽へ続く道をすべて塞がず、たったひとつ、道を開けているらしいんだ。軍を配置することなく」
苦々しげに笑いながら、薊は地図を広げて説明をする。
海燈から水陽へ続く道は、獣道さえ含めて六本ある。その内の一本、生い茂る森を突き抜けていく道だけが、五星軍が配置されていないというのだ。
たしかに、地図上では、その道は道として図面にはない。だが、縷紅もまた、海燈出身の武官だ。
みすみすそれを見逃したとは思えない。
「・・・罠・・・でしょうか・・・・・・?」
逸初が不安そうに図面と薊を見交わす。
「五星軍をそれぞれの道に配置したら、一本余っちゃったんですかね~」
くすくすと暢気に笑いながらそんなことを言っているのは、水蝋。
「・・・まぁ、縷紅のことだ、わざとやったに違いないな。五星軍の指揮権を自らに委ねさせ、配置させる。そして、地形図では知り得ない道をあえて塞がず、道をあけておく。・・・もしも水陽に侵入されても、道という道を塞ぎはした、と建前はつく」
「双大将が・・・わざと?なぜ・・・・・・?」
意味がわからない、といった様子で、逸初が薊に問う。薊はさほど気にかけた様子もなく、さらりとそれに答えた。
「ヤツも風蘭のことを気に入っていたからな。気持ちはこちら側にあるのかもしれないな」
「では、なぜ朝廷側に・・・!!」
「そりゃぁ、立場とヤツのくだらない矜持がそれを許していないんだろうな。あとは、縷紅は桔梗にべったりだったから、桔梗の敵になることもできなかったんだろ。馬鹿なヤツだ」
吐き捨てるように言った台詞とは裏腹に、薊の表情はひどく優しいものだった。
それはすでに予想済みなのか、風蘭もうれしそうに頷く。
「縷紅殿のことだから、罠を仕掛けるような姑息なことはしないだろう。・・・よし、縷紅殿の好意に甘えて、この道を行こう。ただし、いくつかの軍をこの道とこの道にも向けてくれ」
「ったく。縷紅も甘いがおまえも甘いな、風蘭」
じろりと薊は風蘭を睨み付ける。それにいたずらっぽく笑い返した風蘭に、椿は首をかしげた。
「なんで、わざわざ別の道にも軍を?戦力をわけるの?道をあけるため?」
「いや、きっと双大将のため、っすよね?」
椿の隣で同じように経緯を見守っていた水蝋が、ニヤニヤ笑いながら風蘭に確認する。その風蘭も、同じ笑みを返した。
「まぁな。だから、主要部隊はこの隠された道を進んで水陽に突撃してほしい。その配分は薊じーさんと黒灰殿にお任せするが・・・」
さらにどんどん進められていく作戦。
椿は納得がいかないまま取り残された気分になり、ただ黙ってみんなの様子を眺めるだけになってしまう。
「・・・風蘭公子はびっくりするくらい、優しいっすね。気遣い屋さんっていうか」
こそこそと話しかけてきたのは水蝋。
「・・・さっきの話のこと?あたしはよくわからなかったけど。なんで五星軍が待機している道にまでこちらの軍を向かわせることが、双大将のためになるわけ?」
「五星軍が待機している道に軍を向かわせたら?」
「はぁ?そりゃ、戦うことになるわよね?」
「そう。五星軍と反乱軍が戦うことになる。つまり、双大将は、水陽に向かう反乱軍を食い止めたってことに一応なるわけ」
「・・・あぁ、そーゆーこと」
もしも全軍を残された一本の道に進ませれば、それはやはり、縷紅がみすみす反乱軍を逃したとみなされるだろう。あまりにも露骨だ。
それならば、あまりの力の差にたとえ戦いという戦いにすらならなくとも、「五星軍が守る道に反乱軍が現れ、通すことはしなかった」という事実が残せるのならば、縷紅の立場はかろうじて守られる。
ぎりぎりの体裁は繕えるのだ。
たとえ、主要軍を逃したとしても。「運が悪かった」とでも言って。
だが、反乱軍であるこちらがそれを決断するということはつまり、五星軍とぶつからせる軍は戦力として排除することになる。
しかも、あまりにも弱小な軍を向かわせたら、やはり怪しまれてしまう。
わざわざ敵軍を率いる縷紅にすらそんな気遣いをしてみせる風蘭を揶揄する水蝋の気持ちが、椿もやっと今、わかった。
「・・・どっちもどっちね」
縷紅も風蘭も、甘い。
この土壇場で、互いを気遣い、ぎりぎりの譲合いをしているのだから。
「ま、だからこそ、風蘭公子はここまで民の支持を集めたんでしょうけどね~」
水蝋が楽しそうに笑う。それに対して、椿は呆れた顔をするしかなかった。
「・・・まったく。風蘭のあの甘さが支持を集めるなんて、思いもしなかったわ」
「だけど、長らく姿を見せなかった『闇星』が風蘭公子についた。それもまた予想外、ってね」
「『闇星』はまだ風蘭を主と認めた訳じゃないわ。だいたい、風蘭はまだ王じゃないし。今はまだ、様子見。手を貸すのは、あたしたちも改革を望んでいるからよ」
「なるほど?」
ふざけたように笑う水蝋に、椿はじろりと睨み返すだけに留めた。
薊と黒灰の素早い決断の成果もあり、水陽襲撃の日は近づきつつあった。
これで、すべての片がつく。
一夜で、朝廷を襲撃する。そのために必要な準備も作戦も整った。
水陽を襲撃する軍は、『闇星』、夏星軍、冬星軍となり、残りは五星軍と応戦することになった。さらに水陽の中でも、先陣を切って、朝廷を進むのが風蘭、後宮を進むのが椿となった。
仮初めとはいえ、椿は雲間姫として妃審査で後宮にいたことがあるので、宮廷内の構図に明るいと見られたのだ。
無論、そこで働いていた木蓮が一番詳しいに違いないが、文官である彼が、今回の襲撃に参加できるはずもなかった。
・・・・・・のだが。
「・・・椿さん」
襲撃の最後の準備をしている椿のもとを木蓮一人がやってきた。
「木蓮じゃない。どうしたの、珍しいじゃない?」
「・・・明日の・・・・・・用意を?」
「あぁこれ?そう、明日の襲撃のための武器」
ちょうど椿が手入れしていた武器を指差した木蓮に、彼女は不敵に笑って応じた。そんな彼女に、彼は躊躇いがちに小さく問いかけた。
「・・・僕も、一緒に行ってはだめかな・・・?」
「だめよ。決めたことでしょ。木蓮や華鬘さま、文官の方々は、襲撃の夜が明けてから、水陽入りをするって」
「・・・でも、僕も風蘭を見届けたい・・・。僕だって、風蘭と同じ理想を持っているんだ・・・!!」
必死に椿に訴える木蓮に、彼女はため息をついてやる。
「だからなに?同じ理想を持ってるから、水陽襲撃になにか役に立つとでも?」
「それは・・・」
「あたしたちはこれから、ふらふら遊びに行くわけじゃないのよ?何で木蓮たち文官は、夜が明けてから水陽入りをするかわかってるの?」
「椿さん・・・」
今までにないほどの厳しい表情と鋭い口調で椿は木蓮に言う。
のこのことついてこられては困るから。
「これから水陽襲撃するってことは、水陽を守っている武官や民と命を懸けて戦うってことなのよ?状況に応じては火攻めも計画には入ってる。そんな中で、自分の身も守れないような人間がいたら、邪魔なのよ」
きっぱりはっきりと、椿は木蓮に伝えてやる。余計な淡い期待も一切持たせないために。
これから直面する現実を見てもらうために。
「理想を追うのは結構だけど、あたしたちの邪魔をしないで。風蘭と同じ理想を持っているなら、その風蘭が水陽で最初の一歩を踏み出すことを信じて、夜明けを待ちなさい」
椿だって、これが初陣になるのだ。気が立っている。
木蓮の不安や想いがわからないわけではないが、それを気遣ってやる余裕はない。
突き放すように木蓮にそう言うと、彼は懐から文を取り出した。
「・・・そうですよね。・・・僕らの理想は、水陽を制圧することじゃない。風蘭が王となったその先に、あるんだ」
「・・・納得したなら、おとなしく自室にでも帰りなさい」
「や、えっと・・・・・・あの・・・」
「なに?まだ納得はしないの?」
「いや、僕がついていけば足手まといになるってことは、よくわかったんだけど・・・それならひとつ、頼まれてほしくて・・・」
「この状況下でなにを頼もうっていうの?」
呆れたように両手を広げて、椿は大袈裟に肩をすくめる。
風蘭は砂糖のように甘いと思ったが、この木蓮という文官は甘いを通り越した甘ったれなのではなかろうか。
思いっきり馬鹿にした視線を椿から向けられた木蓮は、それでもめげずに彼女に言った。
「椿さんは後宮に攻め入るんですよね?それでしたら、こちらを渡していただけませんか?」
「・・・誰に?」
「女月貴妃・・・紫苑姫に」
告げられた名に、椿の手が止まる。
そうだ、後宮に突撃するということは、現王の妃である紫苑を捕らえなければならない。
椿たち『闇星』は、混乱するであろう後宮を鎮圧すること。
当然、支配しなければならない中に、紫苑もいる。
あの、愛らしく心優しい姫が。
「・・・椿さん、これは僕の私見でしかないのですが・・・」
木蓮の言葉に、椿はただ耳を貸す。それでいいのか、木蓮は自らの考えを口にした。
「紫苑姫はとても真面目で素直な方です」
「・・・そうね」
「だから・・・心配なんです。王が風蘭によって討たれたら、王妃である紫苑姫はどうするつもりかと・・・」
何を馬鹿なことを、と椿は笑い飛ばすことはできなかった。たしかに、木蓮の懸念はもっともなのだ。
「・・・その文には、紫苑姫が軽率な行為に走らないように、注記しているのね?」
「・・・はい。僕の想いを、込めてあります。・・・紫苑姫は・・・風蘭にとっても大切な人だから・・・」
「・・・知っているわ」
そして、努めてそれを今、考えないようにしていることも。
風蘭は、きっとすべてに決着がつくまで、自分から紫苑とは会おうとしないだろう。そういうところは、呆れるほどクソ真面目なのだから。
ならば、風蘭の代わりに紫苑を救えるのは、椿だけだ。
「・・・わかったわ。あたしも紫苑姫には用があるから」
雲間姫として別れを告げたとき、心の中で紫苑とは再び真実の姿で会いたいと思った。
敵同士となってしまったが、椿は『椿』として、紫苑と再会したかったから、彼女に真実を告げたい。
同い年でありながら、妹のようにかわいらしいあの姫に。
「・・・よろしくお願いします」
木蓮が椿に文を託す。椿もまた、それを受け取り、しっかりと頷く。
風蘭と紫苑。
ふたりの同い年の友人のために、彼と彼女は誓う。
ふたりの命と心は、守ると。
4人の同い年の若者たち。
彼らを巡る、国の命運をかけた大きな運命の輪は、ゆっくりと動き続ける。
それは、風蘭たち反乱軍が、水陽入りをする、前日のことだった。
6章の終わりまで、残り5話です。
どうか最後までお付き合いください★




